9日目 勇者と臆病者
【器用貧乏】
便利な言葉っすね。
何でもできるけど【特別】には何にもできない。
ここにいる人はみんな個性的で憧れちゃうっす。
青島くんとか、鬼頭さん、細野くんはスポーツ頑張ってるし、野呂さんや一ノ瀬さんは音楽頑張ってる。新倉さんは演技頑張ってたらしいし、これからも頑張るって言ってた。
きっと他のみんなも何か持ってる。
この生活で、オレにできることはなんだろう。
もし、試練がきたとして、オレができることはなんだろう。
オレは何にも特技ないし、頭も良くないし、運動も特筆するものはないけど。
青島くんみたいに人を無条件に信じることくらいはできるっすかね。
『皆さん、おはようございます。朝食会も遅刻者がいなくなって順調みたいですね!』
皆が集まり、朝食の準備が始まるところで不快な声が割り込んでくる。
モニターにはいつもの番組ロゴが映るのみ。
『先日申し上げました通り、今回は試験についてのご連絡です。今回の試練については、9日18時に発表します。
また、事前に申し上げました通り、ペアを組んでいただかないことには試練には挑めません…が、皆さん情報開示していらっしゃらないようで。』
「それ、今日の朝言うんだっけ〜?」
加瀬が突っ込むとそうでしたとバカにしたような笑い。
一部の者はムッとしたり、困ったような表情をするが、また他のものはどこ吹かぬ風、といった様子だった。
『いえいえ、今回は初回なのでお伝えしただけですよ。まさか、試練2で終了、なんてつまらないですからねぇ。それに…ね?』
「そーだねぇ!おじさんの言う通りだねぇ。
おじさんは安全なところから見てて楽しいだろうね!おじさんは今回のゲームどう見てる?残れそう?」
『高校生の挑発には乗りませんよ。ただ、君の働きには期待していますよ。』
「そっかー乗ってくれないかぁー。」
日向は感情の読めない笑顔のままヘラヘラしている。
「働き、ね。早速君がペアになってくれたらみんな安心なんだけどね。」
「浦クン露骨だね〜。オレそういうの嫌いじゃないよ。」
昨日の一件を見た日向が浦のことをどう思っているかは分からないが、浦の方は明らかに日向を警戒しているようだ。
まぁあの体格差であれば最悪、力技に持ち込めば日向のことは抑え込めそうだが。
「ほら、お前らギスギスすんな!
で、モニターさん。オレらは18時に集まればいいんだろ?」
『そうですね。今後は朝8時にモニターをつけ、発表します。全員集まっていなくても発表するので気をつけてくださいね。
では、また後ほど。』
食堂はしーんと静かになる。
「あーあー、高校生のお戯れにくらいいい大人なんだから付き合ってくれればいいのに。」
「にしたって喧嘩売るのは危ないよ!何をきっかけに失格にされるか分からないのに!」
「えー?そお?」
梶山の制止なんて聞く耳持たずだ。
「よっしゃー!テニス行こうぜ!」
「何で私が…。」
昨日辻村がいったメンバーでテニスということになった。最後まで鬼頭が嫌がっていたが、相原に「真緒ちゃんはゲーム弱いから嫌だ」と振られたのがトドメになったらしい。
ちなみにゲームの相手は日向らしく2人で謎解きノベルゲームをやるらしい。
それに対して無意味な挑発を行なった日向は案の定砂場行きだ。
「もういいです!辻村さんをボコボコにして鬱憤を晴らします!」
「オレ関係ないっすよね!?
よし、じゃあオレは岸さんとの最強のコンビネーションで2人を倒す!」
「は?アンタ鬼頭と組みたかったんじゃないの?」
「この流れで無理でしょ!」
「青島さんは本気出してくださいね!」
「エッ、オレ鬼頭と組むの?」
流れに流され、私辻村、青島鬼頭でテニスをすることになった。
にしても、向こうのペアは強かった。柔道全国区の脚力を舐めていた。そして、青島も異様にうまい。
一方でこちらは私がまったくやったことないせいか得点にならない。
「ドンマイ、刹那ー。」
「敵に塩送ってる暇あったら空振りはやめてください!刹那さんに打ちやすい球を送る工夫とかしましょう!」
「ひぇ…。」
目をパチパチ瞬かせる。
「ちょ…休憩…。」
「大丈夫ですか?!私ペットボトル持ってきます!」
「オレも行くっす!」
「いりません!」
辻村の申し出を一刀両断すると走って食堂の方へ行ってしまった。
私がコート外に座り込むと、2人も揃って座る。
「青島テニスうまいね。何か運動してたっけ?」
「まぁサッカーをそこそこな…。詳しいこと話そうとしたら電流食らったから言えねーけど。」
「そうなの?」
「ね、オレより先に電流食らってたね!」
辻村と話しており、目の前で食らったということだろう。
ということは、それなりに有名な選手なのか。
でも、それなら今この場にいる場合ではないのではないかと余計な思考が働く。
「そういや、辻村はテニス部だったんだよな。」
「まぁ。中学までだけど。」
辻村は頷いた。
何となく話題を据え変えられた気がしたが、追及してもしかたあるまい。
「オレ、何でも中途半端にしてたんすよ。
テニス部もそうっすけど、読モやったこともあるし、文化祭の実行委員とか…。長続きはしなかったんすけどね。
でも、前回の放送見て、一途に試練に挑んでる人見て、オレも何か変われないかなって思ったんす。だから、青島くんと一緒でこの生活やりきって、戦友っていうんすかね?それを作りたいってね。」
そんな甘い理想を語る彼は、それがまるで実現できるかのごとく信じている。
「…前に彼女欲しいとか言ってたのは。」
「本気にしないで!あれは高校のノリでつい、ついだから!それ日向くんとか相原さんにもしつこく言われたんだけど…やっぱり気になるとこなんすか…。
まぁ彼女いないのはそうなんだけど、別にこの共同生活に求めてるわけじゃないから…。」
「え、そうなの?!オレ、いい奴だけど女好きなんだな〜とか思ってた!」
「青島くん!」
ゲラゲラと青島は笑っている。
辻村は単純ながらも、このメンバーを心から思っているように感じた。浦や日向のような含みを持たないため、ほっとできる。
「じゃあ鬼頭に向ける感情は何なの?明らかに嫌がってるじゃない。」
「……それは、その。
ぶっちゃけ青島くんとか細野くんに対する感情と一緒なんすけど…。」
「エッ…。」
「そんな顔しないで!」
青島の額に今までかいていたものと違う種類の汗が滲む。
「純粋な、憧れっすよ!
小さい頃から1つのことに打ち込んでるっていうのはすげーなって…。
あ、でもこの前野呂さんのピアノや一ノ瀬さんのバイオリンすごかったすよね!相原さんのゲーム好きもすごいと思うし…。
でもやっぱりオレスポーツ好きだからそっちの方が憧れちゃうんすよ!」
だからといって音楽やゲームを軽んじるわけではないと慌てて言い訳をしている辻村をフォローしていると、ちょうどそのタイミングで鬼頭が戻ってきた。
その後は昼過ぎまでゲームを続け、バッティングセンターに来ていた細野と橘に声を掛けられ、食堂に戻ることにした。
寮に戻ってから風呂に入り、食堂に行くと永瀬と梶山が雑談しながらのんびり過ごしていた。
「あ、岸さん。」
「んだよ、風呂入ったのか。何してたんだ?」
「テニス。」
「お前もか。」
すでに鬼頭と辻村、青島、細野は食事に来てどこかへ行ったらしい。…髪長いのは私だけであるせいかそうなったらしい。一度半乾きで歩いていたら一ノ瀬にしつこく怒られたため、贅沢もいいかと思い、乾かすようになった。
横を見ると髪を乾かしてない橘が机に突っ伏していた。私が怪訝な目で見たのを察してか、梶山が苦笑しながら説明してくれる。
「お風呂入ったはいいけど、寝たら起きれなそうだからって食堂にずっといるって言ってたよ。」
「まぁ、コイツの場合、部屋から出てくるようになっただけ進歩だよな。」
永瀬が橘を叩くも微動だにしない。
「僕が言えたことじゃないけど、橘くんもあまり体力ないよね…。」
「の割にバッティングとかだと吹っ飛ばすけどな!」
永瀬はカラカラと笑ってみせる。
ロボに料理を頼み、2人の近くに座る。
2人がテーブルに広げてたのはこの学校の全体図のようだ。
「何してるの?」
「試練前だから一応確認だよ。
今回特典が屋上の開放だろ?でも屋上って南京錠だから日向のヤロー脅せば開けられるし、特典とる条件無視する奴でてくんじゃねーかなって。」
「今後の話も含め、そういうシークレットゾーンの開放があるかなって考えてたんだ。
脅しはしないからね?!」
永瀬の物騒な言葉を訂正すると、永瀬は冗談だよなんて言っていたが、絶対本気だ。
「で、検討の結果のほどは?」
「空き教室に何かないかなーって。あそこ床板古いし…。」
「オレは視聴覚室も怪しいと思ったんだけど絨毯剥がせるとこなかったんだよなー。」
まぁ剥がせる場所は一見動かせなさそうなAV機器の棚の下にあるから見つからなくても不思議ではないだろう。それか日向が細工したかのいずれだが。
「お前何か情報ねーのかよ。隠しててもいーことねーぜ。」
半ば脅し文句のようだがそんな安っぽいものに揺らぐ私ではない。
地下の部屋については日向との重要な交渉アイテムになるし、神崎と共に明かしたロボの動きの規則性についても、2人が変な動きをしてきた時に鍵となる可能性が高い。
また体育館下の謎のメッセージについては明かす段階でない気がする。
いずれもずっと秘密にしておくことは難しいだろうが。
「別に。今のところはないよ。
強いて言えば監視カメラのない場所くらい。」
「あぁ、個室と視聴覚室はねーよな。」
「外ってどうやって撮ってんだろうな?」
「夜とかロボットが走ってるみたいだよ?この前気になって見てたんだけど。」
「へぇー。別に深夜に外出る奴いねーだろーになぁ。わざわざ電気浴びに行くようなもんだろ?」
「それだけじゃないよ。」
永瀬が言うと、梶山が間を置かず真面目な表情で否定する。永瀬はきになったようで尋ねた。
「なんで?」
「2人は今までの放送見てない?
わざわざ言及はされてないけどルールを破ると電気だけじゃなくて5点減点があるんだよ。」
「マジか。じゃあ例えば部屋主がブレスレットをつけてないときに他の人の部屋に入って電気浴びたら…。」
「減るよ。」
梶山がスマホを出し、ルールのページを開く。
横にスライドさせるとその横に減点されるスコアが書いてあった。
基本は5点であるようだが、個人情報の漏洩については減点がないらしい。
「何でこれだけねーんだろーな?」
「過去放送でみんながボロボロ話しちゃう回があってね。その影響じゃないかなぁ…。」
「よく知ってるね。」
関心した風に言うと、梶山が照れ臭そうに微笑む。
「僕、オタク気質だからさ。この番組大好きでよく見てたんだ。」
「結構話してるとおもしれーんだぜ。
雑学よく知ってるしよ。浦とか日向も妙なこと知ってるけどオレアイツら苦手だからねーわ。」
「あの2人もちょっとクセあるけど面白いよ?岸さんはどう思う?」
「永瀬に同意だわ…。」
梶山は愉快そうにえーなんて言う。
永瀬は反対に無表情を決め込んでるが満足そうにしている。
「……永瀬も最初はオレに話しかけんなとか言ってたくせに馴染んでるよね。」
「僕も最初怖かったけど、正直辻村くん青島くんに次いで怖くないかな!」
「うるせーな!」
意外と梶山も慣れるとズケズケ言うタイプらしい。永瀬は照れたように唸る。
「…正直ここまで何もねーとは思ってなかったんだよ。それならなるべく話しといて、人柄見とかねーと後々面倒なことになりそうでよ…。」
なぜか梶山が永瀬をジッと見ている。途中それに気づいたらしく永瀬があ、と呟く。
「…別にお前らはいても気遣わねーから。」
少し照れたような永瀬の様子に、私と梶山は目が合うとにやりと口角を上げてしまう。
「意地っ張り。」
「うるせーよ!つーかいつから起きてたんだよ橘!」
ふと顔を上げた橘が呟くと八つ当たりは全てそちらへ向かった。なんやかんや梶山と永瀬もうまくやっているようだ。
気づけば18時が迫っており、皆それぞれ食堂に集まり始めた。一部の者は腹が減ったと食事を準備し始める者もいた。
時刻5分前、スマホからアラームがなる。
皆知らなかったようで驚いていたが、時刻になるとモニターは案の定不快な挨拶文を皮切りに説明を始めた。
『皆さまお揃いで。』
「おじさんが集めたんでしょ〜。」
「そうだよ〜。早くしてよ〜。」
順に日向、加瀬である。
この2人はいよいよクレーマー認定されそうだ。
しかし、相手は大人、ロクな扱いはされない。
『君達はせっかちですね。
それでは、お待ちかねの試練の内容発表です。
タイトルは「ハズレ者を選べるかな?」』
一斉にスマホが鳴り始める。
「見るな!」
青島の鋭い声が食堂に響く。
ほぼ全員が驚き、その場で動きを止めた。
辻村が奇声を上げたあたりスマホ片手に聞いていた彼は見てしまったのだろう。
画面の向こう側の人間が笑った気がした。
『青島くん、いい判断ですね。今の通知はハズレ者を知らせる通知とダミーの通知です。
ルールを説明しましょう。
ハズレ者は3人、ダミーは残りの13人です。
試練の際には、ハズレ者を3人指摘していただきます。
ハズレ者がハズレ者に指摘された場合、指摘した側は+3pt、された側は-3pt
ハズレ者がダミーに指摘された場合、指摘した側は+6pt、指摘された側は-6pt。
ダミーがダミーを指摘した場合、指摘した側は-9pt
また当てた人数に従い、ボーナスポイントが+1、+2となります。
そして指摘する順番は皆さんで決めていただいて構いません。醜く、レースにしても構いませんし、整然とした列を成しても構いません。
ご自由にどうぞ。
そして、特典「屋上開放」ですが、減点を最小に済ませた時になります。
くれぐれもピッキングしないでくださいね。0点にしますよ。』
「はーい。」
該当者が唇を尖らせて頷く。そして、画面の奥の人物は不気味に喉を鳴らす。
『そして今回は20回記念、更なるスリルを差し上げましょう。
万が一、ペアが出来なければ君たちは試練に挑む権利を失うとともに、この学校から出る権利も失うのです。』
「………は?」
誰の声だろうか。言ったというより、漏れた、という方が正しいだろう。
『怯える必要はありませんよ。要はペアを作ればいいんです。これに関しては、試練のように1回ペアになった人は除外というルールは適用されません。何度でも同じ人が友情や愛を深めればいいのです。ハードルは低いですよね?
それに、そのペアしか出来ず、試練ができない場合に関しては普通に出られるのでご安心を。
より、積極的にペアになっていただくためのちょっとした後押しですよ。』
「確かにそうハードルは高くねーのかもしれねーけど…。」
「なら言う必要も…。」
青島や一ノ瀬が小さい声で話す。
私は思ったより深刻なことではないな、と思いつつ名の知れぬプレッシャーを感じていた。
恐らく心理的負担を増強させるためか。
何の目的のために?
『質問はありますか?』
「はい!」「おう。」
梶山と神崎が即答した。
一方は青ざめ、一方は険しい顔をしている。
2人の目が合うと、神崎が鋭い視線のまま梶山に顎で指示を送る。先に言え、と。
「……今まで、こんな大幅に減点を取り入れたゲームはありませんでした。
だって、今までのゲームは愛と青春と、ついでに一攫千金を目的としたゲームでしたから…。
なのに、なぜこんな疑心暗鬼になるようなルールなんですか?!
それに今までは参加者に危害を入れるような警告もされたことはなかった!」
『……視聴者は刺激が足りないと申し上げております。そんなニーズに応えるため、変えたのみ。
そもそも、愛と青春を目的としてるなら疑心暗鬼になる必要なんてないと思いますけどね?
お金を気にする人がいるからそうなるだけなんですよ。
以上です。』
「……そんな。」
今までと違ったゲームの様相なのだろう。
放送をロクに見たことがなかった私や永瀬は動揺していなかったが、見覚えのあるメンバーは少なからず何らかの感情を抱えているようだった。
「もういいな、梶山。
次は私だ。監視カメラについて聞きたい。
今までは番組は総集編をやるから夜中の監視はなかったはずだ。だが、深夜徘徊してるロボのカメラも起動してるみてーだな。
一晩新校舎にいてみたが、やっぱり監視カメラは動いてた。
そこんとこどーなんだ?
今までの放送で深夜の出来事については放送はなかったはずだ。」
1人でそんなことをしていたのか。
加瀬と日向は知っていたのかリアクションはない。他は少なからず一瞥などリアクションがあった。
『さすが神崎さん。あなたは賢いですね。いいでしょう。答えて差し上げます!
今回、この放送は某動画サイトで24時間放送されているんですよ!
終了と同時に未公開シーン含め試練の様相を総括して放送です!』
全員が目を見開く。
これは、今までの放送でなかったはず。
そして、常に監視されているというストレスがある。
それを知らされたのだ。
『他に質問はありますか?』
「…………。」
全員がそれぞれの思惑を抱えつつも、黙り込む。
『いいでしょう。
試練は昼12時より体育館で開始できます。全員が集合しておらずとも開始致します。ご容赦ください。ペアになっている方は必ず集合し、その日中にかざしておいてください。かざすのは朝5時からスタートできます。
では、また当日朝ペアができたか否かをご連絡します。質問がありましたらご連絡ください。
失礼します。
愛と青春をお楽しみくださいませ。』
モニターが切れる音が食堂に響く。
常に監視されているストレス、ペアを作らなければいけない重圧。
理性では信頼し合い、特典を得に行かなければならないことを理解しているつもりだが、自分がハズレ者になる恐怖、得点を獲得したい欲望、関与したくないという無関心がせめぎ合う。
言葉を発する者はいない。
しかし、食堂に手を叩く音が響く。
「亮輔は間に合わなかったけど、まだみんな見てねーし、とりあえず飯食おうぜ!
そんで、ゆっくり寝て、明日考えようぜ!」
そ、そうだなとどこからか声が聞こえると皆注文を始める。
しかし、そこにすでに食事をとっていた日向が口を開く。
「青島ク〜ン。
そんな呑気なこと言ってていいわけ?
もしかしたら明日1日じゃ足りないかもよ?
バカばっかなんだから何するかわかんないし。」
「お前な!言い方考えろ!」
2人が対照的な表情で面合わせする。
怒りの表情を浮かべる青島と笑顔を貼り付ける日向。
「ちなみにオレは確認したけどハズレ者じゃないよー。けど、指摘もしないよー。そこで恨み買うなんて面倒だしね〜。冗談じゃないよ?」
「なっ!」
「で、話してないみんなは何考えてるの?
青島クンは秘匿したいみたいだけど…。」
「言い方やめろ!つーか、ここで明かしていったらハズレ者が浮き彫りになって指摘されやすくなんだろ!」
「そもそも、そこだよ。
全員ひけらかした方が特典をとるのはしやすいんだよ。分かる?」
日向の笑顔が急に抜け落ちる。
その不気味さに皆声を発せなくなる。
「……日向が言いたいのは、特典のためにわざとハズレ者を晒して、その3人同士で指摘し合えばいいってことでしょ。」
「岸サン分かってるね〜。」
そう、特典はいかに減点を抑えるか。
すなわちこのゲームの攻略法は以下の通りだ。
ハズレ者Aがハズレ者Bを指摘、ハズレ者Bがハズレ者Cを指摘、ハズレ者Cがハズレ者Aを指摘する。
誰も得しないけど、誰も損しない方法だ。
「でも、そんな綺麗にいくのかなぁ?」
「どういうことだよ?」
加瀬が口を開いたため、永瀬がやや引き気味に尋ねる。
「平和的に考えればそうだよね〜。
でも賞金狙ってる人にとって、同様の立場の人を蹴落とすには6点、大きくない?ここでひけらかしたら、ターゲットを示すようなもんなんだよぉ?
しかも答えるのは早いモン勝ちでしょ?
律すること、できるかなぁ?」
「私も加瀬の指摘は最もだと思うぜ。
まぁ、日向の案が1番の最善策だとは思うけどな。」
「でもさ、1人で抱え込むよりはいいんじゃないかな?」
「他の奴らに対して牽制にもなる。
裏切ったら、この生活の中で不利になるぞ、とな。」
後半同意したのは相原、細野だ。
しかし、それに追撃するように青い顔の梶山が続く。
「でも、ここで晒して3人で回すとしても、その中の1人に裏切られる可能性もあるんでしょ。
しかも、素直にみんなハズレ者かどうかなんて…。」
「航一は疑いすぎ!」
青島が梶山と、他に青い顔をしている新倉の肩を叩く。
「……本当は日向の方法が最善だと思うけどよ。
みんなお前みたいに強い奴ばっかじゃねーんだよ。やっぱり時間がいると思うんだ。」
「青島、私も今回に関しては日向に同意する。
1人で抱え込んで、そこを突かれるのは1番危ない。少なくとも、方針は、今決めた方が後々に響かないと思う。」
「刹那ちゃん…でも、無理強いするのは…。」
一ノ瀬も困ったような顔をしながら私に訴えてくる。隠したままだと、必ずボロが出て付け込まれる人が出てくる。
「みんなは、ハズレ者を出した方がいいけど、全員晒すのは怖いって話っすよね?」
「まぁそうなるけど…。」
辻村が慌てて纏める言葉に胡散臭く浦が同意する。実際にそうなのだが。
「じゃあみんな喧嘩やめよ!
オレ、ハズレ者っす!いい考え思いついたんで聞いてください!」
震える手で、ハズレ者を示す画面をかざしながら笑顔で伝える。
その言葉に意見を言っていたメンバーが黙り、顔を向けた。
「…もし、この中でハズレ者の人がいたらオレに声をかけてほしいっす。そしたら、みんなで、トライアングルにして解答しましょう!
少なくとも、それを聞いて、オレが他の人にリークする利益はないはずっす!
…まぁ、3人で信頼しなきゃいけない方法だけど。
それに、今回に関しては特典は無視してもいいと思うんすよ。」
日向と目が合うと慌ててそういうわけじゃなくてね、と焦る。恐らく、日向を利用して開ければいいということを提案していると勘違いされないように、と焦っているのだろう。
「日向くんを利用するとかじゃなくてね…今回の特典はゲームの根幹を揺るがす何かではないと思うんす。
こんな、人を信じられない状況。
まずは信頼できる人に、指摘してもらって、信じることが怖くないってことを体験するのが大事じゃないっすか?」
それにね、と加える。
「オレ、こういうのもなんですけど、結構な人数の人とペアになれる状況なんですよ。
だから、ペアになってくれる人いたら声かけてください。
オレは賞金いらないんで!」
皆、そのまっすぐな言葉に動揺、安心、疑心暗鬼と先程とは様相を変えた感情が渦巻く。
「辻村は怖くないの?」
すぐ横の橘が尋ねると、無理矢理貼り付けた笑顔を向ける。
「正直、めっちゃ怖い!
裏切られたら、オレ立ち直れる気しないし!
でも、裏切られることを怖がって何もせずに後悔するより、信じたことで返ってくる結果に一喜一憂したいっす!」
その言葉に一部の者が、辻村の提案を認めたようで頷く。
「さすが亮輔だな!お前すげーわ!
よしオレがペアになるぜ!」
「勝は親密度足りてないっす。」
「マジか!」
自らのスマホを確認し、落胆していた。
その様子を見るあたり、彼もハズレ者でないだろう。
「じゃあ、とりあえず解散にしようか。
ハズレ者さんと、ペア希望者は辻村くんに、ってことでいいかな?」
「いいっす!」
「……じゃあ当日の投票も可能なら辻村からだな。」
「そうなるな。冬真と吹雪、まとめありがとう!」
青島が礼を言うと神崎は一瞥もくれず食事を再開し、浦は軽く手を挙げる。
方針は何とかまとまり、空気もやや和らいだがどこか緊張感を含んでいた。
私も片付けの時、部屋の隅で確認したがダミーであった。
青島はなるべく色んな人に声をかけていた。
一言も交わさず、部屋に戻ってしまったのは、日向、野呂、橘、神崎、永瀬だ。
一言程度しか話せなかったのは、鬼頭、梶山、細野、新倉、そして一ノ瀬だ。
さすがの青島も参った様子で頭を抱えていた。
食堂に残ったのは青島、辻村、意外にも相原だ。
「オレがやったことって間違いなんすかね…。」
「いや、みんなの意見を組んだら亮輔の方法が1番良かったと思う。」
「むしろ全員秘匿とか言っちまって悪い…。」
結局自分で言うのかと思ってしまったがまぁいい。
「でも、意見が通らなかった後の瑞樹、一言も発さなかったな。」
「何するかわかんないっすね…。」
「いや、それより…。」
言うか言わまいか悩んだが、辻村には伝えておいた方がいいと思い、先日の浦の話をする。
押し倒されたことは伏せ、彼のゲームに対するスタンスを。
「はぁ?!それみんなに知らせた方がいいだろ!」
「でも、ただでさえ、疑心暗鬼の状況でそんな話しても混乱されるだけじゃない?」
そこでやっと相原が声を発した。
ヒートアップしてきた青島が席に着く。
「まぁそうか…。
てか、お前その状況大丈夫だったのかよ?」
「あー…その時日向と一ノ瀬が盗み聞きしてて、厳密には1対1じゃなかったから…。」
「そっか、良かった。」
「てか、何でオレらにその話を?」
安心して肩を落とす青島の横から辻村が首を傾げて尋ねてくる。
「別に、癪だけど私も日向と一緒でこのゲームは静観するつもりだから…警告として。
辻村の言葉に嘘はないって思ったから…。」
「き…岸さん…。オレめっちゃ嬉しいっす。勝も、ありがと!」
「私は?」
「よく分かんないけど相原さんもありがと!」
そう言うと相原も微笑む。
まるでマスコットような彼女のリアクションに3人で笑う。その時、辻村の目に涙が滲んでいたのは見なかったことにした。
彼としてはそれが本望だろう。
それから部屋に戻り、横になる。
今日は試練のせいでどっと疲れた。
ペアも、ハズレ者の扱いもどうなるかは分からない。
かと言って私にできることなんてそうないだろう。
そう思っているのも、今の内。
そんなこと、誰が想像しただろうね?
ねぇ、岸さん。




