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WorldⅡ.湖の歌


丸い大きな大きな湖が目の前に広がっていた。

水面は何かに反響するように揺れている。

規則的なようでいて、不規則な振動に応えているかのようだ。

何が水面を揺らしているのか、少女は気になった。

湖の縁には一部屋分の建物が一周して置かれている。

近付いてみると、中から微かに音が漏れていた。

聞き取れないが、それは言葉のようでもある。

少女はそっと扉を開けた。


「わっ」


中に入った途端、耳を劈くほどの音に包まれる。

咄嗟に耳を塞ぎ、鼓膜と脳内を守ろうとするが視界に入り込んできた情景に腕の動きが止まった。

箱の中には小さなステージがあり、その上で一人の若い男がスポットライトを浴びながら歌を歌っている。

漏れていた言葉は歌だった。

少女は惹かれるようにステージの前へ歩を進めた。

若い男は少女に気付いていないようで、一心不乱に声を発している。

スピーカーから流れる曲に合わせ、マイクを力強く握り締め何かを訴えるように歌うその姿は、どこか切ないようにも見える。

歌詞を聞き取ろうと耳を傾けてみれば、世間の冷たさ、親の身勝手さ、あんな大人になりたくはない、と周りに抗うような言葉ばかりだ。

少女もかつて、そんなことを思ったことがあったと思い返す。

激しい言葉はメロディとリズムに乗り、紡がれていく。


「あの子はあんなにできるのに、あんたはどうしてできないなんて、そんなの知るか俺は俺だ!

誰にも真似できない、代われない、一人しかいないなのに認められない。ぬるいだけの愛情なんていらない!

ぬるま湯でふやけた指じゃ誰も触れない。この手は誰がふやかした?世間か?俺か?

何もできないなんて決めつけて、子供扱いしたいだけ。縛られて羽ばたけない翼を何度血に染めた!

哀れむ視線を浴び続けるなら、いっそこのまま朽ち果ててやる!」


悲痛にも聞こえる叫びに少女は眉をひそめた。

不快だからではなく、自分も抱いていた感情を暴露されているようで、恥ずかしさや罪悪感が混ざった気持ちが浮かんだからだ。

あの時の自分を見ているようで、耐え切れずにその場を離れた。

小さな部屋を出ると再び静けさに包まれ、先程までの爆音が嘘のようだ。

その差に耳が慣れず、脳内に残ったメロディがまだ鳴り響いている。

小さく頭を振ってはそれを振り落とし、少女は他の部屋の様子を見るためにしばらく歩いてみることにした。

建物の外観は皆同じようでいて、若干の違いが見受けられる。

それは色だったり、装飾だったり、表札だったり。

そうして大きな湖を一周しそうなほど歩いた時、気になる部屋を見つけ、少女は何とはなしに扉を開けた。

中からはアコースティックギターの音が鳴り響き、ステージには少女と同じ年くらいの女の子が立っている。

スポットライトを背に立つ姿は自信に溢れ、その目は輝きに満ちている。

少女はステージの前へ移動し、女の子の歌に耳を傾けた。


「君に会いに行くなんて嘘をついて 本当は夢を叶えに行くんだ 

待ちきれない出発の朝 電車の切符に思いを乗せて 

春の陽気に当てられた、浮かぶ心もそのままに 

桜降る街に僕はゆくよ 君に会いにゆくよ」


ギターだけの伴奏に重ねられていく言葉は希望に溢れていた。

薄暗い部屋で輝くその姿は、まるで物語の主人公のようだった。

これから始まる自分だけの物語。

少女の心にも、初めて扉に向かう時の気持ちが蘇る。

新しい自分、新しい人生、自分のための物語を、扉の向こうに望んでいた。

そうして今、ここに居る。

まだまだこれからだ。私の物語は始まったばかりなのだから。


少女は小さく、女の子に合わせて口ずさむ。


「この手に握るのは 自分を信じる心 それだけでいい」


最後の一音が鳴り終わった瞬間、女の子を照らしていたスポットライトは消え、部屋が暗闇になったかと思いきや建物自体が吹かれるように消えていく。

明るさにくらんだ目をそっと開ければ、湖を取り囲んでいた建物全てが無くなり、少女の立っている位置から湖の中央まで、波紋が真っ直ぐに伸びていた。

まるで道を示めすかのように、小さな波紋がいくつも生まれては消えていく。

その先には見慣れた青い扉。

少女は口角を上げ、顎を引いては前を見据え、波紋の上を歩き出す。

水面は土のような固さで少女を支え、道を踏み外さぬように導いている。

そうして少女が入ると扉は空へ上昇し、消えるその瞬間に小さな雫を落としたのだった。



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