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迫真の「ちゃんと面倒見るから!」

 ああ、極楽です。生き返る心持ちとはまさにこのこと。

 私は与えられた果実を一心に頬張ります。


「殿下、なんですかそれ」

「私もなんなのだろうかと考え続けている」


 ちょいちょい形の良い指で頭をつつかれますが、気にしません。

 しかし、したたる果汁に舌鼓を打っていると唐突にぐっと首根っこを引っ張られ、身体が浮く感覚が。


「キューイ!」

「見れば見るほど変な奴」

「ティティー、やめろ!」


 首根っこをひっつかまれて悲しい叫びを上げた私を、別の手がそっと取り戻し、再び果実の前に戻してくださいます。


「何するんですか殿下」

「お前こそ何するんだ、食事中だぞ」

「いやあだってこいつ、畜生だから仕方ないにしても意地汚いというか……食ってばっかじゃないですか」

「よっぽど腹が減っていたんだろう。こんなにやせて、可哀想に」


 優しく背中を撫でる手の感触。


 でもそれより何よりやっぱり新鮮なごはんですよ!

 赤くて丸い果実、しゃくりとほどよい歯ごたえ、舌に広がりしみ通る甘い味――それらを吸収すると、全身に力がみなぎってくるようです。気のせいかもしれませんが毛のつやも戻ってきているような。


 私がそうしている間に、上の方から男二人の会話が降ってくるのが聞こえます。


「魔獣……ですよね」

「魔獣……なんだろうな」


 どうやら私を話題にして首をかしげているようですが、それ以上何かされる様子がないので食事に集中します。


 ノーフード、ノーライフ。


 私はそれをこの数日間で嫌と言うほど味わわされました。食べ物がなければ生物は生きていけないのです。モグモグああおいしいモグモグ。


「大きさは猫ぐらいですかね?」

「私の膝に乗るぐらいだからな。猫よりはやや胴長で細長い」

「シルエットは……イタチに近いでしょうか」

「顔は丸くないが。細長いな」

「猫よりは犬……うーん、狐かな……? 耳は三角ですしね」

「今耳が動いた――実に尊い」

「は?」

「えっ」

「は?」

「なんでもない。なんでもないぞ、ティティー」


 一瞬思わずといった感じに漏れた本音のような言葉に対し、明らかに威圧を帯びた応酬。

 あら? この二人って雰囲気から察するに、黒髪の方が上の立場で茶髪の方が下の立場よね?


「足は……指がある。爪は収納式か?」

「四つ足ですが、翼もありますね。これが奇妙だ」

「そう、だから種族の特定ができない」

「魔獣ではあるんでしょうが……」


 ああ、二人して何をそんな深刻な顔をしているのかと思えば、私の正体について心あたりがなくて、そんな風に悩んでいらっしゃったのですね。

 そりゃあまあ、そうでしょう。この辺りには生息してない幻獣です。というか、普通に幻の魔獣ですからね。


 私は耳を動かしてこっそり様子をうかがいますが、やはり言葉遣いから二人の関係性は先ほどの推理通りで間違っていない模様。

 じゃあきっとさっきの暴言は錯覚ですのね。

 でもそんなことより林檎が美味しい。どこで採れたものなんでしょう? こんなに甘く、かといって甘さがくどくもなくフルーティーな品種を味わったのは初めてです! さすが権力者の金で食べる飯はうまい! 

 あら嫌だついうっかり本音が。でもこんな機会普通巡ってこないでしょうから、ありがたく浸らせていただきましょう。


「しかも毛が生えてますね、全身に」

「モフモフだ。この手触りはプレミアムマイルドモッフーと言って間違いない」

「そうです、モフ――は? 殿下今なんか変なこと口走りませんでした?」

「いや、なんでもない。私はお前に同意しただけだ、気にするな」

「そうですか」


 暴言が空耳ではなくて確定事象に格上げされました。

 おかしいですね、なぜ時折茶髪男さんから威圧の波動を感じるのでしょう、彼らはそこそこ複雑な関係性のようです。


 私が少し心配しながらも尻尾を揺らして一心に極上林檎を味わっていると、再び私の身体に何かが触れる感触と、そっと翼が広げられる気配がします。

 ある程度腹が満たされて第一欲求の程度が下がっていた私は、振り返って身体にいたずらをしているらしい茶髪男の手を視界に入れると「やめてくださいませ!」と抗議を訴えます。いくら反応しないからってそう何度もしつこくされたら嫌なんですからね!


「キュイキュイ!」


 心の中でどんなにか訴えても、口から出るのはこういう音なんですけどね。

 はあ、伝わる気がしない。

 おのれ、こうなったことを恨みますよ、母上。


「うーん、翼は鳥、基本骨格はほ乳類の小型の肉食……? やっぱり謎の生物だなあ」


 案の定、私が微妙に嫌がっているのを気にもせず、さっきからことあるごとに私にちょっかいをかけてきている茶髪の男(推定騎士、ないし貴人に仕える高貴な方ってところでしょうね。言動はあれですが、無表情美形ほどでないにしろ身なりが良いですし、ただよう品がどことなく育ちの良さを感じさせます。年齢はたぶん美男子と同じぐらい)は青い目を細め観察を続けます。


 するとそこで、膝の上に私を乗せて果物を与えながら静かに撫でている謎の美男子が待ったをかけました。


「だからやめろと言っているだろうティティー、そのうち噛まれても知らないぞ。お前はさっきから、明らかに嫌がる事しかしていない」

「嫌がる事しかの部分はごもっとも。ですが殿下、半分以上はあなたのせいですからね、お忘れなく。まったく、お供を置いて勝手にずんずん森の奥まで進んでいって、ようやく追いついたら一人で罠から獲物外してるんですもん。しかも見たことない謎の生物。心臓に悪いことしないでくださいよ」

「この生き物に敵意はない」

「何を根拠に?」

「林檎に釣られたなら草食だ」

「殿下、雑食って知ってますか、知らないとは言わせませんよ。第一草食だからってことは人を傷つけない理由になりません。野生動物の力を舐めないでください。まして魔獣なのに」

「何にせよ小型だし、弱っている。それに罠にひっかかったときにどこか痛めたみたいだ。飛びたがらないのと、羽をいじると嫌がるのはそういうことだと思う」


 そうですね、たぶん翼をひねったので飛行はうまくいきません。だから翼を触られるのは今嫌なのです。

 会話がやむと、私がしゃくしゃく果実をかみしめる音だけが森に響き渡ります。なんだろうと思って見上げると、そこには相変わらずのぼせるほどの美形と、震え上がるほどするどい赤い瞳が。


 しばしの沈黙の後、お供の男ティティーは美貌の殿下に向かって呆れたように肩をすくめ、それからにっこり微笑んで、かと思ったら真面目になって、最終的に説得を試みるような表情に収まりました。対する黒髪赤目の美男は憮然とした顔のまま。

 一体何が始まるんです……!?

 緊張が移ってきて身体をこわばらせる私の前で、二人の男の控えめな口論が始まります。


「殿下。駄目ですよ」

「私はまだ何も言っていない」

「今まで何度か似たような状況がありましたから、なんとなくこの後の展開も読めました。駄目です。罠から外して食べ物も与えたでしょう。ここらで森に返すべきです。自然の摂理です。……こらっ、そこ、拾った小動物と目を合わせちゃいけません! ますます情が移っちゃうでしょ!」

「ティティー」

「うっ、そしてこのタイミングで俺と目を合わせるのか!」

「この魔獣に関して我々が考慮すべき事は山ほどあるが、私は一つとても気になっていることがあるんだ」

「嫌な予感がするので聞きたくないんですが、耳を塞いでもよろしいでしょうか」

「いいや、是非聞いてくれ。人慣れしすぎていると思わないか」

「聞きたくないって言ったのに馬鹿――え、何です? 人慣れ?」


 じっと二人分の視線が注がれた私は、身を小さくして「な、なんですか、何か文句でも」とつぶやきます。


「キュッ、キュイッ」

「……まあ、確かに大人しすぎるというか、食べ物にがっつく元気はあるのに、罠から外しても攻撃どころか逃げもしないし、そもそも与えられた物に対する警戒心や抵抗が少なすぎだし、食べている間も殿下に触られてもびくともしないし……野良にしてはあり得ないレベルでどんくさいですね」

「キュー!」

「あ、もしかしてまだ子どもなのでは? ……だとしたらますますまずいですよ、こんなのの親なんて絶対ろくなものじゃありません。殿下、今すぐポイッしてください。ほら、早く」

「お前はなんて薄情な奴なんだ! いいか、私の考えを言おう。この辺りで見たこともない姿といい、どこかの好事家に飼われていたのが、逃げ出したか捨てられたかしたのではないだろうか」

「あー、うーん、はい……まあ、その可能性があり得ないとは言えませんけど……」

「絶対そうに違いない」

「にらまないでくださいよ、俺は悪くないですよ!?」


 食べ物をくれた良い美形(ただし眼光が鋭すぎて目が合うととても怖いです。こっち見ないで)の方は、私が三つ目の果物をきれいに芯を残して食べ終わったのを見ると、ちょんちょんと頭をつつきながら語りかけてきます。


「どうした、もう腹がくちくなったか」

「キュッ」

「そうかそうか、よかったな」

「殿下……」


 この人、眼光が鋭いやら見た目が整いすぎてることやらで視覚的には暴力の塊だけれど、絶妙なソフトタッチは気持ちいい……!

 おなかが満たされ、殿下(推定)に優しく頭を撫でられている私は自然と喉から満足の声が上がってしまいます。あっ、ちょっ、でも脇は駄目、脇はくすぐったいですやめて!


 ぷるぷる震えている私の視界には、別の意味で脱力しきったお供が頭を抱えています。


「犬猫じゃないんだから……」

「こんなにかわ――弱々しい生き物を、恐ろしい森に置いてなんかいけるか。保護網にひっかかったのも何かの縁、面倒を見るのは仕掛け人の責任だ。そうではないか」

「殿下、理屈こねなくてもいいです。知ってます、殿下と交流ある人達は俺を含め皆把握してます。あなたが見かけによらず無類の可愛い物好きだって事と、そのくせ顔というか目が怖いせいで片想い常習犯であるって事を。どうぞこの殿下の忠実なしもべ、幼なじみにして親友のティティーめには、その尊い本音をお吐きやがれください。あなた、思う存分モフりたいだけでしょう」

「…………」


 ティティーに言われると、表情筋死んでる系美男子は彫像のような顔のままふいっと横を向き、にわかに私を撫でる手を強めます。一目惚れとはまた照れることをおっしゃってくださる。確かに今の私の外見、自分で言うのもあれですが割とあざと――。


 あっ!

 だから!

 ちょっと!

 何するんですの!

 おなかは駄目、おなかは駄目って言ってるのにこの野郎、気持ちよくて淑女崩れちゃう体面保てなくなっちゃう、それが紳士のすることですか――いやあああああああ!


 ビクンビクンと身体をうごめかせている私の視界の端で、お供の方が冷たい青い目をこちらに向け、次いで深く息を吐いて頭を振ったのが見えました。


「どうなっても、殿下の責任ですよ。ちゃんと面倒見るんですよ。それでよろしいですね」


 すると今まで終始鋭いだけだった赤い目が一瞬ゆるんで輝き、潤み、私に注がれました。

 どきん、と心臓の跳ねる音。

 なんでしょう、この目、なんか無性に引き寄せられるというか気になる感じがするような……。


 きゅいっと私がのんきな鳴き声を上げた上では、飼って良しの許可をいただいてご満悦の殿下(仮)と、根負けし頭を抱えている従者(仮)の二人が残されたのでした。



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