異世界トリップ希望の男性100人に聞いた最悪な初日の過ごし方
「助けてください、勇者さま……!」
姫はサファイアのような碧眼にたっぷりと目を溜めて俺の手を取った。
手袋越しの手は冷たく、かすかに震えている。
「私……貴方をずっと待っておりました。貴方を思うと夜も眠れませんでした……本物の貴方は……何度も何度も想像した貴方より数百万倍も素敵です」
鈴を鳴らしたような声は恥じらいが混じって切なそうに鳴る。
そのいたいけな小兎のような姿に、俺の心臓が早鐘を打つ。
「あ、あの……」
姫が俺の胸元に寄り添い、額を預ける。
豊満な胸が俺の下腹部に当たった。柔らかな感触に俺は思わず火が付いたように顔が熱くなる。
どうやら姫も同じのようだ。耳まで真っ赤になっている。
「貴方を待ち続けた私を……なでて……くださいませ」
「え? 今、なんて……」
「なでて……欲しいんです。頭をポンって。貴方様の大きな手で。優しく。よく、頑張ったねって。褒めて欲しいんです」
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これはかつて机星が教鞭をとっていた時代、ある生徒の作った物語だ。
これを読んだ瞬間の机星の感想はこれだ。
「……姫が開口一番で貴様に惚れてるとか冗談だろ。青い目だからって貴様も惚れるのが早すぎだ。バカか。というか兎の目は赤だろ。今すぐ生姜校飼育小屋行って来い。まあ貴様が行ってもせいぜい不審者扱いで校門すら通してくれんだろうがな。ハッ。というか姫の身長いくつだ。貴様165cm程度しか身長がなかっただろ。下腹部に胸当たるとかどんな生物だ! このロリコンなんだか巨乳好きなんだかハッキリしろ、この優柔不断が! というか頭なでてとか、初対面の人にして欲しい訳があるか! たわけ! んでもって貴様は自分で耳垢もほじれんのか! まあ耳鼻科よりも頭の医者の方が先に行くべきだろうがな。ハッ。 恋愛はな、彼女はな、蛇口をひねったらできるものではない! 否! お湯注いで三分待ったらできる訳でもはないのだ。もう一度言う、バカか、貴様は」
と、心のなかで長台詞を刻みつつも、その気持を封印して、赤ペンに丸をつけてやった。
学内ではそこそこに頭の良い生徒であったし、教師に提出する作文でここまで欲望をあけっぴろげにする素直さ、バカさも決して悪い事ではない。若さは大事だ。
この後のエロゲで得た知識だけで書いたであろうきわどい描写にも目をつむってやった。
まあ、この作文もあと5年もすれば黒歴史確定だろう。
机星は教師時代、自分が受け持った授業のはじめには必ず作文を書かせていた。
正確には「物語」。「小説」……のようなものである。
と、言ったのは、台本形式の物語も許可をしていたところにある。
テーマはいつも同じ「理想の生活」。
生徒の国語力はもちろん、趣味趣向、家庭環境、ヘタしたら性癖・性生活までもが垣間見れる。
「賢い」生徒は当たり障りの無い事を書く。
ユーモアのある生徒はエッセイ調で「僕の一日」と銘打って父と母の掛け合いを書いていた。
女子生徒がちょっと危ない恋愛をする話を書くなんてまだ可愛げがある、と机星は思う。(しかし男同士となると話は変わってくるが。その手の話を提出する女子生徒は意外と多い。)
が、この手の「異世界に行ったらモテちゃいましたw」的物語を書く、魔王の繰り出す地獄の劫火すら凌げそうな強靭メンタルを持った生徒が数名現れたのが最初は驚きだった。
そして勇者様は1年、2年と進級するにつれて淘汰されていくのだが、時折3年生になっても出現する。選ばれし生徒だ。
これはあくまで半分机星の趣味であったし、この作文の内容を誰かに口外する事は決してなかったが、生徒達の学生生活が心配でならなかったのは言うまでもない。
しかしまあ、その生徒達の憧れる「異世界」なるものは、実際訪れてしまった机星にとって全く良い印象がない。
あいつらが理想としていた「姫」とやらは、いわば男に騙されたおつむが弱いアバズレだ。同じ形をした同じ人間に平気で火の玉を投げつけてくる女だ。(多少は同情しても一生この事は根に持つつもりだ)
そのまともじゃない女に甲斐甲斐しく従うライラもほぼ同罪だ。多分。きっとアバズレフレンズだ。
机星は自分でも分かっているのだが、女性観が歪んでいる。アバズレ:腐女子:それ以外が6:3:1だと思っている。中には腐女子兼任アバズレもいる。その他カテゴリーが必ずしも当たりという訳でもない。その他の中にはデブもブスも居る。それだけならいいが、サイコ女だって紛れている。
女という生き物は男にとっては大概、不利益であり、良くないものである。
でもって、「例外」にカテゴリーされる理想の女を見つけるなんて、砂漠(しかも腐臭のする)で一粒の塵をも掴む作業だ。
女と暮らすなんていうのは言語道断だ。
例え異世界だろうと、女は女だ。
が、しかし現状、あの2人が机星の“復讐”を助けるWIN―WINで結ばれた同盟であることには違いない。
どう文句を言おうとも、「やるしか」ないのだ。
しかし、机星はあの女性2人に近づくのは余り乗り気ではない。なので、彼は異世界に戻ったらすぐに伴侶を決めることにした。
もちろん、女以外の。
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「ライラ、俺だ。歩木庭 机星だ」
家に帰るなり、スーツも脱がずに鏡を通り抜け、机星は件の異世界に帰還をした。
廊下をずかずかと歩き、執務室を痛烈にノックしまくり、ライラが扉を開けるのを待つ。
「アルキバ様。早かったで……って、なんですか、その服装は」
ライラは机星のスーツが珍しいらしい。目を丸くして驚いていた。
確かに、彼女たちが呼び出した異世界人は無職童貞ばかりだそうだし、スーツを見る機会は少なかったのかもしれない。
《きせいくん、決まってるね》
ちっくんは相変わらず筆談だ。その様子だとおそらく「スーツ」というものを知っている。
「俺達の世界のそこそこの正装だ。ここは城なんだから、このくらいめかし込んでも問題ないだろう」
スーツにしろ、もっとそれっぽいものはあるのだが、パーティが有るわけでもない。別に良いだろう、と机星は思う。
まあ、そうは言ったものの、単純にスーツから私服に着替える時間が惜しかっただけなのだが。
「それと、着替えも用意してくれると助かる。とりあえず今日はここで寝泊まりするつもりだ」
「寝室なら用意しますが……。寝泊まりはアルキバ様の世界でも頂けます。本当にいいんですか?」
戸惑い気味のライラに机星は目もくれずに上着を脱ぐ。
「構わん。こっちに居た方が士気が高まる。まあいずれは向こうに足を運ぶ事になると思うが」
「はあ……」
どうやらライラには疑念の感情が生まれているのかもしれない。
あれだけ非協力的だった机星が180度態度を変えたのだ。無理もないだろう。
多分、次の言葉で疑念は確信に変わるだろう。
「わかった。とりあえず城が保有する子供向けの本をありったけ持ってきてくれ。手習いでも童話でも何でも構わん。とにかくこの国や世界にまつわる事を簡単なものから知っていきたい」
机星のこの世界での伴侶は本だ。書物だ。
だが、そのやり方にライラが反感を覚えないはずがない。
案の定顔を見ればその美しい顔の片眉がつり上がっていた。
「一体どういう事です。なぜ児童書なのです」
「結果は出す。見切ったら送り返せ。俺の代わりはいくらでも居るだろ?」
嘘だ。本当は机星以外に「ヤツ」を倒せる「無職童貞」は存在するはずがない。
だが、机星は構っている事などできなかった。
ライラは拳が震えていたが、噛み殺すように言った。
「わ、わかりました。今、メイドに手配させます」
しかし、ライラの態度から察するに、彼女達は本当に机星を悪いようにするつもりはないようだ。
「選ばれた無職童貞」とやらに、それなりの待遇を用意する準備位はしていたらしい。