到着、そして
ゲートを越えてしばらくすると、遠目に建物が見えだした。
「教授、此別村に着きましたよ」
「やっとかい……じゃあ、さっそく村の中に入ってみますか」
「ダメですよ、教授」
松谷は中河原を制止する。
「村の中はどうなっているかわからないので、ベースを先に村の外に設置するように川野辺先生に指示されているんですよ」
中河原はあからさまに面倒くさいと言う表情と仕草をする。
「じゃあ、松谷君。ベース設置しといてくれないか? 僕は荷物を置いて一回り村見てくるからさ」
そう言い残し、中河原はザックを下ろし、軽い足取りで村に向かった。
松谷は呆れながらもベースの設置を始める。天蓋を設置し、簡易テーブルや椅子をその下に組み立て、作業用ベースを作った。その後、就寝用のテントを張り、太陽光発電の簡易パネルを設置した。
一通り設営し終え、川野辺に報告をと端末を操作し、スクリーンを表示させる。GPSなどの位置情報は機能しているが通話などに必要な電波は届いていないようだった。どうしたものかと一息ついていると村の方から中河原が帰ってきた。
「いやー、驚くべきものだね」
「どうされたんですか? 教授?」
松谷は水の入ったコップを渡しながら尋ねる。
「村を一回り見てきたんだけどね、民家だった建物は所々朽ちていたりだとか、蔦が絡まってたりしてたんだけど、驚くべきは道だね。雑草で道幅は狭くなったのだろうけど綺麗なものだったよ」
中河原は興奮気味に話す。そして、コップに入った水を一口飲んでさらに続ける。
「でも、やっぱり一番は村の外れの方にある神社だね」
「神社がどうかされたんですか?」
「社殿の状況は他の建物とは天地ほどの差があるほど綺麗だったし、参道の石畳もしっかりしていたんだ。裏手の林は荒れていたけど、神社そのものはすごいね」
松谷は話を聞きながら、端末をいじり川野辺から渡されていた此別村のデータをスクリーンに表示させる。
「川野辺教授の調べたものによると、石神神社は一、二年に一回、近隣の神社の宮司さんが清掃や祀りをしに来ているみたいですね」
「ああ、そういうことか。僕はてっきり何かしらいわくでもあるのかと思っていたよ。そういう村なんでしょ、ここ」
中河原が言うように、此別村には集団失踪を起こす前から、度々人がいなくなるという噂があり、神隠しの村と囁かれていた。
しかし、此別村は林業が主産業で、一九六〇年代以降は材木の価格が下落したことを受けて、生活に困っての夜逃げや、この深い山林で迷い、遭難したのではと言うのが神隠しの真相と考えられていた。それ以前にも同じような理由で村からいなくなる人がいても不思議ではない。
なにせ、此別村は異常なほどアクセスが悪い山深い場所にあるのだから――。
「ところで、松谷君。石神神社と言う名前には何かしら由来でもあるのかい?」
「由来ですか? ちょっと待ってください」
松谷はスクリーンをスクロールさせながら、由来が書いてあるかざっと読みながら探す。
「ありました。石神神社は正式名称、八幡石神神社。最初は八幡神社というよくある名前だったのですが、その後、八幡石神神社と名前を変え、石神神社だけが残り定着したようですね。どうやら、此別村を開拓した人達が石に対する信仰を持っていたようで、森の中にある石を一つ持って、森の一部となることでの森の中での作業中に事故に遭わないという迷信めいた信仰があったそうです。それ以外にも、大きな台風やなんかで土砂崩れや崖崩れがあったときも石を持っていた家には不思議と全く被害がなかったようで、それらがきっかけで石の神を祭るということで石神神社と呼ばれるようになったようです」
「そんなことまで分かるものなのかい?」
「村の歴史がまとめられたものが残っていたそうです」
中河原は驚きと関心に満ちた顔をする。そして、思い出したかのようにザックから様々な機材を取り出し始めながら、
「じゃあ、松谷君。僕はこれから調査の準備を始めるから、今度は君が村を一回りしてきなよ」
と、松谷に言う。
「それでは、お言葉に甘えて回ってきます」
松谷はスクリーンに村の詳細な地図を表示させ、それを確認しつつ、記録用の写真も撮りながら村を回り始める。地図の道を辿りながらまず神社まで行き、その後はかつて役場や学校があった場所などを中心に脇道にも逸れたりしながら民家跡なども見ながら、ゆっくりと回る。農業があまり盛んでなかったためか同じくらいの規模の山村に比べて、家と家の距離が近く、村落という表現が近い様に感じていた。
松谷がベースまで戻ってくると中河原に声を掛けられた。
「やあ、松谷君。お帰り。時間かけて回ってきたみたいだけど、村はどうだったかい?」
「ええ、教授の言ってたとおり神社は思いのほか綺麗でした。道も維持管理されていない割にはしっかりしていて驚きました」
「だよね、だよね」
中河原は共感が得られたことが嬉しかったらしく、何度もうんうんと首を縦に振る。
「ところで、教授。準備の方は終わったんですか?」
「ああ、そっちの方はもう万全だよ」
中河原はベースのテーブルの上のPCとその横に繋がれたヘッドマウントディスプレイ、つまりはHMDを指差しながら言う。HMDと言ってもゴーグル型の最新型でパッと見は少し大きな真っ黒なサングラスのようにも見える代物だ。松谷はそれを見て、昔のアメコミの実写映画の日常パートで、とあるミュータントヒーローが似たようなもをつけていたなと連想する。
「教授、すいません。僕は教授の研究に詳しくないので、それで何ができるかよくわからないんです」
「僕の研究はね、位相時間物理学という分野なんだ。その前に松谷君はVR、つまりはバーチャルリアリティなんだけれども、どれだけ知ってるかな?」
「VRって聞くと、体験型ゲームのインターフェースってイメージですかね」
松谷が答える。
「そうだね。簡単に言うとコンピューターで作った仮想現実を体感できるというものなんだ。で、ここからが僕の研究と関わってくるんだけどね。僕の位相時間物理学とVRの応用で、同空間における断続的時間位相の記録をVR内で擬似再現するということが可能になったんだ。まだ実証が少なくて、データ収集を兼ねて今回協力することになったんだけどね」
松谷は中河原の言っていることが理解できず固まる。しかし、中河原は説明しきったという顔をしている。
「えっと……教授。つまりは、どういうことなんです?」
「擬似的なタイムトラベルができるということだよ。もちろん、仮想現実だから触れたりだとかはできないんだけどね」
松谷は今度は驚きのあまり固まる。
「それって、すごくないですか? 教授」
「でも、まだまだ課題が多くてね。タイムトラベルと言っても、自由に時間とかを設定できるわけではないんだよ。場所、日付、時間はそのままというのが難点なんだ」
中河原は頭を掻きながら説明する。
「何が問題なんでしょう? 僕にはよく分からないのですが……」
「分かりやすく言うとね、今が、二〇五七年の七月二十五日の……昼の一時三十七分だ」
中河原は時計を確認しながら言う。
「これからVRで体験できるのは過去の指定した年の七月二十五日の昼の一時三十七分のこの場所ということなんだ」
「好きな時間や場所を都合よく設定できないということですか?」
「そういうことになるね。だから、現実で一時間経つと、VR内でも一時間経過するということだね」
松谷は話を聞きながら、課題があるというが大発明じゃないかと驚きを隠せない。
「で、僕のこのまだ試作の域を出ない研究を使って、此別村に何があったか見てみようというのが川野辺君の考えだよ。仮に失敗しても僕は自分の研究のデータ収集になるし、君と川野辺君にとっては此別村を直接見たというのは研究にも有意義なことだろ?」
「はい、そうですね。ああ、だから村に行く日にちの指定まであったんですね。確か……」
松谷はスクリーンに此別村の失踪事件の記事を表示させる。
「あった、これだ。失踪が確認されたのが、二〇一三年の七月二十九日の昼過ぎに配送業者が村に行ったときで、その四日前に配送に行ったときは正常だったと証言があるんですよね。だから、その間に何があったかを見るわけですね」
「そういうことだよ。松谷君。それじゃあ、始めようか」