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また出会うための約束

 しばらくして、松谷は、

「これで僕が未来の人だって信じてもらえたかな?」

と、端末を操作しスクリーンを消しながら話を戻す。加世はもっと見ていたかったというような少しがっかりした顔を松谷に見せながらも、

「うん。信じるよ! だって、さっきの見たことなかったし、加世も信じるって、リョータに言ったもん!」

と、松谷にまっすぐ笑顔を向けて答える。松谷はその笑顔を受け止め、一息いれる。

「それで僕が加世ちゃんのことを知っている理由なんだけれども……それは、僕が加世ちゃん本人から聞いたからなんだ」

「どういうこと? 加世はリョータにそんなこと言ったことないよ?」

 加世は首をかしげながら尋ねる。

「僕はね、この日、つまりは二〇一三年の七月二十七日に前にも一度来ていて、そのときに加世ちゃんから聞いたんだ。今の加世ちゃんが分からなくても仕方ないことだよ。分かりやすく言うとね、加世ちゃんが昨日会っていた僕は今ここにいる僕からすると一年前の僕になるんだ」

「よく分からないけど、リョータにとっては二回目の今日ってことなんだよね?」

「それで間違っていないよ。僕はその一回目で加世ちゃんから色々教えてもらったんだよ。加世ちゃんの両親のこと、加世ちゃんが死んだ時のこと……とかさ」

「そう……なんだ。それでリョータはなんでもう一度加世に会いに来たの?」

 加世は目を伏せる。人を信じることを忘れ、人と村を恨みながら五十年近くも一人で過ごしてきた加世にとって、松谷と触れあい過ごした時間はとても大きいものだった。しかし、それすらもまやかしだったのかもしれないと疑ってしまっていた。ラベンダーだと例えた加世は無意識に松谷に対してそのような気持ちを吐露していたのかもしれない。

 しかし、松谷には迷いも戸惑いもなかった。加世のそのような気持ちも含め、全てを受け止めるつもりだった。

 そして、加世にずっと言いたかった言葉を声に出す。


「加世ちゃん。僕はね……加世ちゃんを救うためにここに来たんだよ」


 加世は顔を上げ松谷の目を見る。松谷の目や表情から、それ以前に松谷を信じると言った加世にはその言葉に嘘が含まれていないと確信できた。

 そして、涙がすうーと両の目の目尻から流れ出す。それは加世の頬を伝い、そこからしずくとなって松谷の服やズボンを濡らす。

「あれ? なんで? なんで、加世は泣いてるの? 嬉しいはずのに、もう寂しくないのに……なんでなのかな?」

 加世は両手で零れ落ちる涙をぬぐいながら、止めることのできない勢いを増すばかりの涙に気持ちの整理ができないまま涙を流し続ける。松谷はそんな加世の頭を優しく撫でる。

 そして、加世の表情や感情が直接的で変化の波が大きかったのは長年、人と接することがなかったため上手く調整することが出来ず、そのまま現れているからなのだと松谷は気付いた。

「ああ……そっか。そうだったんだ。リョータには届いていたんだ。加世が残した花言葉からここまでたどり着いてくれて、そして、私に答えてくれたんだ。加世に答えるためにまた会いに来てくれたんだ……」

 加世はそう呟き、頬を伝う涙を拭うことも止めようとあらがうこともやめた。加世は涙を流しながら、

「ありがとう、リョータ」

と、最高の笑顔で松谷にお礼を言った。松谷も笑顔でそれに答えた。

「ねえ、加世ちゃん。まだもう一つあるんだ」

「まだ何かあるの?」

「僕はね、加世ちゃんは此別村の人のことが嫌いな理由を一回目で聞いていたんだ」

 加世は肩をビクッと強張らせる。

「加世はなんて言ってたの?」

「加世ちゃん達にしたことを忘れ、加世ちゃん達のことを忘れ、平穏に生きていることが許せなかった、って……」

「うん。そうだよ。みんな加世達のことを忘れているのが許せなかった。加世達のことは思い返したくもない、おおい隠したいことなのかもしれない。だけど、時が経つにつれて、忘れられていくのが加世には見えていたから、余計に許せなかったんだよ」

 加世の赤くなった目元には涙ではなく、怒りや恨みがにじんでいた。松谷は膝の上の加世をそっと抱きしめる。加世は突然のことで驚きを隠せず、「えっ? えっ?」と、困惑の声を上げる。松谷はそんな焦る加世のことを気にせずに話す。

「加世ちゃん、それは違うよ。この時代、二〇一三年の今にも加世ちゃんのことをちゃんと覚えている人はいるんだよ」

「そんな人……いるわけないよ……」

 加世は松谷の腕の中で大人しくなりながら松谷の言葉を否定する。

「実際にいたんだ。加世ちゃん……八倉都美さんって、覚えてる?」

「覚えてるもなにも、都美ちゃんは本当の妹みたいな大事な友達だった子だよ。でも、あの日のあとすぐにこの村から引っ越して行っちゃった」

「その都美さんは村を離れた後もずっと加世ちゃんのことを気にかけていたんだよ。加世ちゃんだけじゃない、加世ちゃんの両親の亡くなったあの日のことも本当は何があったのか調べたりしていたんだ」

「そんなの信じられないよ……」

 加世は俯きながら弱々しく答えた。

「それでも、僕は加世ちゃんには知っていて欲しい。その八倉都美さんは加世ちゃんのことが子供の頃から大好きだった。村を離れた後、高校生くらいのときに都美さんは両親からあの日、村であった事を聞いて、それからずっと加世ちゃんのことを追っていたんだよ」

「なんでリョータがそんなことを知っているの?」

「それは僕のお世話になっている大学の先生がその都美さんの息子さんだからだよ。都美さんの遺志は子供に受け継がれ、此別村の調査をするために僕がここに来ているのだから……」

 加世はしばらく無言で固まる。松谷も加世が話を整理できるまでそのまま待っていた。加世を抱きしめて密着した部分が暑く、昼過ぎの日差しも相まって、ジワリと汗をかくのを感じた。

「ねえ、それは本当のことなんだよね?」

 加世はポツリと言葉を漏らす。

「本当だよ。僕は加世ちゃんに嘘は言わないよ。信じられない?」

「ううん。加世はリョータのことは信じるって言ったし、それにリョータの言葉だけは何があっても信じるよ。信じたい。もしそれが本当は嘘でも加世は信じるよ」

「なんか遠まわしに嘘なんじゃないかとまだ疑ってるのかな?」

「疑ってない! 疑ってないよ! それだけリョータのことを信じてるって言いたかったの……もしかして、怒った?」

 加世は松谷の腕の中でもそもそと体を回転させ、不安そうな顔で松谷の顔を見上げる。

「怒ってないよ。大丈夫だから」

 松谷は加世の頭を優しく撫でる。加世は目を細めながら、嬉しそうな表情をする。

「加世は忘れられていなかったんだね……加世が生きていたということをちゃんと知ってくれている、覚えてくれている人がいたんだね」

「そうだよ。その都美さんは残念ながら僕のいる時代では亡くなってしまっているけれど、代わりに僕が覚えているよ。僕は死ぬまで加世ちゃんのことを忘れないよ」

「本当に?」

 松谷は加世の目を見て、強く頷いてみせる。加世は松谷の首に腕を回し抱きつく。

「ねえ、リョータ。加世がちゃんといたんだってこと忘れないでね。加世もリョータのことは忘れないから」

 松谷は、「うん」と、頷く。

「加世がここのいる理由や心残りなくなっちゃったな……長い時間で本当に恨んでいた人はいなくなってしまったし、最後の心残りだった一人で寂しいって気持ちもなくなっちゃったしさ……」

 松谷は加世から伝わる温もりを感じながら相槌を打ちながら聞く。

「だからね、最後にリョータが私にどうして欲しいか言って? リョータが言うなら加世はそうするよ?」

 加世は密着していた体を離して、松谷の顔を正面から見つめる。

「わかった。でも、その前にちょっといいかな?」

「なに?」

 加世は肩透かしを食らったかのように不満げな顔を浮かべる。松谷もそれに気付いてはいるがどうしても聞いておかなければならないことが残っている。

「今、加世ちゃんの体はどこにあるの? この神社にある地下の隠し祭壇に閉じ込められて亡くなったって、聞いたのだけれども、入り口が分からないんだ。僕はちゃんと見つけて、きちんと供養くようして、加世ちゃんの両親と同じところに連れて行ってあげたいんだ」

「ああ、そっか……リョータの生きる時代でも、加世の体はまだあそこにあるんだね。地下への入り口はね、この建物の裏の林の中にあるはずだよ。加世は時間だけはいっぱいあったから、色々見ていたから、場所はちゃんと知っているんだ」

 松谷は加世の言い方に小さな引っ掛かりを感じる。

「ねえ、もしかしてだけど、暇つぶしに村のいろんな人を付回したり、観察とかしていたんじゃないよね? 例えば、あの村役場の人とか……」

 松谷の質問に加世は目線を逸らす。その瞬間に松谷は確信した。

「えーとね……そんなには……してないよ? それにあの役場の人は神社の前の水路に吸殻をポイ捨てしたりするから嫌いなだけだよ。加世は何も悪いことしてないもん」

 松谷は加世が見えてないからとまじまじと見つめながら、一喜一憂している姿がありありと目に浮かんだ。

「まあ、それはいいんだ。ただの悪戯みたいなものだし。裏の林の中に神社の地下への入り口があるんだね?」

「うん。それは確かだよ。リョータはちゃんと見つけれるのかな? 少しだけ心配だなー」

 加世は目線を戻して松谷に悪戯っぽい笑顔を向ける。

「大丈夫だよ。絶対に見つけるから」

「そうだよね。リョータならきっと大丈夫だよね。でも、もしわからなかったら加世のこれから言うことを思い出して? そうすれば、きっと見つかるはずだから」

「うん。わかった」

 松谷は聞き漏らさないように加世から発せられる言葉に集中する。

「入り口の周りにはね、今の季節だときっと花が咲いているよ。ただ、あそこの花は毎年季節はずれに咲くから、村の人は怖がって近づかないんだ。加世は好きなんだけどね。それに、今の気持ちにはピッタリな花だからね」

「わかった。なかなか見つからなくて困ったときは思い出すよ」

 加世は笑顔で「うん」と、頷く。そのまま松谷と加世は無言のまま顔を見合わせる。風で木々が揺れ、葉のこすれる音が微かに聞こえるが、セミはこれから松谷が加世にいう言葉を遮らないように気を遣っているのか不気味なほど鳴き声が聞こえてこなかった。

 二人だけの静かな時間がそこにはあった。ただ、それは有限で終わりの時がもうすぐそこにまで来ていることは分かっていた。

「ねえ、リョータ……本当にありがとう。だから、もう加世に言ってくれないかな?」

 加世が零れ落ちそうになる涙を隠すために顔を逸らしながら震える声で伝える。

「分かった。でも、最後はそんな泣き顔ではなくて、笑顔で終わりにしようよ」

「こんなときに笑えないよ。だって、お別れなんだよ?」

「違うよ。これはお別れではなくて、また出会うための約束みたいなものだよ」

「約束?」

 加世は逸らした顔を戻す。

「うん。約束。僕と加世ちゃんが再会するためのね」

「そっか……そうだよね。そうだった……またリョータに会えるんだし、きっと嬉しいよね」

 加世に笑顔が戻り始める。

「でも、今の時代から加世にリョータが会いに来るまで五十年くらい待たなきゃいけないんだよね?」

 加世は不満だとアピールするように頬を膨らませ、足をバタつかせる。

「それはのんびりと待ってもらう以外はないなー」

 松谷は困りつつ、右手で頭を掻きながら小さく笑う。そのとき、視界の端にそれが映り、あることを思いつく。

「じゃあ、加世ちゃん、こういうのはどう?」

「なになに?」

 松谷は右手のそれを外し、加世の左手に巻く。

「加世ちゃんが待ってる間、寂しくないように願いを込めて、それをあげるよ」

 加世は左手首に巻かれたそれを右手で大事に包み込むように握り、

「ありがとう。これなら五十年くらいは待ってあげれるかな」

と、松谷に笑顔を向ける。それはどこか悪戯っぽいようで、それでいて、不思議と見ている方も幸せな気持ちにさせるような笑顔だった。

「それじゃあ、加世ちゃん。またちゃんと会いに行くから……だから……」

 松谷は最後の一言を言うことにためらってしまう。まだこの笑顔を見ていたいと思ってしまったからだ。それに気付いた加世はその笑顔のまま、ゆっくりと松谷の手を握る。まるで、「大丈夫、安心して」と、言われてるかのようで、松谷も最後の覚悟を決め、加世の手を握り返し、出来る限りの笑顔を加世に向ける。

「だから、成仏して、ゆっくりおやすみ。加世ちゃん」

「うん。ありがとう、リョータ……」

 加世はそう言うと、最後の瞬間まで笑顔のまま、すーっと消えていった。

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