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解決したと思ったのか、馬鹿め!

「説明しろ」

「話せば長いことながら」

「長くてもいいから話してくれ、頼む。でもできれば短く」

「承知いたしました。呪いにかけられていたのですが、殿下がキスしてくださったのでこのように無事元に戻りました。以上です」

「短くまとめられるじゃないか!」

「私ってやれば出来る子――あの、殿下。怒らないでくださいませ、反省しますので」

「怒ってない!」


 あれから私たちは、絶叫に駆けつけた控えの皆様を(王子が)説得したり(私が)身を隠してやりすごしたりとてんてこ舞いでしたが、なんとか全部片付けまして、最終的にこうしてお布団の上で正座して向かい合っております。

 あ、ちなみに服も落ち着いた段階で私が自分で用意して、今は私、黒いローブと山高帽をまとっている状態です、ご安心ください。


「魔女、だったのか……」


 王子が私の格好を改めて上から下まで観察し、つぶやきます。


 ええまあ、なんとなくその場のノリで共謀して皆様から私(真)の存在を隠してしまいましたけど、結構ショッキングな出来事だと思いますからね。

 まずは王子とゆっくりお話しして落ち着いてから徐々に周囲にも種明かしをしていった方が良いかなと。

 というか現状、下手するとしょっ引かれてお縄にかけられて最悪処刑されても文句言えない身な気がするので、まずは確実な味方を作っておきたいなと、王子の説得を試みているところでして。


 彫像のように硬いことで定評のあった涼やかな顔を乱しまくりな王子ですが、眼光の強さが普段の3割増しぐらいになっています。彼のまなざしになれてきたし種明かしも知っている私とてもちょっと恐怖を感じるレベルです。


 私が元寝床であるクッションを強すぎる視線の盾にお願いしますと、王子は一度声を荒げてからはっと息を呑み、何やらおろおろ戸惑ってからうわずった声で言います。


「そ、それと私はその、怒ってはいないぞ。深刻に驚いているんだ、それだけなんだ」

「あ、そちらの方でございましたか」


 王子は驚くときもぎゅっと眉根を寄せる癖がありますので、判定しにくいんですのよね。私が今までペットプレイにて王子をだましていたことにどれほどお怒りなのかと震撼していましたが、単にテンパっていただけだったのですね。ちょっとだけ安心しました。


「いやはや、殿下は目の奉養となる美貌の持ち主であらせられますが、その表情筋が徹底して死んでいる辺りは大いに改善の余地があると思います。このようにお優しい方なのに、知っている私ですら時折身がすくんでしまうほど眼光が鋭いのですもの」

「逆に貴殿はどうしてそんなに落ち着いている」

「貴殿とはまたずいぶん他人行儀な。あれこれしていただいたご恩、私は忘れておりませんよ。なんなら証拠に私たちだけしか知らないはずの今までのあれこれを片端からつぶさに語ってまいり」

「やめてくれ、私が全面的に悪かったから、私が全ての咎を負うから」

「殿下、さすがにその高さから飛び降りたらお怪我で済みませんよ。およしなさい」


 私は寝台から飛び出したかと思うと、寝室のバルコニーからダイナミックに夜空に飛び立っていこうとする王子の背中に軽く呼びかけて引き止めます。


 王子は戻ってきたかと思うと、寝室のふかふかの絨毯の上をぐるぐるぐるぐると回り始めました。まあびっくり現象なのはわかりますけど、本当に落ち着きのないことですね。あんまり暴れられるとまたおつきの皆様が入ってきてしまいますからほどほどにしていただきたいところですが。


 と、彼は何か決意した表情になり、つかつかとベッドまで帰ってきたかと思うと、ガッ! と力を込めて私の両手を握ります。

 赤い二つの瞳。近すぎて私が映っている姿まで見えます。

 少しは落ち着いてくださったのかな、とじっと見つめ返す私に、彼は相変わらずしっかり両手を握りしめたまま、重々しく宣言しました。


「責任は、取るから」

「……何の話ですの?」

「だって私はその、貴殿に、その……魔獣だと思ってたし、散々無体を――」

「あ、思い出しました。そうですね、散々触られましたね。それはもう、隅々まで」

「うっ」

「裸も見られましたしね」

「ううっ」

「思い返せば性別を確かめるためにひっくり返されて股ぐらをのぞかれたこともありましたね。風呂場で洗うついでに」

「ううううううううう――」


 いけない。期待通りのリアクションが返ってくるので、ついついからかってしまいましたが、そういえばこの王子ものすごく真面目なお方だった。

 私は獣姿の時のことは気にしないようにつとめているのですが、彼はそううまく整理出来ないご様子。

 放っておくとどこまでもヒートアップしそうな彼に向かって、私は淡々と落ち着いて応答致します。


「そうだ、結婚しよう」

「落ち着いてくださいまし殿下。獣姿だったならまったくのノーカンです」

「のーかん」

「ノーカウントです」

「ノーカウント」

「今までのあれこれはほら、なかったことにしましょう」

「なかったこと……いや、しかしだな」

「なかったことにしましょう」

「いや、でも、その」

「なかったことに、しましょう」

「その、あの、ちょっ」

「なかったことにしてくださいますよね?」

「……そうしよう」


 元の姿に戻ってわかったんですけど、王子は元祖コミュ障兼今までの体験から、ご自分が見つめることには慣れていらっしゃるが、見つめ返されることには慣れていらっしゃらないご様子。


 私がじーっと見ていますと、にわかに顔をそれこそ最初にいただいた林檎のごとく赤くし、あたふたしてから離れていってしまいます。かと思うと部屋の中でうろうろうろ。


 面白い、実に面白い。


 違う。


 この空気をなんとかして私の安全を確保せねば。


「ええと、ああそうだ。この姿に戻りましたし、さすがにきゅーちゃんはちょっとやめた方が良いですね。元々の名前はミリーティアと申しますので、そうお呼びください。たぶん色々お聞きになりたいことがございますでしょう? 何から話したものかしら」


 どうすればいいのか途方に暮れている王子に私がそっと話題提供を致しますと、彼ははたと顔を上げ、しばし迷った風になってから尋ねていらっしゃいます。


「呪われていたと言っていたが、どういうことだ? 誰に? なぜ?」

「やっぱり気になりますか、そりゃ気になりますよね。話さないとだめかあ……」


 私は思わず半ばひとりごちながら、視線を泳がせます。

 しかしたそがれていたのは数秒、すぐに立ち直ると再びクリス王子をしっかり見据え(王子は逆に私が見た瞬間おろおろ視線をさまよわせ)、覚悟を決めて話し始めます。


「そもそも私の母親は、大魔女マリアノーラと申しまして、私は彼女の末娘なんです。未熟なので、私自身は大した魔法は使えません。私たちは元々森の奥に住んでいて、伝承の通り時折人の招きに応じては出かけていってほんの少しの奇跡を起こすことができるんですけれども――母の事を申し上げさせていただきますと、まあ腕だけは確かですが、これがまたえらく短気で面倒な頑固親でしてね。おまけに見境のない男好きでだらしなくて、さらに最近老化が進んでいるせいか同じ話を何度も繰り返す――」


 ついつい癖で修飾過多にいらない情報をたくさん付け加えてお話ししようとする私ですが、王子から「短く話せ」と言わんばかりの鋭い視線が飛んできましたので、細かい場所を省いてお伝えすることに切り替えます。


 ちなみに省いた都合上王子に告げるタイミングを逸しましたが、おそらく幼少期の彼に赤い目を与えたのは私の母で間違いないです。

 腕は確かで人間好きのフレンドリーな魔女ですが、それはもう、非常に残念な男好きでして……まあまず間違いなく幼少期のクリス王子に目をつけて粉かけましたね、情けない。王子が容貌や人に優しく真面目な性格の割にどうも人間関係がうまくいっていなかったのは、少なくとも半分母のせいだと思われます。

 あの人、他の女に取られないようにわざと怖い印象を与える効果を残していったんですね。

 でまあ、私が最初から王子の目を気にしていたのは、ファードラゴンに姿を変えられていたなりに母の魔力の気配を感知していたのでしょう。

 今はもう、元に戻っていますからビンビンに感じます。

 ええもう、間違いなくこれは奴の犯行です。


 ってそれより王子に私がどうしてファードラゴン化していたのか、簡単な説明を。


「わかりました、巻いて飛ばして重要部分だけお話ししますね。その、腕は確かですが性格に色々問題のある母と私とですが、うららかなある日の午後、ささやかな喧嘩をしてしまいましたの」

「……喧嘩? どのようなものだ」

「いつになったら孫の顔を見せてくれるのかと言われたので、相手がいないのでまず無理ですと答えたら、どうやらぷつんときてしまったらしく。怒髪天を衝くと衝動的に呪いをかける悪癖の持ち主なんですのよね、あの人。男漁りもできぬこんな不良娘もういらぬわ、こうしてくれる! って感じに、それはもう派手に呪われた挙げ句たたき出されまして」

「男漁りもできぬ不良娘」

「魔女ですから。ちょっと普通の人間様とは価値観が異なるのかもしれませんね」


 鈍器でしこたま頭を殴られたかのような顔で、うつろに王子が繰り返すので、私は肩をすくめてみせます。

 幸か不幸か私は母の淫蕩な部分は継がずに済みましたので、昔から色事にはそこまで興味が持てなくて。でも母は娘の中で一番私が美人だからと、なぜか私に春が訪れることを期待しているようなんですよね。

 まあ筋金入りの面食いですから、なんとなく企んでいることはわかります。どうせ顔の綺麗な孫がほしいだけです。あの人はそういう女です。


「ただ今回の件、実は半分は自業自得なんですの。いつもは適当な生物に変えられても、すぐに頭を冷やした母上が元に戻してくださいますが、私も少しばかり堪忍袋の緒が切れてしまいまして――つい、反抗心のまま、ダイナミックに母の転移術装置を持ち出して家出を。でまあ、それが怒り心頭状態で行ったため、いささか勢いがつきすぎて、ちょっと帰り道がわからない場所まで飛んできてしまって、ついでに装置が壊れたので戻れなくなって――」

「それで、自力では呪いを解くことも出来ず、ファードラゴンとして生活するしかなかった、と」

「殿下は本当にご聡明であらせられる。おかげで説明の手間が省けて助かります」


 私はにっこり微笑みますが、殿下はかっと目を見開き、ついでに口も開き、しかし何を言うべきかはちょっと喉から上がってこない模様です。


 ええまあ、なんとなく言いたいことはわかりますよ。主に罵倒ですよね。

 たかが親子喧嘩で呪われて、呪いの解除方法もわからないまま見知らぬ土地まで家出して、転移先の森の中で強制サバイバルに失敗した末に罠にまでかかって、でも成り行き任せの棚ぼたを利用してまんまと王子のペットとして極楽ライフを享受して――。

 冷静に考えたら私も母の事をあまり言えないぐらいひどいですね。

 これは謝っても割と駄目な気がしてきました。


 でも、一部感情に流されはしましたけど、私なりにより良い方向を目指して選択を続けてきたはずですし、ペットとして王子殿下にティティー達とともに尽くしてきたことは事実!

 詐称の件は色々駄目でしょうが、私が短気な母にファードラゴンに変えられていたのがそもそもの元凶と言うことで、情状酌量していただけないものでしょうか――。


 ……って。

 あら?


「しまったあの頑固ババア、なんという二重トラップを仕込んでくれたのでしょう――!」


 ぐるぐると思考回路を忙しくしていた私は、自身の変調に気がつくのが遅れ、その結果情けなくも悲鳴を上げながらどろんと煙に包まれます。


「へっ?」


 同じくぐるぐる悩んでいたためか、私の異変に同じく出遅れ間抜けな声を上げたクリス王子の視線の先、寝台のふかふかクッションの上に鎮座しますは、なんと先ほど消えたはずのきゅーちゃん!


 ……私は悲しい声で王子に訴えかけます。

 元に戻っちゃいました、と。

 しかし口からもれるのはやはり「きゅうん」という特に意味をなさない鳴き声一つ。


「な、何故元に戻ったのだー!?」


 沈黙数秒の後、王子の寝室に再び野太い悲鳴がとどろいたのでした。


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