無職童貞100人に聞いた「ここは異世界です」と言われた時の反応
「確かに、どうせ! 暇だが……今は何も言えん」
本当は暇ではない。無職の机星でも予定はあった。
「なぜでございます? 愛の神・ステビアは貴方のような“ムショク”でアニメが好きなネトゲ廃人で低身長の“ドーテー”は私のような美しい姫に迫られたら頼みを断れないと仰っておりましたわ」
机星はムッとした。よくもまあ自分を次から次へと罵倒する言葉が浮かぶものである。
それによくわからない愛の神まで登場したではないか。これは新興宗教の勧誘なのか。
「と、いう訳でお願い致します。もちろんやってくれますよね?」
立ち上がり、まるで汚いものでも触ったかのように、しきりにドレスで手をパンパンと払いながらお姫様(?)は言う。
なんだその適当な口調は、と机星はむっとした。
自分なら、ナメてる後輩に物事を頼む時ですらもっとましな言い方をする。
大体まだ手をパンパンしてるのか。俺の手が汚いからか。言っとくけどさっき手を洗ったばっかだからな!
「今は決められない。いや、なんとも言えない。とりあえず、なんだ。お前の名前を教えてくれ。それとお前は一体何者なんだ」
「貴様に名乗る名などないですわ」
「時代劇か!!!!」
ペッ、と吐き捨てるように女(こいつは姫じゃない、と机星は決めつける事にした)は言った。
「うるさいですわ、“ムショクドーテー”風情が。私に拒否する権利があると思っておりまして?」
この時、机星の頭の中で大噴火が起きた。火山が爆発しまくって恐竜達がギャーギャーと五月蝿く鳴くような阿鼻驚嘆の心象風景だ。
彼はわなわなと震えながらガバッと立ち上がってずかずかと女に迫っていく。
「頼み事をする時はへりくだるのが常識だろ。お前、さっきから偉そうだぞ。ムカつく女だな……生意気だ。ああ、超生意気だ! お前なんか――」
「もうこれはだめね、捨てましょう……」
お姫様(?)はそれをひらりとかわして手袋を見て諦めたかのように言うと
「ライラ、ライラ、控えてるかしら? 早くいらっしゃい」
と、手袋を外してベッドの横のテーブルに有る小さなガラスのベルを鳴らして声を張り上げた。
するとすぐさま机星の真後ろにある二枚扉が開かれる。
彼は振り返った。そこに居たのは長身でナイスバディな褐色肌のエキゾチック系美女だった。
おまけにミニスカートで、ガーターベルトで、何よりも見事なのはたわわなおっぱいの谷間が「ばーん」と出ている事だ。ここがキャバクラならば絶対に鼻の下を伸ばす自信がある。
新興宗教の勧誘は美人じゃなきゃ駄目なのだろうか。
と、机星は姫を名乗る失礼な女と美女の身体を見比べて心の中で嘲笑を漏らした。
「フルール姫、どうやら召喚は上手く行ったようですね」
張りのある力強い声だ。
カツカツとヒールの音を立てながら、ライラと呼ばれた美女は姫(名前はフルールと言うらしい)へと歩み寄ってさっと両手を差し出す。
フルールは脱いだ手袋を彼女の両手の上に落とした。
見事な連携プレイだが、手袋の行く先を考えると机星は不快感を覚えずにはいられなかった。
「ええ、大成功だわ。どこに出しても恥ずかしくない見事な人材ね」
そんな事言ったって騙されないぞ、と机星は身構える。いくら机星だって、流石に学ぶことはできるのだ。
「今までよりもなんか典型的っぽい“ムショクドーテー”ですわ!!!」
「どこに出しても恥ずかしい存在だろ!」
と、彼が心の中で叫んだのは言うまでもない。というか、実際に叫んでしまった。
「それより窓を開けて頂戴。一緒の息を吸うのはそろそろ限界だわ」
「姫、ハンカチもございます」
この女2人は自分を汚染ガスか何かだと思っているのだろうか。
だが机星は知っている。大して仲の良くない女2人に童貞1人なんていうのは決して喜ばしい状況ではないのだ。むしろ、女2人の絆が強い場合は必ずと言っていいほど苦痛を被るのは童貞側なのだ。
集団での飲み会の席で、ついうっかり早く来てしまい、あまつさえ女子二人が先に着席していた時の絶望感ときたら。
女子二人が笑っている姿に童貞は「もしや、彼女達はみっともない自分の姿を見て笑っているのでは」と被害妄想を抱いてしまう。あの小さなテーブルの先は崖であり、谷間に果てのない闇が広がっている。
「どうですか、姫様」
「やっぱりキッショイですわ、“ムショクドーテー”って」
まあこの場合は被害妄想ではなく、実際に悪口を言われいているのだが。
「あー、コホン」
机星は咳払いする。
自分そっちのけでやいのやいの話す女2人は不快感全開でこちらを見た。
卑しい。卑しすぎる顔だ。特にフルールの方が酷い。漫画の卑しいザコチンピラの顔だった。今にも「ああ゛?」とか言い出して猛烈な勢いでツバを吐きつけてきそうな顔だ。
やっぱりお姫様がしていい顔ではない。
「さっき召喚って言ったよな。ここはどこだ。お前……ゴホ、あなた達は一体何者なんですか」
机星は折れる事にした。この自称・高貴(笑)な方々には威張った口調で話すよりもへりくだった方が良さそうだと思ったからだ。
「ここはあなた達の言葉で言う“異世界”という物です」
応じたのはライラだった。ライラは腕組をし、濡れた唇をなぞる。
胸の谷間が形を変えたが、机星はなるべくそこから目を逸らす事にした。
これは巧妙な「ちょっと男子どこ見てんのよーキモチワルーイ」トラップだ、と彼は判断したからだ。
それにしても“異世界”。この聞き慣れている癖に現実世界とは程遠い言葉に机星はこの女どもの頭を疑った。
世界を疑うよりもこの女の頭を疑った方が早いからだ。
「貴方の世界から来た“ムショクドーテー”は大抵私が手を握った時点でここを“異世界”だと理解いたしますのに……」
困惑顔でフルールが言う。
いやいやいや、それは無いだろう、と机星は思った。
いくら地に足を付けて生きてなかろうがそんなお花畑みたいな脳みそしてるハズが無い。無職だろうと童貞だろうと人間だ。考える葦である。
そんな適応力が並外れている人間なんて自殺志願者か鉄格子つきの病院に入院してる奴位だろう。
「私が手を握る事によって魔法で相手に情報を流すのですわ。いつもなら大抵うまく行くのですが……手袋が魔力反発したのかと思ったのございますけどね」
今コイツ、魔法とか言った?
フルールはどこから取り出したのか、別の手袋をはめながら、机星に近寄ってちょん、と額に指を当てる。
「伝わります?」
たとえ顔が近かろうが、もはや机星はフルールに対して何の感情も沸く事はなかった。
何の儀式だ、と宗教の線を疑っていない。
「全く。何にも伝わらん」
「嘘を言ってる様子はないようね」
ライラが困った顔をする。
「おかしいわ。なぜ情報が通らないの。姫様は愛の神・ステビアの加護を受けているはずなのに……」
これだけで“本当に”この世界の情報が来るんならありがたいに越した事はないが。
正直、机星はここが異世界である事を全くもって実感していない。
「……どうやら手袋のせいじゃないのかもしれませんわね」
「そうですね、姫様」
「不良品ですわ。ねえライラ、この男を元の世界に送り返しませんこと? 他のムショクドーテー達のように」
「……いえ、《彼》に会わせてからでも遅くはないでしょう」
「そう……チッ」
フルール姫が嫌そうな顔をして壮大な舌打ちをする中、机星は色々と考えていた。
なんだ、異世界というのは魔法とかモンスターとかがばーんとかばきゅーんとかどーんとかしたりするものなのか。
さっき「勇者」という単語を聞いたし、なんとかクエストとかなんとかファンタジーみたいな、そんな世界なのか。
やっぱりこの女ども、イカレてやがる。