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残された人間と生まれた謎

 松谷が目覚めると社殿の床に寝かされていた。涼しい風が通り抜け、意識がはっきりと、頭の中がすっきりとしてくる。

「やあ、松谷君。目が覚めたかい?」

 中河原は松谷に水の入ったペットボトルを差し出しながら尋ねる。松谷は痛む頭を押さえながら体をゆっくりと起こし、それを受け取り、一気に半分くらい飲み干す。

「ねえ、松谷君。僕には結局何があったのか分からなかったんだけど、君は何か分かったのかい?」

「ええ。此別村は不幸に狂気が重なった挙句、そのことに目をそむけ続けたむくいを受けたんです」

 松谷は加世の顔を思い出しながらそう告げる。中河原は一言、「そうかい」と、言い、それ以上の詮索はしなかった。

 しばらくして、松谷は頭痛がやわらいだことを確認して立ち上がる。そして、社殿の周りをゆっくり観察しながら見て回る。一周してくるも松谷の目には何も不自然なところは見当たらなかった。松谷は腕の端末を操作し、ライトを起動させる。その光を頼りに社殿のえんの下や床下に目をらす。しかし、またしても探しているものは見当たらなかった。

 その松谷の様子を社殿に上がる石段に座り見ていた中河原は戻ってきた松谷に、

「君はいったい何を探しているんだい?」

と、尋ねる。

「えっと、この神社には地下に隠し祭壇のある部屋があるそうで、そこへの入り口を探していたんですけど……」

「そんなものがあるのかい? もし簡単に見つかるような場所にあるなら徹底的に捜索した警察やらなんやらが見つけているんじゃないのかい?」

 松谷は中河原の言葉にそれもそうだと納得して、川野辺のまとめたファイルをスクリーンに表示させる。しかし、神社の詳細な間取りや配置などが書かれているところには地下室らしきものは一切しるされてはいなかった。念のため、他のところに記述がないか探していく。中河原も横から一緒に目を通す。

「書いてませんね……」

 松谷は肩を落とす。中河原は松谷の隣で難しい顔を浮かべる。

「どうされたんですか? 教授」

「いや、気にしすぎなのかも知れないんだけどさ、この資料って何かおかしくないかい?」

「どこがですか?」

 松谷はスクリーンに目を戻し、おかしな点を探す。

「部分的に妙に詳しすぎる……ことかな。なんというか、一般に公表、非公表のいずれの資料もまとめていたりするのだろうけど、そういう事務的な記述以外にところどころかたよった感情や視点の混ざった文言が含まれているような気がするんだ。なんというかこの村に住んでいたことがあるレベルの詳しい人に聞いて書いているような偏りのようなものを感じるんだ」

「そうですか? ……すいません。僕にはどこの部分がおかしいのかよく分からないです」

「そうかい? とにかく、帰ってから川野辺君に話を聞いてみる必要がありそうだね。そもそも、よくよく考えてみると今回の調査をすることに川野辺君に何のプラスがあるのかも分からないし……その辺りは松谷君は何か聞いていないのかい?」

「川野辺先生は今までと同じで民間伝承の調査と言っていましたが、今思い返せば資料作りから相当無茶してましたし、資料の量も他に比べて段違いでしたね……他の調査に比べて気合いの入れ方に差はありましたね」

「そうなのかい? それに調査の概要なんかを最初に見たときにも思ったけど、予算とか正直、割に合わないよね? 実際、川野辺君がけっこうな額の私費を投じて僕の方の研究の方にも予算回していたみたいだし……松谷君、君達にとってこれはそれほどまでに大事な研究なのかい?」

「詳しいことは分かりませんが、そんなことはないと思います。民間伝承という割には最近の出来事の話ですし、仮に調査がうまくいったとしても、研究というより歴史に埋もれた未解決事件の謎の一端に触れる程度のものですよね? しかも、調査方法からすると証拠能力も薄そうですし、そもそも民俗学とはあまり関係ないように思えます。そのうえで、民俗学の観点から見ると事件の顛末てんまつより、そこに至るまでの過程や源流げんりゅうの方が大事だと思うので、事件を現地調査する程ではないと考えます」

 中河原は再度難しい顔をして考え込む。しばらくすると、眉間みけんに寄っていたしわゆるみ、

「とりあえず、ベースに戻ろうか? 松谷君」

と、言う。松谷もそれに同意する。先に歩き出した中河原を追いながら、神社をもう一度じっくりと見渡した。


 松谷と中河原はベースに戻り、撤収てっしゅう作業を始める。下山を始めるのは安全面とバスの時間との兼ね合いから翌朝からということにした。松谷と中河原は口数少なくお互いの作業を進めた。中河原はHMDからのデータの吸い上げとその簡易的な分析を、松谷は設営したベースなどの片付けをし、一段落ついたところでレポートの作成を始めた。

 翌朝一番に片付けずに残していた就寝用のテントなどをたたみ、それら全部をザックに押し込んだ。

 昼過ぎには街に戻り、すぐにでも大学に戻ることもできたが、街に着いた安心感で、二人は体中から疲れがどっと溢れ、一泊してゆっくり休んでから戻ることにした。松谷と中河原は久しぶりの風呂と柔らかい布団、温かい料理に感動し、いつの間にか泥のように眠りについた。

 翌日、二人が目が覚めると時間はもう昼前で、軽くなった体で帰路へついた。

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