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運命の出会い(笑)

 どうしてこんなことになってしまったのでしょう?

 私が悲しくなって泣いておりますと、「きゅううん、きゅうううん!」と自分の口からなんとも哀れな嘆きの声がもれ出て参ります。

 また軽く暴れてみますと、動きに合わせまして、ぷらんぷらんと宙づりになった身体が網ごと揺れます。


 現状を一言で申し上げますと、推定昼時、森の中、そして捕獲網にはまっている哀れな野生モンスターが私、ということになるでしょうか。


 端的に申し上げて絶賛大ピンチですね。まったくもって情けない。


 このように見え見えの罠にホイホイかかってしまうとは、淑女失格と言われてしまうかもしれません。


 でも本当におなかが空いていたんです、三日ぶりのごちそうだと思ったんです!


 ぷらぷら悲しく宙づりになって揺れていると、視界の端には元凶であると言っていい、いかにも熟した甘そうな赤い果実が地面に転がっており、私の鼻を芳醇な香りがくすぐります。

 今の我が身にとってあれはまさにそう、絵に描いただけの食べ物。


 ごはん……と思うと「ぴきゅん……」とまたなんとも悲しい声が口から漏れていきます。


 一体何が悪かったと言うのでしょう? ただあの実を一口かじって元気を出したかっただけなのに。

 腹ぺこでさまよう森の中、ふと甘いにおいに釣られてやってきた先に赤色の幸福を見つけ、天の助け日頃の行いと近づいてまさに口を開けたその瞬間、無情な網は私をすくい上げられて宙に連れ去ってしまったのです。

 あとちょっと、あとちょっとでかじれたところだったのに、おのれ人間さすが汚い、餌と罠の配置が主に汚い!


 でもいつまでも食べ物のことばかり思ってはいられないわ。

 人為的な罠があったということは、仕掛け人がいたということで、つまりこの先我が身がひどいめに遭うことはほぼ確定的未来。この外道な罠を仕掛けた非道な輩に、これからどのようになぶられ辱められ、最悪殺されてしまうかという点について、わたくしは今から真剣に考慮するべきでしょう……。


 が、腹ぺこの私には、あの届かない果実に対する執念で頭がいっぱいなのです。おなかすいた。もうだめだ。頭の中を赤い丸が回っている。本格的にだめだこれは。


 ああ、ああ! なんたること。あの果物が我が手にあるのであれば、今こうして網プラの刑に処されていても全くかまわなかったほどなのに。すべては腹ぺこのせいです、生き物は第一欲求には勝てないのです。ああおなかすいた、おなかすいたの!

 かなしい……本当にここ数日、ろくなもの食べてないのに、こんな生殺し状態……私が一体何をしたというのです……それともあの選択はやはり人生の過ちであったと……?




 と、キュンキュンしくしく悲しく泣いていた私は、近づく気配にここでようやく気がつきました。


 先ほどから遠くで木が鳴っているかなあとは思っていたのですけど、あれは風ではなくて人が木々をかき分ける音だったのですね。食欲で忙しかったので野生の勘がすっかりおざなりになっていました。

 だっておなかすいてたんだもの、仕方ないですね。


 しかしこう身近に脅威が迫ればさすがに現実逃避もしていられない。

 さて煮るなり焼くなり食べるなり、私はどうなってしまうのでしょう? できれば私のこの愛くるしさ(笑)にズギュンと来て、優しさの余り思わず森にリリースしてくれないかなと思います。それがベストです。

 私を殺したり、最悪食べたりなんてなんかこう、色々駄目だと思います。今後の人間の平和を思うと、やめといた方が良いと思うのです。



 足音が近くなる。視界の端で茂みがゆれる。いざ、尋常に勝負の時のようです。


 私はせいぜいあざとく見えるように、このくりっくりの二つの目で外道捕獲人の姿を収めんとし――。



 ガサリと木々をかき分けて現れたるは、一人の若い殿方。

 黒髪に赤い瞳が印象的で、着ている服も髪も合わせたかのように黒系統のもの、アクセントにたまに赤や金の色。……そして一目でもわかる、それらの上等な仕立てぶり。


 しかし、そんな持ち物装備をはるかに上回るもの。それはそう、顔。

 切れ長で奥二重の瞳、すっとまっすぐ伸びた高い鼻、ぐっとひき結ばれている唇に、魂の強さをうかがわせる額と顎のしっかりしたライン。

 総合すると作り物のように整ったお顔立ちの美男子ですね。整いすぎてていっそ気持ち悪――いえ、美しい物は尊いと思いますけどね、美しすぎるとさすがにドン引きするかなって。



 何このイケメン、怖い。



 そんなフレーズが頭によぎるとともに硬直し縮こまる私の身体。


 網の中で大人しく翼をたたんでしゅんとしている私を発見すると、その人は近づいてきて見上げます。


「…………」


 それにしても、絶世の美男と呼んで差し支えなさそうな方にこうも真顔でにらまれているとですね、こちらは蛇ににらまれたカエル状態とでも言いましょうか、私さっきから身体を縮こまらせてぷるぷる震えてるんですけれども、この程度の媚びなぞ一にらみで吹き飛ばされそうです。

 フフッ。ああ、これは本当に詰んだかもしれない。自分で言うのもあれですが、今の私結構良い毛並みしてますからね。きっとこの方に切り刻まれて毛皮か剥製にされて終わるのね。なんなら御身を飾る襟巻きか何かにされてしまうかもしれない。

 ああ悲しいなあ。世界が一つ滅んだわ。母上、全部あなたのせいですからね。自業自得ですからね。私もちょっとは悪かったかもしれないけど、元をたどればあなたが大人げないせいだったからです、そのことをお忘れなく!


 私が早くも人生を諦めている間、怖い美形の人はしばらく立ち尽くして凝視してらっしゃいましたが(気のせいか呆然としているようにも見える)、動き出しますと、まずは手始めにゆっくりと私のひっかかっている網を下ろします。

 一瞬この隙に逃げだそうかとも考えましたが、頑丈な網が絡まっていてですね、おまけに私、宙づりにされたときに少し身体を痛めていまして、無理矢理動こうとすると結構鈍くずきずき痛むのです。仕方ないので大人しく丸まっています。


 しかし悲しい気持ちは抑えられない。思わずきゅんきゅん泣き出しました私を、いろいろな角度から眺めたりちょんちょんつついたり(何するんですの、えっち!)、最終的にはじっと顔をのぞきこんで怖い美形の人がぽつりと一言申しますことには。


「お前は、なんだ?」


 ……いえそれ、割とこっちの台詞なのですけど。

 人の言葉を話せない私はただしょんぼりしながら、「きゅうん」と泣き声を返すのみでございました。




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