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お姫様はハーレム勇者に殺意を抱いているようです  作者: 矢御あやせ
プロローグ―異世界に召喚とかそういうお年ごろは過ぎました―
8/10

現実世界/無職童貞の過去と因縁

「まさか本当に帰して貰えるとは……」


机星は面接帰りの山手線に揺られながらため息をつく。


ライラに言われた小窓を開ければ、自分の家のユニットバスの鏡につながっていた。

そこからは時計を見て大慌てだ。


体感時間に比べて実際の余り時間は過ぎていなかったようだが、遅刻間際である事は確かだった。

フルールのせいで焦げたワイシャツは仕方がないので新しいものに取り替える事にした。

そこからの面接は惨敗だった。机星はコミュニケーションが得意ではない。

女性はもっと得意ではない。


いざ職場を新しくしたところで上手くやれる保障だってない。

だが、現世を憎むとか、来世に行きたいとは思う訳ではなかった。

確かにもっと若いころはそういう気も起きなくはなかったし、自分が前の職場を去るきっかけとなった事件の後は自殺を考えなかった訳ではない。

が、過去を乗り越え、時間を使ってそういった気持ちに折り合いをつけていくうちに、机星はいつの間にか少し「大人」になっていた。

だが、机星は「子供」でもあった。彼は夢を捨てきれなかったのだ。


机星はかつて、というか数ヶ月前まで教師として働いていた。

少し評判の良くない公立高校の、冴えない現国教師だ。

彼は特に文章が好き、というわけではないし、本はライトノベル系の方が好きだったが、どうしても「先生」という職業に就きたかったのだ。

結局掴んだ夢も、ある生徒が起こした「事件」によってあっけなく散ってしまったのだが。


机星は現在、スケジュール帳に予備校の常勤講師の面接を詰め込んでいる。

教師時代からの趣味であるネトゲは控えて、常に就職情報を見る癖がついていた。

もちろん、教採を受けている。声さえかかれば教師になりたい。だが、自分のキャリアとあの事件を見比べたら望み薄だと思っている。



つり革につかまって、ふらふらと流れていく景色を眺める。

先ほどのあれは何だったのだろうか。

姫や女官、神の遣いとキャッキャ(と言うには殺伐とした話ばかりだが)してたのは、もう既に夢の中の出来事だった気もする。

むしろこっちが夢なのだろうか。

机星には分からないが、疲れている事は確かだった。


ふと、ケータイが鳴った。LINEだ。

新しい友達の知らせだった。

そこには、写真の未登録を示すアイコンと、簡単な名前だけが載っている。


『セージ』


あ、いや、まさか。と机星は焦った。焦りながらも『セージ』が発する次のメッセージを待った。

何かの勘違いだとも思ったのだ。


『よう』


と一緒に初期のニッコリマークのスタンプ。


「な」


思わず声を上げた机星に周りから冷ややかな視線が注がれる。

続けてメッセージが送られる。


『俺だ。お前がまさかって思った、そのセージだ』


机星は急いでスマフォを滑らせて送信ボタンを押す。


『ぜんちしん?』


慌てたので変換を忘れた。


『そう。全知神セージだ』

『なぜお前が、俺にコンタクトを取っている』


怒ってるっぽいスタンプも一緒に送った。

すぐにセージから返信が帰ってくる。

BOTのような物なのだろうか。


『頼むから、あの子たちを助けてやってくれ』


なるほど、交渉か。

しかし全知の神にしては余り偉ぶらないようだ。というか、フランクだ。


『見捨てた訳じゃない。これが終わったらあっちへ戻るつもりだった』


これは嘘ではない。本当にそのつもりだった。

事実、ライラにもそれは約束をしている。


『なるべくあっちに居る時間を増やしてくれると助かる』


お願い、のスタンプ。無料配布されている、某パズルゲームのうさぎさんの物だ。

無料配布スタンプなんて、異世界の神のする事か?

机星からすれば、神なんてものは所帯染みたものとかけ離れているイメージがある。

神は無料通話アプリなんて使わないし、企業の指定した条件をクリアしないともらえない無料スタンプなんてわざわざもらわなくても全部使いたい放題できそうだし、そもそもケータイなんてもってのほかなのだが、敢えてケータイを使うんならきっと一番料金の高いドコモだと思う。それでもってiPhoneだ。Androidなんて絶対使わないのだ。


『断る。こっちにも予定がある』

『ネックは時間か? なら俺が時の神様に頼んでやる』


LINE上で繰り広げるにしてはどうも規模の大きい話だ。

この小さな液晶では、机星のイメージする「神像」を体感する場には余りにそぐわない。


『なんの借りもない奴らに力を貸してやるだけだって立派な物だろう。最低限俺のやれる事はやる』

『じゃあ、これを見てもお前は同じことを言えるのか?』


LINE上に、ある写真が載せられる。

縮小された写真を見た瞬間、机星の全身にさぶいぼが立った。

胃から何かが逆流し、彼は必死に口元を抑える。


何の変哲もない、普通の冴えない男子高校生の写真だ。

ただし、当の本人は今、この世には居ない。


『これがあの子達の言った勇者の前世の姿だ』


机星は返信を打つ事ができなかった。指が震え、全身が固まり、スマホを落とさずに居る事がやっとだったのだ。


『歩木庭センセ。あの子達が探していたのは間違いなくアンタだ。俺が“無職童貞”とヒントだけ与えてあの子達に探させたんだ』


セージからのメッセージはどんどん流れてくる。


『俺があの子達に接触するのには規制が掛ってしまうようでな。とにかく、アンタがあの勇者をどうにかするんだ』


なるほど。

机星を選んだのは、神でも姫でもなんでもなかった。

ただの「縁」だったのだ。

縁と言っても「因縁」というヤツだ。


机星の瞼の裏に裸のまま血を流して倒れた女子生徒と、その隣で高笑いを浮かべる男子生徒の光景が現れる。


この男は生まれ変わってもなお自分に迷惑をかけるのか。

畜生。なら、やってやる。ボッコボコのギッタギタにしてやる。

そんでもって前世を含めたいままでの悪行に全裸で土下座させてやる。

あの時の恨みを全部ぶつけてまっさらにして帰してやる。


机星に一つの決意が生まれたのだった。


プロローグ? 終了です。次回よりゆっくりと動き始めます。

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