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俺たちは果てしない冒険を望む  作者: 壱一
序章『支えあう存在』
6/9

5話『初クエストと俺たち』

6/14 改訂

「初めてのクエストは何にしようか!!」



 ユリィもみくちゃ褒め殺し事件から一時間余りが過ぎた頃、話し合いの末その当人がこんなことを言い出した。

 まあクエストを受けなければ日本円なんて使えない俺たちは一文無し。今日は野宿決定なのでなにか半日以下で終わる初心者クエストがいいのだが……。



「でもぱっと見た感じ、チュートリアル的なクエストはなかったぞ。ぶっつけ本番の討伐クエストと護衛クエストばっかし」



 そう、某狩人ゲーよろしく最初は生活に必須な山菜でもとってくるクエストにしたいと思いあの受付カウンターの優男に促されるままクエストボードを覗いてみると、なにやら危なげな魔物が書かれた羊皮紙に、必要最低限の詳細が記載されていたりした。


 そして今更気づいたことだが、これは日本語じゃない。

 明らかに古代文明の文字かなにかだが、それは異世界モノテンプレ通りに何故か読める。

 いや、完全に解読できるというわけではないが、なんとなくわかる程度で読むことが可能だった。


 この分だと多分書けるなと思って、ためしに手のひらでいくつか文字を適当に書いてみると、それらは確実にひらがなの書きかたじゃない。

 この世界での文字とやらを、俺は無意識に書いていた。

 ……………女神様の特典は、文字通り俺をこの世界を探索させるための体に変えたらしい。

  このことはユリィに後々伝えるとして、今はクエストだ。

 一番でかでかと張ってあるのは所謂上級職――――ボードには座天級。と書かれている――――といった、俺には馴染み深いソードマスターなどの上級職を指名したものなどのエリート専門のクエスト。それが段々と――――主天級、権天級、大天、下天。の順に下げられていって…………。



「で、俺たちの受けられる初心者クエストは、この超がつく下天級の羊皮紙二枚のうちどっちかだ」


 要は下天級にも届かない探索者用の仕事だ。

 片や、ダンジョンに潜った騎士率いるパーティーの帰還時の荷物持ち。夕刻までに当該ダンジョンの入り口に集まり、鉱石品などの荷物を運んで欲しい。尚自宅までなので二人から三人ほどでよし。報酬三千フォル。

 片や、フォルン近隣に最近出没している繁殖期にはいったヒクイクイドリ三羽の討伐。尚それ以上の討伐で上乗せ可能。報酬一万フォル。



 フォルというのはお金の単位だとして、単純に円と同じとして考えていいなら安全が確保された重いものを持ちたくないエリート様の荷物持ちで三千円。危険だが討伐クエストを受けて成功すれば日当一万。さらに上乗せアリ。

 俺としては安全に荷物持ちをして今日はボロ屋でもテントでもいいからとりあえず頭の中を整理したいところだけれども、この目の前のさっきから無駄に張り切っているユリィがじっと片方の羊皮紙を睨んでいるので、俺は苦笑しながらも提言した。



「いいかユリィ。俺たちはさっき探索者とやらになったが、それがどういったものか確認していない。こうしてぐだぐだ話し込んだけど、結局まだなにができるかもわかってない状態だ。それに俺らさっきまでただの学生だったんだぞ? まともに戦えると思えない」


「で、でもやってみないとわからないよ! 私はやる前から諦めるなんて、絶対やだ!」


「お前、それっぽいこと言ってるけど野宿したくないだけだろ」


「…………ソンナコトナイヨー」


「こっちみろ女神モドキ」


「もどっ……!? そ、そうだよ! 私、一応女神様本人じゃないにしても女神様のそっくりって言われて期待されてるんだから、ここらでビシッと活躍するところを見せないと」



 相当女神様と褒め殺されたのが効いて来ているとみえる。

 そういうとまた顔を横に逸らすユリィ。わかったぞ。こいつちやほやされ慣れてないから無駄に張り切ってやがるな。

 確かにユリィの名声が高まるのは一緒に行動する俺としても利点があるが、そもそも生活基盤ゼロの俺たちがこの世界でたった二人で生きるのは無理がある。どこかで仲間を募集するときの広告塔にでもなるかもしれないという可能性を差し引いても、今俺が彼女を守りきれるかといわれれば――――


 …………まあ、危険そうなら逃げればいいか。



「はぁ……。いいか。危険そうだったら撤退。これは譲れない。わかったらこの討伐クエスト受けるぞ」


「っ! うん! うん!」


「うるへー。まあいつかは通る道だ。それが今か明日かの違いだろ? 仮にも俺、男だからお前を守らんといかねえんだから負担増やしてくれるなよ? まったく」


「うん……そういえば最初のときも助けてくれたしね。ありがとう。感謝はいっぱいしてるよ?」


「……おう。そか」


「あ、照れてる?」


「うっせー! うっせー! ばーかばーか!!」


「なにそれ、ふふっ……」



 俺のしどろもどろになりながらの、子供の駄々と思われるような暴言に、ユリィは口元を緩める。

 これから守ろうとする彼女に、なんだか弱いところを見せてしまったようで、それが酷く恥ずかしかった。

 すったもんだあったが、これで方針は決まった。

 俺としてはできれば安全な場所にいてほしいのだが、ユリィのほうは探索者業をやる気マンマンだ。

 ならば、俺もそれに付き合うしかない。同じ世界からやってきた二人だ。帰るときも、――――まあ、これは俺の私情だが、一緒に帰ってやりたかった。

 


「ふふふ……。じゃあ、このクエスト、受けにいこっか!」


「おう、まあやれるとこまでは付き合ってやるよ」











「で、街の外に出たはいいが、防具も無しに来たから当たったら多分一発でお陀仏だぞ?」


「大丈夫大丈夫! それに対象のモンスターってあの昼間私を追い掛け回してくれた鳥でしょ? あのときの屈辱は忘れない……狩り尽くしてあげるよ……!」



 確かに今回の目標であるヒクイクイドリは、この街にくる前に俺たちをさんざっぱら追いかけてくれた上に、ユリィにとっては何発も蹴りをいれてくれた憎き敵。

 多分受けた理由の九割これだと思うんだよなあ…………。なんて思ってもいる。

 目の前で張り切りながら準備体操をしているユリィに向けて、俺は今とても気になっていることを話してみた。



「なあユリィ。別に防具がないのは危険だがいいとして、お前素手でどうするつもりだー?」


「あ゛………!」



 ボロボロになったブレザーを腰に巻いてぐるぐると腕を振っていたユリィの動きが、情けない声とともにぴたっと止まる。

 このお調子者め。やっぱり目先のことだけに眩んで後先考えてなかったな……?

 縋るような視線を感じて意識をそっちに戻すと、口をつぐんでなにかを訴えたげな表情でこっちをじっと見ていた。



「な、なにかいい案……なかったり、しない?」


「なかったら俺ら野宿だな。しかもテントも買えないから寒い夜に外で」


「うぐぅっ!?」


「大人しく荷物持ちに徹してれば、宿はとれなくても最低でもテントと焚き火用の火元くらいは買えたかもしれんがな」


「ひぐくぅっ!? ……ぐすっ」



 よし、体力の件での復讐完了。

 ぐずりだしたユリィを放置して、俺はいそいそと背負っていたリュックから荷物を取り出し始めた。



「ぐすっ……。急にバック漁りだしてどうしたの?」


「いやなに。思春期の男子高校生ってさ、修学旅行に行くとこういったものを欲しがるやつは必ずでるわけで、俺もその例に漏れないんだなこれが」


「あ! わかった! 木刀だね! たしかに入門用の武器としてはいいね。駆け出しっぽいよトー」


「だがこれは木でできたトンファーだ」


 俺の名前を呼びかけたユリィが、バックから俺が取り出して見せた木製トンファーを見せた途端綺麗に前からずっこける。

 おお、いいノリだ。



「ちょ、ちょっ!? ここは普通木刀か模造刀じゃない!? なんでトンファーなの!? っていうかそんなものどこで売ってたの!?」


「普通に俺たちがぶっ飛ばされた寺の麓の土産屋だけど。三千円で安かったし」


「それ絶対怪しいステッカー売ってる業者と同じタイプだよ……。トンファーって、トーマ使えるの?」



 ふむ。言われてみればものめずらしさで買っただけでトンファーなんて生まれて初めて触ったと思う。

 ためしに柄を握る力を抜いてぐるぐる振り回したり、素振りなどをしてみたが……。



「うん。わからん」


「うぇぇ……。不安が、不安が一杯だぁ」


「お前の主張にしたがってあげてるのに失礼な。それともこのまま帰って野宿の準備でもするか?」


「もぉぉ……。でも、ないよりはマシだよね」



 実際俺もこんな土産屋のトンファーが武器になるとは思ってもいない。しかも喧嘩の経験は諸事情で何度もあるが、モンスター相手となると勝手も大分違うだろう。

 あくまであの鳥の討伐にこだわるのか、ユリィは表情に不安ですと出しまくったまま、ギルドの優男が言っていた最近ヒクイクイドリの目撃情報が多発している一帯へと向かった。

 また優男情報によると、ヒクイクイドリは繁殖期になると雄ではなく雌が雄を探して広い地域を歩きまわり、その鳴き声で雄を呼び寄せる珍しい習性を持っている。

 この習性を利用して、繁殖前の雌を適当に間引くことによって、大繁殖もしないんだそうだ。

 攻撃もワンパターン。その前後が隙だらけ。ということで、魔物との戦いを知らない駆け出しでもどうにか戦えるいい練習相手。らしい。顔は気持ち悪いけども。

 そして繁殖期の雌の肉は脂が乗っていて、買い取りたいという人のためにギルドが仲介して業者へと流す。要はヒクイクイドリ自体にも価値があるということだ。顔はきもいけど。

 要は知恵を絞れば狩れるので、初心者から中級者まで、経験とお金の両方をくれるまさに救世主的な存在なのだ。顔はひたすらきもいけど。


 そんなこんなで、俺たちはついにそのヒクイクイドリがよく目撃されるという一帯へと侵入し、散策すること少し。

 俺の視界の端に、妙な動くものが映った。

 あの独特な肌と、メスの特徴である大きいトサカは間違いない。ヒクイクイドリだ。



「おい、いたぞ。ちょっと伏せろ」


「えっ? あ、本当だ……。トーマ、よく見えたね。結構遠い距離なのに」


「あ? あー……。多分女神様が洗礼のときに視力とか治してくれたんじゃないか?」


「あ、そうなんだ。さすが私」


「お前バチ当たるぞ、いつか」


「何をーっ!?」


 女神モドキを無視してもう一度あのヒクイクイドリを見る。

 確かに気がついてみると、あのヒクイクイドリは遠くにいるにもかかわらず、割と目を凝らさなくても姿を視認することが出来た。

 女神様も視力を治してくれるなら体力ももとに治してくれればいいのに…………。



「もう。運動不足は運動で解消するしかないでしょ。で、どうするの? あいつ私たちに気づいてないよ」


「幸いにもノコノコこっちにやってくるな。見られる前に、ちょっと試したいことを試してみるか」


「え、なんで急に石つぶなんて拾い出してるの。そんなのじゃ全然効かないと思うけど」


「まあ見とけって」



 適当に拾い集めた小石を脇に抱えて、左手を胸に当ててみる。

 あのとき、教会で胸に触れてコアの場所を探っているときに、なにやら俺の頭にちらついた光景があった。

 あれがヘレナさんのいう、『本人にしかわからない、魔法やスキルの習得確認』なら、きっとこの脳裏に浮かんだそれも――――



「――――っ!?」



 コアの場所と、その形を探るように体の輪郭をイメージして、徐々にそれを確かにしていく。話によるとマナを循環する器官のようなものだといっていた。ならば形は心臓のようなものだ……。と、俺の中で脈動する『ナニカ』を『見た』瞬間……あの洗礼のときに受けたような、何かが内側から溢れてくるような感覚を覚える。

 それにびっくりして目を瞑ると、瞼の裏に、スキルを使った自分の姿が映し出されていた。


 …………なるほど。使い方はこうして覚えるのか。

 

 あの体の奥からなにかが溢れてくるような感覚は、きっとコアの働きが活性化したからだろう。

 今ならはっきりと、俺が今何を使えるのかが理解できる。見えた切欠だけでつぶてを拾ったのは正解だった。


「トーマ? ねえ、トーマ。どうしたの? あいつこっち来ちゃうよ?」


「お? おお……。いや、ちょっとスキル覚えてた。これでいけるぞ」


「えっ。今の間にコア見れたの!? なら、どれどれ私も……」


 ユリィが胸に手を当ててから、しばらくすると大きく体が跳ねた。

 …………すぐ傍でビクンビクンとしているのはあの溢れ出して来る感覚のせいだと信じたい。

 あと隣で「……ぁっ。んっ」とか言わないでください。思春期の男子には刺激が強すぎる。

 ヒクイクイドリを観察する振りしてユリィから目を逸らしていると、ひょいと顔の横にユリィの顔が現れた。


「うおっ。ど、どうした」


「ん? いや、私も魔法覚えたから、前衛に出てくれるトーマ君を援護したいなーって」


「魔法か。支援はそりゃ助かるが、お前一体なんの魔法覚えたんだ? 確か適正に合わないとそもそもコア見ても覚えられないらしいし、RPG的にそいつの職業はなんとなくわかってくるんだけど」


「えっとね。支援魔法が一つだけ。まあ、私女神様のそっくりさんらしいし? やっぱそれっぽいものを覚えてしまうんだよね~」


「お前いつかバチあたるっつってんだろ」


「何をーっ!?」


 本日二回目のやりとりをして、心を落ち着かせる。大丈夫だ、俺ならいける。

 そうやって意気込んでいる俺の横で、ユリィがすごすごと下がってなにやら手を両手に当てた。

 邪険に扱われて怒ったのか、ムスッとしながらなにやらぶつぶつと呟き、それに応じて大気中にあるといわれていたマナをこのとき初めて見ることができた。白い雪のような光の塊がいくつもユリィの周囲に現れては陣の中に吸い込まれ、現れては吸い込まれる。

 これが彼女の覚えている支援魔法なのか、小さな魔法陣がうっすらと地面に刻まれ、光が収束した瞬間に思い切りユリィが空に向けて手を広げた。



「《神の恩恵ブレッシング》!!」



 言葉とともに、その魔法の対象となった俺に、淡く金色のオーラが宿る。

 と、途端に視界がとても鮮明になった。視力が回復したのに更に。だ。

 手に抱え込んでいた適度な重さを主張していた石つぶでたちは、その重さを羽のように軽くなる。

 成る程、これがこの世界のバフ魔法か。



「ふふ、どう? やっぱり私、女神様だったりしない? 最初からこんなスキル使えるなんてね」


「あーはいはい。確かに上級職が覚えるブレッシングを使えるのはすごいけど、お前まだそれしか覚えてないんだろう? 今回は俺に任せてさっさと後ろに散っとけ、またブレザー引き裂かれるぞ」


「い、いやっー!? もう元の世界の大事な持ち物裂かれるのは嫌だよぅっ!?」



 流石に何時帰れるか分からない日本の持ち物をこれ以上駄目にされるのは堪えるのか、打って変わって情けない声をあげながら、ユリィはさっさと後ろの生えている草の背がたかい茂みにがさごそと入っていった。


 これでとりあえず作戦が失敗しても俺一人にヘイトを集中させればユリィも逃げ切れる。

 ふぅと一息ついてから、俺はつぶてを握った手に力を入れながら一言呟いた。



「…………《麻痺付加パラライズ》」



 コアからマナが放出され、それが肩、腕を通って右手へと集中。

 その瞬間、ピリッ! とつぶてに一瞬光が走った。

 これが俺のさっき覚えたスキル、《麻痺付加》だ。

 使い方はさっきユリィが覚えていたRPGでは上級職のクレリックやクルセイダーなどが使える《神の恩恵》とは違い、詠唱を必要としない簡単なスキルと呼ばれるものに分類される。

 だけども、簡単ゆえに凶悪だ。直接相手に麻痺を叩き込めないが、それでも物質的に麻痺属性を与えられる。持っていかれるマナも低いときているし、結構重宝しそうなものである。


 もし装備しているトンファーにしか与えられなかったらガチの殴り合いになるところだったが、成功したならばもうその必要は無い。

 じりじりとヒクイクイドリが近づくのを待って、確実に当たると思われる地点にまでその足を踏み入れた瞬間、さっと伏せていた地面から身を乗り出した!



「グェッ!?」


「くらえ極悪鳥! さっきは情けない面晒させやがって!!」



 突然視界に現れた俺に、ヒクイクイドリが血走らせていた目をギョッとさせる。 

 さっきの鳥とは違う個体だというのは理解しているんだが、それとこれとは話は別。身だしなみを気にする年頃の男女の顔をくしゃくしゃにした罪は重い。


 風を切って投げられた小石は大きい胴体に当たる。

 しかしダメージらしいダメージはない。不思議に思ったヒクイクイドリが当たった箇所を見ようと首を動かしたとき、その大きな体全体がビクンと跳ねた。



「グェ……グェッ……グェッ」


「はは、成功成功……動けねぇだろ?」



 体中のコントロールを奪われ地面に倒れこむヒクイクイドリに、俺はもし脚技がとんできたら溜まったもんじゃないと背中の方からジリジリと近づく。

 首だけはどうにか動かせるようで、こっちに顔を向けてこれから何をされるかわかっているのか、この鳥は何度も大きい声をあげた。



「ぐ、グェー!? グェー!!」


「っ! くらえやぁぁ――――!!」



 長い棒部分を前に出した形で振りかぶったトンファーは、寸分狂わずヒクイクイドリの頭を打ち砕いた。ゴシャ。といういやな音と、骨を通って肉を砕く音。それと俺の腕にもビリビリとした反動がかえってくる。

 全身の力が脱力して、だらんと舌を出すヒクイクイドリ。


 ――――まずは一匹。討伐、完了である。


 クエストの詳細はあと二匹。

 こんな広大な草原からあと二匹というのも難しい話だが、まあおおよそ魔物とはいえないくらい動物してるヒクイクイドリが繁殖場所に使っているのなら、雌の二匹くらいは寄ってきているだろう。

 ――――それにしても、予想以上に命を奪ったという事実に負担がでかい。

 足はがくがくしてくるし、脂汗も止まらない。この手で、このお土産として買ったはずのトンファーで、この魔物とはいえ生物の頭を砕いたのだ。他でもない、俺自身の手で。

 砕かれた脳から流れた血が口や目からながれてくるのを見て、ああ。血抜きができないから肉が悪くなる。という余計な心配でもしておかないと、これ以上心臓の音を抑えられそうになかった。


 すると、なにやら背後からがさごそと茂みから音がする。

 ユリィが安心して出てきたのか。そっちを振り向くと、何故かユリィは後ろ向きでじりじりと下がってきた。

 ふざけてるのかと一瞬声を掛けようとするが、先にユリィがなにやら震えた声をあげはじめた。



「と、トーマくん? いや、トーマさん。わ、私が悪いわけじゃないんだよ? でも落ち着いてき、聞いて欲しいんだ」


「……おう。素直になにがあったか言え。そうすれば置いてったりはしない」


「や、やだなあ……。女の子を一人置いていくなんて、そんなひどいことをするような人じゃないよね?」


「確かにお前を守んなきゃいけないんだが、時と場合というものがある。今の状況、俺が無理して助かる状況か?」


「…………」


「黙るなよ――――!」



 じりじりと下がってくるユリィの動きに合わせて俺もじりじりと後ろに下がりだす。

 その声は震えたものから切羽詰まったものに変わってきた。茂みの中からはユリィが出てきてもがさごそと動いている、ということは…………。



「え、えっとね? トーマがさっき狩ったヒクイクイドリ、鳴き声に雄を呼び寄せる習性でもあったんだと思うんだ…………?」


「お、おう。確かにそう聞いたが……。お、お前まさか!?」



 サッと顔から血の気が引いた。

 茂みの音がだんだんと強くなり、俺がユリィにどんな状況になっているのか理解したと告げようとしたとき。



「…………グェッ?」

「グェッ! グェッ!」




 しげみから、出てきた顔だけでもクエストの到達数である三匹をゆうに越えるヒクイクイドリが、ひょっこりと現れた。



「ま、マジかッ!?」


「あっ! やっぱり置いていった! と、トーマ!! た、助けてよおおおお――――――――!!!」


「助けるために走ってるんだろうが! くそっ! こっち向きやがれ!!」



 これは無理。刹那の脳会議で全俺が決定したことにより即座に反転し街に向けて猛ダッシュ。

 ユリィも俺の反転を耳で捕らえて同じく反転し、逃亡。俺はそのまま抱えていたつぶてにスキルをありったけかけて投げつけまくる。


 さて、いきなり眼前の動くものが逃げ出したら、肉食動物はどうするだろうか?



「グッ? グェェェアアアアア!!!!」


「ひぃいいいいあああああ!!?」


「ほんっと!! ほんっと締まらない!!! 世界救うとか無理だろこれ――――――!!!」


 答えは簡単。追いかける。

 咄嗟にユリィをひっぱりあげて俺の前に出して、小粒でもいいから投げつけまくる。

 俺たちは、この世界に来たときと変わらずに、またしてもこの憎き鳥野郎に追いかけられたとさ。

 前途多難な俺たちの冒険は、俺たちの明日は、どっちだ。



「いい感じに閉めてないで、あの鳥を絞めてってばあああ!!!」


「うっせ分かってんだよバ――――カ! 《麻痺付加》! 《麻痺付加》――――!!」



 数を減らすために拾った小石を全て使い尽くすまで、俺たちの街までの追いかけっこは続いた。

 この後再びお互い顔面を涙と汗と鼻水だらけにしながら帰還するわけだが、なんとかクエストだけは達成したのであった―――――――。



 討伐クエスト《ヒクイクイドリ》を三匹討伐せよ! 【クリア】!



 

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