14日目 泥の掛け合い
今日は寝坊なし。
シャキッとした気分で普段と同じ時間に起きる。
未だ雨は降っているようだ。
食堂へ行くといつもの2人がゲームをやっている。
「あ、岸サンおはよー。」
「おはよ!元気そうだね!」
「2人もね。部屋でやるのやめたんだ?」
「鬼頭サンにバレたらオレ死ぬから。篭ってても結局青島クン来るからうぜーし。あ、これ本音だからね〜。」
やれやれ、といったように首を振る。急に距離を取り始めたと思えば急に距離を詰めてくる。そして、相原はそれに一喜一憂するのみ。
純粋に遊び相手がいるかいないか、なのだろう。
「…お、その顔は何で相原サンがオレを選んで遊ぶかっていう嫉妬だね!?相原サン、説明してやって!」
「えぁ?!だって、みんなゲーム弱いんだもん!」
「聞いてないし。でも確かに、オールマイティにこなすよね。」
「ルール覚えれば簡単でしょ?でもオレ飽きっぽいから育成ゲームは嫌いかな。」
「んなっ!そんなこと言うなら、今日の日向は私と育成ゲームの魅力を感じるため1日費やすことになるんだからねっ!」
日向に向かって指を差すが、彼は動じた様子もなくケラケラ笑っている。ちなみに私の視界の端には固まっている鬼頭と細野がいる。おそらくトレーニング帰りだろう。
「そんなことしたら、美沙ちゃんとオレの愛が育っちゃうよ?」
「ひぁ?!」
「あ、ちょ、鬼頭サン絞まってる絞まってる死ぬから。」
何とか拘束から抜け出すとテーブルをぐるぐる回っている。来たら来たで騒がしいものだ。
今日は浦と加瀬も来たらしいがそんな様子に匙を投げたのか隅で食事を摂り始めている。
「おー、はよ。って騒がしいな。」
「助けてよ青島クン!オレ相原サンに育てられちゃう!」
「語弊しかないですね!」
今にも人1人殺せそうな鬼頭と有る事無い事を話す日向に挟まれ青島が戸惑っている。
「おはよ。騒がしいねぇ。」
「うん。野呂は?」
「……浦くんに面と向かって会える自信がないって。」
一ノ瀬が私に耳打ちしてくれた。その様子を橘は何も言わず見つめていたが、その視線に私たちが気づくことはなかった。
その日の朝食会は久しぶりに平和とまではいかないものの滞りなく済んだ。途中から鬼頭と日向の喧嘩から、青島と日向の喧嘩となる。
我慢の限界が来たらしい永瀬が仲裁すると食事をすでに終えていたらしい日向がさっさと退散してしまったが、その頃には大方食事も終わっていた。
その様子を見納め、紅茶を飲み終えた私は昨日神崎と約束をしていたため視聴覚室に向かう。
「……誰かと話してる?」
中を覗くと神崎と永瀬が何やら話している。永瀬は背中を向けているため表情が見えないが、神崎はどこか険しい顔をしている。
話が纏まったのか、永瀬が振り返り、部屋から出てきた。
「んだよ、岸か…。盗み聞きしてたのか?」
「してない。今来たばかり。」
「…そうかよ。」
そう言っただけで、永瀬は部屋から出て行ってしまった。神崎はようこそ、と言わんばかりに視聴覚室のカーテンを閉め、シアターを下げる。
「……何の話してたの?」
「敵討ちの話。」
「は?」
私が唖然としたのを見やると、どこか悲しげに笑いながら冗談だよと呟く。彼女の笑顔はこんなに寂しいものなのか。
それ以上追及しても話は進むまい。
私は話を変える。
「で、昨日の食堂の話。覚えてる?」
「ああ、よく分からないが礼を言われたやつか。何だったんだよアレ。」
神崎を見るに心当たりがないらしく首を傾げている。
神崎に日向から貰ったカメラとロボの走行路を描いた図を見せる。
一通り目を通すとため息をついた。
「これか…日向が調べたやつと私が調べたやつを統合して作った図だな。」
「ちなみに未完成の図と屋上の鍵については相原にも教えてる。」
「そのことか。ま、未完成の図のやつ、間違ってるけどな。」
「間違い?」
「ああ。あの図だとロボの走行路は旧校舎全部回ってることになってるけど実際にロボは中を見渡すだけで教室の中には入らねーんだ。」
「何で?」
「知らねーよ。」
こっちが知りてえと飽きれたように神崎は唸る。
「で、話はそれだけか?」
「いや。過去の放送について教えてほしくて。」
「何でまた。」
神崎は物珍しそうな顔をする。
おそらく賞金が目的と言い切った私が、今までと傾向が違うと言われたゲームの内容を知りたがることに違和感を覚えたのだろう。
「今回の試練は、過去のものと違うって梶山が言ってた。だから、主催側に何か意図があるんじゃないかと思って。
あと、今回の放送はリアルタイムで動画サイトにあげてるって言ってたけど過去の放送ではどれだけプライバシーが保たれていたのかなって。
今回はペアになることを、主催者は括っているみたいだしね。」
「……なるほどな。」
ぽちぽちとAV機器をいじる。すると4画面で色々な放送が流れ始める。
視線が泳ぐが、見た印象、主に試練や食堂での様子、またミニゲームの内容のみ流れているようだ。
「……全然違うね。」
「ああ…ゲーム毎に試練の嗜好は変わってんだ。
だから、私は毎回試練を決める人物が変わってることを確信してる。」
「毎回、試練が変わる?」
何か違和感を感じたが、神崎は気にせず続ける。
「プライバシーも、昨年までは守られていた。お前と永瀬は知らねーみたいだが、今がいかに異常か、分かったか?」
「……まぁ。」
分かったところで私は何も変わらない。
他のみんなのように神経質になることもない。
「あと、お前疑ってそうだから言っとくが、日向と私は手組んでねーからな。アイツに言うと何でか誰かしらに漏らすからな。
まぁ、お前は今回の件で、本当に無害だなーって思ったから別にいいけどよ。」
「あのさぁ…みんな揃って言うけど私、そんなに分かりやすい?自分で言うのもなんだけど序盤からとばしてたと思うんだけど。」
彼女はは?と漏らすと何かをつぶやき、ニヤリと笑う。耐えきれなくなったのか肩を震わせ、笑い始めた。
「何がおかしいわけ?」
「いや、お前自覚ねーんだな。」
「何の。」
神崎は目元を拭い、私をまっすぐと見つめる。
「お前は、良くも悪くも嘘ついてねーから、信頼できんだよ。青島も、一ノ瀬も、日向も、野呂も…見る目があんだよな。
まぁ、だからこそ、浦と加瀬は、テメーを迷わず潰しに掛かったんだろうけどな。」
褒められているのか、いないのか。
私個人としては複雑な思いを抱く感想をもらいながらも、神崎との会合を終えた。
私が視聴覚室から出ると空から晴れ間が覗いていた。
カーテンを閉めていたせいで気づかなかった。昼が過ぎているため、日もわずかに傾き始めていた。
旧校舎から傘を振り回しながら戻ろうとすると、宿舎とテニスコート間の砂場にサッカーボールを回しながら、フェンスの先を見つめる青島が視界に入った。
普段笑顔のアイツが、独り、あんなにも無表情に、外を見ている。
何を考えているのだろう。
しかしながら、声をかけるべきか、放っておくべきか。
ボールを不意に投げ、リフティングを始める。
素人目に見てもうまい。
あんなぬかるんだ所でも易々とやってのける。
アイツは、信頼できる。
でも、何かを隠している。
実際そのことは一部の者は察しており、細野や新倉は不信感を持っている気がする。
「あっれー、青島クンぼっちー?」
「あ?」
私はパッと宿舎の陰に隠れる。
テニスコートの方から日向が現れたのだ。
「別にお前に関係ねーだろ。」
「関係あるよ。アレだけ人のプライベートの時間に首突っ込んどいて、それはないんじゃないのー?」
「………そうだったとしても、オレの事情を今ここに持ち込んだってどうしようもねーだろ。」
「どうしようもあるっつーの!」
リフティングしていたボールを横から日向が蹴り、ボールは宿舎の壁にぶつかる。
「君さぁ、バカみたいに分かりやすすぎるの!
その態度、何引きずってるか知らねーけど、現状の隠し事がどれだけ不信感を生むか分かってんの?バカなの?」
「だーっもう!何回バカって言うんだよ!」
「バーカバカバカバーカ!」
「5回も言うな!」
「6回だバーカ!」
何だこの低レベルな会話は。
私は宿舎の壁にもたれながら頭を抱える。
「ええい我慢ならねーよ!」
「ちょっ、何で抱きつくの?!」
「お前はそろそろ1回締めてやらねーと気が済まなかったんだよ!泥沼に一緒にダイブしてもらうぜ!」
「はぁー?!」
日向の悲鳴とともにビチャっと嫌な音がした。
恐る恐る覗いてみると、水たまりもあるような、ぬかるんだ砂場に2人で寝転がってバタバタと戯れているのだ。
小学生か、と私は頭を抱える。
日向が手で泥を掴み取るとそれを青島の顔面にぶつけ、青島は日向の後頭部を砂場に押し付けている。
「えっ、ちょっ、あの2人何してるんすか?!」
恐らく宿舎にボールが当たった音を聞きつけたのだろう。辻村と鬼頭、一ノ瀬、梶山が出てきた。
辻村が私に声をかけたせいで私の存在もばれた。かと思いきや、2人は取っ組み合いに夢中のようだ。
「みんなー!青島クンがオレを襲ってくるよー!」
「語弊しかねーこと言うな!元はと言えばお前がな…!」
遊んでいる2人を見て鬼頭が飽きれたように腕を組みながらため息をつく。そして嘲笑しながら2人を見下ろす。
「ハッ…これだから男どもバッ!」
蔑むような顔をしながら悪口を言う鬼頭の顔面に泥玉が見事に吸い込まれた。横に立つ辻村とその横に座り込む私は目を丸くして鬼頭の顔を見つめた。
一ノ瀬と梶山は何が起きたか分からなかったようで素晴らしい投球フォームを見せた日向とその横に座り、泥玉を握る青島を見ている。
「「ぶっひゃっひゃっひゃ!」」
「ざまー!」
「いつも投げられるオレたちじゃねーぞ!」
突然2人が意気投合した。
砂場に投げられるまたは罵倒される1、2位だもんな、と頭の中でぼんやり考えていると、鬼頭がずんずんと砂場に進んでいく。
「潰す……!」
「って!」
真っ先に青島が捕まる。一方で日向は器用に避け、残った泥玉をこちらに投げてくる。
辻村は私を庇い、2投、梶山が1投当たる。
「そっちも綺麗な格好で帰れると思うなよ!」
「日向くん超悪役なんすけど?!いった!」
日向が生き生きと辻村を狙う。
その声を聞いてか、細野と橘に相原、旧校舎から片付けを終えた神崎も顔を出す。
「何だこの惨状。」
「ッ!」
ついに橘と一ノ瀬も当たった。
一ノ瀬は唸りながら、日向と辻村に向かっていく。橘も何か琴線に触ったのか、珍しく腕まくりをしながら砂場へ向かっていった。
「惨状だね。」
「……惨状だ。」
相原とそんな言葉を交わすと何だか面白くなって、私は笑ってしまった。
もちろん、その後私たちもこの泥仕合に巻き込まれることになるのだが、悪くない時間だった。




