二日目の調査に向けて
昨日、VR内で洗濯物が干してあった場所は草に覆われ、男の子が飛び出してきた生垣は門を飲み込み、どこまでが本来の生垣だったのか分からなくなっていた。
雑貨屋は朽ち果て、ガラスは割れ落ち、ベンチは遥か昔に足が錆びて折れたのだろうか、見る影がなかった。
神社は手が入っている分、やはり他の建物などに比べて綺麗だった。手水舎も形は残っていたがそこにはかつてのように水が手水鉢に流れ込んでいるというわけではなくうっすら苔が生えていた。松谷は神社を念入りに調べて回るが、やはり人が住めるようなスペースや痕跡はなかった。
その後、木材の加工などをしていた作業場に行くも機械や機材が蔦などの植物と一体となり、建物の開放的な造りと相まって、映画のワンシーンに出てきそうな不思議な雰囲気のする廃墟と化していた。
そして、加世と回ったように松谷は役場を目指す。作業場からしばらく歩いた辺りですっと入れる脇道に入って近道をした。そのことを意識して、脇道を探す。しかし、道幅はやはり狭くなっていて、草を踏み分けずに入れそうな脇道は見つからなかった。あるのはただ狭くなった普通の道と脇道とは呼べないただの分かれ道くらいのものだった。昨日のGPSの移動記録と照合させても、入り口の場所は検討がつかず、突然瞬間移動でもしたかのように役場に移動していた。ありえない移動の仕方に機械の不調でもあったのだろうと、松谷は考えた。
結局近道が見つからず、役場には普通の道を使いたどり着く。ここもやはり朽ちているが他と比べて、建物と建物周りは綺麗だった。朝読んだ川野辺の調べたものによると、役場と学校は調査のベースや宿泊場所として使われたとあったので、そのせいで劣化が遅れたのだろうと松谷は目の前の光景を見ながら推測する。
学校も同様で、VR内で座った花壇も外形は残っているが荒れ放題だった。校庭の朝礼台は少し錆びてはいるもののしっかりと原型を留めていた。しかし、校舎の窓はほとんどが割れ、壁の時計は長針がなくなっていた。
松谷は昨日、加世と回ったルートを辿り、建物などには特に気になる不審な点がないように感じた。気がかりなのはあの川の音が聞こえた近道がどこにあるのか全く見当さえつかなかったことくらいだった。そして、あれだけあの近道に咲いていた赤い彼岸花が村には見当たることもなかった。
ベースの近くまで戻ってくると、中河原がHMDを装着して唸っている姿が見えた。
「教授? こんなところで何をなさってるんですか?」
「おっ!? 松谷君かい? ちょっと待っててくれないか」
中河原はそういうとHMDをシャットダウンさせ、HMDを外す。
「いやー、昨日、君が困ってた理由が少しわかったよ。HMDをつけたまま少し歩き回ったんだけどね、HMDをつけたまま、見えていないベースの正確な位置なんかを探すのは難しいね」
「ああ。確かにそうですね。というか、教授もちゃんとVR内で体験できるようになったんですか?」
「そういうわけではないよ。やっぱり僕には出来の悪い3Dにしか見えなくて、現実味はないね。ただ少し見えるという感じかな。だから、君のような詳細な調査は無理だろうね」
「それでも、見えるなら調査ができるんじゃないでしょうか?」
松谷は自分ひとりでは限界があるので中河原の手を借りたいと遠まわしにお願いする。しかし、中河原は首を横に振りながら、
「僕に見えているVRはね、奥行きが曖昧で距離感が掴めないんだ。そして、全体的に映像が不鮮明であまり立体感を感じないんだ。出来の悪い3Dとはそういうことなんだ。だから、僕はVR内では十メートルも歩けば酔ってしまうし、目が回ってしまうんだ」
「そういうことなら、仕方ないですね」
松谷と中河原は昼からの調査に備えて、それぞれ準備を始める。
「ところで、今日の午前中は村の様子を見なくても本当によかったのかい?」
中河原は手を止めずに松谷に問いかける。
「ああ、それは大丈夫なんです、教授。村にある雑貨屋が二十六日、つまりは今日ですね。今日の夕方に電話やメール、ネットで街の店や卸業者に発注した履歴が残っているんですよ」
「つまりは、今日の夕方からが本番なわけだね」
「そうです。そして、おそらく何かあるとしたら今夜から明日にかけてではないかというのが、川野辺先生の推測にもありました」
中河原は「なるほど」と、声を漏らしながら松谷の話を聞く。
「で、君は今日はどう村を調査するつもりなんだい?」
「日が暮れるまでは昨日とほぼ同じルートで回って異変の前兆がないか、昨日見た村と比べて違和感がないか探してみようと思います。その後は、日が暮れた後は動き回るのは色々と怖いので、役場か神社のあたりで朝になるまで粘ってみます」
「分かった。じゃあ、君が戻ってからは僕がしばらく村を見ることにするよ」
松谷は中河原の提案に、「それではお願いします」と、自然に返事をしそうになるが、言葉を飲み込む。
「いやいや、教授。村を見て回るにしても、酔ったりだとかまともに見えてなかったりするんですよね?」
「誰も見て回るなんて言っていないだろう。村の役場の方に抜ける道と雑貨屋のほうに抜ける道に分かれるポイントがあるだろう?」
「あっ、はい」
「僕はそこでHMDをつけて、VR内に入って、ただ見てるだけのつもりさ。歩く気も移動する気もないよ。あそこなら最低でも一、二時間に一人くらいは人は通るだろう? 動く人がいるかいないかぐらいかは分かるからね」
「ああ、なるほど」
松谷は得心がいく。
「でも、きっとそれでも酔ったりするだろうから、長くはもたないよ。おそらくは三十分ごとに出たり入ったりが限界だろうから調査に穴はあると思うから、最終的には君に頼ってしまうことになるだろうけどね」
松谷は少しでも協力しようとする中河原に感謝の気持ちを持ちつつ、HMDを装着する。