通話中
ホラーです。
一応、残酷な描写ありの警告タグを着けましたが、そんなでもないと思います。
ただし、念には念を。怖い話が苦手な方は読まない方がいいかもしれません。
田中 秀一、十九歳、大学生。俺、棚田 朔夜の従兄。数日前から行方不明。一月前から音信不通。一年……もっと前から会っていない。
どうしてこんな話をするのか。それはこれから俺がその人を捜す手順を綴る上で、とても参考になるからだ。
捜す手順って何だよ? と思ってもどうか突っ込まないでほしい。現役高校生が使える手段なんてたかが知れている。
「ただいま、通話中です。ご用のある方は後程お掛け直しください」
「用がなきゃかけねーよ、バーカ!」
これは隣人にして変人のクラスメイト、小川 千波がボイスレコーダーに録音していたものだ。
放課後、他の生徒は部活だ帰宅だなんだと帰り、静まり返った教室。残っているのは俺と千波くらいだ。
千波が座る眼前で、俺は電話に向かって愚痴るというこの上なく痛い行動をしていた。
いや、そんなことをしているのにもちゃんと理由はある。ここのところ、秀一の電話にかけるたびにこうなのだ。
「また通話中? 電話に愚痴るのやめなよ、さくやん」
これは千波。ふざけた渾名で俺を呼ぶが顔は至極真面目、いや、今は若干呆れと苦笑いの色がある。
「お前がその変な渾名で呼ぶのやめたらな。……くそっ」
思わず悪態をつく。何せ、これで一昨日から数え、三十回目だ。
本当は秀一のためにこんなことをしてやる義理はない。しかし、秀一の母、つまり俺の叔母さんに泣きつかれてしまったのだ。
「秀一を捜してほしい。一週間、行方不明なのよ」
そんなの警察に届ければいいだろうに、何故か叔母さんは俺に頭を下げてまで頼み込んできた。
それを断れる筈もなく、「やるだけやってみます」と答えてはや四日。ご覧の有り様である。
「秀一さんってばどこ行っちゃったんだろうねぇ」
キィコキィコ、と軋む木の椅子の背に寄りかかりながら、千波が呟く。
「さあな。あいつの考えることなんか知らん」
淡白な答えを返すと千波は訝るように顔を覗き込む。
「でも叔母さんに頼まれたんでしょ? 毎日電話したり、メールしたり、放課後には秀一さんの友達の家を一軒一軒訪ねてるし……本当さくやん、一所懸命だよねー」
「あいつは友人が多すぎる」
一所懸命という言葉になんだか気恥ずかしくなり、少し話の路線をずらす。ついでに視線も反らしたら、わざとだというのは即座にばれたらしく、「うわぁ、さくやんったら照れ屋さん。かっわいい~」とか言っている。放っておいてほしい。
と、話を戻そう。知り合いもとい友人の家にいる、というのはまず第一に考えられるだろう。潰しておくのは当然だ。
ちなみに秀一の友人は三十八人いる。これまで十人程度の家しか回れていない。
ただ、共通のキーワードが出てきた。
失踪前に秀一が調べていたことと、残した言葉。
「"駅前のアパート"に行ってくるよ」
最初に言っておくが、駅前にアパートはない。少なくともこの近くには。秀一と俺の家は別とはいえ、距離は一キロもない。駅というのは同じと考えていい。念のために調べたが、"駅前"という地名もない。
しかし、秀一の友人は口をそろえて"駅前のアパート"というワードを口にする。
失踪する前日、「明日、"駅前のアパート"に行ってくるよ」というツイートがあったらしい。よく家に行くという友人は、"駅前のアパート"というものについてやたら調べていた、と証言している。
事実、それらしい資料を秀一宅で発見した。
「駅前のアパート 作者不詳」
それはネットに掲載されている短編小説だった。ジャンルはホラーだ。作者不詳という辺りがいかにも胡散臭いがそれはさておき。
墓地だった場所を埋め立てて作ったボロアパートで、次々と住人が消えていき、主人公だけが取り残される、というどこか聞き覚えのあるありがちなストーリーだった。
主人公が一人になった後、連日奇妙な電話がかかってきて、それを聞いているうちに主人公も頭がおかしくなって自殺するというバッドエンドだ。
「電話、ねぇ……」
秀一の電話がずっと通話中なのと何か関係があるのだろうか。
「千波、手伝え。今日は"駅前のアパート"について調べる」
「りょーかい。……ん、"駅前のアパート"って、どこの?」
「そうなるよな」
千波に説明し、協力を得た結果、出した結論はこれだ。
「秀一は"駅前のアパート"へ行った」
"駅前のアパート"は実在したらしい。どうやら電車で二駅ほど先にあるようだ。詳しい場所も調べはついた。徹夜ではあったが。
とりあえず、翌日の放課後、そこへ行くことにした。
駅前のアパートはごみ集積場になっていた。というか、されていた。つまり、不法投棄だ。
潰れたとある企業の工場跡になっており、ぱっと見は建物がしっかりしているので綺麗だ。けれども、その建物の中にブラウン管や冷蔵庫などの粗大ごみが置かれている。中は結構広い。
ついてきた千波の提案で、俺は秀一に電話してみた。
すると、意外なことに電話が繋がった。
「もしもし、秀一、さく」
「もうやめてくれ! よしてくれ、俺が何をしたっていうんだ!?」
俺の名乗りも聞かず矢継ぎ早に放たれた言葉。焦りと苛立ちを多分に含んだ秀一の声がして、電話が一方的に切られた。
俺はすぐさまリダイヤルした。きっと二、三秒しかラグはなかったはず、なのに……
「ただいま、通話中です。ご用のある方は……」
「な、に……?」
俺は何度も同じことをした。そして、同じ結果になった。
「さくやん、これって……」
不安げにこちらを見る千波と目が合う。
俺は千波と見つめ合ったまま、電話を切ることも忘れて呆然としていた。
その時である。
「ただいま、通話中でただ、通話中で通話中通話中通話中通話中通話中通話中通話中通話中通話中通話中通話中通話中通話中通話通話通話通話通話通話通話通話通話通話つーわつーわつーわつーわつーわつーわつーわつーわつーわつーわつーわ通話中です通話中で通」
狂ったように電話が「通話中」を連呼する。ぞくり、と悪寒が走り、電源ボタンを押して、通話を終了しようとする。しかし、「通話中です」という狂った声が止むことはなく、どれだけボタンを連打しても、それは変わらない。
携帯の故障か、はたまた……と俺が戸惑っていると、どこからか悲鳴が聞こえた。秀一の声だ。
秀一、と名を呼ぼうとしたそのとき。
どすん
鈍い音がした。
重い物がある程度の高さから落とされるような音だ。異様に近い。いや、真後ろ?
ごくりと生唾を飲み込み振り向くと、そこには秀一が倒れていた。切れた縄を首に巻き付けて。
そしてその手にはしっかりと、携帯電話が握られていた。
俺は秀一の口元に手を翳す。──息はもう、ない。
そのことを確認し、力が抜け、思わず倒れそうになる。そこを千波が慌てて支えてくれた。
すまない、と千波に礼を言うと、彼女にしては珍しく、神妙な面持ちで、ううん、と首を横に振った。
叔母さんにどう報告したらいいだろう、そう考えながら、まずは警察と救急車、という千波の提言を受け、携帯電話を見る。
いつの間にか、「通話中」の音声はなくなっていた。
以上が田中 秀一失踪事件の顛末である。
何故秀一は家族に一言もなく出かけたのか、俺に最後に言っていたあれはどういう意味なのか、そもそもあれが秀一だったのか──今回のことは奇妙なことばかりで疑問が絶えない。そんな事件の中で、俺にとっての最大の疑問はこれだ。
秀一は一体、誰と話していたんだ?
-THE END-
いかがでしたか?
楽しんでいただけたなら幸いです。
次回作に乞うご期待。
余談ですが、これは友人からお題を出してもらって書いた作品です。
お題は「通話中」
あくまでフィクションですのでご安心を。