職業ペットも楽じゃない(でもやっぱり楽)
さてこうしてクリス王子のペットとなった私ですが、当初はケージの中で日中を過ごし、王子の帰りを待つことが日課でした。
野生から拾ってきた動物しかも魔獣ですからね。いきなり全力で放し飼いにしようとした王子の神経の方を疑いますよね、普通。
とは言え王子はアホというわけではなく(アホというより天然って奴だと思います、あれは)、どうやら私が人間並の知能の持ち主である事を見抜き、それゆえに待遇改善しても大丈夫だと踏んでいる様子。
実際、逃げたりしませんし人に害をなしたりもしませんからね。身体は小型魔獣ですが、何日もこの格好してますから扱いや力加減も大分こなれてきてますし、逃げてまた飢え死にの憂き目に遭いたくないですから、思う存分居候堪能させていただいておりますし、なんならついでに皆様に心ゆくまでモフられますし。
ということで、最初は隔離されつつ様子見だった私ですが、二・三日経つ頃には首輪と紐つきで王子にくっついて出歩けるようになりましたし、一週間経つ頃にはほぼほぼ城内のチョロい奴らのハートをわしづかみにして放し飼いの自由行動が許されるようにまでなりました。
まあそりゃ見た目はぬいぐるみのごときファードラゴンですが、中身は私ですからね。三食昼寝に至れり尽くせりの手厚いお世話つきとなれば、まさに夢のぐうたら生活。野生でできもしない狩りにいそしんでいるのよりかは、よっぽどこちらの方がいいです。適当にお愛想振りまいて芸してれば皆満足して可愛がってくれるんですよ。はいはい適材適所。
とは言え、大変なことや気になることもないわけではありません。
たとえば言葉が話せませんので、私が「あ、それはちょっと……」って思ってることは大抵スルーされてしまいます。
看過できないことについてはこっちも真面目に抵抗しますから皆さん気がついてくれるんですが、元来スルー体質の私、たとえば尻尾引っ張られたりとか、たとえば食事に林檎ばっかり出たりとか、たとえば見知らぬ人にいきなりだっこされたり、微妙になんだかなあと思うことがあっても傍目には無反応に見えるわけです。
こういう地味なフラストレーション、長期的にはよくないんですよね。でもやっぱりこんな些細な事で怒るのもなあ、居候させてもらってる身だしなあ、と思うとうまく反応できない。
あと真っ裸でいることやお風呂ぐらいはまあもうあきらめの範疇ですけど、トイレに関してはなかなか難しいところがありました。
特に最初はケージの中でしたからね。こんなの監禁よ! なんて言っても誰も反応してくれませんし、乙女の矜持をたたき折るなかなか恐ろしいイベントでした。でも仕方ないね向こうは私のこと少し頭がいいだけの畜生だと思ってますから躾の範囲なんですよね仕方ないね涙が止まらないです!
……まあ、最終的には今現在私畜生の身体だしどうしようもできない、漏らすのだけは勘弁、ということで泣く泣く圧力に屈しました。そして一度屈したら深く考えず畜生気分で振る舞えばいいのだと開き直りました。
何も言わないで。そうでも考えないとやってられないじゃないですか。ああ思いだしただけで涙が。
でもたとえ動物とは言え、嫌なものは嫌だし、恥ずかしい物は恥ずかしい、隠したいものは隠したい。私にだって一応プライドやら自尊心やら申し訳程度には残ってるんです。放し飼いが許可されてからはちゃんと誰も見てないところで済ませるようになりましたよ。生きている以上生理欲求とは離れられないので、折り合いをつけてつきあっていく他ないのですね。
他にも最大の敵と呼べるものは、余暇の過ごし方でしょうか。
王子は日中、いろいろな方と会ったり打ち合わせをしたり相談をしたり、難しそうな書類に目を通したり、どこどこに視察とやらでお出かけしたり――とにかく一人でいる時間はなく、誰かしらとお話ししているかどこかしらを歩き回っているかの大体二択です。ようやく休憩や趣味の時間かと思ったら、今度は自主的にお勉強や鍛錬を始める始末。えらい人にとってはもはや遊びすらもお仕事になってしまうのですね。
そうなりますと、当然私はその間暇になりますので、誰か適当な人に相手をしてもらうことになります。
これがまた、最初のうちは新鮮ですがだんだんパターン化されてくること。
だって皆さん愛玩動物相手ですからね。犬や猫や馬や、そういうものに対する反応、おもちゃくれたり食べ物くれたりひたすらモフッたり……まあそりゃ、そうするしかないですよね、仕方ないですけども。
それに言葉が通じないものですから、私が気乗りしない時も遊びに誘ってきますし、もうこれ以上はいいやと思っても食べ物ぐいぐい差し出してきますし、無害な魔獣だからって下手に見るんですから、まったくもう……私愛想は悪い方じゃないと自覚してますけど、さすがに一日中猫じゃらしやとってこーい! の無限ループにさらされたら、割とげんなりしますよ。
まったく、私の見た目が可愛いからって皆でちやほやしやがって! 寝食保証されてる分のお仕事だと思ってるから働くけど、労働条件に時間制限を入れてください!
ってことで試行錯誤や探検の果てに見つけた王子のいない間の聖地の一つが図書館。
ここならうるさくできませんから必要以上の肉体労働にかり出されませんし、私の趣味だった読書は誰かよさそうな本を読んでいて動物に優しそうな人を見繕ったら一緒に読んでても怒られませんし(まああちらは私が本を読んでるとは思ってないんでしょうけど)、優しい人になると本を借りてきて朗読してくれることもあります。
本当はお城の中にある魔法研究所や実験室に行ければ一番の暇つぶしどころか日参場所になるんですけど、さすがに動物禁制ゾーン、泣く泣く断念して次点の図書館を選ぶことにしたのです。
このときだけは聖地を目の前にして至れぬ呪われた我が身を恨みましたが、まあ仕方ないですね。仮に今の状態じゃなくても入れさせてもらえたかは怪しいですし。
王子以外の城内の人間、特に天敵お子様達に度々翻弄され続ける私ですが、王子本人におつきあいするのも結構な肉体労働なのです。
何せ一日中ずーっと動き回っている。かと思うと、しずかーに会議に参加したり講義を受けたり芸術鑑賞に励んでいたり……その間私も一緒におつきあいしないといけないわけですよ、不動で。これがつらいのなんのって、地味に動き続けるより身体に力が入ったりします。
ここでありがたいのが畜生の身、寝ても誰も怒らないどころか放っておいてくれることでしょうか。
なので私は王子に連れ歩かれているときは、アクティブな状態だと横を歩いたり周りを飛んだり(たまに歩く向きを見誤って蹴っ飛ばされることもある)、もうちょっと落ち着いてるときは頭に乗ったり(意外と良い髪質で居心地良好)、襟巻きよろしく細長い胴を生かして首に巻き付いていたり(暑いと引きはがされて振りかぶられた後そっと優しく下ろされる)とポジションを変更しますが、彼が座るとすかさず膝に陣取りまして丸くなる戦法に出る事にしました。
こうしていると私は安全を確保できますし、気が向いたときだけ王子と一緒にイベントに参加できますし、寝てるだけでも王子にモフられて癒やす職務を果たすことができますし……ふふふ、なんと完璧な布陣なのでしょうか。まさにWIN―WIN。
そんな風になんとなく居場所を確保して生活を続けてみますと、意外な展開が私たちを待っていたのです。
と言うのも、クリス王子は美貌のわりに眼光の鋭さと隙がなさ過ぎることで恐れられていた御仁。身も蓋もなく言うと人気はいまいちだったんですね。
それが愛くるしい(笑)ひ弱な(笑……えない、私それで危うく一回餓死しかけた)ファードラゴンを連れ帰り、連日人目もはばからず溺愛するようになった……。
ここから導かれる結論は?
ええまあ、そうです。ギャップ萌えって奴です。
私が来てから今までどことなく人の輪の外に孤立しがちだった王子が、一躍皆様の中心となる存在に!
……わかってます。自分で溺愛というの、スーパー痛々しいですね、自覚あります。
でも、私を罵倒する前に、以下の王子の劇的ビフォーアフターを聞いてください。
まずは私がケージにいた頃、今まで文句一つ言わずに残業もこなしていた仕事に何かしら理由をつけてさっさと定時上がりするようになり。
一緒に連れ歩かれるようになってからは、隙を見て私の話題披露、親馬鹿全開の自慢の数々を繰り返し。
私が放し飼い許可されてからは、今まで何があろうと眉一つ動かさぬことに定評のあった顔にわかりやすい動揺を浮かべ、挙げ句の果てにはおやつの時間に私が少しでも遅れると鬼のような形相で探し回るようになり(おかげでおやつは必ず定刻通りに殿下の膝の上でいただくことが、私の必須使命となりました。王子、少し落ち着きなさい)。
……これらの所行を積み上げていれば、客観的に申し上げても過保護構い過ぎと申し上げて問題ないと思うのですが、いかがでしょう。
いやあ私愛されてるなあ、愛が重いなあ、大丈夫なのかなあこの王子やこの城や果てはこの国。
嫌ですよ私、傾国の美姫(失笑)なんて。
と、私もご主人様に対してドン引――いやご主人様のことを常日頃真心こめて真面目に心配しているのですが、過保護とは言え公務はきちんとこなしてらっしゃいますし、むしろ今までがキツキツすぎるスケジュールだったので定時上がりできるようになって王子付きの皆様達も万々歳、労働環境が改善されて私をあがめる人まで……。
あれ? むしろ良いことづくしじゃない? 私ものすごくお城に幸せもたらしてない?
ならまあ、別にいいか。
しかしこうして申し訳なくなってくるぐらい心をこめて可愛がっていただけていると、さすがに王子の美貌やら鋭いまなざしやらの圧倒的とっつきにくさにも慣れてくるというもの。
というか向こうから勝手にすり寄ってくるので慣れ不可避というもの。
彼が興味を持った物をものすごく真剣に見つめるのは、どうやら染みついた癖のようです。
最初はそらして受け流していた私ですが、だんだんと「何ですか?」とメンチを切る、もとい面と向かって目を合わせることにも慣れてきました。
そうすると王子がますます喜び、王子が私にデレデレしている姿を見ると周囲もなごみ、以下幸せの無限ループへ……。
私の抱えている秘密について考慮すると、若干致命的な欠陥がある気もしますが、終始できの良いモフペット生活に甘んじていることで誰もが幸せになれるのならそれでいいではないですか。このまま一生こうやって暮らしていくのもやぶさかではない。
そんな風に、私が思い始めてきた時のことでした。