第六話 魔物狩り
「私達二人でクーデルは倒せないわ。アルバンさんの協力は必要不可欠」
「はい、それは分かっています」
クーデルの私兵は強いと聞く。しかし、クーデル本人はただの商人だ。私兵にしても金で雇われているだけだろう。クーデルを直接叩けば、早々に決着をつけることができる。
そのためにもアルバンには協力して貰う。おそらく、アルバンはこの三人の中で最大戦力だ。そして、クーデルにとってイレギュラーな存在でもある。
「隊長とは協力します。でも、クーデルと戦うのは俺とセリーナさんの二人です」
セリーナの整った眉が寄せられる。
「何を言ってるか分からない。前置きはいいから、要点だけ説明して」
「う、すみません」
確かに、得意気になって少し語りすぎたかもしれない。いくらウィルが策を考えるのに慣れてないといっても、反省しなければ。
一つ咳払いをして言う。
「クーデルはきっと俺と隊長両方を殺す気です。それも同時に、じゃないと警戒されて殺しが困難になる」
「そうね」
セリーナがあごに手を当てて頷く。
「俺と隊長を同時に倒す場合、最善は各個撃破でしょう」
そこでセリーナは何かに気付いたのか、はっと顔を上げた。ウィルは続ける。
「各個撃破したいなら、隊長と俺を引き離す必要があります。多分アルバンさんはすでにこの建物の中にはいません。そうなると必然的にクーデルの兵は分散されます」
「今、クーデルの守りは手薄になっているのね」
「おそらく」
クーデルが本当にウィルとアルバンの二人の抹殺を望んでいるかは分からない。しかし、アルバンを警戒するために多少の兵を向けているはずだ。
「なら、急いだ方がいいわね。アルバンさんが街中で戦い始めたら大変」
こんな時に街の人のことまで考えられるのだから、セリーナ優しいのだろう。表情は感情に乏しいが、内側までそうとは限らない。
「そうですね。クーデルの兵が何するか分かりませんし」
セリーナが意外そうに首を傾げる。
「アルバンさんは何もしないと?」
「はい」
「信頼してるのね」
「隊長ですから」
「零番隊の、ね」
「ここは戦場じゃないので、大丈夫ですよ」
零番隊、通称『人狩り』の隊員は人々から悪印象を持たれがちだ。だからこそ、アルバンはいくつかの規律を作った。それらは基本的に隊員が一般人に危害を加えないようにするためで、破った者は容赦なく追放した。その中に「戦場以外での殺しは厳禁」というものがある。戦争が終わった今でも、それは有効なはずだ。
「行きましょう。クーデルがどこにいるか分かりますか?」
「そうね、ここに来て日が浅いから余り詳しくないけど……」
考え込み始めるセリーナ、頭の中にはこの屋敷の地図が広がっているだろう。この屋敷は広いため、無闇に動き回れない。セリーナが思い付く場所を当たった方がいいだろう。
少し俯いて考えるセリーナ、それは明らかな隙であった。
その隙を、廊下に潜んでいた暗殺者が見逃すはずもなかった。
微かな殺気を感じ部屋の入り口に目を向ける。僅かに扉が開いており、そこから筒状の物が見えた。吹き矢だ。
「っ!」
ウィルが踏み込むより吹き矢が放たれる方が速かった。勘付かれたため変えたのだろう、狙いはウィルではなくセリーナだった。
ウィルは身を翻し、左肩で矢を防ぐ。刺さった痛みを感じるよりも速く飛び出すと暗殺者の懐に入り拳を入れた。暗殺者は声を上げる暇もなく意識を失う。
「ウィー君っ」
セリーナが駆け寄ってくる。大丈夫と伝えるために左手を上げようとする。しかし、ウィルの左手は上手く動かない。
「毒が塗られていたようです。左肩から先が痺れています」
「この臭い……魔物に使う毒ね」
「詳しいんですね」
「慣れてるから」
そう言うと、セリーナは自分のスカートを引き裂いた。膝を隠す程度であったスカートの丈が一気に短くなり、艶めかしい白い太腿が露わになった。
「ちょっセリーナさん」
ウィルは慌てて目を逸らすが、セリーナに気にした様子はなく平然と破ったスカートを巻き始める。
「気にする必要ない。動きにくかったから、好都合」
「いや、でも」
「油断した私が悪いわ。この埋め合わせとして、一つ権利を上げる」
「権利?」
手当が終わり、セリーナが離れる。ビリビリになった裾を少しの気にする素振りをした後言う。
「私に何をしてもいい権利、生き残れたらだけど」
「なっ何言ってるんですか!」
思わずセリーナの体に目がいってしまう。細いのに出るところは出ている。考えたくないが、そういうことを想像するなという方が無理だ。
「その代わり、これで対等。もう庇う必要はない」
「でも、セリーナさんは」
言いかけたところで、天井から人が数人落ちてきた。いや、下りてきた。乱れることなく着地すると、一直線にこちらに向かってくる。
動き出すのはセリーナが先だった。
敵は三人、セリーナは仕掛けられる前に先頭の顎に蹴りを入れ昏倒させると返す刀で背後に迫ってきた一人の鳩尾に肘を入れる。
泡を吹いて倒れる仲間を気にせず振り下ろしてきた三人目の剣をかわし、顎先を蹴り上げた。
一瞬の芸当だった。
呆気に取られるウィルに、涼しい顔をしてセリーナは言った。
「女だからって下に見ないで。人相手に戦うのに慣れてないから格好がつかなかったけど、私は『魔物狩り』よ。あまり見くびらないで」
三人の兵士を一瞬で屠ってなお余裕を見せるセリーナは、ただただ美しかった。