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回想 八倉都美が聞かされた顛末

 都美が高校一年生になった年の夏。その夏は暑い日が続いたかと思うと大雨の日もありと、天候が安定せず、テレビから流れてくるニュースもその話題が多かった。

 そんなある日、都美は高校の友人と植物園に遊びに行った。たくさんの植物の緑に囲まれた空間に、どこか懐かしい気持ちが湧き上がった。

 都美達は植物や花をそれぞれの説明が書かれている看板も楽しみながら回った。都美はその中で不思議な感覚があった。有名どころの植物の説明や花言葉を中心に今まで調べたこともなかったのに、知っている、分かっている、そんな感覚が付きまとった。

 そして、花と緑の匂いのする空気を深呼吸をして大きく吸い込むと、ふいに小さい子供だったときのことを思い出した。思い出したというよりは、思い返さないように鍵をかけていた記憶が開錠かいじょうされて、その瞬間に一気に流れ込んできた。

 都美は胸が締め付けられ、寂しいような、懐かしいような、でもどこか楽しくもあり、温かい感情が溢れてくるのを感じた。気が付くと、涙が静かに流れ続けていた。

 一緒にいた友人達は突然のことで驚き、心配するも都美自身も感情にどう向き合っていいか分からず、

「ごめんなさい」

と、誰に向けて言ったのか分からない謝罪の言葉を繰り返すばかりだった。


 都美は家に帰ると、晩ご飯の用意を始めていた千枝に、

「ねえ、お母さん。どうしても聞きたいことがあるんだけど……」

と、神妙な顔つきで尋ねる。千枝は都美の表情を見て、何を言い出すのかと身構えながら、

「改まってどうしたの? それで何が聞きたいの?」

と、優しい声で質問を促す。都美は言葉を探しているように口を開きかけては閉じ、視線を泳がせ続ける。そして、意を決したように小さく頷いて言葉を搾り出す。

「じゅ……十年前のことを教えて?」

「何のことかしら?」

「誤魔化さないで!」

 都美は思わず声を荒げ、千枝はビクッとする。

「ごめんなさい。大きな声を出すつもりも、お母さんを責めるつもりもないの」

「いいのよ。ただ、そのことは私に聞くよりお父さんに聞きなさい。都美が何を知りたいのかはだいたい分かるわ。でもね、私はそれをまず話してもいいのか……話すにしてもどう話していいか分からないのよ」

 都美は納得がいかないと思いつつも、千枝の言葉に従い俊秀の帰りを待つことにした。

 その日の夜、俊秀が仕事から帰ってくるも、何かと話を聞くタイミングを見つけることができなかった。今日中に聞くことを半ば諦め、晩ご飯を食べ終え、自分の部屋に戻ろうとしたとき、俊秀に真面目な顔で呼び止められ、テーブルに座るように促された。

 そして、いつもに増して険しい表情を浮かべた俊秀が、

「なあ、都美。十年前のことを聞きたいと言っていたそうだが、具体的には何が知りたいんだ?」

と、切り出す。都美はそこまではっきりした目的もなかったので口ごもる。

「世の中には知らない方がよかったと思えることもあるんだ。それでも聞こうという覚悟があるのなら、そのときはなんでも話そう」

 都美は俊秀の言葉に思わずたじろぐ。それでも、都美は俊秀の言葉に覚悟を決めて尋ねることにした。

「十年前のあの家から出てはいけないって言われた夏休みのとき、加世ちゃんがいたはずなのに、急にいなくなったのはなんで?」

 力強い目線で尋ねる都美の視線を正面から受け止め、俊秀も決意を固める。

 俊秀は十年前に此別村であったことを覚えている限り、包み隠すことなく話し始めた。



 その年の夏の始まりあたりから此別村で病気が流行りだした。どうやら、人に伝染るということは病気になった人の関係などからは見えてきた。

 しかし、診療所のなかった村は、病気の治療も病人の隔離もできずにいた。近くの街にある病院に患者を全員移動させるすべもなく、村長を中心に看護師としての経験があった加世の母親に相談し、厚意から社務所を臨時で隔離施設として使うことになった。

 それに伴い、石神家と家族ぐるみの付き合いがあり、年の近い都美と仲がよかったことも相まって、加世を八倉家でしばらくの間、預かることになった。

 隔離したことで新たな罹患者りかんしゃはほとんどいなくなったものの、対処療法以外の処置はできない現状では、快方に向かう病人もほぼいなかった。

 そのことで不平や不満、恐怖、狂気に飲み込まれた一部の村人が暴徒化し、社務所ごと病人を焼き払うと言い出した。村長の新津を中心に、自制を求めるなど注意をしたりしてきたが、そのことに耳を貸さずについには実行に移す算段をし始めた。その中心に村の若者を束ねる村長の実の息子がいた。そのこともあって、暴徒は勢いを増していった。

 そして、火事が起きた日の夜。そのことを察知した俊秀が千枝にそのことを嘆くように漏らしたのを加世が立ち聞いてしまい、神社に向かい、そのまま行方が分からなくなった。夜通しかけて捜索し、さらにはその後、数日間捜したが足取りは掴めずじまいだった。捜索には暴徒化した村人達の一派は加わることはなく、人手が足りないまま行うことになった。そして、捜索に参加していた村人は直感的には気付いていた。

 加世はもう生きて見つかることはないだろうと――。



 都美は十年前の話を聞き、驚きつつも納得した。今はどこで眠っているのかわからない加世に思いを馳せ、瞼の裏に浮かんだ久しぶりの加世の姿に、懐かしさと今まで思い出さないようにしていたことへの申し訳なさや後悔、様々な感情が溢れてくるのを感じた。

 そして、それらを受け止め、噛み締めるように静かに涙をただ流し続けた。

 都美は心にかかっていたもやが晴れて、自分の行く道が見えたような気分だった。

 この日は、都美が此別村と石神加世に関する調査を決めた日でもあり、知ったことや調べたことをまとめたノート以外に日記をつけ始めたのもこの日からだった。


 それからは放課後や週末に図書館などで、十年前から今に至るまでの此別村のことを調べ始めた。地方紙含む新聞のバックナンバーを調べるのは、時間的にも労力的にも大変だった。さらには、郷土史も調べ始めた。そのなかで、なんとなく気になっていた加世の苗字と石神神社には何の関係もないことが分かって、ほくそ笑んだりもした。

 そして、もう二度と忘れないためにも都美は大好きだった加世のことを思い出せる限り書いた。その際、千枝や俊秀からも話を聞き、二人も昔を懐かしみながら、時折寂しさや悔しさから涙も浮かべたりもした。

 その年のお盆には、加世の両親の眠る墓に初めて連れて行ってもらった。そこは思ったよりも近く、今住んでいるところからバスを乗り継いで一時間強程の場所だった。加世は依然として行方不明のままだが失踪宣告がなされ、遺骨はないが墓には名前が刻まれていた。

 都美の両親は毎年のように訪れていて、そのことを加世の祖父にあたる人から感謝されていた。都美が加世の友達だったと聞かされると、「孫といっぱい話していってやってください」と、うっすら涙を浮かべながら都美の手を握り締めた。

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