3話『探索者になっちゃった俺たち』
6/14 改訂
教会。それはRPGにおいては勇者を復活させたり、そもそもその勇者を生み出したりする神聖な場所。
この世界においてもその常識は通じるようで、建物の中は不思議と空気が澄んでいるように思えた。
そして、忘れてはいけないのは教会の中にいる人。そう、シスターだ。
清楚で可憐で、そして全てを包み込んでくれるような熱い包容力を備えた、できれば金髪美人がいい。
そんなシスターがいるのが、RPGにおける教会なのだ!
こんなテンプレのような異世界ならば、そんなシスターもきっと――――!
「あら、あらあら。こんな時間にどなたですか?」
「おいおい天使様がいらっしゃるぜ」
「は、はあ……?」
裏手からひょっこりと現れたのは、修道服に包まれた、それはそれは可憐な金髪美少女であった。
モップを片手に教会内の掃除をしていたのだろうか。突然訪れた俺達に気づいて近づいてくるそのあまりの尊さに、思わず感涙してしまった。
俺の思い描いたとおりの、それも二割り増しくらいで美人さんの登場に心でむせび泣いていると、シスターさんは俺のこの世界ではあまりというか絶対見ないであろうブレザーという服装を、地方からきた旅人と勘違いしたのか、突然訪れたにも関わらず眩しい笑顔を向けてくれた。
「あ! もしかして女神様の洗礼を受けにきた探索者志望の方ですか!」
「あ、そ、そうなんです! 俺達、その探索者っていうのになりにきたんですけど……」
「え? あ、そちらの女性の方も――――――、え?」
「ねぇ、ここって元の世界の教会と違って妙に空気が、え? どうしたの?」
ニコニコと笑顔で俺に応対してくれたシスターさんの目が見開かれ、顔が引き攣る。
カラン。と音を立てて床に落ちるモップに、後ろで呑気に教会内をくるくると見回っていた不良女子高生がその音に気づいて近寄ってくる。
その一歩一歩のたびにシスターさんがなにやらあわあわしているが、やがて俺の隣にまで不良女子高生が並ぶと、ぱくぱくしていた口から、悲鳴にも似た声色で、叫んだ。
「め、女神様ぁぁぁ――――――!!?」
卒倒しかけるシスターさんを慌てて二人で受け止めに行く。
途中駆け寄ったお馬鹿に再び反応して叫びかけてたが、俺たちの渾身の説得により、どうにかこれまでの経緯と、それからおかしなやつだと思われない程度に出身地などを誤魔化しながら、シスターさんをどうにかなだめることに成功したのだった。
「これはこれは、大変大変、お見苦しいところお見せしました…………! そうですか。東の森の向こうから来た旅人さんなのですか。申し遅れました。私、この教会で修道士をやっております。ヘレナと申します」
「ああ、これはどうもご丁寧に……。えっと、だからこいつが女神様とか、幸運を運んでくれるありがたい存在だとかいうのはまっったくもって勘違いですのでご安心ください」
「む。なにか釈然としない言い方だよ。それ。少なくとも貴方よりは清い存在だと思うんだけど」
「清い存在はもっと清いオーラはなってるから。お前からはお花畑しか感じないよ」
「こ、こいつ……!」
「ま、まあまあ……! 何度も何度も、申し上げますが、大変失礼を。あまりにも言い伝えにある女神様と容姿が似ていらしたものですから、つい……」
例によって大分この天然女子高生に対して遠慮なく心のうちをぶちまけてヘイトを押し付けあってると、シスターさんもといへレナさんがそれを仲裁してくれる。
いえいえ謝るのは無言で入ってしまったこちらのほうです。と日本人特有の頭を下げられてしまうと下げ返してしまう癖が発動する。
何度も謝り倒しているうちに、シスターさんの後光が刺すかのような言葉が俺の胸ごと貫いていく。
「いえいえ。いえいえいぃえ。教会というものは迷える人々を救うためのもの。私などの確認など取らずとも、ご自由にいらっしゃってもらって結構ですよ」
「おいおい天使かよ」
「割と気持ち悪いからその喋り方だけはやめてね」
「……?」
結構真面目に気持ち悪がられたしヘレナさんは言ってることの意味が分からない顔してるし、ちょっぴり傷ついたついでに俺は割りと気になっていたことをシスターさんに聞いてみた。
「ところで、こいつの容姿ってそんなに特別なんですか? 言っちゃ悪いですけど、別段特別な顔でもないような気がしますけど」
「どこまでも失礼だね! 怒るよっ」
「い、いえいえ! いえいえいえ。その綺麗な黒髪とお顔立ちはこの教会に昔降りてきたといわれる女神様とそっくりです。女性の方で黒髪というのは、伝承どおりで、私も他に見たことがありません」
男はそんなに珍しくないのか。不思議な世界だ。
でも確かに街に入ったとき、目に入った女性は全てカラフルな色をした髪の毛をしていた。
青や赤や金髪がいるのだから黒髪も当然いるだろうと思っていたら、見たことがないとまできた。
ならばこの天然女子高生がこの世界の人々にちやほやされるのも理解できる。おまけに顔が女神様とやらにそっくりであれば、尚更だ。
まあそれはともかく、今は探索者になるための、洗礼とやらを受けなければ。
「あ、そうでした。そうですそうです。ではお二人とも、奥の部屋へどうぞ」
この礼拝堂で洗礼を行うわけじゃないのか、ヘレナさんはニコニコとした笑みを再び浮かべて、俺達をその奥の部屋へと案内する。
開けられたドアの先はそれなりに広く、椅子と机、そして中央に台座があり、後生大事になにかが飾られている。
「ここが洗礼のための部屋です。かつて女神フォルトナ様が、この部屋に降りて探索者となる人達のために、この大きな水晶に魔力を込めて設置されたと聞かされています」
「成る程……ん? これって」
「……あーっ!!」
「へっ!? ど、どうしました!? なんですなんです!? わ、私なにかいけないことを」
「あ、ああ。そうじゃないんです! そうじゃないんですけど! ちょーっと待っててくださいね!?」
ヘレナさんが突然叫びだした天然女子高生にオロオロしている間に、俺達は瞬時に身を寄せて秘密会議を開始する。
「ねえ、これって、あれに似てない?」
「ああ、お前が不用意に触ったあの忌々しい丸い石にそっくりだな。周りの装飾含め」
そう。この女神様が落としていったという青白く発光し、その王冠のような装飾が備え付けられた丸い水晶は、俺達をあのときこの世界に飛ばした化石のような石に似ていたのだ。
あの石は光ってなかったため確かに一見分かりづらいが、確かに台座や装飾までも洞窟の石と酷使している。
女神様が落とした水晶に似たものに、声に誘われて飛ばされたということは。
「やっぱりあの声って、その女神様なのかな」
「わからん。でもそうだとしたら……尚更探索者になれって言ってるようなもんだな」
この世界における勇者や冒険者の代わりが探索者としたなら、やはり世界を救えという無茶な要求は筋が通る。でもそのために何故俺達なのかという疑問は恐らく俺達が元の世界に帰れるその日まで晴れないだろうが、とりあえず行動してみるが吉だ。
うんうん。と頷く天然女子高生を連れて戻ると、明らかに怪しい動きをしていたのに対してヘレナさんは終わりましたか? とニコニコしている。
この人優しさだけで構成されているのだろうか。さすがはシスターだ……。
なんて思っているうちに、ずいずいと前に出た天然女子高生が、早速その洗礼の説明をうけていた。
「洗礼といっても、そんなに大層なことをするわけじゃないんです。ないんですよ。まずこの水晶に手を置いて、それから私の言うとおりに手順を行ってください。いいですね?」
どうも話を聞いていると、大規模な儀式を極限まで簡略化させた代物だそうだ。
探索者になるにはまず、水晶に手を触れて、名前を神様のもとへと届ける必要がある。
なんでもその人の名前を送ることで、その人の素質を伸ばしたりしてくれる……らしい。
そのためには手を触れて名前を名乗ることによって女神様との繋がりをもつとかなんとか……。
またアレに触れば元の世界に帰れたりしないかなーなんていう希望を持ちながら天然女子高生がその水晶に手を置くのを見守っていると、触れた瞬間に淡く光っただけで、あれだけのおかしいことは起こらない。
続いてヘレナさんが、なにやら洗礼のためなのか、先ほどの二言目には言葉を繰り返すおかしな口調とは打って変わって低い声色で水晶を見つめながら不良女子高生へと語りかけた。
「汝、その名を神のもとへとお送りください……」
「名、名前……長門百合です」
おっと、ここまできていたが、ようやくこの天然女子高生の名前を聞いた気がする。
というかお互いクラスメイトだったのに名乗りもしなかったのを今気づいた。…………もう陰キャラ被ってる必要もないし、あとで自己紹介でもしておくか。
思いっきり日本人の名前になじみがないのか、ヘレナさんは聞いた名前に言いにくそうにしていた。
苗字とかはこの世界では珍しいのか。じゃあ俺は名乗るのはやめておこう。天然女子高生あらため百合は、困惑するヘレナさんに百合が名前です。とだけ伝えていた。
「んんっ? ……失礼。ユリィ……さんですよね? ナガト・ユリィさん。貴方の名を女神様へと届けます」
「えっ。えっと……ユリィじゃなくて百合……あ、なんでもないです……」
名前を英語なまり風に間違えられたのを訂正しかけて、百合がそのまま黙り込む。
わかるよ。お店とかで名前間違えられても訂正しにくいよな。でもこのタイミングは訂正しておいたほうがいいと思うぞ。
多分、ヘレナさんの言ったほうが女神様に届けられたのか、水晶の輝きが強まった。
「ではユリィさん。貴女の探索者としての証を生み出します、大事にしてくださいね。ではっ!」
「!? ひゅっ――――!?」
バッ! とヘレナさんが水晶へと自身の魔力らしきものを注ぎ込むと、百合は声にならない声をあげて体をビクンと跳ねさせた。
まあ仮にも体の内側をちょっといじくるわけなんだし、痛みくらいは当然あるのだろう。
俺の番のときには覚悟しなければ。
わぁぁっと今までに無い輝きが部屋全体に広まり、それが納まるとヘレナさんと百合の間にはふわふわと光を帯びた、小さな宝石がぶら下がったペンダントが浮いていた。
これで探索者になったのか……パチクリと目を慣らさせていると、百合がネックレスを手にとってヘレナさんに質問していた。
「すみません。ちょっと気になったんだけど、これって無くしたり壊したりしたら大変なことになったり……?」
ああ、いつしか人気アニメでそんな話があったな。
魂の入れ物が壊れたら死ぬとかなんとか……。だとしたら大変だが、ヘレナさんの反応を見る限りその点は大丈夫そうだった。
「? いえ。いえいえ? これはあくまで探索者としての証であり、国の指定で任務を受ける際にはつけるように義務付けられていますが、なくしたらお仕事ができなくなってしまうくらいですね」
再発行できますが今のをもう一度受けてもらいます。との一言を受けて百合が水晶から手を離さずに器用に後ずさった。そんなに痛いのかそれ。
何はともあれ、こうして彼女は探索者として登録されたらしい。
ネックレスを首にかけて、ちょっと疲れた様子の彼女は座っていた俺の横に腰掛けてきた。
「何か色々と疲れた……次、いってらっしゃい」
「おう。いってくるわ」
詳しい説明はさっき聞いたので、なにも聞かずに水晶に手を触れる。
ヘレナさんの言葉を待って、俺は自らの名前を名乗った。
「汝、その名を神のもとへとお送りください」
「はい。っと……天城・冬馬。あ・ま・ぎ・と・う・ま。ねとーまでも可」
「あっ! 間違えられないように念押ししてる……!?」
ふふん。この世界では日本式の苗字があまり浸透していないことはわかったからな。
間違えて女神様のところに名前送られるなんていやだし、ここは念押し念押しだ。
一応大事な儀式だとは理解しているらしく、百合はちょっと騒いで睨んでくる以外はなにもしてこなかった。
「アマギ・トーマさん。ですね。貴方の名は女神様へと届きました」
ふわっ。と先ほどと同じように水晶の輝きがつよくなる。
「ではトーマさん。先ほどと同じように、貴方の探索者の証を生み出します。何度も言いますけど、無くさないでくださいね? では、いきます!」
「んっ!? うおぉ……!?」
ヘレナさんの魔力が注がれて、それが始まった瞬間、全身になにかが通り抜けていくような感覚が体を襲い、鳥肌がたつ。
すると唐突に心臓を掴まれるように胸が締め付けられ、喉から声が漏れた。
なるほど、痛みも不快感も不思議とないが、確かにこれは何度も喰らいたいものじゃない。
心臓のあたりがやけに熱くなっていくのを感じ、これがコアというものなのかと自覚する。
水晶の輝きで視界が真っ白になり、それがやがて止むと……。
「お、おお……? これは、ブレスレットか」
「はい。そうですそうですよ! これでユリィさん、トーマさん。以上二名の洗礼と探索者登録が終了しました。それでは今から、その女神様からの贈り物である探索者の証です」
ヘレナさんが、俺達にそれぞれ現れたブレスレットとネックレスを指してそういう。
ではこれから探索者というものがどういうものなのか、必要であれば説明いたしますよ。との言葉をいただいたので、是非ともお願いしたいというと、そのまま講義の時間だ。
「探索者に登録した人たちはギルドを通して、発生する魔物の被害を減らしたり、あとは困った人を助けたり。といったものが主な仕事となります。なぜ多岐にわたって仕事を受け入れるのかというと、女神様が最初の探索者を生み出したときに、世界を平和にしてほしい。と願ったことからだとか」
「世界を、平和に――――」
「それって、あの声の」
「しかもしかも! それは王国誕生のすぐだったらしいので、何百年も前のことなんですね」
「―――――!」
「―――――!」
それも何百年も前に。という付け加えに、俺たちは唖然とした。
女神は、もう百年単位でこの世界の平和を願っているというのか。そして、俺たちがこの世界に召喚された理由も同じものだとしたら。
まだ、この世界は女神の言う平和な世界ではないのだろう。
それをかなえれば、もとの世界に帰れるのだろうか。最も、百年かかってできなかったことを俺たちができるだなんて、到底思えない。望み薄だ。
心に、影が差した。しかし――――
「――――続きを、お願いします」
「お前……」
彼女は、俺のように先のことを見て落胆している様子はなかった。
俺の呟きは聞こえておらず、ヘレナさんの語りに夢中になっているその様子は、この世界で生きるのを諦めていないように見えて、
ずっとずっと、強く見える。
そうだ、俺が諦めてどうする。異世界転生なんざいくらでも見てきた。俺も勇者みたいな立ち位置になったんだ。それと同じ事を、すればいい。
女の子に守ってもらうことなんて、絶対に――――――それだけはしちゃいけない。
「ええ、はい。勿論ですとも勿論です。まず探索者となったことによって、あなた達の中に眠っていたコアが活性化され、この大地に溢れるマナを吸収しやすくなっています。コアに呼びかければ、その人が使えるスキルや、魔法といったものもわかるようになっています。もっともコアは本人にしか呼びかけることができないので、本当に自己管理になってしまいますけども」
「スキルってーと、えと、回復とか自己強化とか? もしくは視力を上げたり」
「回復と自己強化は魔法の一部になりますが、概ねその見識で結構です、結構ですよ」
「ヘレナさーん。コアってなんなんですかー?」
「ふむ? ふむふむ。コアを知らないんですか?」
さっきから俺も気になっていたコア。という言葉に対しての百合の質問を聞いたヘレナさんが考え込む。恐らくはコアというものはこのあたりの人間では常識のような存在だからだろうか。
やがて俺たちが遠方からきた。ということでも思い出したのか、ああ。とひとつ手を突いて納得。話を再開する。
「わかりました、わかりましたよ。東の森の先ではコアの認知度も低い可能性もありますからね。コアというのはその人の体に流れるマナの吸収や循環などを行う器官のようなものです。同時に魔法使用やスキル使用にもこれが運用されているらしいので、覚えて置いてくださいね」
「へー。つまりはなくしたり壊したりすると大変。と」
「実際器官。と呼称されますが、実態を持ちません。しかししかし、身の丈を越えた魔法の使用、スキルの乱用などをすれば、当然磨耗して、壊れてしまいます。そうなればコアがマナを吸い上げることも出来なくなってしまいますので、探索者はおろか本職の騎士様や魔導使い様も困ってしまいますでしょうね」
ちなみにコアは胸の上あたりにあると言われてます、言われてますよ! との言葉で、俺は女神様に体の中を弄くられたときにやけに熱くなった胸の部分にそっと手を当てる。
あれが本来なかったはずの俺の体にコアがあると自覚させ、更にマナとよばれる不思議な力を常に肺と同じように取り込んでいる。
異世界につれてこられてから、はや一時間も経たない内にびっくり人間になってしまったわけだ。
みれば百合も自分の胸をぺたぺたと触って、それからなにやらヘレナさんの方向を見てずんと空気を沈ませていた。お前はなにをやっているんだ。
「以上で説明は終了となります。ではでは、あなた達の冒険に、幸あることを」
最後にとびっきりの笑顔で俺達を送り出してくれた天使もといへレナさんと別れ、俺達は教会を後にする。
覚えているかどうか心配だったが、百合はしっかりとおっちゃんが言っていたことを覚えていたのか、ギルドはこっちだったかとか呟きながら歩いていく。
その背を呼び止めて、少しこっ恥ずかしいながらも、俺は後ろ頭をかきながら名乗る。
「あー……。さっき聞いたと思うが、アマギ・トーマだ。……これから、よろしく頼むよ。えっと、ナガトでいいか?」
「……あっ。そういえば貴方の名前、さっき初めて聞いたね。すっかり忘れてた」
「おい……」
「ごめんごめん。自己紹介は大切だね。私はさっき名乗ったとおり、長門百合。なんかこの探索者の証にはユリィって書かれちゃったらしいけど……まあ、こっちも可愛いからこっちでもいいね。私のことはユリィでいいよ」
「随分軽いんだな……。まあとりあえずギルド、いくか、ユリィ」
「うん。よろしくね。トーマ」
こうして、不思議体験を一通り潜り抜け、俺たちはようやくこの世界での一歩を踏み出した……のだろうか?
不安は盛りだくさん。不確定要素もたくさん。だがそれが冒険というものなのだろう?
なんの意図があって、俺たちを呼び出したのかはわからない。だけど―――――
――――――俺たちはこの日、探索者になった。
投稿ペースが落ち込むと思いますが、なるべく三日以内に更新は続けて生きたい所存です。感想等もお待ちしております。