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第二話 黒髪の美女

広く豪奢な部屋にあるのはテーブルや壁に掛けられた絵画、そのどれも見るからに高価そうでウィルは落ち着かない気分で座っていた。


「こいつは凄え部屋だな」


右隣に座るアルバンが言う。

ウィルとは違い、アルバンは普段通りだ。もっとも、ウィルはこれまで狼狽えるアルバンを見たことが無いのだが。


ウィルとアルバンは、ここクーデルで一番大きく一番豪華な建物の最上階にいた。そこからは煌々と照らされる街並みが一目で見渡せる。アルバンがいきなりそこに乗り込んだ時は門前払いも覚悟していたウィルだったが、拍子抜けするほどあっさり中に入れて貰えた。しかし、ここまで凄い部屋に通されると逆に何かあるのではないかと疑ってしまう。


「隊長、任務のこと忘れないで下さいね」


「大丈夫だって、綺麗な姉ちゃんとお話ししたらちゃんと集中するよ」


「最初からして下さいよ」


ウィルの言葉はきっとアルバンに届いていないだろう。我が隊長は部屋を見渡して、口元を緩めているだけである。しかし、それでもいいとウィルは割り切る。元々自分一人でこなす任務だったのだ。アルバンの力がなくても、難しい事ではない。


「そういえば」


そんなことを考えていると、アルバンが口を開いた。


「ウィル、お前まだ童貞なのか?」


「そ、そんなこと隊長には関係ないじゃないですか」


口ごもるウィルにアルバンはニヤリと笑う。


「いやいや、それは重要だぜ~。特に今回は」


「どういうことですか?」


「ばーか、今から綺麗な姉ちゃんが接待してくれるんだぞ。その中で、上手く喋れんのか?」


「それは……」


自慢にもならないが、ウィルはこれまで女性とほとんど接した事がない。隊員は全員男だし、クーデルのような色街に立ち寄ったことはあるが所謂そういう店に入ったことはない。


「これだから童貞は……。戦争が終わって、何をしてたんだお前は」


「任務です」


「たくっ、せっかく解放されたんだから少しは遊んどけよ。俺は遊びまくったぞ」


そう言ってアルバンは豪快に笑う。少しムッとしたウィルは非難の色を込めて言う。


「隊長は遊びすぎです。奥さんいるのに」


途端に慌てるアルバン。


「お、おい。今それを言うなよ!」


前言撤回。この人が狼狽える姿、結構見たことがある気がする。


そんなやり取りをしていると、すっと前の扉が開き大柄な男が入ってきた。アルバンと同じくらい上背があり、かなり大きい。しかしその身体は筋肉質ではなく、でっぷりとした腹を突き出すようにして歩いていた。


夜の街クーデルを取り仕切る男、名はクーデル。商人でありながら多くの私兵と最新の武器を持ち、この街を占領するのに大きく貢献したらしい。その戦果としてクーデルを手に入れたと聞いている。


「いや~ようこそおいで下さいました」


上品に切りそろえられた口を緩めて言う。自らの名を街の名にするくらいだから傲慢な人物だろうと想像していたが、それに反して物腰柔らかであった。


「軍人さんは、戦後の後片付けが大変だとお聞きしましたが」


「いえ、任務ですので」


「ハッハッハ。それもそうですな」


五十代から六十代に見えるが、年齢の割には声に張りがあると感じた。


「では早速、話に入らせて頂きます」


本題に入ろうとするウィルをクーデルがにこやかな顔のまま制した。


「まあまあ、夜は長いのですからそう急がずとも。せっかくです、癒されていっては?この街でもとびきりのを用意しました」


そう言うと、返答を聞かずにクーデルが二度手を打った。


「おーい、入ってくれ」


クーデルが言うと、静かに後ろの扉が開き女性が三人入ってきた。


「そう来なくっちゃ!」


これまで黙っていたアルバンが興奮気味に言った。

対してウィルは、アルバンを嗜める余裕もなかった。ウィルは言葉を失う。三人が入ってきた瞬間、豪華な部屋が霞むほどその女性たちは光り輝いているように見えた。


三人のうち、ウィルは右端の女性に目がいった。


ほっそりとした肩に流した長い黒髪が白い肌を一層際立たせている。同じ黒髪でも艶やかで、ウィルのものとは全く別物に見えた。切れ長の目が、長い睫毛に縁取られ妖しい魅力を醸し出している。


他の二人に比べ派手さはないが、呼吸も忘れるほどの美女であった。これまで生きてきたなかで、これほど美しいものは見たことが無い。


その美女はウィルの左隣に座った。ふわりと甘い香りが鼻腔をくすぐる。それだけで、目眩がしそうであった。しかし今は任務中、見惚れている場合ではない。


「心遣い痛み入りますが、話に移らせて下さい」


「真面目ですな~。えーと」


そこでウィルはまだ名乗っていない事に気付いた。冷静でいたつもりだったが、違ったらしい。


「ウィルといいます」


「ウィル君って言うの?可愛いわねえ」


右隣の女性が言った。三人の中で一番派手な印象を受けた。


「ウィー君」


左の黒髪美女がポツリと言った。


「いいじゃねえかウィー君、カワイイカワイイ」


アルバンがガハハと笑う。顔が赤くなっている。いつの間にか目の前のテーブルには食事とお酒が用意されていた。こんな事にも気付けないとは、情けない。


気落ちするウィルに何か思ったのか、黒髪美女が覗き込むようにこちらを見た。


「ウィー君、いや?」


左隣の女性に比べて、この黒髪美女は表情に乏しい。その冷淡な瞳に見つめられ、ウィルは慌てて口を開いた。


「いやっその、あ、これは嫌ていう意味のいやって訳じゃなくてですね。その」


「落ち着いて」


抑揚のない声でそう言って、黒髪美女がウィルの袖を掴む。たったそれだけでウィルは動けなくなった。


「はい、すみません」


気まずさを感じ黒髪美女の顔から目を逸らす。すると、他の二人に比べて露出の少ないものの、大きく開いた胸元に目がいってしまいまた慌てて目を逸らした。


体は細いのに、結構あるな……ってそれどころじゃないんだってば!


不埒な考えを振り払うと、ウィルは正面のクーデルに目を向けた。


「そ、それでお話なんですけど」


「もう話に入りますか?」


「……入らせてください」


クーデルは「しょうがないですなあ」と笑うとあっさり言った。


「承りました」


「は?」


唖然とするウィルにクーデルが笑顔のまま言う。


「ここが中立地になるため、兵を退かせるんでしょう?お話はもう聞いてますから」


「どこで、話を?」


「私は商人です。情報網くらい、持っていますよ」


ウィルは納得した。戦後の処理についての情報は、別に秘密にされていたものではない。クーデルが知っていたのも頷ける。


「さあお話は終わりです。飲みましょう飲みましょう!」


「はあ……」


しかし、こうもあっさり終わらせていいのだろうか。不安を感じちらりとアルバンに目を向ける。しかし、アルバンは両肩に美女を抱えてすっかり出来上がっているようで頼りになりそうにない。


「お酒、飲む?」


「えっと……」


曖昧に答えながら、ウィルは考える。クーデルはやり手の商人として有名である。そんな男がこうもあっさり了承するのか?ここが中立地となれば、もう自由に自治することも難しいはずだ。それとも、何か策が?


考えを巡らせるウィルの前で、黒髪美女はグラスを手に持つ。そして白い咽を動かしてコクコクと果実酒を飲んだ。


「お酒、美味しいわよ」


美女にお酒を勧められて断れるはずもなく、ウィルはグラスを受け取ると一気に飲み干した。そこで気づいた。


ウィルは酒に強くないのだ。

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