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俺たちは果てしない冒険を望む  作者: 壱一
序章『支えあう存在』
7/9

6話『俺たちの最初の一日』

6/14 改訂

 クエスト、ヒクイクイドリを討伐を終えて、すっかり日も暮れた俺たちにとっての怒涛の一日。

 その最後の締めとなるクエストの完了報告を、今まさにユリィが行っている最中、俺はというと飲み屋スペースとして一般開放もしているというテーブルに、一人伏していた。



「クエスト完了は俺たちのブレスレットでなんとかできるとして……やっぱし仕留めたあんちきしょうをここまで持ってくるとかホント無理……。あ、腕、つる。攣りますよこれ」



 腕をだらんと投げ出して極力力を抜いていても、気を抜けばつっぱって激痛が走るくらいには俺の腕は酷使されまくっていた。

 思えばあのクエストカウンターでなにやら優男に一から論破されているらしきユリィは今回ブレッシングをひとつかけただけで、そのあとのあの大惨事は全て俺一人でなんとか片付けたのだ。ユリィに事後処理を頼もうにもあれだけ筋力が自分より低いと馬鹿にされつづけていたので、ここはひとつ意地を見せたかったのだが、見事にそれが仇となって既に体は限界だ。


 あのおっちゃんが軽々と持ち上げていたから俺もいけるかな? なんて軽い気持ちでいったのが愚かだった。おっちゃん自体俺よりかなり大きいし、多分洗礼をうけて補正を受けてなかったら引きずれもしなかっただろう。


 今度討伐クエストにいったらアイツに前衛をさせよう。よし決めた。


 固い決意を結んだ俺は、とぼとぼと帰ってくるユリィに反応して突っ伏していた顔をあげた。



「よぉ。どうだったよ金額は」


「うん、ヒクイクイドリの討伐追加自体はもらえたんだけどね? その…………」


「なんだ歯切れの悪い。さっさと言えよ、二万くらいになってくれれば万々歳ってところなんだから」


「……その、報酬額なんだけど―――――。一万二千フォル、デシタ」



 …………一万二千だあ?

 片言で肩をがっくりと落とすユリィからお金が入った袋をぶんとって中身を確認。

 そこには金色の硬貨が十枚。銀貨が二枚。なるほどなるほど金貨が千円だとして銀貨が百円単位と考えれば……。


「って違う! なんであれだけ狩って追加二千しか貰えないんだよ!? 二倍は討伐したんだぞ!? あ、いっててて」


「ああもう、無理しないで……。私たちが狩ったあの魔物じゃ、受付の男の人がどれだけ言ってもこの額以上にはならないって言ってて」



 あの優男か! ちきしょう何ができるだけサポートするだ!?

 ガタンと机から立ち上がり、握りこぶしをつくってぐぎぎ。と今日の苦労を思い浮かべてまた苦い顔を浮かべる。

 こちとら満身創痍の体にムチうってあのでかい鳥を引きずってきたっていうのにどういうことだ!

 憤慨する俺といじいじと机でのの字を書くユリィの元に、皿を持ちながら誰かが近づいてくる。

 足音に気づいてそちらを見てみると、金の髪をくくって眼鏡をかけた、あの優男だった。



「あー! お前!」


「やあ、トーマ君にユリィさん。だったかな? 討伐お疲れ様。これ、ヒクイクイドリの焼き鳥ね」


「あ、やだおいしそー」



 ……魔物の肉って食えるんだろうか。なんかこう、普通に毒でも入ってそうなんだが。

 

 焦って止めようとした心配は杞憂だそうで、死んでしまえばそこらの家畜と一緒らしくユリィはもぐもぐと頬張ってもなにも異変はない。

 そんなこんなであっさり懐柔されているユリィを放っておいて、俺は俺で優男に食って掛かる。

 三匹で一万なのにもう三匹狩ったのなら素直にもう一万よこせという節の言葉を投げかけると、優男はこちらの椅子に座ってきてクスクスと笑い出した。



「……何が可笑しいんだよ」


「いや、そうだね。ボクの説明が甘かった。でもこっちとしても中々頑張って額を引き上げてるんだよ?」


「は? いや、それってどういう――――」


「まずね。今回は三匹で一万。っていうのはクエストの羊皮紙をよく見てもらえれば分かるとおり、繁殖期に入った“雌”のヒクイクイドリの討伐なんだ。君達が狩った六匹のうち、狩った雌は一匹だけ」


「何ィ!? …………あっ」


 

 思い返してみる。雌のヒクイクイドリは大きなトサカが特徴的だ。

 そのうえこの時期になると目が非常に血走って雄を探し回るので、比較的見分けるのが簡単だと事前にこの目の前の優男に教えられた。

 確かに一匹目は目視で大きなトサカを確認し、あれが雌だろうと確信して討伐した。

 だがその後は? なあなあになってはいたが、あれらは全て事故で――――もとより、あの雌のヒクイクイドリの呼び声で近づいてきた。

 雌が雌の鳴き声で近づいてくるのかまでは知らないが、そんな特殊なケースなんて存在するかも怪しい。

 討伐すること自体に集中しすぎて、クエスト内の条件をすっかり忘れてしまっていた。



「……ああ、なるほどね。アレ全部雄かぁ……! ユリィに群がってたしなあ、そら雄だよなあ」


「むぐっ!? えっ? 何っ?」


「あーいいから焼き鳥食ってろ」


「むぐぅ」



 能天気に焼き鳥をほおばるユリィの口にもう一本ぶちこんで、俺は大きなため息とともに肩を落とした。

 成る程。雌のヒクイクイドリが討伐一匹につき三千いくらかだとして、雄はその半額の千五百フォル。

 あわせて一万二千。ということだろう。

 ではそんな事実上失敗もいいとこのクエストを成功扱いにしてくれてしかも上乗せまでしてくれた優男さんって実は超いい人……!?


 やだ……男でもいいから結婚しよ…………?


「はは、遠慮しておくよ……。まあこの焼き鳥はサービスだから。材料持込さえしてくれれば無料だよ。魔物なんて、こうして殺してしまえば肉になるんだ。食料は尽きないよ」


 ああ、今こうして目の前の天然女神(笑)がほおばっているものが俺たちの命をかけた結果だと思うとちょっと切なくなってきた。

 というかそんなに雄の価値って低いのか。見たところ普通の焼き鳥って感じしかしないのだが……。



「まあ、雄のヒクイクイドリは身も固いし、脂も乗ってないしで、あんまし売り物にならないからね。ギルドでも不味いって評判だよ?」


「だってよ。おいユリィ。それ上手いか?」


「ぶっちゃけタレがおいしいだけでゴムみたい」


 あっさりと俺たちの初めてクリアしたクエストの副産物に向けてそういう彼女に肩を落とす。

 これで美味ければせめて気持ち的にも助かるのだが、どこまでもうまくいかないところはさすがは異世界。日本の常識なんてクソくらえだ。

 ともあれ、これはクリア報酬とは別にタダでありつける生命線。ここで食っておかなければ、またいつ肉なんてものを食えるかわかりもしない。

 魔物なんて呼称されている生物の肉を食うのはやっぱり気が引けるものの、カエルや虫の幼虫とかを食う感覚でいけばそれほど期待せずにいけるだろう。


「まあ、つべこべ考えるより食ってみればわかるか……あむっ」


 ほう、確かにタレは上手い。そこらのやっすい惣菜焼き鳥とは違ってきちんと作られているみたいだ。

 そのまま噛む……噛む……カム……かむ……。

 うん。噛み切れない。なんだこのゴム。

 段々タレがなくなってきて口の中が地獄になってきた。

 なんだろう、あれだけ汗水たらして得た獲物がこんだけくそ不味いとわかってしまうと、ちょっと明日から働く気力が失せてきた。

 だけど二倍の値段がする雌を食ってみたい気もするし……。



「あはは。慣れてないと顎疲れちゃうよね。厨房にもうちょっと食べやすい料理にしろっていっておくよ」


「お構いなく……んぎぎぎっ!」


「くく、そうかい。それじゃあ、ボクはこれで」


 ここは我慢だ。我慢の虫だ。

 新人補正もどこまで続くか分からんし、このくそ不味い飯もあれだけ飯が充実していた日本だからこそ不味いと感じているのであって、実は地球でももっと不味い飯を量産する国もあったらしいし。

 生きていくにはまず食う。寝る。そして元気をつけること。

 割り切れはしないが、ここは地球じゃない。いつ帰れるかも分からない。そんな不可思議世界なんだ。

 養ってくれる親もいないわけだし。この奇妙な現象がいつまで続くのかと思うとため息もいやほどでるが……。



「あーんっ……んー。煮込んでみたりすると柔らかくなるかな……?」



 それは目の前のこいつも同じ話。

 俺と違って、女のこいつはもっと心細いだろうし、一緒に来てしまった手前、日本のことを話せる唯一の存在が俺しかいないわけで。

 まあ、放っておくわけにもいかないということ。

 必ず生きて、あの世界に帰らなければ…………。



「ね、ね、トーマ。これ煮物みたいにすれば食べやすくなると思うんだけど、どうかな?」


「煮物っていう概念がこの世界にあるかわからんなあ。あの優男に今度教えたらどうだ?」


「そうだね。そうしようっ」



 ………………果たして、この女はもっと深刻に物事を考えたりしてないのだろうか?


 不安だらけのこの世界で、不味い焼き鳥を片手に夜は更けていった……。





「あー! たべたたべた!」


「そりゃよござんしたっと。そろそろ同業者も帰り始めたし。俺たちも宿探すか」


「うん。そうしよう」



 時計がないのが致命的で正確な時間がわからないが、日が落ちてからの体感で言えば大体夜の八時九時くらいだろうか。

 飲み物は相変わらず水で食い物は大量に乱獲した生きるゴムをほおばり、この世界での最初の晩酌を済ませた俺たちはのっそのっそと席を立ち上がる。


 …………そういえば、この世界の宿ってどういう風になってるんだろうか。



「お、おかえりだね。今日の宿は決まってるのかい?」


「随分と求めてるタイミングで話題を振ってくれるな優男。まだ決まってないっていうか、俺たちこの地方にきたばっかで勝手を知らないんだよ。助言をくれるとありがたい」


「おや、そうかい。確かに見慣れない服装だし……あ、そういえば君たちってどこからきたんだい?」



 おっと。そう質問されると辛いものがある。

 こことはまったく文明レベルも恐らく世界さえも違う日本という国からきましたといえば確実に「うわ……。なにこの人、こわい……!」ってなること間違いなしだし。

 俺たちを不審がられず、かつ特に気にもしない程度でできる最善の答えは――――!



「あ、違う世界の日本。てところからきました」


「はいユリィくんこっちいらっしゃい」


「うぇえ!? なに!? んあああ痛い! つむじを拳でこするなー!!」



 このおばか! アホの娘属性までもってやがったか!

 段々と知能の低下が見られだしたユリィの頭をゴリゴリと削りながら愛想笑いを精一杯飛ばす。

 日本てどこだよとか、そもそも違う世界? ははは君ってばクレイジーだねなんていわれてしまえばこれからの交友に支障がでてしまう。

 そもそも俺たちはこのアホの容姿のせいで散々目立ちまくっているのだ。これ以上悪目立ちはしたくない……!



「ニホン……。違う世界がどうのっていうのはわからないが……ふむ。大体の知識を蓄えてきたつもりだけど、知らない知名だね。その珍しい女性の黒髪もその地方特有なのかな?」


「いったたた……。え? うん。私たちの住んでる地域だと、男も女もみんな黒髪だね」



「そうかい。まあこの大地は広大だ。東の最果ての森の向こうにはそういった部落もあると聞くしね……。ああ、そういえば宿だったね、初心者探索者を優先的にいれてくれる宿を知ってるから、そこにいくといいよ。地図を持ってくるね」



 …………あら? 思いのほかスムーズにいきました?

 自分の知らない地名に世界が違うとまではっきり言い放っても、優男は特に気に留めることなく俺たちの宿を紹介してくれるという。

 おかしい。ここは普通「大丈夫? 病院いく?」の流れだっただろう。

 これもこのお馬鹿の女神(笑)パワーなのか……? クエストはともかく、それ以外のことでうまくいきすぎている気がする。



「それはともかく、お前あんまし元の世界のこととか言うんじゃないぞ。ただでさえ女神にそっくりとかで目立ってるのにこれ以上噂が広まるのは不味い」


「うん……わかった」



 ぐすりと目に涙をためて頭をさすっているユリィをそのままに、あたりを確認して今一度さっきの爆弾発言が誰かに聞こえていないかだけ確認する。

 幸いすでに飲み会が終了して解散しはじめていたので、お仕事中のきゃるんきゃるんのメイドさんくらいしかいない。

 本当に女神様と思われたらそれこそ暮らすどころじゃないからな……。

 国教の女神様ともなれば戦争の道具とかにされそうだ。最悪の場合だが。



「はい。おまたせ。ここに行けば君達の今日の収入でも寝泊りはできると思うよ。生活基盤がなくて大変だと思うけど、これから頑張ってね」


「これはどうもご丁寧に。それじゃあ、いくか」


「うん。お世話になりましたー」



 手を振りながら送り出してくれた優男と別れを告げて、俺たちはその地図どおりに街を進んでいく。

 流石は壁にかこまえれた街なだけあって入り組んでいる。これ少しでも間違えるとすぐに迷ってしまいそうだ。


 ここを右に曲がり……そしてこの路地を通り……実は大通りと見せかけてこの裏道をくぐり……。


「ねえ、なんかやたら疲れる道だよね。なんでこんな川に板かけられただけの場所なんて通らなきゃいけないんだろ」


「なんでそんなすたこらいけるんだよあ、やべえ……落ちる……! 落ちるゥ!」



 夜の入り組んだ迷宮を潜り抜け……。



「ガァッ! グァアッ!!」


「ひぃぃッ!? い、犬!? でも犬っぽくない! トーマ、これ犬!?」


「んなこといいからさっさといくぞ!!」



 夜によく響く門番の前を通り……。



「つ……ついた……ついたぞ! たぶん、ここ……」


「アスレチックみたいだったね……。で、ここなんだ」



 数々の試練を乗り越えた俺たちは、ついに安眠できる宿へとたどり着いた!



 …………の、だが。



「――――ボロ」

「おおっとそれ以上は言っちゃいけないぞユリィ君。これから俺たちが泊まる場所なんだからははは」



 最初に泊まる宿だ。しかも俺たちの所持金一万ちょっとで二人も泊まれるなんてぼろ宿だろうとは想像していたが……。

 窓は何故か二階部分の大半に罅。直す気がないのか放置。

 壁には穴。というか木の板がはがれかけている。いやそこは打ち付けるだけでもしておけよ。

 そして極めつけは、何故かドアがない。

 ドアが、ない。

 なぜか不自然に立てかけてあるだけのベニヤ板らしきものがあるが、まさかそんないくらボロ宿だからってドアを直さないっていうのは泊まる身としても困るって言うか……。



「ごめんくーださーい」


「わーおそれマジでドアだったの」


 

 ガタンガタン。と建てつけの悪いふすまでもあけるかのような仕草で中に入っていくユリィを慌てて追いかけていく。

 まさか穴があいたところをそのまま入り口にでもしているのだろうかとも思ったが、元々ドアがあったらしき後は淵を見て見受けられたので霧散した。



「なんだい、客かぁ?」



 おくから聞こえてきたのは、しわがれた老人の声だった。

 ドア代わりのベニヤ板もどきを外して、部屋の右側にあるとってつけたようなカウンター。

 外と同じく結構なオンボロで、材木を無理やりはっつけたようなつぎはぎ感は小学生の工作でつくった椅子を思い出させた。

 一応なにがあってもいいようにユリィを俺の後ろに下がらせて、中へ入っていく。



「あんたがこの宿の主さん、であってますかね?」


「いかにも。尤も街の連中からは皮肉られて厩舎宿。なんて呼ばれてるがね…………。旅のもんか?」


 

 厩舎のほうがまだ住む動物に対して優しいんじゃないですかね。なんて茶けている場合じゃない。

 俺たちの服装からさっくりとこの街の住人ではないことを見破ると、じろじろとカウンターから身を乗り出して、更に腰が曲がって顔が出てるくらいであった高めのカウンターを乗り越えてこっちへと近づいてきたのだ。

 異世界の超人ジジイを生で見る羽目になるとは思わなかったが、やがて超人ジジイは俺たちの身に付けられている水晶をもってどんな者なのかを一瞬で判断した。



「ふむ。その水晶は探索者……シーカー共か。宿なら一泊で一人五千フォル。さっさとだしな」



 客に対して随分と言ってくれるなこのジジイ……! と、いえたらどんなに楽か。

 ここは異世界。日本の常識なんて通じないのだ。おまけに世界観は中世、治安は恐らくそこまでよくはない。とすれば壁に囲まれた環境で寝れるというだけでも最高であり、身の安全がある程度保障できる。

 こんなボロ宿でも五千も一人で持っていかれるのだから、さぞかし他の宿も法外な値段をふっかけられるのだろう。


 日本のお嬢様暮らしをしてたユリィには、どうにか我慢してもらって――――!



「えぇー。カウンターの奥に一人四千フォルって書いてあるんですけど、これはなんなんですか?」



 頼むから宿主怒らせるような煽りはやめてくれお嬢様――――――!!

 俺の渾身のアイコンタクトは、まさかのガン無視でユリィは壁に書かれたなにかの補正で読めるようになった文字で雑に『おひとり 4000せん』という看板を見ている。


 む。とジジイが機嫌を悪くしたのか眉をひそめる。

 不味い。丸腰状態でこれ以上外にいたらいくら女神様に微笑んでもらったからと言って限界がある。

 俺はユリィの口をふさぎに実力行使に出ようとするが、先にジジイの行動のほうがはやかった。


「ほほ。よそ者ゆえ字も読めない小童どもかと思いきやマシな小娘がいたか。どれ顔くらい見てッ――――!?」


 セクハラジジイも諸手を挙げて降参する速度でユリィへと接近したジジイは、ようやくろうそくらしき火が灯ったものの近くにいるユリィの顔と、その容姿をじかに見ることになる。

 案の定の硬直、のちの口をあんぐりとあける姿は、もう何度も見てきたので、俺はこう言うことにした。



「はいはい、女神女神」


「もー、それなんか納得いかない」



 どうやらお姫様には御気に召さなかったようだ。







「うぅむ……これは、なんとも。お嬢さん。名前は?」


「え? 名前? ……えっと、今は……いえ、ユリィ。ナガト・ユリィです」


「ふむ? ふむ、ふむ。なるほど、名前も珍しい、それにその顔だち、その容姿、そして艶やかな黒髪……まさかあなたは、」


「残念ながら見当違いだ爺さん、こいつはただの探索者なりたての俺と同じ一般人。女神なんかじゃねえよ」


 ユリィがあんまりにも説明するのが面倒くさそうな、困った顔をしていたので言い切られる前にフォローをいれてやると、爺さんは俺へ向けて「ハッ」と鼻を鳴らして、たくわえた白ひげを撫でつけながらユリィをみる目とは真逆のじっとりとした目で睨みつけてきた。



「容姿も凡庸、男の黒髪なんぞ吐いて捨てるほどフォルンにもおるわ、こっちの嬢ちゃんと一緒にするでない」


「なんだとこのジジイ――――!」


「ちょ、ちょっ! 落ち着きなよ! ほら、ただでさえ顔つき悪いのにお年寄りにムキになってたら性格も悪くなっちゃうよ!?」


「てめえもフォローらしいフォローをしろちったあよぉ!?」


 非常に後々聞きたいような顔面に関する感想を言ってくれたことを咎めて叫ぶ。確かにイケメンでもフツメンでもないつもりだが、そういえばここは宿だったと気づく。

 はっと思い出して声を抑えるが、他の部屋から苦情がくる気配はない。いや……そもそも、



「ほっ。一丁前に他人の心配か。いらぬことだよ。客なんてきやしない」


「お? そりゃまたなんでだよ爺さん。宿ってだけで需要はあるんだろ?」


「需要にしても限度がある。厩舎ごときに金を払う重篤な探索者など、初心者のみなんでな、故にいつのまにか初心者シーカー御用達のおんぼろ宿と呼ばれるようになってしまった」



 成る程。俺たちのように元手がない初心者はその日で得たわずかな金をつかって泊まれるところを探すが、中々そんなに都合のいい宿はない。しかし、この宿とは思えない宿ならばその日の収入でも十分泊まれる。しかしその探索者も次第に収入が増えると、もう少し上の本当の意味で宿と呼ばれるような場所へと拠点を移してしまうってわけか。


 なんとも世知辛い、常連客無しとかどう生きてるんだ。

 入居者無しのアパート経営とか地獄だと聞くが。



「なあに、老骨の身、たーまにくる小童どもから金を毟り取れれば、一月は持つからの」


「爺さんアンタたくましいな」



 同時にすっごいあくどい。おまけにさっきまで千円上乗せして代金持って行こうとしただろ。



「さて、記憶にないわい。……ともあれ、こんな別嬪さんを泊められるのに代金をちょろまかすなんてまねはできないの。仕方ないからそこのガキと一緒に七千フォルで許してやるわい」


「えっいや……さすがにそれは悪いっていうか……ほら、トーマもなにか言って」


「あ、ああ……。そうだよ爺さん、八千でいいって。生活やばいんだろ?」


「小童風情が見下すでないわ。普段はもうちょいふっかけてるから懐は潤っておる」


「前言撤回このジジイやっぱ性格悪いぞ―――――!?」



 流石異世界! なんでもありだ! 海外でもこんなおおっぴらに金を上乗せしてることを言う人はいないだろう。

 ほっほっほ。と笑う姿は実に狒々爺だが、正直言って詐欺師の宿という次点で実に不安である。

 素早く俺たちの報酬が入った袋から八千フォルを奪うあたり、ちゃっかりしているのもプラスでだ。

 げんなりしながら笑い声を聞いてると、爺さんはカウンターにまたも飛び越えて戻り、下からなにかを取り出したかと思えば俺に向けてなにかを投げ渡してきた。



「うわっぷ!? お、これ毛布か?」


「そんな上等なものがあるわけないじゃて。ほら、嬢ちゃんはこっちの」


「あ、ありがとうございます……。うん、ちょっと柔らかいね」



 ユリィがもふもふと重ねられた布を顔にうずめていると、気になって俺も手に持つ布を広げてみる。

 広がったそれは、毛布というより……。



「ボロボロに擦り切れた外套……」


 なんでこう爺っていうのは女子と男子を露骨に差別したがるのか。

 日本にいたころからの永遠の謎である。隣のうちのお爺さんは女子には飴をときたま配るが、俺たちにはハッカ飴しかくれなかったことは末代まで語り継ぎたい案件だ。


「小童が別嬪さんと同じ扱いになるわけないじゃろ。部屋は二階以外なら好きに使えぃ。二階は床が抜けるんで使用禁止」


「寝てる最中に一階に落下とか目覚め最悪だろ……。オーケー。一階な」



 注意事項だけ伝えると、爺さんはそそくさと椅子に座り蝋燭の火でなにやら紙媒体を読み出した。

 文字が小さくてあまりよく読めないが、あの大きさだともとの世界の新聞を思い出す。


 よく親父は俺を膝に乗せて新聞を一緒に読ませてくれたっけ…………。



「――――マ、トーマ?」


「おぅぃ!? ああ、悪い、ぼーっとしてたわ」


「もう、しっかりしてよね。明日は早くに起きて、情報収集と、お金稼がないと」


「お、おう。そうだな……」



 不味い。何故か俺がホームシックになりかけている!?

 おやすみー。と声だけを掛けられて、先にそそくさとユリィが部屋に入っていく。

 その部屋の向かいに入り、厩舎と呼ばれる一番の理由と思われるベッド代わりに敷いてあった干草らしきものの上に制服のブレザーを脱いで、シャツと一緒に丁寧に折りたたんでから、インナーの状態で寝そべる。

 快適とは言いづらいが、悪いわけじゃない。ちくちくするのがたまに傷だが、疲労困憊の今ならすぐ眠れてしまいそうだ。


 寝返りを二三度、打って、今日起こったことに想いを馳せる。

 あの女神モドキのおかげでこんな世界にまで飛ばされ、鳥に追い掛け回され、その日のうちに鳥を狩りにいった。思えば怒涛の一日だ。

 普段はあまり喋りもしないし、運動もブランクありあり。だけども彼女の前では自然と話せたし、そして普段から肉体を酷使する環境からしばらく遠のいても、不思議と体はそのちょっとのブランクを感じるだけだ。


 女神様の祝福が九割がただろうが、それでも、不思議と彼女の横は、そう……。



「落ち着く、っていうのか? ――――――ん?」



 次の日思い出したらさっそく干草につっぷして足をバタバタしそうな言葉を口に出してから、耳はその音を捉える。

 なにかが、押し殺すような何かが、耳にはいってきた。

 それはドアの向こう、その更に向こうには、ユリィがいる。

 独り言を誰かが喋っていると気になるのが俺の性格。ということで、ドアに耳をつけて静まる。

 声は次第に、はっきりと聞こえてきた。




「―――――ょぉ」


「…………」


「――――寂しい。帰りたい、ょぉ。パパ、ママ……」


「…………。はぁ」



 啜るような、けれども薄いドアの向こうにいる俺に聞こえないように必死にその感情を押し込めた、心からの悲鳴。

 俺に出来ることは、いまのところないにも等しい。

 だが、今この瞬間だけは、確かにこう思ったのだ。



「――――――俺が、守ってやらないと。な」



 俺たちの最初の異世界の一日は、こうして終わっていった。 

一ヶ月も間が空いてしまいましたが、まだまだ続きます。

あと地味にあらすじと大まかなプロットの見直しがありました。読者の皆様のわからない範囲でですが、あらすじは見ての通り結構変わってます。はい。


そして探索者とはなんぞやという人に大雑把な説明コーナー


・探索者/シーカー

女神の祝福が降りた教会でのみ洗礼を受けられる。この世界の冒険者のようなもの。

身分証ともなる探索者の証は、その人の魂の形を現すものとなって水晶をはめこまれた形で出現する。

証にはステータス画面を空中に投影する機能が備わっており、持ち主はこれを意思をもって触ると投影できるようになっている。

洗礼を受けたものは体の不調が一部直り、トーマは悪かった視力がよくなった。

モンスターを狩ることでその魂の一部を経験としてたくわえ、得た経験値を振ることで特定の技術や、魔法などを特別な修練なしに素質があれば習得が可能になる。



これからも物語の中の不明な用語や曖昧な設定などはこの場をお借りして説明することがありそうです。

次回もよろしくお願いいたしまする。  相川一真

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