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俺たちは果てしない冒険を望む  作者: 壱一
序章『支えあう存在』
1/9

『始まりの鈴の音』

 ざわざわとした喧騒の中、それこそ足の踏み場のないほどの人ごみを俺は歩く。

 目的なんてない。いや、あるにはあったのだが……今はいいだろう。

 きゃいきゃいと騒ぐ俺と同じ制服を着た女子の集団が目に入るが、特に気にすることも無くスルー。


「行事ごとってのはこう、もうちょっと人と触れ合うのが苦手な人にも優しくするべきだと思うんだ」


 ぼそぼそとそう呟く俺の姿は傍から見たら不審者そのものだろうが、今はこの喧騒だ。気づく人なんていやしない。

 そしてここは有名なお寺がある、高校を経た者ならば大体来たことがある西日本の旧都心。

 なんとかの舞台から飛び降りるとかいう、その言葉の舞台がある寺だ。

 修学旅行シーズンの今はただでさえ多い観光客にやかましい学生がプラスされて、更に賑わっている様子だ。

 勿論自分もその修学旅行でこの場所に来たわけだが、さてこの状況をどうしたものかと考えて、たまらず再び口を開いてしまう。




「――――あいつらどこいった」




 そう。俺は一緒に来ていたグループから、一人見事にはぐれてしまったのだ。

 あまり仲良くも無いメンバーだから俺がいなくなったところで気づきもしないか、はたまた俺が自分でどこかにふらふらと行ってしまったとでも勘違いして放置しているか。

 ちょっと考えただけで泣きたくなってしまうのは仕方がない。多感なお年頃をぼっちで過ごしてきて今更なにをと思われるが、こちとらちょっとデビューに失敗しただけなのだ。まあ今はそんなどうでもいいことは割愛しておくが。

 一応予定時刻に集合場所に行けば置いていかれるなんてことはおきはしないが、後でなにを言われるかが面倒である。

 しかしだ。これは高校時代を灰色の青春で送ると決めざるを得なくなった自他共に認めるぼっちにとっても好都合なのではないか。

 見たいときにゆっくりと観光できる。あの世界遺産にも登録されている寺をゆっくり見物できるというわけだ。さらに回っているうちに合流できる可能性もあるときた。

 ならば早速行動に移すしかあるまい。

 そう思って、俺は一人山を登って件の舞台へと向かった。







「案外、簡単、だったぜ……へへ、へ」


 結構な距離を歩かされたが、山にある寺特有のあの不便極まりない急勾配な坂&石段をクリアして、どうにかこうにか本命へとたどり着いた。

 肺が限界です。と悲鳴をあげているが、周りにはあのやたら元気なクラスメイト達もいない。まずはそこらの広場で体力でも回復して、そのあとゆっくり見よう。寺は逃げない。俺のグループメンバーは逃げるかもしれんが。

 決して体力が昔よりないせいではないと、自分に言い訳を聞かせて少しひらけた場所の手すりによりかかって、そこから景色を見てみる。

 ………………うん。いくら芸術に興味がまるでないからといって、ここからの眺めを普通。と言うほど馬鹿者ではないと確認できた。普通にいい景色だ。

 道中出店で詐欺まがいのステッカー売りなどを潜り抜けて普通の店から購入した炭酸飲料を飲んで喉を潤す。……あ、まずい。肺が疲れてたせいで変なところに炭酸が。



「!? う、うぇっ……げほっ! しみるっ! 炭酸がっ!」


「うわっ。ちょ、ちょっと。貴方大丈夫?」


「え?」


「え?」



 聞きなれない声がして、思わず器官に入った炭酸など忘れて……いやちょっときつくて涙が出るが、その声のほうに顔を向ける。

 そこには眉を顰めてこちらを見る女子生徒……見たところ同じ学校の生徒のようだ。

 むせた自分を心配したのか。



「いや、単純に貴方の唾がこっちまで飛んできたからだけど」


「あ、それは大変失礼を……」


 ですよね。という心の呟きは決して外には出すまい。

 しかし急いで顔を下に向けたが唾が飛んでしまったようだ。いくら社交的ではない性格だとわかっているとはいえ、自分の非ぐらいは素直に認めないほどいやな性格ではないつもりだ。


「えっと、ねえ貴方……確か同じクラスだったよね? なんでここにいるの?」


「………………」


 このまま立ち去ってくれればいいものを、女子生徒は何故かこちらに近づいてそのまま横に陣取ってしまった。

 しかも記憶にはないがクラスメイトだときている。いやはや無残に俺の信用が瓦解した事件をきっかけに女性との接点はなるべく減らし、目もあわせないっていう最高の選択をしたのがここにきて仇になってしまった。

 ここはどうにか昔のように陽気に女の子とも話せていた自分を思い出し、更にそこにぼっち時代に突入してから会得した相手になるべく印象を与えない影のウッスィー会話を加えるのだ。


 言動には人一倍苦労してきた自分を信じろ――――!



「え、えっと……い、いやー。飲み物を買ってきたんだけど、みんなどこいったかなーって。はは……はっ!?」


 この言い方だと俺が意図的に置いてかれたようになってないか。

 嘘つかないほうがまだかっこついたんじゃないかこれ。

 慌てて手で口を覆って失言を止めるが、時既に遅し。

 目の前にいる女子生徒の目が鋭くなる。不味い。このままではただの影の薄い奴からかわいそうな男子生徒Aとしてこの女子生徒の記憶の中に残ってしまうことになるじゃないか。

 それは大変困るので、もうどうとでもなれといった久々に喋れておかしくなってしまったテンションを伴って誤魔化そうと視線をそむけて手すりによりかかり。


「……フッ」


 一発芸的なノリで、ニヒルに笑ってみたり。

 


「…………あー。はぐれたんだね」


「その通りです……」


 おおよそ初対面に向けるべきではない嘲笑の笑いを向けてきた女子生徒に、俺は黒歴史を一ページ増やしたダメージから精一杯の引き攣った顔で応対するしかなかった。



「ん。中々いい景色だね。ここも」


「いや、なんでさも当たり前のように隣に来るんですかね」



 肺が落ち着いてきたので炭酸飲料片手にようやくそう女子生徒に突っ込む。

 正直女の子と二人きりどころかそういった経験も中学生以来ご無沙汰な自分にこのような至近距離は大変心の平穏によろしくない。是非とも離れていただきたいのだが……。

 女子生徒は不思議そうに首をかしげて、俗にいうあざといポーズを自然な流れできめてから文句を飛ばした。


「む、この景色をもうちょっと見ててもいいでしょ。貴方だけの場所じゃないんだよ?」


「別に構わないけど、仲間においてかれた可哀想な俺はともかく君はグループに戻ったほうがいいんじゃないか。近くにいるんだろ」


「……」



 俺がグループに戻れというと、女子生徒の肩がすこし大げさに跳ねる。

 同時に逸らされる視線。ばつの悪そうな顔はなにかを隠していますといわんばかり。

 …………おや? これはもしかするともしかするか?



「……まあ、経験上無視は慣れているけどさ。わざわざ女子生徒グループが、こんな人気の無い場所にわざわざ立ち寄るはずがないと思うんだが。もっと見る場所一杯あるでしょうに。――――関わったことないからあくまで予想なんだけど」



 あくまで冷静に、それでいて先ほどの嘲笑の笑みの恨みを晴らすべく最近はもっぱら家族間としか使わない口をフル回転させて語りかける。

 もしこれで途中に「ごめーん。待ったー?」なんていって彼女のグループがやってくればもうこの学校にはいられなくなる程の辱めをうけることになるが、その心配はすぐに吹き飛んだ。



「え、っとー……その、ね? 色々あるんだよ。うん。私も。好きでこんな場所に立ち寄ったわけじゃないんだよっ」



 分かったことがある。この子は果てしないほどに嘘がへたくそなのだと。

 そしてわたわたと身振りでどうにかしようとしている次点で既に誤魔化す気はないんじゃないかと疑うレベルで、それはもう見事な慌てっぷりであった。

 どうしよう。俺の知ってる女子とまったく違いすぎて思わず噴出しそうになってしまった。


「えーっと。あー、うん…………ぇと」


 仕舞いには声を小さくして視線を再び逸らすか下に向けるかで忙しくなっている。

 これ以上追求するのは少し良心が痛んできたので、流石にやめてトドメの一撃、意趣返しとしてこの言葉をバットで打ち返しておく。



「……はぐれたんだな」


「……はい」



 先ほどの嘲笑は、小さく呟かれたごめんなさいという言葉で許すとしよう。





「んで、自分からその女子グループ撒いて、適当に集合時間になったらバスの場所まで戻ればいい。と」


「うん。女子だけの班ってこう……私、裏で探りあいするような人付き合い苦手なんだよ……どうしたの?」


「いや、俺より性質が悪い、しかもど天然がいるなんて考えもしなかったから頭抱えてる」


 流石に二人も迷子がでるなんて教師陣もびっくりだろう。

 影の薄い俺の班はともかく、女の子がひとり行方不明の知らせはちょっとした騒ぎにはなっているはずだ。

 しかも俺と違って自分から撒いてる次点でさっき言ったとおり性質が悪い。

 人付き合い苦手な俺でも一応グループ行動にはしたがっているのに目の前の女子は煩わしいと一蹴して自分ひとりでさっさと登ってきたというじゃないか。

 アグレッシブな不良女子高生に対してため息をついていると、抗議の言葉が飛んできた。


「ちょ、ちょっと。私だって考えなしにはぐれたわけじゃないんだよ? ただちょーっと、ほんのちょっと疲れたから離れたら勝手にいなくなってただけなんだよ?」


「おいおい不良女子高生。それを意図的に撒いたという風に捉えられてるんだろ」


「不良じゃないよ! あとさっきの天然がどーのこーのも納得いかないっ」


「あーはいはい」


 真横で「このっ!」だの「話をっ!」だの騒いでる不良天然女子高生を一旦置いておいて、これからの行動を流石に決めなければなるまい。

 この女子高生に関わってしまったことでのんびりと観光してしれっと合流するかバスまで帰ることは不可能になった。

 これを放置していけば逆恨みで報告されるのは目に見えているし、それは既に瓦解寸前の俺の残りの学生生活的に不味い。

 とすれば大人しくバスの集合場所にいって、二人仲良くグループからはぐれましたー。と言いにいくしかない。とても恥ずかしいけれども時には恥じを捨てることも重要だって、俺のドジな姉は言っていた。


 ということで。


「よし、集合地点いって大人しくみんなが帰ってくるの待つか。いくぞ不良」


「ちょ、え、急すぎない? ていうかついに女子ってつけるのやめたよね? ねえ?」


 突然立ち上がった俺についていきながら文句を垂れ続けるが、全て無視。

 どうやら置いていくのはいいらしいが置いていかれるのには慣れていないらしく、黙っているとちょこちょこと後ろについてきた。



「急に戻るってどうしたの? 集合時間まで時間たっぷりだし。見回っても……」


「あのなあ。俺はともかく女子のお前が消えたとなれば、そりゃ嫌でも教師の皆さんはお前を探さなきゃいけないわけだよ。人の迷惑なんざ知ったこっちゃないで通す俺も、流石に警察沙汰になりそうな案件までは看過できないわけ。わかる?」


「う……反省してます」


「よろしい。まあ、適当に辻褄合わせて合流場所で待ってようや。それで万事解決だ」


「ぐぅ……はぐれぼっちに説教されるなんて」



 失敬な。お前も同族だろうはぐれぼっちめ。

 ……ん? なんだあれ。



「……なあ、こんなところにわき道なんてあったか?」


「え? あ、ほんとだ。でもなんだかボロッちくて危なそうだけど」



 視界に入ったのは、まるで突然そこに現れましたといわんばかりの、山の奥のほうへと繋がっていそうな小さな小道だった。

 ……怪しい。怪しさマックスだ。まるで心霊映画のように違和感バリバリの存在に、嫌でも警戒して注意深く観察する。


 そして、聞いた。

 聞いてしまった。


 縋るような、助けを求める女の人の声を。



「お、おい……! 今の」


「うん。聞こえた。女の人……だよね?」



 ぞわぞわと鳥肌をたてながら不良女子高生のほうへ振り向くと、彼女もお化けでもみたかのような表情でこっちに振り向いてきた。

 きっと俺もこんな表情をしてるんだろうなーなんて考えていると、がっしりと手を掴まれた。

 誰に? もちろん。長い黒髪を振ってずんずん怪しい道を突き進む目の前の不良女子高生にだ。


「お、おい! ここはまず警察を呼んでだな!」


「そんなことしてる場合じゃないって! あの女の人怪我してるかもしれない!」


「い、いやだったら尚更……ああもうわかったよ! だから引っ張るな!」


 この不良天然女子高生のアグレッシブさをまさかすぐに味わうはめになるとは思わなかった。

 だけどこの場合はしょうがないともいえる。

 なにせあれだけ悲痛な声を聞かされれば普通の人間なら助けに行くだろうし――――――


 ――――――あれ?



「お、おい。なんかおかしくないか? こう、根本的に」


「はあ? 貴方この期に及んでまだそんなこといって……あった、多分この洞窟からだね。行こう」


「お、おい! 待てって!」


 嫌な予感をビンビンに肌に感じながら、それらをまるで感知してないか如く洞窟の中に入っていく不良のことを追いかける。

 おかしい。何かが変だ。

 直感でそう思っているのだが脳がまるでそれを拒否しているかのように結論にたどり着いてくれない。

 モヤモヤと霧がかかった思考のまま付いていくと、洞窟はすぐに行き止まりになった。


 悲鳴をあげたらしき女性は見当たらない。ここにはいなかったのだろうか。

 それとも本物の幽霊? まともに働かない脳みそを回転させるべく唸る俺に、相変わらずなにも感じていないのか肩を叩く女子高生。


 そちらに目を向けると、なにやら岩の塊のような、行き止まりの中そこの一角だけ妙に出っ張ったものを指差していた。

 そこだけ明らかに違うと思えるのは、自然の造型ではまず作れないであろう、人工物らしきものだったからだ。


 あからさまに怪しさ満点な上に、RPGでよくある罠っぽいんですが、これは……。



「あの岩のところのさ、先っぽにある丸いやつ、人工物っぽくない?」


「ああ、怪しいな。というかもうこの場所自体が怪しい。帰ろうぜ?」



 俺の忠告も虚しく、ほいほいとそんな罠らしい罠に釣られる馬鹿をとめるべく駆け寄る。

 そしてふと気づいてしまった。さっきの違和感の正体に。

 あの時俺たちはいまだ人でごった返す寺に繋がる道を引き返していたはずだ。

 そこで近くにあったわき道から、悲鳴のような助けを求める声を聞いていた。

 普通の人なら反応するだろう。だが、あの時あの場所でそれを聞いていて、反応できたのはどれほどいた?

 あの道に歩いていた人は、全員何事も無かったかのように、歩いていたじゃないか。


 目の前の彼女は、そんな重大なことに気づかず、その人工物へと向かっていく。


 不味い。マジでやばい。

 直感がそう告げて、俺は咄嗟に叫んだ。


「おいっ! それに触るなッ!!」


「え――――」


 突然大声を上げた俺に驚いてこっちに振り返る。

 びっくりして体が跳ねたからなのか、単純に止まらなかったのか。

 確かに俺の視界には、その白い手が錆びたような丸い石に触っているのが見えて――――。




 ――――――――『世界を、救ってあげてください』



 透き通る、天使のような声が頭に響いて、それから。









 俺たちは嵐のような、上も下も無い激流に飲み込まれた。




 

 

6/14 改訂

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