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山村と亡霊 その壱

 十数メートルおきに設置されている街灯が心許ないと思えてしまうのは、ここが四方を山に囲まれた、いわゆる山村(さんそん)であることに起因するのだろう。民家もなければ町明かりもない。


 大合併で井戸川町日菅(いどがわちょうかすが)という名称になりながら、しかし地元住民は変わらず日菅村(かすがむら)と呼ぶ、ここ日菅(かすが)は、限界集落の枠内に当然の如く収まる、村民の八割が老人という未来のない山村だった。


 とくにここ一賀瀬(いちがせ)という集落は、八割が老人、と言って尚過少。昼間に訪れた時には腰の曲がった老人と腰のまがっていない老人以外には誰ひとりとしていなかった。つまり、老人しかいない。


 では、そんな村で起きたあの事件もまた、老人の仕業だと言うのか。いいや、そうとは言い切れまい。

 村にいるのは村民のみに非ず。



 今は丁度夏休みだ。人の出入りはそれなりにある。

 現に被害者は四十歳の男性だ。老人と言うには若い。


「ああ、もう帰りたい」


 巣南真咲(すなみまさき)は深夜一時に大欠伸をかきながらそう言った。


「よく君はこの状況で欠伸が出来たものだね。一人の人間が今日この村で殺されたと言うのにだ」


 眠たそうに目をこする巣南に、坂祝桜次郎(さかほぎおうじろう)は苦言を呈する。


「坂祝くん、いい? 女の子は睡眠が命なの。こんなことで呼び出された挙句、取り調べだなんだって一時間も意味のない問答が続いて、イラつかない人がいるとでも? 犯人でもないのにあんな扱いされれば、不謹慎云々を考える余裕もなく犯人への怒りが沸騰するわけ」


「でもね、それは君だけに訪れたものじゃない訳だよ。おれも神岡もそうだし、他に何人も取り調べを受けている。不満を口にするのは結構だが、まるで君だけが閉じ込められて陰惨な現場に立ちあわされたみたいな言い方をするのはやめてくれないか」


 坂祝もまた、眠たそうな目をしている。蛍光灯がバチバチと音を立てる二十畳ほどの和室。閉じ込められた面々には酒に酔った者もおり、充満したアルコール臭によりなかなか居心地が悪い。


「どうだい巣南くん、警察や村人から聞いたことを総合して、今回の事件について推論を立ててみないか」


「不謹慎とか言ってた人の台詞じゃないなあ」


「そうか? 別に事件で遊ぼうと言っているんじゃない。我々も解決の一助になればと思っての、公権力に対する献身的な人間であるとの証明に他ならない」


「はいはい。分かったから。いいよ。坂祝くんがそういう人間だって知っているつもりだし」


「よし。じゃあ、始めよう」


 そう言って坂祝は、横になっていた躰を起こし、胡座を組んでにやつき始めた。


「ほら、楽しそう。人が死んでるんだよ、不謹慎」


「まあいいじゃないか。被害者を弔う気持ちは十分にあるよ」


 坂祝は畳の目を指先の爪で弾きながら、もう一方の手では人差し指を突き立てた。


「まず一つ。事件にあった被害者は田中康広(たなかやすひろ)、四十歳。会社の同僚とキャンプに訪れるも、田中氏はこの村の出身であるため、一人実家で一夜を過ごし、事件に遭った。無論、事件現場は田中氏の実家だ。遺体を発見したのはその家で一人暮らしをしている田中父、八十一歳。早くに就寝した田中父は午後十一時三十分頃に一度目を覚まし、二階の寝室からトイレへ向かう途中、一階の和室で血の付いたナイフを見つけ、その先に死んでいる息子を発見、即通報。車で二十分程度のところの派出所に勤務するじいさん警官参上、と。そして隣家で寝泊まりしていた我々と、田中氏の同僚が呼び出され、ここに集められる。

 凶器は鋭利な刃物、ようはナイフだ。心臓付近を複数回刺されていた。即死、ではなかったかもしれないが、まあ、そう長くは持たなかっただろうな。

 我々は警官に『午後九時から十一時の間、どこで何をしていた』と訊ねられたため、犯行時刻はその辺りだと推測される。村民曰く、その時間に出歩くじいさんもばあさんもいない、ということだったか」


「あと、ご老人を除くと、今ここに集められた人以外に若者はいないとも言ってた」


「ああ。それはおかしな話だ。今は夏休みで、キャンプ場には家族連れもいたそうじゃないか。若者なんて腐るほどいる」


「それは、田中さんの家に田中さんがいると知っている若者は私たちだけ、ともとれるわよ」


「ふむ。かもしれん。ならば最初からそう言ってくれればいいものをあのじいさん警官。現場保存とか出来もしないのにずかずかと事件現場に入っていって、どうかしているとしか思えない」


 そんなことを言っていると、この部屋にいる一人の男性が声を掛けてきた。


「君たち、現場に入ったのか」五十代ほどだった。


「ええ。まあ、現場の隣の家、つまりはこの家にいたものですから。騒ぎになる前に現場に入りましたよ。もちろん、我々は何にも触っていないし、詳しいところまでは見ていませんがね。ですが、凶器が放置されていた様子と、被害者が力なく倒れているというその二点はばっちりこの目で見ました。あれが遺体というやつなんですね。初めて見ましたが、なかなかのトラウマレベルだ。あれを日頃から見る職業にだけは就くまいと固く誓いましたよ」


 淡々と話す坂祝に、五十代の男性は訝るような表情をした。


「おっと、ご安心ください。あなたの同僚を殺害したのはおれではない。もちろん、巣南らもです」


 五十代男性は、殺害された田中康広の同僚で、キャンプ場のテントで眠っていた中島(なかじま)だ。


「警官の話から、今回の事件の容疑者は、まあ、我々も頭数には入れられているのでしょうが、この部屋に集められた人間全員でしょう」


「待ってくれ」中島が異を唱える。「俺たちは田中の同僚だぞ。それにかわいい後輩だ。殺すなんてことはあり得ない」


「そうだそうだ」と言ったのは同じく同僚と思われる若い男、名前は確か小茂井(こもい)と言ったか。一番酒臭い。


 坂祝は嫌みったらしく笑みを浮かべた。


「そうですか? 同僚の人ほどあると思いますけどね。日頃の鬱憤やらエトセトラ」


「そう言う君たちの方こそ怪しいじゃないか。隣の家にいたのなら、十分犯人たり得る」


「いいや。ないですね。見ず知らずの人間を殺す動機がない」


「そんなの、俺たちにもない」


「我々よりはあるでしょう」


 巣南は呆れるように大きなため息を吐いて、うなだれながら目を閉じた。眠たいのだろう。


「まあ、ただの推論です。考えて見ましょう。まず、なぜ我々が疑われたのか、からです」


現場に入ってしまっているので、厳密には安楽椅子探偵とは言えないかもしれませんが、目指すところはそこ、ということでご容赦を。

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