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お姫様はハーレム勇者に殺意を抱いているようです  作者: 矢御あやせ
プロローグ―異世界に召喚とかそういうお年ごろは過ぎました―
3/10

ファンタジー主人公100人に聞いた相棒にしたい生き物

部屋から出てやたら凝った装飾の廊下を歩く。



「熱っ」

「こういう魔法はちゃんとダメージになってるのね」


フルール姫は、先ほどから火の粉のような小さい光を机星の腕に当ててきた。

それにしても地味に熱い。アツアツのフライパンに触った程度の熱さが腕を走る。

どこで覚えた手品だよ。イカレた奴に変なもん覚えさせんな。


「やめんか、何なんだお前。シャツが焦げただろ」

「お前に説明する義理などないですわ」


机星の額に青筋がメキメキと浮かび上がる。


「説明する義理は無くても謝る事位はできるんじゃないか……」

「姫、それぐらいにしてください。歩木庭様は他の“ムショクドーテー”程は愚かではないですよ」


おっ、と机星はライラの言葉にびっくりした。

だがすぐに来るオチに備えてもいた。

この女達は掟でもあるかのように、こうやって上げて落とすのだ。


「……そうね。違うかもしれませんわ」


机星は肩透かしを喰らったような気分だった。

そして思った。


……こいつら、俺でマシとかどんな男とつるんでたんだろう。

机星は謙虚を通り越して自虐的なのだ。


「ですが、あくまで彼は“ムショクドーテー”ですもの。信用はできませんわ」

「ええ、そうですね」


どんだけ無職童貞が嫌いなんだ、と机星は思う。


一体彼らが何をしたんだろう。

無職童貞だって必死に生きている者は多い。

朝から晩までインターネットに没頭する者も居るが、ちゃんと努力して早起きをして就職活動をしている者だって少なくはない。

確かに、職種にこだわれば無職期間は長引くし、ハローワークでは「企業側は無職期間は2か月以上を過ぎると印象を悪くする」とは言われている。生活リズムに疑いをかけるのだ。

無職歴が長ければ長いほど、社会復帰は遠くなるし、世間の風当たりも強くなる。

それに童貞に至っては個人の問題である。放っておいて欲しいプライベートな領域だ。


「ここですわ」


2人に案内されたのは、長い廊下の終わりにあった角の部屋だった。

随分と大きい建物らしい。机星はここまで来るのに随分歩かされたし、何度もフルールに変なあっつい光も当てられた。


ライラは胸の谷間から古びた鍵を取り出し、南京錠に差し込む。

机星はその光景にドキドキした。と、言っても緊張をしていた。

現に、フルールがこちらの反応を伺うかのように白い目で見ている。

見てはいけない。絶対に見てはいけない。これは罠だ。わかってる。


その刹那、机星の頬めがけて、例のあっつい光を野球ボール大ようなものが飛んできた。

彼はそれを大慌てで後ろに仰け反って避ける。

鼻の先を掠めたそれは確実に熱を持っていた。

現に、彼の代わりに球を喰らった壁はじゅう、と音を立てながら焼け焦げている。


「あら、てっきり鼻を伸ばすんだとばかり思っていましたわ。ちゃんと注意を逸していたのですね」


まるで蟻でも踏んだかのようにフルールは言った。

やはり罠だった。

だが、罠(掛ったら死ぬ)までは予想外だ。


「お前なあ! 当たったら死んだぞ、確実に!!」

「申し訳ないでやんす」


ガッとフルールの肩に掴み掛かる机星に、彼女はそっぽを向いて感情のこもっていないテキトーな顔で言う。

なんだこの畜生姫様は。誰も知らないような二頭身のメガネ外野手のものまねまで持ち出しやがって!

彼の額にまたひとつ青筋が立つ。


「次やったら絶対協力しないからな」

「構いませんわ。お前の代わりはいくらでもいますもの」


ついには「お前」扱いかよ。

机星はブラック企業の上司のような事をのたまうフルールを無視して、扉を開けたライラに続いた。


扉の先に見えるのは、黒い塊。

その独特なオーラに机星は圧倒された。


「彼は全知の神・セージの遣いです」


ライラが説明する先に、「それ」は座っていた。


《ようこそ》


濃紺の身体に、腕の代わりに生えた二枚の羽、緩やかな曲線を描いたくちばしに、大きな眼。


こう書くと厳かだったり神々しい生き物に感じるかもしれない。

だが、実際は――


「な、なあライラ。これは本当に神の遣いなのか?」

「そうよ」


神の遣いと言うと、白い羽の生えた天使や、いかにも賢そうな白いドラゴンなんかを思い浮かべるだろう。

が、目の前に居る神の遣いは少し違う。

机星はある感想を抱いた。


「いや、これはどちらかというと市町村の遣いだろう! 地元の小さなイベントとかに出ている系の!」


そう、ユルい。

『神の遣い』と呼ばれるソレは、余りにゆるいディティールだった。

いわゆる「ゆるキャラ」的な容姿なのだ。

なんかカラスだかペンギンだかつばめだか分からない感じも余計ゆるい。


大体、セリフも《》に括られて厳かっぽい感じがするが、マジックペンでスケッチブックにキュッキュと書いているだけだ。

しかも結構かわいい丸文字だ。


《はじめまして、ぼく、「ちっくん」です》


名前もユルかった。


「ちっくん様、彼が“選ばれし者”です」


ライラがちっくんへと跪く。

褐色肌の美女がゆるキャラに跪くとかどういうシチュエーションなのだろう。

なんというか、こんなんを信奉してるなんてとんだ新興宗教である。


机星はフルールを見たが、彼女は仁王立ちしてゴミを見るようかの目で彼を見つめていた。あの畜生姫は目先のゆるキャラをナメにナメている。

だが、最初に名乗りを上げたちっくんの方が、雌二匹より幾分マシに見える。


「あ、どうも。俺は歩木庭 机星です」

《おにいちゃん、やきとりはたれは? しおは?》


鳥なのにヤキトリの話始めたよ、こいつ。

ライラが「いいから答えなさい」と目線で指示をしてきた。


「ど、どっちかっていうと、たれです」

《ちっくんは、たれにしちみかけるのが すき。 びーる すすむよね》

 

ビールも飲むのか。

机星は恐る恐る頷く。


「お、俺もビール好きです。一杯目はやっぱりビールですよね」


机星はちっくんには敬語を貫いた。

なぜだか分からないが、彼はちっくんを「そうすべき相手」だと思ったからだ。

ちっくんが神々しいとか、そういう訳ではない。

そこはかとなく彼から「年上感」、いや、「おっさん臭」が漂っていたのだ。


ちっくんは嬉しそうにうんうん頷くと、スケッチブックにマジックペンをキュッキュと滑らせる。


《からあげにれもん かける?》


机星は首を横に振る。


《このひとはほんものの きゅうせいしゅ》

「な、なんですって!」


ライラが激しく狼狽える。

それは机星も同じだった。ただ単に「もし一緒に飲みに行ったら」的な話をしただけでなぜそんな事を言える。


「我々が血眼で探していた者が……こんな……若造だなんて……」

「でたらめですわ」


それに対してフルールは至極冷静だった。というかどこまでも冷めた目でちっくんを見ていた。


「あの、ちっくん……さん。よく分からないのですが、一体俺はどうしてこんな所に来てしまったんですか? ここはどこなんですか」


ここで机星は一番聞きたい事をちっくんに問いかけた。

女2人に聞くよりもまともだと思ったからだ。


《ひめがきみをさがしてる ゆうしゃをたおすひと》


ちっくんはページをめくり、更にペンを走らせる。


《ここは いせかい まほうとかどらごんとかでてくるよ きみは まほう つかえないけど》


不思議なことに、女2人がぎゃんぎゃん言うよりも100倍の説得力があった。


《あと しゅうきょうのかんゆう じゃないよ》

「は、はあ」


ちっくんは恐らく机星がこの世界の事を疑っている事を知っているのだろう。

不思議と、机星はその事に不安や焦りなどがせり出る事はなかった。

むしろ、安心感が沸いた。

なんというか、ひとり寂しい砂漠に寄り添ってくれる猫のようなイメージだ。

本人(?)は鳥だが。


「ようやく納得してくれたようですね」

「腐っても全知神の遣いをしているだけありますわ、フン」

《いまから ぼくのしくみを ちょっとせつめいするよ》


その時、机星の頭の中に知らない情報が流れこんできた。

ちっくんは「知」を司る神の遣いであり、その神の司る「知」というのは「人に教える知識」の領域も含まれているそうだ。

なので、ちっくんが机星に知識や概念を教えるのは息を吐くよりも簡単なのだという。


「な、なん……」


机星は「神の奇跡」の一端に触れ、ここで初めて自分が異世界にやってきた事を実感したのだった。


「それにしてもこんな凄いヤツがどうして閉じ込めておくんだ?」


南京錠に鍵だなんて、神様の遣いにさせる事じゃないだろう。


「神の遣いだからって調子に乗って私や女官達にセクハラばっかりしていたからですわ」


それに答えたのはフルールだ。


《ごめんって こみゅにけーしょんのつもりだったのよ ゆるしてちょ》


なるほど。これも合点がいった。


……やっぱりこの世界にはまともなヤツはおらん。

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