4話『ギルドと俺たち』
6/14 改訂
「ねえ、トーマが先にいきなよ」
「いやいや、ユリィ。レディファーストって言うだろ? お前が先にいけって。ここで待ってるから」
「いやいやいや、トーマ。待ってほしいんだ。私もトーマもこんな変なことに巻き込まれた同士、男とか女とかは気にしなくてもいいと思うんだ。だから先に行ってよ」
時刻は太陽の位置からして正午を回ったあたりだろうか。
俺とユリィは、今まさに日本人特有の譲り合い精神を最大限発揮して、目の前にある扉をどっちが開けるかという問題にぶち当たっていた。
この場所。おっちゃんの言うとおりギルドらしき建物についてから、もう大分時間が経つ。
扉を開けてこれからのことを二人で相談するべきなのはわかっているのだが……。
まあ、なんというか、情けない話だがこの建物は大分雰囲気がいけない感じになっている。
いけない感じだというとちょっと青少年に見せられないようなアレに聞こえるが、特にそういうことじゃない。まったく逆の、世紀末的な雰囲気が建物からビシビシと感じるのだ。
ギルドと聞いたらネトゲで入ってはいたが、リアルギルドとなるとやっぱり命知らずの荒くれ者たちが集うような、そんなイメージが先行して尻込みしてしまう。
あのハンマーのおっちゃんとは出会い方が出会い方だったので怖がらずにすんだが、実際日本で見たら思わず目を逸らしてしまうほどの眼力と風貌だった。
全員が全員善人とは限らないので、まずはお得意の誰かを先に行かせて様子を見たいんだが……。
「わ、私はやだからね。絶対先にはいかないからね!」
同じ人付き合い苦手同士、考えていることは一緒だった。
建物を一瞥してから、覚悟を決める。なんにせよ、危ないのならば彼女を守って上げられるのは俺だけなのだ。結局の話、明日も生きていけない身だ。ココに縋るしか助かる術もない。
だがそんなことを一々言うのもなんだが恥ずかしいので、つつくだけつつこうと思う。
「いいか。そんじゃあ貸し一でここは俺が行ってやるが、ビビるなよ。ビビッたら舐められるからな」
「う、さっきまでビビッてた人に言われるとなんかなあ…………まあ、うん。わかったよ」
「よし、じゃあいくぞ……!」
グッ。と扉を押し開けて、俺たちはついにその世紀末へと足を踏み込んだ――――――!
「いらっしゃいませーっ! お食事ですかーぁ? あ、その宝石は探索者さんですねぇ。クエスト受注は奥のカウンターとなっておりますぅ。ごゆっくりどうぞー!」
……………………。
出迎えてくれたのは、きゃるんきゃるんしたメイドさんでした…………。
「見掛け倒しにもほどがあるっ!」
「言うな。俺も今すっごい疲れたから」
異世界はどこまでも俺たちの予想を斜め上をかっとんで行くようです。
げっそりとした顔で、俺とユリィはとりあえず近くの座席へと座り込んだのだった。
「で、今から作戦会議を行いたい。の、ですが……」
「ね、ねえ。トーマ。なんか私、見られてる? 見られてるよね……?」
とりあえず異世界の飲み物ってなにが入ってるかよくわからないから、適当に水だけもらってこれからの対策をとろう。といったときに、俺たちはそれに気づいた。
なにか、この酒場にいるほかの探索者が、こっちをジロジロと見ているのだ。
理由は言わずもがな、この目の前の女神モドキである。
街中でもジロジロ見られていたが、今回は結構いかついおじ様の方々にも見られているので恐怖感も襲ってくる。帯刀している人に睨まれて怯まない現代人なんていやしなかった。
あのおっちゃんは説明をしてくれなかったのか……?
軽く辺りを見回すと、出口付近の俺たちからみて、結構奥にいたおっちゃんが、こっちに向けて手を合わせていた。
まるですまん。言い忘れた。といわんばかりに。
「あー……。ありゃあおっちゃん言うの忘れやがったな。おい、お前から説明してこいよ」
「えっなんで私が……んー。でもこのままジロジロ見られたんじゃ話し合いもできない。か」
実際問題このまま注目されっぱなしだと主に人前に出にくくなってすっかりだめになってしまった俺が先につぶれてしまう。ユリィはそのまま座席を立って多くの探索者たちがいるほうへと向き直った。
途端におおお……! とどよめきだす男達、まああいつらの目にはユリィが女神様に似ているように見えてるらしいし、信者たちとかはそりゃあ騒ぐよなぁ……。
街の門にモニュメントがあるってことは、少なくともこの地域一帯、いや、探索者の規模にもよるが、そのフォルトナ様とやらが全ての探索者を生み出しているとするならば国教レベルで崇拝されているかもしれない。
行く先々でこいつがもみくちゃにされたら流石に面倒だなあ。
ユリィはちょっとは緊張している様子だが、一呼吸を置いてからようやく切り出した。
「えっと! わ、私はあなた達の女神様じゃ―――――」
「やはり女神様にそっくりだあ!」
「ああ愛くるしいのう!? その不思議な服装は天のものなのですかな!?」
「美しい黒髪だあ! ああ、こんな幸運を届けてくれてありがとうございます!」
「お、俺! フォルトナ様の宗派に入信します!! 是非、是非お近づきに!」
……
…………
………………あれー?
もしかして、女神様だと勘違いするのは修道士とかそっち系だけで、ただのそっくりさんと思われてるのか。んでもっていきなり口説いて来るとか異世界の男達パネェ。
うん。あの煩悩マックスおじさんたちなら少なくとも危険な目にはあわないだろ。
性的危険にまで陥りそうだったら飛び込んで引っ掻き回して帰ろう。その場合は生活が苦しくなるけども。
「えっ!? ちょ、私の話を! と、トーマ!? どこ!? あ、逃げたなあいつ!!」
早とちりした男たちがユリィに殺到している瞬間に、俺は素早く机を移動して離れていた。
俺まで従者とかに勘違いされてもみくちゃにされては叶わん。今こうして騒動になっているのを必至に止めようとしているメイドさんたちにもみくちゃにされるなら大歓迎だがな!
っと。ユリィが必至に「話を! 話を聞いて! トーマ!? トーマ君!?」とか俺のことを大衆の前で大声で呼ぶ恥ずかしさに勝てずに撤退することを優先しなければ。
向かったのは、さっきメイドさんが言っていた奥のクエストカウンターとやらだ。
ゲームの話だが、まずは初級クエストとかを受けなきゃ戦うことも出来ない。
なのでそのヒントとかを貰いにきたのだが、裏で女性職員がパタパタと仕事をする中、クエストカウンターで一人のんびりと本を読む、長い金髪をくくって前にたらした、眼鏡をかけた男性らしき人がよく目立っていた。
おいおい、みんな仕事をしている中お一人で読書タイムですか。
「あ、やあ。新人さんだね。クエストを受けに来たのかい?」
「お、おお。いや、今は連れがあんなだから、説明だけでもってね」
「ああ、成る程。あれは大変だ」
思いのほかハスキーなボイスで応対してくれる彼は、俺の後ろでもみくちゃにされるユリィを見てクスクスと笑っている。
ユリィはユリィで何故か胴上げされはじめたので、必至にスカートをガードしながら「待って待って!!」と叫んでいる。が、まるで効果が無いようだ。
「それにしても君のお連れさんは本当に女神様そっくりだね。ボクも初めて見たときは思わず立ち上がっちゃったし」
「ああ、もうそれについては嫌というほど味わったよ。街でジロジロ見られるわ、こうして男たちが胴上げ始めるわで。これからが不安になってきた」
「ふふ。まあこの街は王国の中で王都の次に女神様の信仰が厚いからね……で、この施設の説明だよね? ちょっと待っててくれ」
本をパタン。と閉じて、優男さんは奥のほうへとひっこんでいく。
その足取りは実に見事で、モデルのウォーキングでもしてるんじゃないかと思うくらいの美しい姿勢のまま奥に消えていく。
あそこまで容姿とスタイルが完成された男を見てしまうと、思い切り日本人体系で筋肉は諸々の理由でつけざるをえなかったものの、足の長さやそもそも顔で負けた気分になってしまう。
ちっぽけなプライドに傷をつけて涙ぐんでいると、すぐに彼は洗礼のときにも見た水晶より一回り小さくなったものをもってきて、カウンターへと置いた。
「探索者になるときも見たと思うんだけど、こっちの水晶にはその機能じゃなくて、君が外に出てなにを倒したのか、それを読み取ってくれる。不正防止だね。そこで何を何匹討伐したかこの水晶が書き出して、クエストとは別に迷惑な魔物やらを倒していたら、正規報酬とは別に臨時報酬としてちょっとのお金がでるよ。でも、無理はやめておくれよ?」
おお、それはありがたい。
ぶっちゃけRPGでモンスターを倒したら金が沸いてくるのはどういう原理なのかと考え込む時期もあったが、この世界ではこの探索者の証が経験値と同時に倒した魔物も記録してくれるらしい。
確かに不正防止としてはこれ以上にない。しかしどうにもこのシステムはゲームやらを学んだ上でして穴を全力で塞ぎにいった感が満載なのは単に俺がゲーム脳になりかけているだけなのか。
実は女神フォルトナ様は、案外ゲームとかが好きだったりするんだろうか。
いや、そんな俗世にまみれた女神様はいやだな……。
自分で想像しておいて、コントローラー片手にポテチをむさぼる女神様なんていう聞く人が聞いたら激怒しそうな妄想図を投げ捨てる。
まあ要は外で平和に人達が暮らすために、魔物をちょっとでも狩ってきてほしいという話だった。
俺たちは日々の生活ができて嬉しい。国民は外に安全に出ることができて安心ということか。
「さて、ギルドからの説明はこれくらいだね。クエストはそっちの掲示板に職員が受け付けたものを難易度別に張り出してるから、まずは初級の討伐クエストにでも出てみるといいよ。報酬は安いが、まずは死なない程度に強くならなきゃね」
「ご忠告ありがとうございますっと。さて、そろそろユリィのほうも落ち着いてき」
「え、えへへ……そう? そんなにきれいかな。この髪」
「はい! それはもう美しいですよ女神様!」
「もぉぉ……またそうやって茶化す。いい? 私はナガト・ユリィ。女神様っていわれるのは嬉しいけど、ちゃんと覚えてくださいね?」
「は、はいっ! すいませんでしたっユリィさんっ」
「ユリィさんだってよ。覚えとこう……!」
「ええ、是非ともどうしたらあんなに綺麗になれるのか知りたいもの――――!」
………………oh。
あれだけ困惑していたのに、すっかり女神様扱いが気に入ったと見える。
くるくると自分の髪の毛を弄びながら、照れ照れになっているユリィをみて、ああ、褒められなれてないんだろうなあという感想と、あざとい動作を自然体で繰り出す絶技に感服するという二つで頭を抱えていた。
とりあえず、もし遠からずユリィの機嫌でも損ねたら褒め殺せばいいんだな。
ギルドのほうとあわせて、最後にしょうもない情報を得たところで、俺は絶賛有頂天中のユリィを引っ張りに人だかりに向かっていく。
まあ結果的には変に注目されなくなったし、この世界の探索者に顔見知りができるというのも悪くない。
ちょっと調子に乗りすぎているユリィを正気に戻すため、俺は後ろ頭を思い切り叩きに行ったのだった。
できれば二日~三日の間に更新を目指していきたいですねぇ。
テンポよく投稿できる人はすごい()