二度目の此別村へ
そして、また夏を迎えた――。
二度目の調査、もとい石神加世を救うために此別村に向かった。今回は人手が増えることになり、此別村には中河原の助手の大城がサポートのためについて来ることになった。さらに川野辺も此別村までは行けないにしても、近くの街までは来ることになった。
川野辺は結果に関わらず、今回の調査が終わったら、石神家の墓参りをしようと考えていた。松谷もそれに同行することを決めていた。
此別村に向かうのは失踪事件のあった前日で、前回と同じようにベースを村の外に設置し、準備を整え、翌日の事件当日のみHMDを使いVRに入る予定になっている。
松谷は今回の調査の成功と加世のことを思いながら新しくミサンガを織り、右手首に巻いた。さらに去年と同じくらいの髪型になるように、けっこう前から気を遣って準備もしてきた。
今回も此別村に最寄の街に前日に入り、入念に準備を確認した。翌朝、今回は日に四本しか運行していないバスではなく、川野辺が準備したレンタカーで一時間近く揺られ此別村に向かう林道の入り口付近まで送ってもらった。
「じゃあ、僕は一旦戻って明後日の昼前くらいにまたここに迎えに来るから」
川野辺は車から荷降ろししている松谷達に言う。
「川野辺君もそんなことを言わずに今からでも一緒に行かないかい?」
中河原は悪戯っぽく言う。
「勘弁してくれよ。僕だって、君みたいに体力が有り余る健康な体なら何も言わずに一緒に行っているさ」
「まあ、そうだよな。じゃあ、いい知らせを持って帰れるようにクーラーの効いた旅館から祈ってくれたまえよ」
川野辺は苦笑いを浮かべる。中河原はそれを見て、小言を言ってからかうことに満足したようで、松谷と大城の方に向き直り、
「じゃあ、二人ともそろそろ行くとしようか」
と、ザックを背負いながら気合いを入れ直した。
道中は去年と同じく荒れた道をGPSと地図を頼りに進んでいく。去年に増して強い日差しが松谷達を襲い、時折吹き抜ける風さえも生暖かく、立っているだけでも体力を奪われていく感じがした。
一時間ほど歩き、中河原の提案で木陰で休憩をする。今年も中河原は、
「ねえ、松谷君。村まではあとどれくらいだい?」
と、帽子を団扇代わりに扇ぎながら尋ねてくる。
「まだあと一時間半は歩きますよ。がんばってください、教授」
松谷の言葉に中河原以上に大城が驚きの表情を浮かべる。
「それ、本当ですか? 松谷さん」
「ええ。前回は最寄のバス停からずっと歩きだったのでもっと歩きましたよ」
「えっ? 本当に先生はこの道を往復したんですか?」
「失礼だな、大城君。僕はちゃんと村まで往復したよ。ただ、今年は去年よりも暑くて、疲れるんだ」
中河原が整わない息を荒げながら、大城に文句を言う。さらに、自分は大丈夫だといわんばかりに、
「松谷君、大城君。先を急ごう」
と、膝に手を当て立ち上がりながら言う。大城が「無理しないでください」と、咄嗟に手を貸そうとするが中河原はその手を振り払った。
その後、大城と中河原の雰囲気が険悪なまま歩き続け、数回の休憩を挟んだ後、ゲートまで辿りついた。今回は錆取りスプレーを準備していたので、錆びて動かなくなったかんぬきの錆を落とし、ゲートを開けて通過する。
しばらくすると、遠目に建物が見えてきて、松谷は戻ってきたのだと感慨深いものを感じた。
そして、此別村の外の前回ベースを設置した辺りの場所に荷物を下ろし、一息つくことにした。
「ねえ、松谷君。今回もここにベースを設営するんだよね?」
「はい。そうですね。少し休んだらやりますので教授はゆっくりしていてください」
「いや、ベースとかの設営は僕と大城君でやるから、君は村を一回り見てきたらどうだい?」
松谷は予想だにしていなかった提案に、呆気に取られつつも、厚意に甘えることにした。
「それでは、お言葉に甘えて見て来ます。教授、大城さん。お願いしますね」
教授は胸を張って頷き、座って一休みしている大城も手を軽く上げて応えた。
松谷は此別村に入り、ゆっくりと見て回る。ここに来るまで何度も何度も資料を読み、その中の地図も何度も見ていたので、地図を見なくても迷うことなく歩き回れる自信があった。
途中、神社や役場、学校など一年前の調査で加世と一緒に回ったことを鮮明に思い出し、ふいにいつものあの笑顔で加世が突然現れるんじゃないかと思うほどだった。
松谷は懐かしさを噛み締めつつ、気持ちを引き締め、ベースまで戻ってきた。そして、目の前の光景に思わず大きなため息をついた。
ベースは完成していなく、大城が一人慌てた様子でがんばっているのは分かるが、何もしてないに等しいほどの進捗状況だった。中河原はというと、大城を手伝うこともせず先に簡易テーブルと椅子だけを組み立て、PCを起動させて、自分の作業を始めていた。
松谷は状況を把握し、自分が村を回っている間に何があったかもなんとなく想像することができた。
「大城さん、手伝いましょうか?」
「あっ、松谷さん。なんかすいません。サポートするためについて来たのに、お役に立てなくて……」
大城は申し訳なさそうに俯く。
「いいですよ。大城さんの仕事は他にもありますからね。それに今の時代、テントを設営する機会なんてそうそうないですし、不慣れな作業を任せっきりにした僕にも責任はあります」
松谷は声を絞って、さらに続ける。
「それに教授のことだから、手伝おうともしなかったのでしょう?」
大城は横目で中河原を見ながら、「ええ、その通りです」と、小さく頷いた。それから松谷は大城と協力して、ベースの設営を手際よく終わらせる。その後、簡単に昼食を済ませ、村に初めて来た大城は興味本位で村の見学に行き、松谷と中河原は最終確認を込めた打ち合わせをした。打ち合わせ後、中河原は戻ってきた大城とHMDの最終的な調整など準備を進める。
日が暮れ、辺りはすっかり暗くなってきて、松谷は翌日に備えて、早めに寝ることになっているのだが、緊張や気持ちの高揚のせいか、なかなか寝付くことが出来なかった。
そこで風に少し当たろうとテントから出ると、中河原と大城がまだ作業をしているのが見えた。
松谷に気付いた大城が、
「松谷さん。まだ起きていたんですか?」
「ええ、まあ。なかなか寝れなくて……遠足や修学旅行の前日みたいなやつですかね」
松谷は頬を指で掻き、小さく笑いながら返した。
「それよりも、まだ準備をしていたんですね」
「準備自体は終わっているんだよ。だけど、明日に備えて、小さなエラーも起きないように僕達が今出来る、するべきことを最大限しているだけだよ」
中河原が二人の会話に割って入るように応える。
「松谷君。君は自分のすべきことはちゃんと見えているのかい? 僕達がいくらがんばっていても、所詮は君のサポートとお膳立てくらいしかできないんだよ。全ては明日の君にかかっていることを忘れないでくれたまえよ」
「は、はい……」
松谷は重圧に似たものを感じる。それと同時に自分の考えと覚悟の甘さを思い知る。どこかで失敗しても来年もう一度挑戦すればいいと思っていたのかもしれない。危機感や覚悟を持って、一年間、此別村に来ることを考えてきたはずなのにまだまだ足りなかったと感じ、反省した。
「すいません。明日のために今からちゃんと寝ます。なので、明日はよろしくお願いします!」
松谷は二人に深々とお辞儀をし、テントに駆け足で戻った。




