朝、目覚めた世界と閉じる瞼
遠くの方で空が白み始め、ほのかに辺りが明るくなってきた。
松谷はほんの少しウトウトしていて、近くでなく雀などの鳥の声で目が覚める。どれくらい寝てただろうかと、慌てて端末で時間を確認する。最後に時間を確認した記憶と感覚から、約一時間弱意識が飛んでいたと確認する。さらに、膝の軽さと暖かさの喪失から加世がいつの間にかいなくなっていることに気付いた。
「加世ちゃん?」
松谷は社殿の周囲を一周して、神社の参道を辺りを見回しながら歩き、神社の敷地の外にまで出るが、加世の姿はどこにも見当たらなかった。
松谷は右手の小指を見ながら、加世との約束を思い出し、昼になったらきっとまた会える思い、ベースに帰ることにした。
松谷がベース付近に着くころには辺りはすっかり明るくなっていた。
「やあ、松谷君。お帰り」
松谷は突然、視界に誰もいないのに声を掛けられてビクっとする。
「びっくりした。教授ですか? もう起きてらしたんですね」
「そうだよ。君と交代で村に入るために仮眠を早い時間に取ったからね。それより、そろそろHMDを外したらどうだい?」
「あっ、はい。そうですね」
松谷はHMDをシャットダウンさせ外す。そして、前回と同様以上の疲労感と重さを頭に感じ、目眩を起こす。フラフラと倒れそうになる松谷を中河原は咄嗟に肩を入れて支えた。
「大丈夫かい? 松谷君」
松谷は貧血でも起こしたかのように急に顔色が悪くなり、小刻みに震え、大量の汗が流れだす。返事がないことに中河原は焦り、引きずるようにテントに運び込む。そして、水で濡らし絞ったタオルを松谷の額に乗せる。中河原は松谷をそのままにしておくわけにはいかず、タオルを度々取り替えながら様子をみることにした。
しばらくすると、松谷は意識を取り戻した。
「あれ? 教授? なんでまだここにいるんですか?」
「覚えてないのかい? 松谷君。君は戻ってきてHMDを外した瞬間に倒れたんだよ」
松谷は体を起こそうとする。しかし、頭が重く、視界がグラグラと揺らぎ、起こしかけた体を戻す。
「いったい、僕はどうしてしまったんでしょうか?」
「わからない。もしかしたら、長時間HMDを付けてVR内にいると脳や神経に強い負荷をかけるのかもしれない」
「そう……ですか」
松谷は大きく深呼吸をし、気持ちを落ち着かせる。
「そういえば、村はどうなっていますか?」
「すまない、わからない。それどころではなかったからね」
「そうですよね。すいません、教授」
「君が謝ることではないよ、もう少し休んでいたまえ」
それだけ言うと、教授は松谷の側を離れ、ベースのPCに向かう。松谷はそれを横目で確認して、まだ重たい瞼を下ろすことにした。