異世界の姫様100人に聞いた無職童貞に頼みたいこと
「お願い致します、歩木庭様。勇者様をぶっ殺してください」
美しいお姫様の放った余りにも衝撃的すぎる一言。
歩木庭 机星は飲んでいたミネラルウォーターを吹き出しそうになった。
「ぶっ殺すって。もっと上品な言い方があるんじゃないか?」
と、歩木庭 机星は冷静に伝えた。が、内心はメチャクチャ焦っていた。
というか、自分の返答もおかしい。冷静ならばもっとマシな事を言ったはずだ。
情報が足りない。全くもって足りていない。どれ位足りないかというと、シーズン終盤のヤクルトスワローズの投手陣位足りていない。意味がわからない人はお父さんに聞いてみよう。
ここがどこか、彼女が一体誰なのか、夢なのか、現実なのか。究極を言えば、自分が生きているのかすらもわからない。
今分かっている事はここが明らかに自分の部屋ではないこと。胡座をかいている自分と、それを見下ろすお姫様(?)。
そもそも目の前に居る色白の金髪美少女だって、たまたま美人で、ドレスを着ていて、頭をティアラを載っけてるだけの通りすがりの一般人かもしれない。
通りすがりのコスプレ好きな外人のメンヘラちゃんに妙に意匠の凝ったホテルに拉致でもされてしまったのかもしれない。
というか、この女の視線は少し怖い。なんというか見下すみたいな、ゴミを見るような冷たい視線だ。
彼女はお姫様ではなくて女王様なのだろうか。地位が高いという訳ではなく、職業的な意味で、女王様なんじゃないだろうか。
彼が色々考えているうちに、お姫様らしき格好をした人物が形の良いピンクの唇を開く。
「あっ申し訳ございません。歩木庭様。この愚かな私めのご無礼をお許し下さいませ」
お姫様(?)はボリュームのある、淡いピンクのドレスのスカート部分端を摘み、丁寧にお辞儀をする。
このドレスのスカートって閑静な住宅街の金持ちっぽい家にあるカーテンみたいだよな、と机星はマヌケな感想を抱いた。
しかしなんだ、礼儀作法はちゃんと学んだりしているのか、と感心もした。
そんな事を思っているうちに、彼女はしゃがみ込んで机星の手を取る。
瞳を潤ませて見つめるそのけなげな姿はまさしく小動物。
手袋越しの彼女の手は冷たく、弱々しく震えており思わず机星は「守りたい」という言葉が頭に浮かんだ。
頭がおかしいのは自分でも分かっている。何者かもわからない女にちょっと「アリ」だと思った自分の節操のなさが恥ずかしい。ちょろい。ちょろすぎるぞ俺。
しかし、ふんわりと香った花の香りにどきりとし、彼は思わず身じろぎをした。本当にちょろい男である。
「改めて――歩木庭様、お願いいたします。勇者様を苦めて苦しめて苦しみ抜かせた末に失意と絶望の中苦しめてぶっ殺してくださいませ」
お姫様(?)は唇を噛み締め、眉毛をハの字にさせて言った。
目から光が消え失せ、顔は醜く酔った皺で歪んでいる。なんというか、ラッパーが政治をディスってモラルの欠片もない単語をリズムに乗せて連発しているような表情だ。
少なくとも、自分の知っているお姫様はこんな顔をしない。
「結局ぶっ殺すんだな……」
机星はがっくりと肩を落とした。
ちょっと具体的になっただけで話がまるで進んでいない。っていうか今「苦しめる」って何回言った?
「どうせお暇なのでしょう? だったら良ろしいでしょう。姫の頼みでございます。協力してくださりません?」
段々とお姫様(?)の口調が乱暴で威圧的になってきているのは嫌でも分かった。
「どうせ」とか随分投げやりな言葉だし、「断る訳が無いだろう」的なニュアンスも見て取れる。
傲慢な姫(?)だと思った。
が、歩木庭 机星は確かにどうせ暇だと思われても仕方がなかった。なぜなら、現在働いていないのだ。
彼は、3度もフルネームにルビを入れる程度のDQNネーム(机星曰く「苗字がアレなのは先祖が悪い」とのこと)であり、現在職が無く、童貞で、三度飯よりもアニメとネトゲが好き。
いわゆるテンプレなどうしようもないニート野郎なのである。
容姿も身長は170cm台半ば、体重も平均より少し痩せている程度。
髪は寝癖で少しハネており少し長い重たげな黒髪。
高校の頃に視力が落ちたので以来メガネを掛けている。
そんな彼だが、いつものように朝食だか昼食だか分からない簡単な食事を終えてパソコンを立ち上げようとした時、気づけば、よくわからない中世ヨーロッパ風の豪華な部屋の中央でよくわからない姫様風の少女を前にして胡座をかいていたのだ。
そして、冒頭のセリフに至る。