調査再開 後半
学校に着くと、校門の前で加世は立ち止まる。松谷も一緒に立ち止まり、校内を見渡す。校庭にある朝礼台の上ではまだ男の子達がお菓子を食べながら何やらキャッキャッしていた。
「加世ちゃんも混ざりに行くかい?」
加世は静かに首を横に振る。
「そうかい? じゃあ、こっちはこっちでゆっくりしようか?」
松谷の言葉に加世は松谷の顔を見上げるように顔を上げ、「うん!」と、笑顔で返事をする。
しかし、特にやることはないので、男の子達の観察がてら、校門脇の花壇のブロックの上に腰掛ける。加世も隣に座り、のんびりとした時間を過ごす。男の子達はこちらに気づく様子もなく、何やらずっと楽しげにしている。松谷にとってはVRなので気づかれないのは当たり前だが、加世にも気づかないというのはどうしてだろうと疑問に感じた。加世はVR内の子供なのか実在の子供なのか判断しきれなかった。どちらにしても、異質な存在ではあるのかもしれないとだけ思うことにした。
しばらくすると、校舎の中から先生らしき女性が顔を出し、男の子達に何か声を掛けているのが見えた。男の子達はおもむろに片づけを始め、帰り支度を始める。校舎の壁についている時計で時間を確認すると五時前で帰るように促されたのだろうと推測した。男の子達は走って、松谷と加世のいるすぐ脇を通り抜け、そのままそれぞれの帰路についたようだった。松谷は自分は仕方ないにしても、加世も見えていないかのような通り過ぎ方が気になった。先生らしき女性も加世にはいっさい気付いている様子は見えなかった。
松谷は何も言わずに加世の方に目をやる。それに気付いた加世は松谷の手を握り、
「ねっ? 言ったでしょ……あの子達は加世とお話してくれないから嫌い」
と、暗い声でぼそりと言う。
「だから、みんなみんな嫌いなの……こんな村、加世は嫌い」
と、さらに続ける。松谷は手を繋いだまま加世の前にしゃがみ、目線を合わせてからできるだけ穏やかな声で話しかける。
「本当にみんな嫌いなのかい?」
加世は涙を浮かべた目で首を縦に振る。
「それはとてもとても悲しいことだね。それだと、僕も悲しいかな」
「なんで、リョータが悲しいの? だって、誰も加世のこと……」
「だって、みんな嫌いなら、その嫌いなみんなには僕も含まれてしまうだろう? 僕は加世ちゃんと話せて楽しいし、加世ちゃんのこと好きなのに残念だなー」
と、大げさにがっかりしたという風に肩を落として見せながら言う。
「違う! さっきのみんなにはリョータは含まれてない!」
加世は握った手をブンブン振りながら、強い言葉で否定する。
「本当かい? それは嬉しいな。でもね、軽々しく誰かを嫌ってはダメだよ?」
「なんで?」
「誰かを嫌っても加世ちゃん含めて、みんな嫌な思いしかしないけど、誰も嫌わないでいて、何かのきっかけで少しでも好きになることができれば、世界は違って見えるんだ」
加世は納得できないという顔を浮かべる。
「それでも、嫌いな人は嫌い」
「嫌わないってのが大事なんだよ。本当に嫌いなら気にしなければいい。そうすれば、いつかは何で嫌ってたか忘れちゃうし、嫌いだったことも忘れることができるんだ」
「それ、本当?」
加世に少し笑顔が戻ってきている。
「本当だよ。僕がそうだったんだ。昔は僕は自分自身がすっごい嫌いだったけど、嫌いになることをやめたら、気が付いたら自分が何で嫌いだったか忘れちゃったんだ。今は、そんな自分が僕はけっこう好きなんだ」
松谷は加世の笑いを誘うように抑揚をつけながら、わざとらしく話す。加世は堪え切れずに笑いだした。
「嘘だあ」
「嘘じゃないよ。それにこうやって加世ちゃんを笑顔にできたからね。僕はそれだけでも僕のことを好きになれるよ」
少し大げさに胸を張ってみせる。それが加世には面白いらしく、先程とは違う意味合いの涙をにじませる。
「あのね、リョータ。加世もね、そんなリョータのこと好きだよ。リョータがいれば今はそれだけでいい」
「ありがとう」
松谷は頭を撫でながら言う。そして、立ち上がりながら、
「じゃあ、僕達も帰ろうか?」
「うん!」
松谷は加世と手を繋ぎ、仲良く並んで学校をあとにする。松谷は楽しそうに話す加世に手を引かれるまま歩き続けると、いつの間にか神社の前まで来ていた。すると、加世は手を離し、
「じゃあ、またね。リョータ」
と、言い神社の中に走っていった。松谷は加世は神社の子なのかなと思ったがふと気になることがあった。
「あれ? でも、社務所とかない神社なのにどこに住んでいるんだろう……?」
松谷は神社の方に目を戻すが、もう加世の姿は見えなくなっていた。