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山村と亡霊 その弐

「当然ですが、おれたちは隣の家にいたから疑われた。警察からしたらリストに加えないわけにはいかない。

 そしてあなたたち、田中さんの会社の同僚と言いましたね。中島さん、小茂井さん、村上(むらかみ)さん。よくもまあ男四人でキャンプなどしようと思いますね。考えられない。おっと、失礼、余計なことでした。あなた方は被害者の関係者であることもそうですが、巣南の言うとおり、田中さんが実家に戻っていることを知っていた、ということを加味されているのでしょう。あなた方をリストから外す馬鹿はいない。

 そうなると、です。おれが立てる推論はあなた方三名の中に犯人がいる、という前提で話を進めていくことになるのですが」


「馬鹿な。君たちだって俺から見たら十分に怪しい」


 中島は憤りを見せた。


「いやあ、ですから、おれたちはないんですよ。そもそも、おれたちはこの家で、この家の主と宴会をしていたのですから。犯行時刻、つまり九時から十一時なんて、用を足すと言って宴席を離れた三分ほどの間以外には互いを監視出来る状況にあった。すなわち我々は我々の監視下にあったために、誰一人として隣家まで行って人を殺すことなど出来ない。隣家と言っても、三十メートル近くは離れてますしね」


「君ら全員が共犯であれば話は別だ」


「なるほど。それはあり得ますね。ですが、やはり否定できる」


「なぜ」


「もしおれが犯人ならば、田中氏の遺体を最初に発見するであろう田中父を殺す、もしくは監禁などして発見を遅らせますよ。だってそうでしょう。田中父を放っておけば遅かれ早かれ犯行に気付かれる。現状が物語るように、真っ先に疑われるのは隣家にいた我々であることは明白なので、田中父を放っておくような馬鹿な真似はしません。

 あと、遺体をどこかに隠すでしょうね。ここは山村だ。隠し場所は豊富。老人たちの寝静まった夜に、全員で協力して遺体を運び出す。でも、犯人はそれをしなかった。見つかるリスクを考えれば、おれたちである可能性は否定出来ますね。

 犯人はきっと、それが出来なかったか、する必要は皆無と見たのでしょう。もしくは他の工作をしたか……。まあつまり、おれたちや家主は犯人ではない。おれは馬鹿ではないので」


 坂祝は三人を見ながらニタリと笑った。


「何か反論が?」


 中島は歯噛みしながら黙った。反論の余地はあるように思うのだが、こうまくし立てるように話されると隙を見つけるのも困難だろう。


 すると、今まで黙っていた村上が怖ず怖ずと手を挙げた。


「あの、この中の誰かが犯人とは限らないんじゃないかと、思うんですけど」


 村上は、被害者の同僚の中では一番若かった。


「と言いますと?」


「田舎ですし、鍵を掛けていない家も多いですから、田中さんの家に泥棒が入って、それに田中さんが気付いて、焦った犯人に殺された、という可能性も」


「却下ですね。あり得ない」


 坂祝は無惨に切り捨てた。


「物盗りの犯行ならばもっと現場は荒れていますよ。和室内は遺体が転がって、血の付いたナイフが落ちていた、ただそれだけだ。それに、犯人に気付いた田中氏は、犯人と言い争うか、もみ合いになる瞬間があったでしょうから、田中父がもっと早く異変に気付いたでしょう。さらに言えば、物盗りが焦って殺したというのなら、犯人はそう何度も田中氏を刺したりしない。すぐにでも逃げたいでしょうからね」


「あ、そう、ですね。すみません」村上は肩を丸めた。


 いい指摘なのだが、そう簡単に引き下がるような指摘は指摘たり得ないことは明白だ。


「では、三人に話を聞きましょう。中島さんはどうですか。例えば、そうだなあ、田中氏におかしなところはありませんでしたか。誰かと喧嘩していたとかでもいいし、悪態ついていたとかでもいいでしょう」


「そりゃあ、俺とあいつは昼から酒を飲んで陽気に振る舞っていたから、多少の喧嘩はあったが、そんなことで殺してたら俺は今までで何人殺さなきゃならないんだ、となるだろう」


「素晴らしいご意見だ。その通りと言うほかにない」


 実に楽しげな坂祝に、眠たそうな巣南が口を挟む。


「てかさ、その三人に殺人は無理だよ。キャンプ場にいたんだよ、九時から十一時。ですよね、村上さん」


 急に名前を呼ばれてビクンと躰を跳ねさせた村上は、弱々しく返事をした。


「は、はい」


「さっき中島さんと、そんな話、してましたよね」


「え、ええ」


 村上の挙動不審っぷりは相当なものだった。犯人ではないかと疑いたくなるほどだ。


「ぼくらも、九時から十一時頃までは、ずっとキャンプ場で宴会をしていましたから、ここにいる皆さんはあまり寝ていないんです。疲れ切って眠り始めたところで連絡が来て、ぼくの運転でここまで来て。だから、ぼくらもお互いが何分も離れたところを見ていません。キャンプ場からここまでは、十分は掛かりますから」


「ふむ。となると、ここにいる我々は、その時間、明確なアリバイがある。ということですか。ほーう、面白くなってきましたね」


「ちょっと。不謹慎がどうこうはどうしたの」巣南は母親のような口調で言う。


「いいんじゃないかな、別に」


 と言うと、坂祝は「そうだそうだ」と言った。


 畳の目を爪で弾きながらの坂祝は、中島、小茂井、村上を順に見ていきながら首をかしげた。


「ちなみに。田中氏がキャンプ場を離れてここに来たのはいつ頃で?」


「七時半時頃だ」中島が言った。「覚えている。田中が、父親がもう寝る頃だからそろそろ帰ると言っていたのが七時過ぎくらいだったから、間違いない」


「貴重な情報です」


 坂祝は不敵に笑む。


「では、田中父は六時から七時頃には寝ていると考えましょう。そうなると、なぜ警官は我々に『九時から十一時』のアリバイを聞いていたのでしょう。田中父はその時間寝ており、息子の帰宅を知らなかったかもしれない。そうなれば、『七時半から十一時の間に事件は起きた』と考えるのが普通だ」


「そんなの警官に聞けよ」


 中島はいらつき始めている。おそらくは、酔っているのにまともに眠ることも出来ず、さらには坂祝の面倒な口調を数分間聞き続けているからだろう。


「考えられる理由は一つです。それは、田中父が『九時頃には息子は生きていた』と証言した場合です。そう言われた警官も『田中氏は九時から、被害者の遺体発見の時間までに殺された』と判断し、死亡推定時刻をその近辺に設定し我々にその時間のアリバイを訊ねた。これならば七時半からの一時間半を排除する理由としては最も可能性が高い。が」


 坂祝は、畳の目を弾いていた指を止めて、口角を先程よりもつり上げた。


「それを信じない、という考え方もあると、おれは考えますよ」


 全員の頭に疑問符が浮かんでいるような沈黙が数秒生まれた。


「そもそもです。田中父は八十代だ。おれの祖父もそれくらいだから分かりますがね、物事の判断能力というのは我々若者と比べると考えられないくらい衰えているものです。現段階ではまだ県警の人間も来ていない。死亡推定時刻はおおまかな推定すら出来ていない。あくまでも証言による暫定的なものです。と言うことは、いくらでも物言いがつけられる、とも言えます。例えば、もっと早くに殺されていた、とかね」


「でも証言が……」


「だから、そこに疑問を持とうじゃないか、ということを言いたいわけでね」


 意見は真っ先に否定された。


「田中父が『息子は九時頃には生きていた』と判断するには、何が必要だろうか。目視だろうか。いいえ、それは絶対に必要なものではありません。例えば、声を聞いた、や、足音を聞いた、とかでもいいわけですよ。そのときに田中父が、『あ、息子が家の中を歩いているな』と思えば、それはもはや『生きている』という判断に繋がるんじゃないでしょうかね」


 なるほど、と唸ったのは巣南だった。


「だとしたら、九時頃、家の中に誰かがいた、ってことになるけど」


「いいや。それはね、テレビの音声でも良いような気がするんだよ。テレビの音声が聞こえてくる。息子が見ているんだ、といった具合に」


「でも、わたしたちが行ったとき、テレビは点いていなかったよ?」


「じゃあテレビじゃあないってことだ。……そうだな。電話はどうだろうか」


「電話?」


「そうだ。電話の場合、コールが家の中に響く。それで田中父は一度目が覚めた。だが、二、三度でコールが途切れた。すると二階で寝ぼけた田中父は、『一階にいる息子が電話を取ったんだ』と判断し、また眠りについた。どうだろう。これなら、うまくいけば犯行時刻を隠蔽することが出来る」


「待ってくれ」


 中島が口を挟む。慌てて、といった様子だった。


「君の話を聞いていると、まるで俺たちのアリバイを崩そうとしているみたいじゃないかと思うんだが」


「ええ。そのつもりですが」


「だから俺たちは犯人じゃないと言っているだろう」


「あなたたち以外にないとの判断ですよ?」


「何を馬鹿なことを」


 中島は憤りではなく、目の前の坂祝に対する諦めのようなもの滲ませた。


「そう仰いますがね、中島さん、そう考えると、事件を起こせる人間がここにはいると思いませんか。少なくとも、二人」


「……なに?」


 中島の顔色が、青白くなった。


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