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日常と休まらない気持ち

 大学に戻り二週間余りが経った。

 大学は夏季休暇に入っていたが、年中ロードワークや現地調査に出たりする松谷や、研究に没頭ぼっとうする中河原のような教授には無縁むえんの話だった。

 松谷は中河原のすすめで、戻ってすぐに大学の付属病院で中河原の知り合いの脳外科医のもとで、精密検査を受けた。その結果、脳がやや疲労しているきらいがあることを除けば、特に大きな異常は見受けられなかった。

 その他にもHMD作動中の脳への負担を測定する実験にも松谷は被験者として協力することになった。結果から言うと、HMDに位相を取り込む段階では特に大きな負荷がかかるというわけではないが、その後、VR内で長時間活動するとHMDから発生する特殊な周波数の電磁波が脳に負荷をかけて、脳貧血に近い症状を引き起こす原因になっていることが分かった。

 さらに、年齢によっても差がでている可能性が高いことも分かった。加齢による脳内の伝達物質の受容器じゅようきの劣化がその原因だと推測されるのだと言う。

 松谷には相変わらずピンとこない話だったが、

「年を取るほど、光などの刺激に対して鈍感になっていくことが原因なんだ。モスキート音みたいなものと言ったほうが松谷君には分かりやすいかな」

という、中河原のざっくりした説明でなんとなく理解した。

 松谷は検査や中河原の実験の手伝いの合間に、此別村の調査のレポートをまとめ、それとは別に石神加世のことに重点を置いたレポートを独自に作成し始めた。その補完資料として第二次大戦終戦直後くらいの時代の此別村の調査も始めた。

 レポートを分けた理由は、中河原の提案で何かを隠している可能性のある川野辺の真意を探るまでは加世のことは知らせないようにしようということに乗ったからでもあった。

 松谷は川野辺に大学に戻って以来、ろくに話すことも顔を合わすこともできていなかった。川野辺は松谷が知る限り今までなかった期間、大学、研究室に来ていなかった。松谷はその行方も知らず、さらには連絡さえも取れず、留守中の研究室の管理とレポートが完成したら送るようにとだけ、メールで伝えられていた。

 松谷は川野辺不在で空き時間が増え、中河原に呼ばれるがまま研究の手伝いをすることになっていった。


 松谷は検査してくれて、その後もお世話になっている脳外科医に研究に携わって、脳に負担をかけ過ぎて疲労が溜まっているだろうからと、リラックス効果があるとアロマテラピーを勧められた。

 そのことで忘れかけていた加世の言葉を思い出す。


 松谷にピッタリの花言葉を持つ花を、加世がラベンダーだと言っていたことを――。


 松谷はなんで忘れていたのかと頭を抱えつつ、近くにあったPCでラベンダーの花言葉を検索する。そして、検索して出てきた言葉は、


「沈黙」 「私に答えてください」 「期待」 「不信感」 「疑惑」


だった。それを見て加世が松谷のことをラベンダーだと言ったときの顔が浮かび、松谷はドキッとするような、胸が痛むようなそんな思いになった。

 花言葉を含め、それはまさに加世から松谷への心情を遠まわしに吐露とろしているかのようだった。

 松谷は加世に応えられなかった自分を責め、レポートなどの作業をする手が鈍る。どことなく重たい気分がさらにどんどん重たくなっていくのを感じる。

 そんなときに端末に着信を知らせる音が鳴り、応答すると中河原からだった。

「やあ、松谷君。今から僕の研究室に来られるかい?」

 松谷は気分転換をしたかったので、タイミングがいいと思い、中河原に心の中で感謝する。

「大丈夫ですよ。また教授の研究のお手伝いですか?」

「いや、今回は違うんだ」

 松谷は中河原の想定していなかった反応に少し驚く。

「どういうことでしょうか?」

「まあ、それは来てからのお楽しみということで。じゃあ、待ってるよ」

 中河原はそれだけを言うと通話を切る。松谷はどこか腑に落ちないと思いつつ、研究室の戸締りをし、中河原の研究室のある棟に向かった。

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