プロローグ&WorldⅠ.緑
―はじまりは―
私は、ここにいてはいけない。
いつからか、そう思うようになった。
だってここは、私の居場所じゃないから。
どこか遠くへ行かなくちゃ。
ここじゃないどこかへ。
そう思い続けていたある日、突然目の前に現れた。
新緑の色をした、大きな扉。
誘うようにゆっくりと開いて……私は、迷わずにその中へと入った。
真っ白な光の中で、遠くから響く声がする。
『ようこそ、君のための旅路へ…』
そうして、私の旅は始まったのだ。
WorldⅠ.緑
それはとても綺麗な色だった。
みな同じ色なのに、どれも違う。
濃いものから淡いものまで、折り重なるように、光を浴びるように。
風に吹かれてはさざめいて、地面に光の粒を落としていく。
透き通る空気に混ざる葉は、若く新しい匂いがした。
歩く道にも生える色。
まるで、幾重もの層になった焼き菓子を齧るようで、足に伝わる感触も耳に入る音も、心を弾ませる。
深く、どこまでも続くこの森は、それだけで一つの世界だった。
歩けども歩けども続く道に、見渡す限りの緑。
生き物の気配はあれど、時折鳴く小鳥の声しか聞こえない。
それは安心感を得られもするが、逆に不安を招きもした。
静かな森をただ歩く。
それ以上の出来事がまるでない。
分岐もない道は真っ直ぐだったり、曲がったり。
「いったいいつまで歩けばいいの。これじゃあ前と変わらない…」
そう、何もない毎日を送っていたあの頃と。
なんの変化もなく、ただ同じ日を繰り返すだけの日々。
段々と消えていく感情を惜しむことなく捨てていく。
だから望んでいた。 ―変化を。
このまま朽ちゆく人生なんてまっぴらだと、強い意思でもって。
選んだ道は、扉の向こう。
「私はもう、外にいるんだから。どこへだって、行けるんだから!」
一人叫んで、走り出す。
道なんて関係ない。
大木が立ち塞がっていようとも、避ければ進める。
周りが変わらないのなら、自分が変えればいい。
自分が、変わればいい。
緑の世界を走る、走る、走る。
苔生した大木の間を縫うように、小鳥の鳴き声を追うように。
どこまで有るかも分からない世界を、ただひたすらに走る。
不思議と、疲れはしなかった。
身体は軽く、愉快なほどに足は動いた。
「あはは!すごい!私、こんなに走れる!」
過ぎる景色は線となり、勢いは増していくばかり。
弾む心が足に伝わって、歩幅は更に広がっていく。
やがて駆け足は飛躍となっていった。
感じるのは風が頬を撫でていく感触と、身体が浮かぶ感覚。
そしてあの頃とは違い、消えていくのは感情ではなく、自分を支配していたもの全て。
重力でさえ、この身を地へ縛り付けることなどできはしない。
どこへでも、行ける。
木々の間を飛び渡っては、増していく視線の高さ。
「連れて行って!私を、外の世界へ…!!」
太めの枝を力強く踏みしめて叫ぶ。
そして、思い切り飛び上がった。
大木の上にまで跳ねた身体は重力に引かれることもなく、斜め下には言葉に呼ばれたように現れた扉。
少女の目の前には地平線の向こうにまで広がる森があった。
それはまるで、永遠に続きそうな不安を感じさせる広大さ。
なんの変化もない日々が、永遠に続くかのように錯覚してしまい、少女は一瞬恐怖した。
しかし、すぐに思い直す。
私はもう、そこには居ない。
自分の意思で、自分の力で、飛び出したのだから。
もう、帰ることもない。
「……さようなら、世界」
やがてゆっくりと増していく引力に身を任せ、少女は大きく開いた扉に吸い込まれていった。
了