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進展

 中河原の研究室は松谷がめている川野辺の研究室のあるとうから徒歩で十分ほどのところにある。松谷は広いキャンパス内を日陰を選びながら歩いた。キャンパス内にある木々から聞こえてくるセミの声は此別村でのセミの声を今日はより一層想起させた。

 松谷は中河原の研究室の扉をノックし、部屋に入ると冷房の効き過ぎた部屋の中で中河原と助手、数人の学生がPCに向かっているのが見えた。初めてこの部屋を訪れた際は工具類やなんかがゴテゴテと置かれているいかにもな部屋を勝手に想像していた分、思いのほかすっきりとした研究室に思えて、思わず声が漏れるほどの衝撃を受けた。同じ大学の研究室でも川野辺の研究室は本棚で壁が埋まっていて、他には最低限の家具や備品だけで、全く違う雰囲気に驚きを隠せなかったのだ。

 松谷が冷房の寒さでドア付近で軽く身震いをしながら立っていると、それに気付いた学生の一人が、「中河原先生、松谷さんがいらっしゃいました」と、知らせに行く。中河原は奥の方から、「松谷君、こっち、こっち」とジェスチャー付きで呼びかけてくる。

 松谷は促されるまま中河原の方に行く。中河原のPCのスクリーンにはいつものよく分からない研究の資料やなんかではなく、此別村での調査の時の映像が画面に映っているのが見えた。

「今日はね、調査の方の解析に進展があったから呼んだんだよ」

「何か分かったんですか?」

 松谷は食い気味に中河原に詰め寄る。

「ちょっと待ちたまえよ。とりあえず、君に見えていた石神加世の存在が実証できたかもしれないということなんだ。普通に見た感じでは、映像にも音声にも何も記録されていなかったのだけれど、違う観点からアプローチしてみたらぼんやりと浮かび上がってきたんだ」

「いったいどういうことでしょうか?」

 松谷は加世の存在が自分以外には認知できていないことは此別村での中河原の反応で知っていたし、中河原本人にも言われていた。大学に戻ってきてからも、解析の方の進捗は芳しくないと聞かされていたので予想外の知らせだった。

「解析に特殊な周波数の電磁波を可視化出来るように調整を加えてみたんだ。あのHMDで特殊な電磁波も観測できることが分かっていたからね。その可視化する電磁波の周波数を細かく微調整を続けていって、余計なものをカットしていくという作業を続けていたんだけれども、その結果、ついに見つけたんだ」

 松谷は毎度のごとく理解できずに首をひねる。その松谷に対して、数人の学生が親指を立てて、がんばりましたとアピールしてくる。

「とにかくね、解析の結果、石神加世はちゃんと存在して、映ってはいたよ」

「本当ですか?」

 松谷は前のめりになる。中河原はそれをたしなめながら、一度咳払いをして、また話を始めた。

「ところで、松谷君。君は幽霊の存在を信じるかい? 僕は今までは信じていなかったよ。正直な話」

「幽霊ですか? 随分いきなりですね」

 中河原は一息つくように机の脇に置いたカップに口をつける。

「結論から言うと、石神加世はいわゆる幽霊と呼ばれるものなんだよ。君の石神加世に関するレポートなんかと照合すると地縛霊という言い方が正確かもしれないね。HMDから発せられる特殊な電磁波と共鳴でもしちゃってVR空間内で実体化したんだろうね。荒唐無稽こうとうむけいで信じられない話だし、僕自身もよく分からないんだけどね」

 中河原は松谷の表情で理解度を察し、さらに続ける。

「幽霊なんて非科学的なものをこんなにも真面目に観測しようだなんてことになるなんて思いもしなかったよ、本当に。そのためだけに僕は眉唾まゆつばな幽霊の研究まで読みあさったんだよ。まあ、仕組みは分からないけれど、幽霊と言うものはイレギュラーな電磁波の集合体なんだ。まあ、細かい説明は置いといてそこのスクリーンを見てくれるかい?」

 中河原はスクリーンの一つを指差す。松谷も回りこんでスクリーンを覗き込む。中河原はそれを確認するとスクリーンに映像を流し始める。

 映し出された映像は編集されたものだったが、相変わらず加世の姿は映し出されてはいなかった。松谷は期待した映像でなかったことで露骨に肩を落とす。

「松谷君。気を落とすのはまだ早いよ。これは映像と君の反応を元に映っているのが確実な場面を抜き出して繋げたものだよ。そして、この映像をだね――」

 中河原は映像を一時停止し、スクリーンに新たにウインドウを表示させ、そこにコマンドを次々に打ち込んでいく。松谷には何をしているのか全く理解出来ず、ぼんやりとスクリーンを見続ける。

「こうすると――」

 映像は反転したみたいに暗い色調になり、ぼんやりと人影が浮かび上がる。中河原が一時停止を解除し、再生させると、そのぼんやりした影もほのかに動き始める。その影を見て、松谷には嬉しさがこみ上げてくる。そして、スクリーンを見ながら、

「ああ……加世ちゃんだ……」

と、無意識のうちにぼそっと呟く。

「松谷君、こうやってなんとか目で見える形で存在は確認できたのはいいんだけれども音声の方はどうしても拾うことは出来なかったんだ」

「それは残念ですが、こうやってちゃんと僕以外にも見ることが出来て、存在を知ってもらえてよかったです」

 中河原はスクリーンを見ながらうっすら涙を浮かべる松谷の肩を叩く。しばらく、松谷はスクリーンを眺めていた。

「僕が加世ちゃんと触れ合うことができたのは本当にどうしてなんでしょうね?」

 松谷は独り言のように疑問を口にする。

「それはさっきも言ったけれども、僕には分からない。ただ、君もこの子もこの失踪事件の起きた時代においては部外者と言ってもいい存在だ。ここまで非科学的なことが積み重なると僕にしてみれば、答えの予測もつかないことなんだよ。だけど、あえてそういう非科学的な言い方をするならば、偶然や奇跡と呼ばれるような何かなんじゃないかな?」

 中河原が真面目な顔で言う。

「偶然でも奇跡でも何でも、触れ合えうことができて、関わってしまったのだから最後はハッピーエンドにしたいですね」

「そのために今、君は色々と準備をしているんだろう?」

 松谷は力強く頷いてみせる。

「とはいえ、僕が調査で君に協力できることはこれくらいだろうね。ただ、それ以上に君には僕の研究を手伝ったりだとか色々してもらってるからそれでも貸しはまだあると思っているよ」

「そんなに気にしないでください、教授。そもそも教授の研究がなければ何も分からなかったし、始まってすらいないのですから……」

「君は本当に謙遜けんそんが過ぎるよ」

 中河原は小さく笑った。その後もしばらく、松谷はスクリーンに映し出された加世の影を見ながら、加世のことに思いをせていた。そして、改めて石神加世を救うとはどういうことかに思考を巡らせる。

 しかし、松谷はまだ自分が知らないことが多すぎると感じ、まだ答えは出せないと今は先延ばしにすることにした。



 松谷が川野辺と連絡が取れたのはそれから数日後の盆が終わる頃合だった。

 夜更け前の遅い時間に突然、松谷の端末に川野辺から着信が入ったのだった。

「もしもし、松谷君。こんな夜更けにすまないね」

「先生! 連絡も何もしないで一体どこに行っていたんですか?」

 松谷は通話越しに夏虫の鳴く声が耳に入る。

「ちょっと墓参りを兼ねて田舎に戻っていたんだ。で、そのまま夏バテで寝込んでしまってね」

「大丈夫なんですか?」

「大丈夫だよ。数日入院することになったけれども点滴も打ってもらったし、ゆっくり休めたからね」

 松谷はため息をつきつつも、その光景が容易に想像できた。そして、今も悪いと思いつつもいつもの柔らかな表情を浮かべているのだろうことも。

「それで、松谷君。レポートは読んだけど特筆すべきことは何も起こらなかった、失踪の原因は不明。これで間違いはないんだね?」

 松谷は言葉に詰まる。いっそのこと全てを話して問いただしたい気にさえなってくる。

「え、ええ。現地調査にわざわざ行ったのに、すいません」

 川野辺はゆっくりと間を取ってから、

「いや、いいんだ。君が気にすることはないよ」

と、少し沈んだ声で返す。松谷は胸が少しだけ痛んだ。

「ところで、先生はいつごろこちらに戻る予定なんですか?」

「二、三日しないうちに戻る予定だよ。そのことを中河原君にも伝えておいてくれるかい?」

「分かりました」

「それじゃあ、また戻ったらよろしく頼むよ」

 そう言うと、川野辺は通話を切った。松谷は手の平にじわっと嫌な汗を感じ、服で手を拭き、部屋のPCに向き直るともう一つのレポート作成の続きに戻った。

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