調査開始
松谷はHMDを装着し、起動させる。夜かと錯覚するほどの起動立ち上げ中の暗い画面の後、フッと目の前が明るくなり、先程までいた場所とは思えないほど綺麗で整備された村のすぐ外の光景が映し出される。
「教授! すごいです、これ! 本当にタイムトラベルしているみたいです!」
松谷はあまりのリアリティさに感嘆の声を上げる。
「松谷君、それはよかった。ところで、自分の体はちゃんと見えるかい?」
松谷は自分の手を顔の前に出す。左手の手首には腕時計型の端末、右手の手首にはいつもつけているミサンガが巻かれているのが見える。
「はい、見えます」
「じゃあ、今度は端末を操作して、地図を見たりだとかは可能かい?」
松谷は言われたとおり端末を操作して、此別村の地図をスクリーンに映し出す。
「大丈夫です」
「よかった。僕の特製のVRのシステムも上手く機能しているみたいだ。それで、VR内でも地図の確認やメモをしたりできるだろう。あと、調整とかその辺シビアだから気軽に外したりとかしないでね」
中河原は松谷への説明を終えると、自分もHMDを装着し起動させる。立ち上げ中の暗い画面の後、フッと明るくなり映像が映し出される。しかし、中河原は異変に気が付く。
「何故だ……おかしい……」
横で辺りを見回しながら感嘆の声を上げていた松谷は中河原の呻きを聞き、教授の方に向き直り、
「どうされたんですか? 教授」
と、声を掛ける。
「僕には、ただの出来の悪い3D映像を眺めているだけに見えて、現実味が一切ないんだ」
中河原はうんうん唸っている。
「松谷君、すまないがVR内の調査は君に任せるよ。僕はここでシステムの調整とかしてようと思う」
「わかりました、教授」
「あっ、くれぐれもVRだということは肝に銘じて、建物の中に入ったりしないようにね。道はできるだけ真ん中あたりを歩くんだ。VR内では綺麗に見えても、実際のここは君も見ただろう?」
松谷は頷き、此別村に向かった。
松谷は村に入ると辺りを見回した。パッと見た感じ周囲に人影はなく、近くの民家に近寄り過ぎないように遠目に敷地内を覗き込む。庭には洗濯物が揺れていて、ちゃんと人が生活しているのだと感動する。そして、現代では乾燥までが一工程なので、松谷は洗濯物を干すということに時代を感じていた。
すぐ隣の家の方から、玄関の引き戸をあける音が聞こえ、松谷には急いでそちらに移動する。すると、突然生垣の影から小学生くらいの男の子が飛び出してきた。ぶつかると思い咄嗟に身構えるも、男の子は松谷の体をすり抜けて行った。
「ああ、そうだった。VRだから、あの子には僕のことは見えないし、触れることはできないんだ」
松谷は男の子の後をついて行くことにした。男の子について行っていると、運送業者のステッカーをつけたライトバンが横を通り過ぎていった。そして、さらに歩いていくと男の子は雑貨屋の中に入っていった。雑貨屋の前には先程のライトバンが停まっており、荷物の積み下ろしをしていた。
しばらくすると、お菓子の入った袋を片手に男の子が笑顔で店から出てきて、また歩き出した。地図を見ながら向かっている先を確認するとどうやら、学校の方に向かっているようだった。実際そのようで学校が見えると男の子は駆け出した。学校の校庭で同い年ぐらいの男の子と待ち合わせをしていたらしく、朝礼台の上に座り、仲良く先ほど買ったお菓子を物色し始めた。
松谷は二人のお菓子論争を見届けると、他に子供がいないか校庭を中心に辺りを見渡すが他には誰も見当たらなかった。時期的には夏休みな上に、元々人口が二百人もいない村だということを考えると子供の人数自体少ないのだろう。そこから察するに、この子達のように待ち合わせて遊ぶ目的でわざわざ学校に来る子供がそう何人もいるとは思えなかった。この時代もゲームなどの娯楽も多いので、家の中で遊んでいる子もいるのかもしれない。
松谷は改めて他の住人を探すために学校を後にすることにした。そして、先程の雑貨屋に戻ることにした。先程の荷物の受け取りのためや、日用品や食料品も売っているのがガラス越しに見えたので、村の誰かが買いに来るかもしれないと思ったからだ。