戻ってきた未来でやるべきこと
松谷は目の前で起こったことを受け入れるまで、しばらく固まっていた。
さっきまで加世が座っていた膝の上には重みがまだ残っているような感じもしてしまうし、辺りを見渡せば、またあの笑顔で加世が飛び出してきそうな気さえしてしまう。
しかし、そんなことはもうなくて、松谷は加世がちゃんと成仏できたのだろうかと座ったまま空を見上げた。
しばらくして、松谷はHMDをシャットダウンさせる。HMDを外し、二〇一三年の此別村から二〇五八年の此別村に戻ってくる。あまり長い時間装着していたわけではないが頭に強い疲労感を感じた。
そして、松谷は大城が神社にやってくるのを待つことにした。大城は遠くから経過を観察しているので、松谷がHMDを外せば、HMDを付けている大城の目からは消えるので、それが合図となり、神社で合流する手はずになっている。
さらに今回は無線機を持ち込んでいるので、大城は中河原に細かく無線機で報告をしていて、こちらに向かう前に中河原にそのことを伝えている頃合だと思われた。
実際、松谷がHMDを外して、十五分くらい経つと大城が、さらにその十分後くらいに中河原が神社にやってきた。
大城は神社の参道を通り、社殿の近くまで来たところで松谷を見つけると手を振りながら駆け足で寄ってきた。
「いやあ、すごいっすね。松谷さん!」
「えっと……何が?」
松谷は大城のテンションに気圧される。大城はそんなことはお構い無しで、興奮冷めやらぬという様子で松谷に詰め寄る。
「全部ですよ! 全部! VR内の村も世界も驚きでしたけど、石神加世は本当に存在していたんですね! 実際、この目で見るまで三割くらいは疑っていました、すいません」
「大城さんにも、加世ちゃんは見えていたんですか?」
「何を言っているんですか? 当たり前じゃないですか」
松谷は驚きとともにホッとする思いも込み上げる。
「あの、大城さん。加世ちゃんがどんな子に見えたか教えていただけますか?」
大城はいきなり何を聞いてくるんだと一瞬顔をしかめるが、すぐに思い返しながら答える。
「えっと、僕には十歳くらいの女の子に見えましたよ。白いワンピースのよく似合う、少し髪の長い小柄な女の子ですよね」
「ああ……よかった。本当によかった。僕以外にもしっかりとあの子を認識してくれる人がいて」
松谷は嬉しさが込み上げた。ちゃんと同じ石神加世が見えていたのだと感じることが出来たからだ。
「あの……松谷さん?」
「すいません。今まで僕以外、加世ちゃんをちゃんと見れた人がいなかったものだから、全て僕の妄想なんじゃないかと悩んだ時期もあったんです」
「そうだったんですか。それにしても、本当に仲良さそうでしたよね? 兄と妹というかそれ以上に懐かれているように見えました」
大城は茶化すように言う。さらに、
「それにしても、あんな素直で純粋そうな子が、どうして……」
と、漏らす。大城は、加世の過去のことなどが書かれた資料にはあまり目を通してなく、目の前の情報だけで出てきた言葉なのだろう。松谷はそんな大城に対して、どこか黒い感情が沸いてくる。
「どうして……だって? 加世ちゃんはここの村人に両親を殺され、自分も殺されて……それからは五十年近く、意識も記憶もはっきりとしていて、そこにいるのにも関わらず、誰にも気付かれず、認識されず、はたまた話すこともできなかったんだ。あんなに人と触れ合うのが好きで、ちょっと世話焼きなところがあって、話すことが大好きで、寂しがりで……君ならそんな状況に耐えられるかい?」
松谷は気が付くと胸倉を掴む勢いで大城に食ってかかっていた。大城は松谷の変わり様に驚きを隠せずに、体を強張らせる。
「す、すいません。松谷さん……そんなつもりではなかったんです」
「こちらこそ、すいませんでした。ただ加世ちゃんからすれば、何十年ぶりに出会えた話せて触れ合える相手だった僕に過度に寄りかかっていただけなのかもしれないですしね」
「そんなことないと思いますよ……いや、そうかもしれないですけど、それだけじゃないと思います。遠目に見ていただけなんで確証は何もないんですけど、距離感とか仕草とか本当に松谷さんのことを信頼とかしていて、一言で言うなら好きだったんだと思いますよ」
大城は真面目な顔で告げる。
「そうなのかな? もしそうならいいよね。絶望の中で恨み、祟り、悔しい気持ちで亡くなった加世ちゃんが温かい感情で逝けたのなら……」
大城は黙り込む。松谷もそれ以降は中河原が来るまで口を開かなかった。加世が存在したという余韻を少しでも感じようと瞼の裏の世界で、あの笑顔を思い浮かべていた。
しばらくすると、中河原がやってきた。
「やあ、松谷君。お疲れさま。大城君もご苦労だったね」
中河原は鞄の中からペットボトルの水を取り出し、松谷と大城に手渡す。松谷と大城は受け取った側から口をつけ、乾いていた喉を潤す。
「それで松谷君。上手くいったのかい?」
「ええ、たぶん。あとは、加世ちゃんの遺体を見つけるだけですね」
大城は一瞬顔をしかめる。中河原は一度頷いた後、
「それでどこにあるのか分かるのかい? 前回は入り口は見つからなかったよね?」
と、難しい顔を浮かべながら尋ねる。
「大丈夫です。本人から聞きましたから」
松谷は笑顔を浮かべながら答える。中河原は、「ほう」と、声を上げ、続けて、
「それじゃあ、今から探しに行くかい? で、それはどこなんだい?」
と、興味が沸いてきたというように前のめりで松谷に尋ねる。
「もちろん探しに行きます。どうやら、社殿の裏の林に入り口があるみたいです」
「大城君。君が率先して探すんだ。今、心身ともに一番元気なのは君だからね」
「は、はい。分かりました!」
大城は中河原に言われ、社殿の裏手の方に消えていった。
「それじゃあ、松谷君。僕も探しに行くよ。君はもう少し休んでから探すほうに合流してくれ」
「大丈夫です。僕もすぐに行きます。僕が行かなきゃ意味ないですから……」
松谷は立ち上がるが、足元がおぼつかずよろめいてしまう。さらに顔と手足の指先が急激に冷たくなっていくのを感じ、目の前の世界が歪み始める。中河原は松谷を支え、もう一度座り直させる。
「松谷君はこのHMD起動時における脳への負荷に対する抗力というものが弱いんだ。だから、今みたいに貧血のような症状を起こしやすいんだよ」
「はい……すいません」
松谷はうな垂れながら返事をする。中河原はため息を一つつく。
「謝らなくていいから、今は休んでいなさい。もし入り口を見つけても、先に入らずに呼びに来るから心配はいらないよ」
「ありがとうございます」
中河原は鞄からもう一本水を取り出し、松谷の脇に置き、社殿の裏の方に向かって歩いていった。松谷は水を飲みながら、一分でも一秒でも早く普通に歩けるまで体調が戻れと気が焦る。しかし、気持ちとは裏腹に変な汗がボタボタと零れ落ち、指先などの冷えが解消される気配はなかった。
松谷は諦めて、少し横になることを決める。見つかったら呼びに来てくれると言っていたし、何より大変で地道な作業を全部丸投げできるのだから、今は楽をしていればいいのだと割り切ることにした。
横になって目を瞑ると、風の通り抜ける感覚と音が気持ちよかった。今は夏の暑さもセミのけたたましい鳴き声も嬉しかった。余計なことを考えず、ただのんびりと過ごした。




