果たした約束と白い彼岸花
松谷がライトを向かって右側の壁の近くの床に向けると白い塊があるのが見えた。それはすぐに人の白骨なのだと分かった。それも、小柄な子供くらいのものだということも。
中河原と大城も松谷がそこでライトの動きを止めたのでそこにあるものに気付く。その場にいた全員がそれが誰の骨かは分かっていた。
松谷はゆっくりとその白骨に近づいていき、すぐ脇にしゃがみ込んだ。
「やあ、また会えたね」
松谷は目の前の地面に横たわる白骨に笑顔で声を掛けた。
「直接会うのは初めて……って、ことになるのかもしれないけど、なんだか変な感じだよね?」
静かな優しい声でその物言わぬ屍に語りかけ、そっと触れた。
「これで僕は君との約束をちゃんと果たせたと言っていいのかな? 君はちゃんとここにいたんだよ。僕はそのことを知っているから、今度はゆっくりとおやすみ」
松谷の目には、その屍がさっきまで見ていたあの笑顔で微笑み返しているように見えた。
「これが石神加世ちゃん……なんだね」
中河原は合掌し、小さくお辞儀をしてから松谷に尋ねる。
「はい。そうだと思います」
「それにしても、なんとも不思議な感じのする遺体だね。胸の前で左手の手首を大事そうに右手で覆ってるように僕には見えるんだ。それもとても穏やかな感じで……君の話だと彼女は悲惨な最期だったんだろう?」
「きっと僕が……いや、この調査で変わったことはこれなんだと思います」
「それはなんでだい?」
「だって、それは――」
松谷は加世の右手だった骨をゆっくりと丁寧に退かして、左手首のあたりを露見させる。
「これをこんなにも大事そうにしているからです」
「これは布? いや、ミサンガかい? 松谷君がつけていたものだって言うのかい?」
「はい。僕が加世ちゃんにあげたものです。一つは最初の調査の時に加世ちゃんを救う、そのために戻ってくるという決意を込めて……もう一つは再会の約束と再会までの年月が寂しくないように願いを込めて、さっき渡したものです」
松谷はミサンガに触れながら話す。
「それにしても、ミサンガも長い年月ここにあったかのように変色してるのは不思議だね」
「そうですね……でも、僕は加世ちゃんがその間も一人ではなく希望があるとそれで思うことが出来たのなら嬉しいと思います」
その後、しばらく松谷は加世の屍に優しく触れながら、加世の姿をそこに重ねていた。
中河原は小さな祭壇を中心に部屋を注意深く見て回った。大城は入り口の扉の側で、部屋の中には入ろうとはせず立ちつくしていた。
中河原は一通り見回すと、
「松谷君、そろそろ外に出よう。ずっといても大丈夫だとは言い切れないからね」
と、声を掛ける。さらに続けて、
「石神加世ちゃんの骨は街に戻ったときに警察に白骨を見つけたと報告して、しかるべき方法で回収してもらおう。だけど、ミサンガだけは僕達が回収しておこう」
と、提案する。松谷はしゃがみ込んだまま、体の向きを変え、
「ミサンガをどうして持っていくんですか? このままここに置いておくのはダメでしょうか?」
と、疑問のなかに不満げな感情を込めて言う。
「あのね、松谷君。ミサンガが日本で一般的に普及し始めたのは石神加世ちゃんの死んだ後なんだ。もし、そのミサンガが原因で彼女の遺骨が供養されるのが遅くなるのは君の本望ではないだろう? それに、君はこの調査の後に彼女の墓参りに川野辺君と行くんだろ? そのとき、お墓に彼女が彼女の両親のいるところにちゃんといけるように願いを込めて供えに行きなさい。そのあと、住職の方に事情を話して、お焚き上げをしてもらって、ちゃんと成仏できた彼女にミサンガを届けてあげなさい」
「はい……わかりました」
松谷は中河原の言葉が重く胸に響くような感じがした。
「ちょっとごめんね、加世ちゃん。ちゃんとまた届けるから今はこれを預からせてもらうね」
松谷は加世の左手首のミサンガを丁寧に外し、大事にハンカチで包みポケットに入れた。
部屋から出る際、松谷は加世をもう一度閉じ込めるのようなことはしたくないと、扉を閉めずに戻ろうと提案し、大城と中河原はそれに同意した。
松谷達は地上に戻ってきて、各々大きく深呼吸をする。
そして、松谷は周りを見渡し、あることに気が付いた。
「ああ、そっか……白い彼岸花の花言葉って……本当に加世ちゃんらしいというかなんというか……」
松谷は思わず声を出して笑い出してしまう。
「どうしたんだい? 松谷君」 「いきなりどうされたんですか? 松谷さん」
と、中河原と大城は突然笑い出した松谷を心配するかのようにほぼ同時に声を掛ける。
「いえ、なんでもないです。本当になんでもないんです。すいません」
「それならいいのだけれど……それじゃあ、二人ともベースまで戻ろうか?」
中河原と大城は歩き出すが、松谷はそのまましゃがみ白い彼岸花を摘む。
「これを僕も花言葉を込めて、加世ちゃんのお墓に持って行ってあげよう……」
松谷は加世の笑顔を思い出して、また思わず吹き出す。そして、それを見て加世はあの不満げな顔をして、その後すぐにつられて笑い出している姿がありありと浮かぶ。
「加世ちゃん、僕は君の事は忘れることなんてないし、君はそんなことをさせてもくれないだろうし、許してもくれないだろうね。触れ合った時間は短かったけれども、こんなにも思い出が溢れているのだから」
「それじゃあ、加世ちゃん。僕も、『また会う日を楽しみに』してるよ――――」




