べーこんれたすに百合をそえて
百合BLという用語があるなら、薔薇GLもあっていいじゃない!
……という謎のノリで書かせていただきました。百合専の方でも安心して読めますよ?
チャオ! アタシは文月弥生。華の高校一年生で文芸部所属なの。
文芸部ではね。なんと、小説を書いているの。スゴいでしょ!? でも、パパとママには内容を話すことはゼッタイにできないの。
なぜなら……。
「なんだよ、やよい。またつまんないBL小説書いてんのかよ?」
「つまんない言うなッ。そういうイクミだってどヘタクソなホモ絵ばっか描いてるくせに!」
「なんだとお!? うちの高尚なイラストをどヘタクソなホモ絵だとお!?」
火花を散らして睨み合っている相手は、クラスメイトでつっかかり屋の鹿島郁美。イラスト部所属で、アタシが言ったとおり、どヘタクソの男同士の絡みの絵を描いている。何を隠そう、アタシをこっちの世界に引き込んだのはこのイクミである。
くわしいコトは省略するけど、アタシもイクミもとある作品に出てくる二人の男性に惚れてしまっている。ワイルドでイケメンな六道九耶とクールでハンサムな八神十麻サマ。イクミがなぜか持っていたヤバめな同人誌を見て、すっかり夢中になってしまい、こうして二人の絡みを小説に書いている。最初はイクミと二人について楽しく語り合っていたけど、どっち推しかの話題からしだいにイガミあうようになってしまい、今もこうして言い争っている。もっとも、ケンカするほど仲が良いということで、お互いの部の部員たちは気にも留めていないみたいだけど。
ほかにダレもいない文芸部室の中で、アタシとイクミのいさかいはまだまだ続く。
「だいたいさあ、この前の九耶と十馬のキスシーン、なんだよあれ! キスした瞬間にすぐイっちゃうなんて、どんなシロートでも書かねえだろ! やよい、あんた、あの二人のことを完全にバカにしてんだろ?」
「はあっ!? それならイクミのイチャイチャシーンなんか、お二人にとっての侮辱もいいトコロじゃない! 描くんならもっと上手に描いてよね!」
「しかたねえだろ! スゴい絵師様のイラストを見て描いたらミジメになるだろうが!」
……アタシもイクミも、この年で二人の青年の生々しいやり取りを表現しているけど、悲しいかな、恋愛どころか実際の異性に触れ合ったことすらない。だから、あのお二人がイチャイチャしているとき、どんな感覚なのか、どんな気分におちいるのか、わかるわけがない。
このとき、勢いに任せてアタシはとんでもないことを口走っていた。
「アタシの小説をエラそうに批判するならさあ。だったらこのアタシにキスがどういうものか教えなさいよっ!!」
「は、はあ!?」
「アタシが十馬サマの役やったげるから、イクミは九耶になりきって。それでキスした感覚を次の小説の参考にするから」
「やだね。そんなコトされても絵描きのうちには何もトクしねえし」
「ビデオカメラ借りて参考としてキスシーンを撮ればいいじゃない。それとも九耶になりきってキスできないほど……あなたの愛情は大したことない?」
アタシの挑発的な言葉が、イクミの対抗意識に火をつけたみたい。
「演劇部の友達んとこ行って借りてくらあ!!」
イクミはわずか五分でビデオカメラを取ってきたらしい。ごていねいにちっちゃな三脚も持ってきて、それを机の上に置き、録画を開始したビデオカメラを設置する。
「バッテリームダ使いすんなって言われてるからよ。一発で決めろ」
「ムチャ言わないで。ダレだって最初は初めてなんだから……」
十馬サマも九耶との最初のキスはこんなに戸惑うのかな……?
そんなことを考えながら、アタシはイクミの華奢な肩を抱いた。
「む、こんなひんそーな肩じゃ十馬サマもよろこばない……」
「やよいがひんそーを語んじゃねえ。だったら目ェ閉じて九耶の屈強なガタイでも妄想してろ」
「ふー、ムズカしいけどなんとかやってみるわ」
「早くしろよ。てかちゃんと映る場所に立てよ。なにも撮れてなくて、おまえだけトクしたなんてゼッタイ許さねえからな」
アタシたちはビデオカメラの前で位置を調整し、肩を抱き合いながら顔を近づけた。
目を閉じ、イクミの息遣いがすぐそばまで感じられる。そして唇に柔らかな接触。
(……………………)
最初に抱いたアタシの感想は「こんなものか」というものだった。唇どうしが触れるだけの事象。そこに二人の愛情などまるで感じられない。
(こんなんじゃイミがないわ。もっと十馬サマになりきらなくちゃ。九耶のコトをメチャクチャに攻め立てる十馬サマに……)
「んんうっ!?」
くぐもったイクミの声にビックリして、アタシは目を開けた。もっとも、同人誌の一コマを再現しようと口の中に舌をねじ込んだ時点で、ざわつくような感覚でアタシのからだはミョーに熱くなっていたけど。
身体中にゾゾゾとはしる感覚。同人誌で見たキスの感触ってこういうものなのかな? でも、十馬サマも九耶もその後、もっと気持ちよくなってたはず……。
そうなるほどのシゲキってなんだろう。
もっと知りたい、それを感じてみたい……。
アタシは再び目を閉じて、イクミの肩を掴む力を強めた。
「んあっ、はぁ、やよい、もう、やめっ、うち、なんかヤバ……っあ!」
(目の前にいるのは鹿島郁美なんかじゃない。十馬サマの思い人、六道九耶……)
(ちがう。このていどのシゲキじゃ十馬サマは物足りないハズ、次はこのシーンを再現したらどうなるんだろ……)
結局、イクミに力強く引っぱたかれるまで、アタシの一方的な攻めは続いていたみたい……。
◆ ◇ ◆
次の日、アタシはイクミに謝ることにした。
昨日のことを改めて思い返せば、謝るのは当然のことだ。
アタシに声をかけられて、イクミは明らかに動揺していた。でも、アタシのことを拒絶することはしなかった。
「イクミ、おはよう。あの、昨日はゴメン……」
「はあ、もういい。あれは」
どうにもギクシャクした空気。アタシは沈黙に耐えきれず再び口を開いた。
「ビデオは……」
「あ、あんなもん使えるわけねえだろ! ……データ消して演劇部に返すよ」
アタシはちょっと安心した。アタシはビデオの内容を見てないけど、あそこに映っているのは十馬サマと九耶のシーンではなく、アタシとイクミのシーンなのだから……。
イクミがぼそぼそとグチりだした。
「だいたいなんでおっぱい触る時点で正気に戻んねえんだよ。うちのおっぱいが野郎と同レベルだって言いてえのかよ……」
ポイントがずれている気がするけれど、もしかしてイクミ、その点を気にしている……?
「九耶のガタイを妄想しろって言ったからそうしただけじゃない。……ツイてないのに気づいて『おや?』と思ったけど」
「おまえなあ……。ま、うちらが二人になりきる作戦は大失敗だったな。やっぱリアルに触れ合うしかねえのか……」
「ごめん、アタシそんな気になれないカモ……」
「正直なところ、うちも」
またもや思い沈黙がおりて、アタシの息が詰まりそうになる。
「ね、ねえ、イクミ……」
「なんだよ」
声をかけたのはアタシのハズなのに、何を言えばいいのかわからなくて、思わずバツが悪そうに視線を逸らした。
「……ゴメン、なんでもない」
「……あっそ」