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繋がっていく事象

 川野辺が大学に顔を出したのは松谷に連絡をしてから四日後のことだった。

 松谷がいつものように川野辺宛に届いたメールや郵便などのチェックなどしていると、何事もなかったかのように普段どおりに静かにドアを開け、松谷の方をちらっと見てから、

「おはよう、松谷君」

と、柔らかな表情で声を掛け、部屋の奥に進む。鞄を机の脇に静かに置き自分の椅子にゆっくりと腰掛けた。

「おはようございます、先生。先生が空けていた際の連絡事項などをまとめたファイルを先生の端末に送ります。メールや郵便物などに急ぎのものは特にはありませんでしたが、先生も目を通すくらいはしておいてください」

 松谷は川野辺に報告を終えると、部屋に備え付けの電気ポットでお湯を沸かし、川野辺に出すためのお茶を用意し始める。

「君がいて助かったよ。ところで、今日は中河原君が大学に来ているか知っているかい?」

「来ていると思いますよ。先生が来たら連絡をするように言付ことづかっております」

「そうなのかい?」

 川野辺は机の上の電話の受話器を外し、登録してある短縮ダイヤルの一つを呼び出す。

「もしもし、中河原君? ……そんな大きな声を出さなくても聞こえるから落ち着きなよ。うん。今? 僕の部屋にいるよ。……えっ? 今からかい? 分かった。待ってるよ」

 川野辺は受話器をそっと戻す。松谷は中河原のために、コーヒーメーカーでコーヒーの用意を始めた。

「松谷君――」

「今から中河原教授が来るんですよね?」

 川野辺は柔らかな笑みを浮かべながら頷いた。

 部屋中にコーヒーの匂いが立ちこめていく中、川野辺は熱いお茶を片手にメールのチェックなどをし、松谷は自分のPCでレポートの作成を続けた。

 そこに遠くからバタバタという廊下を走っているような大きな足音が聞こえ、だんだん近づいてきた。そして、ノックもなしにバンッと勢いよくドアを開け、中河原が入ってきた。

「川野辺君、君は一体どこで何をしてたんだい?」

 中河原は大きな声で開口一番、川野辺に質問を投げつける。

「とりあえずは落ち着いてそこにかけなよ」

 川野辺は来客用のソファーに中河原を促しつつ、松谷に目で合図を送る。松谷はコーヒーをカップにいれて中河原に出す。

「教授、コーヒーをどうぞ」

「ああ、ありがとう。松谷君。でだ、川野辺君。説明はしてくれるんだろうね?」

 中河原は川野辺に今にも掴みかかりそうな様相で問いかける。

「分かってるよ。ちゃんと話すから、まずは一息つきなよ」

 川野辺はつられて声を荒げたりすることもなく静かで柔らかい口調でなだめるように話しながら中河原と向かい合うように座る。中河原は納得できないという表情を浮かべつつも、コーヒーに口をつける。

「それで中河原君。まずは何から話したらいいのかな?」

「じゃあ、まずはここ数週間、何をしていたんだい」

「田舎に帰って、資料探しと墓参りなんかをしていたよ。でも、ほとんどの時間は夏バテで病院のベッドの上にいたかな」

「川野辺君、君って人はなんというか……」

 中河原は頭を抱える。

「じゃあ、次。この研究というか調査の本当の目的を教えてくれないか? ただの集団失踪の原因究明ってわけではないんだろう?」

 川野辺は小さく頬を掻きながら困ったというような表情を浮かべる。

「何が言いたいの? 中河原君」

「この研究や調査に対する君の熱意やなんかは評価するけれど、それに見合うバックがないように思えるんだ。仮に原因究明できたところで、民俗学の学者として君が得るメリットが僕には思い当たらない。それは松谷君に同じ質問をしたけれどほぼ同意見だったよ」

 川野辺は松谷の方に視線を向け、松谷はそれに申し訳なさそうな顔をして視線を逸らすことで中河原の言っていることを肯定する。

「中河原君の指摘は間違ってはないよ。そのことについては隠さずにちゃんと話すことにしよう。その前に、松谷君は今回の研究についてどんな風に中河原君に答えたのかな? そこに興味があるから、教えてくれないかな?」

 松谷は急に話を振られて、逸らした視線を戻す。川野辺は柔らかい表情を崩してはいないが、松谷は講義中に突然生徒に指名するかのような展開に焦り、緊張感から背中に汗が伝うのを感じる。

「えっと……今回の調査は民間伝承の調査という名目でした。事実、神隠しと言うのは各地に残っている伝承でもあります。しかし、神隠しの伝承は二十世紀に入るとほとんど記録がありません。そして、伝承という割には此別村の歴史は浅く、事件発生も最近のことで民俗学の範疇はんちゅう外だと思いました」

「ほう、それで?」

 川野辺は続きを促す。中河原はどこか楽しそうな表情さえ浮かべている。松谷は試されているという実感もあったが逃げだせるわけもなかった。

「僕の考えでは民俗学という学問の観点から見ると事そのものや顛末より、そこに至るまでの過程や源流の方が大事だと思うので、事件そのものを調査するというのは違うと思いました」

 川野辺は頷きながら話を聞き届ける。

「うん。松谷君もだいぶらしくなったね」

 松谷はホッと胸を撫で下ろす。

「川野辺君はいいねえ。いい子を受け持ったよね。僕に譲ってくれない?」

「イヤだよ。松谷君にはこれからも色々と僕のところでしてもらわないと困るからね」

「だからって、自分の足代わりに現地調査させたり、自分が体調不良の日に講義の代役にしたりと便利に使いすぎやしないかい? そんなんじゃあ、松谷君もストレスが溜まるんじゃないのかい?」

「いやいや、それで松谷君の知識が深まるのならばいいことじゃないかい? 僕的には院生という立場以上に信頼できる助手だと思ってるし、秘書みたいな仕事までこなしてくれるし、本当に助かっているんだ。そういう意味ではちゃんと給料もその分、色をつけて払ってるんだしさ」

「じゃあ、レンタル代も出すからさ、貸してもらえない? 僕の研究には松谷君の協力が必要なんだよ」

「そのへんは松谷君本人と相談してみたらどうだい? そういう話ならば僕がどうこう言うことではないよ」

 松谷は言葉を挟む隙間が見つけられず、二人のやり取りを聞きながら「えっ……?」や「あの……」と、小さなリアクションをするくらいしかできなかった。

「まあ、冗談はこれくらいにして……川野辺君、そろそろ聞かせてもらえないだろうか?」

「分かってるよ。今回の調査は結果的に失敗だったのだし、隠すほどの話でもないからね」

 川野辺はお茶を飲んで、覚悟を決めるかのように一つ大きく息を吐く。

「僕はね、直接的というわけではないけれど、あの村、此別村の関係者なんだよ」

「どういうことなんだい?」

 中河原が身を乗り出すように質問をする。

「僕の母が此別村の出身なんだよ。そして、母は子供の頃に此別村で起きたある事件の真相を一人で調べていたんだ。此別村の失踪事件が起きた後、母の様子がおかしかったのだけれども、当時は詳しく話してもらえなくてね……その後、母が亡くなって遺品を整理していたら資料やなんかを見つけてね、それを読んで母の研究を引き継ごうと決めたんだ。それからは、自分の研究のかたわらでずっと調べていたんだ」

「その君のお母さんが調べていたいう事件はどんな事件なんだい?」

「一九五八年に此別村で起きた石神神社の社務所で起きた死者が沢山出た火事と、それと同じ日に起きた少女の行方不明事件だよ。記録上ではあの村で起きた最初の神隠しだとも言われているんだ」

 中河原と松谷は顔を見合わせる。そのことに川野辺は気付き、

「どうしたんだい? 二人揃って驚いたような顔をして」

と、二人に問いかける。中河原は松谷に向けて一度頷いてみせる。松谷はそれを受けて、自分のPCに向かう。

「二人とも一体なんなんだい?」

「なあ、川野辺君。一つ聞いてもいいかな?」

「改まってなんだい? それで僕に何を聞きたいんだい?」

 中河原は唾を飲み込んで、口を開く。

「君は、『石神加世』という名前に心当たりはあるかい?」

「どうして、その名前を!!!?」

 川野辺は咄嗟に立ち上がって大声を上げる。助手をしている松谷が、長年の友人である中河原でさえ今まで一度も見たことないほど、川野辺は驚きと困惑に満ちたような顔をしていた。

「川野辺君。君には悪いと思ってたんだが、松谷君は調査でその石神加世と会っているんだよ。僕も記録映像の解析でその存在を確信しているよ」

「どういうことなんだい? 松谷君のレポートにはそんなこと一切書かれていなかったよ」

「すいません、先生」

 松谷は川野辺に向かって頭を下げる。

「川野辺君。松谷君を責めないでくれよ。レポートに記述しないように指示を出したのは僕なのだから」

「なんでそんな指示を?」

「それは君が調査の大事な部分を隠している感じがしてね、そこを聞いてから話すかどうかを決めようと思っていたんだ。まあ、どうせ最後には話す予定だったのだけれどもね」

 松谷は中河原が話している間にPCから書きかけの石神加世に関するレポートと資料を川野辺の端末に送る。

「先生、今送ったファイルが僕が知っている情報です。レポートはまだ途中ですが、大事なことというか、此別村でのことはもうまとめてあります。特に僕が加世ちゃん……石神加世から直接聞いた話は記憶が確かなうちに最優先でまとめましたから」

「直接話を聞いた??」

 中河原が服のポケットから記録デバイスを取り出し、川野辺に渡す。

「ああ、川野辺君は体験してないから何を言っているのか理解できないかもしれないね。だから、まずはそのデバイスに入ってる一つ目の映像データを開いてくれるかい?」

 川野辺は言われた通りに映像データを再生させる。

「今君が見ているのが、HMDに記録されたものを編集したものだよ。じゃあ、それはもう止めてもらって構わないから、もう一つの映像データを再生してくれるかい?」

 川野辺は再生させて、言葉を失う。

「それじゃあ、今度は松谷君のレポートを見てみなよ」

 川野辺は食い入るようにレポートに目を通す。

「信じられない……母が調べていたのはまさしくこの事件なんだ。この石神加世が神社に向かう前にいた家がまさに母の家なんだよ」

「川野辺君、確認なのだけれども君のお母さんの名前は何て言うんだい?」

「川野辺都美とみ、旧姓八倉都美だよ」

 松谷は思わず口を開けて固まる。中河原も驚きから一瞬ソファーから腰を上げ、座り直す。

「川野辺君、君のお母さんとお母さんの調べていたことを詳しく話してもらえないかい?」

 川野辺は立ち上がり、自分の鞄から記録デバイスを取り出し、記録されているファイルを呼び出す。

「僕が知っていることはここにまとめてあるんだ。これは松谷君のレポートの補完資料になると思うよ。それじゃあ、まずは僕の母の話からすることにしようか――」

 川野辺は静かに話し出した。

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