調査再開 前半
加世は松谷の手を引きながら歩き出す。村の民家が多い方とは反対の山の奥の方に向かい歩き出した。しばらく歩くと、伐採した木材の加工保存をしている作業場が見えてきた。二人は作業場の敷地の外から中を覗き込む。
「ほら、あそこに人いるよ」
加世が指差した方を見ると作業をしている二、三人の姿が見える。もしかしたら、他にもいるのかもしれないがここからは確認ができなかった。しかしながら、見た感じ彼らが今すぐ村からいなくなるような慌てた様子もないし、取り立てて変わった様子を見受けることはできなかった。
しばらく見ていると、加世は松谷に繋いでいる手を軽く引っ張る。松谷は視線を加世の方に向ける。
「リョータ、別のところは見に行かなくてもいいの?」
「見に行きたいな。今度はどこに連れて行ってくれるのかな?」
加世は少しうーんと悩んで、
「じゃあ、役場はどう? あそこならいつも誰かはいるよ」
と、提案してくる。
「うん。じゃあ、お願いしようかな」
松谷は笑顔で返す。しかし、松谷は此別村の地図を思い出しながら、役場までは距離があるのでけっこう歩きそうだなと、小さくため息をついた。
そんなことを気にせず、加世は松谷の手を引いて楽しそうに鼻歌を歌っている。松谷もどこか楽しい気持ちになってきて、一人で歩いて回るより気が楽だと感じた。
途中、加世は松谷の手を引きながら細い脇道に入る。次第に背の高い草が道の脇に覆い茂り、見通しが悪くなってくる。松谷はどこからか川を流れる水の音が遠くから聞こえてくることに気付き、歩きながら辺りを見渡す。しかし、音は聞こえるが川がどこにあるかは分からなかった。さらに、道の脇には季節外れの赤い彼岸花がたくさん咲いていた。
次第に視界が開けてきて脇道から出ると、川の音はいつの間にか聞こえなくなっていて、さっきまであんなに咲いていた彼岸花も見当たらなくなっていた。松谷は不思議に思いながらも加世に連れられるまま歩いていると、加世が立ち止まる。
「役場に着いたよ。リョータ」
松谷は驚いた。想定していた時間の半分以下の時間で役場にたどり着いたからだ。
「本当に? なんかすごい早かったね」
「ちゃんと着いてるもん。ほら、ここに役場って書いてる看板あるでしょ」
敷地の入り口のところに確かに、此別村役場と表記された看板が出ている。
「あっ、本当だ」
松谷は狐につままれたような顔をする。加世はちゃんと案内したにも関わらず、松谷の反応がよくなかったため俯いてしまう。松谷はそれに気付き、
「もしかして、さっき通った脇道が近道だったりするのかな? あの川の流れる音が聞こえたさ」
と、咄嗟に加世に質問をして誤魔化すことにした。
「うん。近道! あの道はね、加世しかしらない秘密の道なんだよ。すごいでしょー」
と、加世は顔を上げ、得意げに鼻を鳴らす。
「今度、僕にもどうやって行くか教えてくれないかな?」
「あれは加世だけの道だから、リョータでも教えてあげない」
加世は悪戯な笑みを浮かべる。そんな加世の頭を繋いでいないほうの右手で撫でる。加世は、「いひひ……」と嬉しそうな声を上げる。頭を撫でるのを止め、頭から手を離すと、加世はさっきまで繋いでいた手を離し、両手で右手に抱きつくように絡みつく。そして、松谷の右手首に結んであるミサンガを珍しそうな表情でまじまじと見つめる。
「ねえ、リョータ。この手首につけてるこれなあに?」
「ああ、これ? ミサンガって、いうんだけれども聞いたことない?」
「ない!」
あまりにもはっきりと言う加世に松谷は少し困惑する。
「えっと、ミサンガっていうのは、お願いや想いが叶いますようにって、おまじないを込めたお守りみたいなものなんだよ」
「へえー。リョータはどんなお願い事をしてるの?」
「それは秘密」
松谷は左手の人差し指を口元に当てながら、さっきのお返しとばかりに悪戯っぽく言う。そして、またおかしくなって顔を見合わせて笑った。
松谷は村役場の敷地に入り、外から建物の中を覗きこんだ。役場の中は何人かの職員が机に向かって何かしらの作業をしていて、時折談笑している様が見えた。普段がどうだったかは分からないが、穏やかな雰囲気で特段変わったところはここでも見当たらなかった。
隣から松谷の真似をするように加世も中を覗き込む。そして、ある男性職員を指差しながら、
「あの人ね、真面目で優しそうに見えるけど、人がいないところで煙草とかゴミをポイ捨てしたりする、実は悪い人なんだよ。ちょっと前にそれが原因で火事になりかけて大騒ぎになったんだよ。だから、加世はあの人嫌い」
「加世ちゃんは、なんでそんなこと知ってるの?」
「だって、加世はあの人が捨ててるところ、よく見かけるもん」
松谷は人の目というのはどこにあるか分からないので、自分も迂闊に悪いことはできないなと感じた。
それからしばらく見ていたが何も起こりそうにないので、覗きこむことを止め、腕を組んで松谷は考え込む。ここまで見た村は平和で長閑でこれから数日のうちに集団失踪でいなくなるとは思えないからだ。そんな考え込んでいる松谷に、一緒に覗き込むのに飽きて、暇そうにグリーンカーテンとして植えられていたゴーヤの小さな実を謎の物体を見る目で観察したりしていた加世が近づいてくる。
「ねえ、なんでリョータは難しい顔しているの? やっぱり危ない人だったの?」
「いやいや、違うから」
松谷は顔の前で手を軽く振りながら否定する。
「ねえ、加世ちゃん。ちょっと聞きたいことあるんだけどいいかな?」
「うん。なあに?」
「最近、村で変わったことはなかった? いつもと違うことがあったとか、見慣れない人がいたとかさ」
加世はしばらく考えてから、松谷の方を指差す。
「僕?」
「うん。リョータ」
松谷はまさか自分が言われるとは想定していなかった。
「うーん。僕のどこか変だった?」
「今まで一度も村で見たことなかったし、加世といっぱい話してくれる人もいなかったから」
「たしかに、僕は村の人間ではないからね」
松谷はもう一つの理由にはあえて触れなかった。家庭や友人関係に気軽に立ち入っていいものかと考えたからだ。しかし、同年代の子供が村にいるのに、あまり話す相手もいないのかなと考えると胸が締め付けられるような気持ちになった。
「ねえ、加世ちゃん。他に人がいそうなところに心当たりはあるかい?」
加世は考え込んで、小声で、
「……学校」
と、答える。
「じゃあ、今度は学校まで案内してくれないかな?」
「別にいいけど……」
加世はうつむき加減であまり乗り気でないのは松谷にも伝わる。学校にまだいるかもしれない男の子達に会いたくないからかもしれないと松谷は思った。しかし、上手くいけば加世の寂しさは解消されるかもしれないとも思った。
松谷は加世の頭に右手を乗せ優しく撫でながら、話しかける。
「大丈夫。加世ちゃんは一人じゃないよ。僕も一緒だから」
「うん……」
加世は松谷の左手に抱きつくように絡みながら、強く手を繋いでくる。そして、「こっちだよ」とさっきまでの暗い不安そうな顔とは打って変わり、笑顔で松谷の手を引っ張って歩き出した。
松谷は加世は本当に表情が目まぐるしく変わる子だなと感じつつ、加世の笑顔につられて自然と笑顔になっているのを感じた。