決意と気持ちを新たに
川野辺は一通り話し終えると、部屋には長い沈黙が支配した。
「僕の知っていることはこんな感じかな。さらに詳細な資料が読みたいのならファイルを送るから見てくれて構わない。松谷君には後で送るから。これが役立つなら母も喜んでくれると思うんだ」
「はい、ありがとうございます」
それ以降、まともに話を切り出すことが出来ず、その場は一端解散となった。松谷もなんとなく部屋に居づらくなり、構内のベンチで冷たい飲み物を片手に、川野辺から送られてきたファイルに目を通した。
しばらくして、部屋に戻ると川野辺はいつものような柔らかい表情を浮かべながら、
「やあ、おかえり。松谷君」
と、何事もなかったように声を掛けてきた。松谷はそれにどう応えていいか分からず、目を逸らしてしまった。川野辺は一つ息を大きく吐き、松谷に問いかける。
「ねえ、松谷君。君は怖気づいてしまったのかい?」
「そんなことはありません!」
「じゃあ、君はこれからどうしたいんだい?」
松谷は急に増えすぎた情報に混乱していた。川野辺の質問に対して、松谷は考えすぎることを止め、開き直りシンプルに自分の気持ちを吐露する。
「僕は加世ちゃんを救いたいです!」
はっきりとした意思表示をした松谷に川野辺はいつになく優しく微笑みかけた。
松谷達は来年もう一度集団失踪のあった七月二十七日に此別村に行くための計画を立て始めた。
川野辺は此別村への再調査に向けて、許可申請を始めた。二度目の申請ということで前回よりすんなり申請が下りた。その後は、講義などの空いた時間を見つけては松谷と共に此別村の資料を見直し、精査することに時間を割いた。
中河原はというと、自分の研究を続けた。実証実験を自分の助手やゼミの学生で行ったものの、目立った成果が得られず、唯一の成功例である松谷に協力を頼み、松谷もそれにできる限り応じた。
また、時折、再調査に向けての意見交換や報告などをする場を設けることになった。
松谷は石神加世を救うとはどういうことかを考え続けた。ある日、思案に煮詰まってしまい、川野辺にふと、
「どうやったら、既に亡くなっている人を救えるんですかね?」
と、漏らしてしまった。川野辺は手を止めて、
「僕もそれはいつも考えているよ。僕の場合はその対象は母で、母の残した想いを継いで母の代わりに起こった顛末を知り、見届けることかなと今は思っているよ。つまりは、その人の想いや気持ちを受け止めることなんじゃないかな?」
と、遠い目をしながら語る。
「そうですよね……もし僕が石神加世を救えたとして、それは此別村の集団失踪の原因がなくなるわけですが、そうなった場合、村人はどうなるんですかね?」
「僕はそういうことに関して専門じゃないし、今回は色々な普通じゃありえないことが起こっているけど、結果は今とは変わらないと思うよ」
「どうしてそう言い切れるんですか?」
川野辺は質問されたことに驚いたような顔を浮かべる。
「どうしてって、それは今も村人が失踪したという事実が残っているからだよ」
「残っているから……ですか?」
「松谷君は時々本当に察しが悪いよね。今から見て未来にいる僕達がもう一度此別村に行って、石神加世を救うことができて、村人の失踪を止めることができたとするよ。それが現実世界に影響を与えるなら、失踪事件そのものが起きていないことになっているんだ。そうすると、今、僕達は何をしていることになるだろうね?」
松谷は腕を組んで考える。
「此別村のことは調べることはなくなるから、別の調査をしてることになりますね」
松谷は自分で答えてやっと理解する。
「それじゃあ、村人の失踪が確定事項ならば、石神加世が消えることも確定事項と言うことになりませんか?」
「うん、そういうことになっちゃうね」
松谷はまたしばらく考え込んで一つの結論に辿りつく。
「石神加世が消えることは確定事項として、その原因を置き換えることは可能ってことですよね?」
「どういうことだい?」
「だからですね、本来は石神加世は村人を呪い、祟り、村人を道連れにして恨みを晴らしたことで成仏というか消えるわけじゃないですか? だから、別の方法で石神加世を成仏させることができたら……って、思ったんですけど……どうですかね?」
川野辺は頷きながら話を聞く。
「どうって、僕はその方法は試してみる価値があると思うよ」
松谷は川野辺のあっさりとした反応に少し驚く。
「でもね、松谷君。その別の方法っていうのが難しいんじゃないのかな? どうすればいいか、何か心当たりでもあるのかい?」
「加世ちゃんとの会話を思い出しながら、ずっと色々と考えていたんですけど、存在の証明と、感情の書き換えなのかなと思います」
「松谷君、僕は君が思うようにしたらいいと思うよ。君が選んだ答えならそれを僕は全力で支持するし、出来る限りの協力をするよ」
「ありがとうございます。でも、どうしてそこまで……?」
「それはね、HMDの記録映像を僕も見たのだけれども、君の声や反応しか分からない映像でも、石神加世が君にどれだけ懐いているか、君に会えてどれだけ嬉しかったか、伝わってくるんだ。僕には彼女の顔は見えていないけれど、いつも楽しそうに笑っていたんじゃないかなって」
松谷は加世の顔が瞼の裏に浮かんでは消える。そのほとんどが楽しそうな笑顔だった。
しかし、一番印象的に記憶に残っているのは、最後に見せた悲しげな笑顔だった。
「たしかに、よく笑ってましたね。感情表現が豊かな子で一緒にいるだけで楽しくなるようなそんな子でした」
「うん。それなら、君が彼女を救うために起こす行動は基本的には正しいものなのだと僕は信じているよ」
松谷は川野辺の言葉に背中を押され、気持ちが軽くなった気がした。




