Promised Snow
季節外れですが涼しくなっていただけたら幸いです。
「んじゃ、あのコがお前の試験科目ね」
横浜市青葉区の高級住宅地にあるこれまた目立って大きな屋敷の窓辺でまるでジュリエットのように月を仰いでいる少女・・・・おそらくまだ小学1年生くらいの女の子を顎で指し示し先輩は気怠げにタバコをふかした。
「うぃーす。しかっしでっかい家ですねぇ」
俺・・・サンタクロース見習い・蓮太は庭にある大きな桜の木の上から少女の部屋の様子を盗みみていた・・・って俺の職業言ってなかったら何か変質者みたいじゃね?(笑
違うよ?俺ロリコンじゃねぇよ?(笑
「ま、父親は会社を3つ経営しているし
母親は有名な美人キャスターだ。
そりゃ稼ぎもいいだろうし家もデカイだろうよ」
顧客リストである身辺調査書を見ながら先輩はマルボロメンソールをうまそうに吸いながらふぅっと煙を吐き出した。
「あ、仁先輩、俺にもタバコ一本下さい」
おらよと俺に投げてくれたタバコは綺麗に軌跡を描き狙ったように俺の口に収まった・・・
ってか狙ったんだよ。
俺らサンタはすこーしだけ超能力っぽいの使えるの。
すこーしだけね。
そして木の上なんてこんな目立つところに目立つ男2人がいても通報されたり家のセキュリティシステムが作動したりしないのは普通の人間には俺たちは見えないから。
でもたまに勘がイイ人間がいたりすると気配を感じるらしいよ?
よくわかんないけれど。
俺は昨日までサンタクロース科の専門学校に通っていて今日から卒業試験を受けに人間界の日本に来た。
試験内容は試験科目として認定されている子供に願い通りのプレゼントを送ること。
25日の朝、試験科目の子供がプレゼントを受け取った時、笑顔になったら合格、喜んでもらえなかったら不合格となる。
でも子供にとっては大事なクリスマス。
ヘタレサンタのせいで嬉しくないプレゼントなんかもらっちゃったらそのコの一生の思い出になっちゃうかもしれない(笑
ってことでベテランサンタが研修生一人あたりに一人が付いてちゃんと監修し、もしも願ってない方向に行っちゃったときはちゃんとフォローするって決まりになっている。
ってことで本日からテストにはいる俺は実際に人間界に来るのは今日が初めてだ。
あ、でも俺が受け持つ予定だった日本の雑誌やらTVやらメディア系は大抵チェックしているから結構日本通よ?
で、言っておくけれどおれらサンタってよく漫画であるようなじーさんじゃねぇぞ?
特にこの超熟練職人サンタの仁先輩は仕事もピカイチだけどすげーイケメン。
俺、女だったらきっと惚れていたよ。
あの・・・日本のドーナッツのCMに出てる甘いマスクの男いるだろ?
モデルだか俳優の。
あいつに似てる!
あいつをお兄系にしたカンジ。
まじイケてる。
サンタって言ったら赤い服着て赤い帽子被ってるってのは
某大手飲料メーカー・コ○コー◎が勝手に作ったイメージだかんな!
本物のサンタは別に制服もなく実に自由気まま。
もちろん男ばかりだけれど。
中には普通のリーマンみたいにネクタイ締めてスーツなヤツもいるよ(笑
先輩は細身のダークスーツに黒シャツで何だかホストみてぇ
俺はクラッシュジーンズにラインストーンのTシャツという軽装。
ね、サンタだって個性が大事だって(笑
「んじゃ、あのコの部屋入って欲しいプレゼントを聞き出してこようか」
タバコを吸い終わった先輩は携帯灰皿を出し吸い殻をちゃんとその中に捨てた。
もちろん俺もちゃんと持参した携帯灰皿に吸いかけのタバコをもみ消して入れ後始末。
サンタたるもの夢を与える職業だから公共マナーはちゃんと遵守するよ?
そっと幽霊のように壁を抜けて入った少女・・・竜ヶ崎あおいちゃんの部屋はピンク色の壁紙に白い家具という実に可愛らしいお部屋だった。
「おねがい、サンタさん。
今年のクリスマスはパパとママと過ごしたいの。
お願い、雪を降らせて」
あおいちゃんはまだ窓辺で熱心にお祈りをしていた。
「雪・・・・・って先輩、おれら天気って変えられますかね?」
「ばーか。研修でやっただろ?
俺らは神や妖精じゃねーんだからそんな技つかえねぇよ
俺らにできるのは少しだけ人間に関わることが出来るってだけだよ
所詮幽霊や妖怪と大してかわらねぇ存在なのさ」
さ、どうする?
首を軽く振る仕草をした。
何か浮かんでこねぇかなぁ?
「あ、『パパとママと過ごしたい』って事は・・・
雪が目的ってわけじゃない?」
先輩からもらった調査報告書をもう一度見ると去年のクリスマスの過ごし方の欄には
・24日:家政婦と午後6時まで過ごす
6時から一人で予め家政婦によって用意された
ホールケーキとローストチキンなどの夕食に手を付けず
8時には就寝。
両親は午後11時に母が12時に父が帰宅
・25日:朝起きると枕元にプレゼントの限定プレミアム・テディベアが
おいてあった。(推定価格日本円で25万円)
両親は既に仕事へ。
対象者は家政婦によって保育園に預けられるも保育園でもクリスマ
スに預けられる子供は少なく一日泣いて過ごす。
母親が迎えに来た時間、午後9時。(対象者は既に睡眠中)
「これは・・・・そうか・・・
あおいちゃんは去年寂しいクリスマスを過ごしたから
今年はみんなで過ごしたいのか・・」
ん?じゃあ何で雪?
「そりゃアレだろ。
雪で交通機関が滞ったら会社に行かないかもしれないって
思ったんだろ」
仁先輩は何だか寂しそうな瞳であおいちゃんを見つめた。
クリスマスは1年の中で一番子供が幸せじゃなくちゃいけない時期なのにこんな寂しい願い事をする子供がいるって事実がサンタ稼業をしている仁先輩にとってはツライんだと思う。
それはまだまだ見習いの俺でも同じこと。
「そうだなぁ・・・・んじゃちょっと悪いけれど・・ね」
俺は行動を開始した。
基本、先輩は何もしない、しちゃいけない。
俺が行動の全てをこなす。
まず、売れっ子美人キャスターである母親の24日25日のスケジュールを確認した。
これはマネージャーの手帳を盗み見れば実に簡単。
それによると
24日:10時出社
11時より対談する女優Jマネージャーと対談打ち合わせ
13時より女優Jと対談。(2時間程度
となっていた夜は特別仕事がないらしいがきっと出社したら最後、彼女はずっと仕事をしてしまうだろう。
25日:公休
よっしゃー!母親は何とか確保できそう!!
23日の午後、俺は職場控え室に一冊の絵本を置いておいた。
小さな男の子がクリスマスに親を亡くして泣いていたら同情したサンタさんが男の子を養子にするハナシ。
街は浮かれたクリスマスムードの中、一人寂しく夜を迎える子供の姿がマジ泣ける・・・
そして俺は感情移入しすぎて泣きまくる。
だって俺も全く同じなんだもん。
俺の場合はクリスマス・イブに父親と母親と車で買い物行った帰りに酔っぱらい運転のトラックに衝突されて両親は即死した。
小さかった俺は車のどこかに挟まっていてトラックからの衝撃をモロに受けなくてすんだんだ。小さかっただけじゃなくて後で仁先輩から聞いたんだけれど母親が俺を庇うように背中に全部ガラスの破片とか飛んできた破片とか受けてくれたらしい・・・・。
ま、昔話はいいとしてさ。
母親ならこんな話読んだらきっと子供が心配になってすぐに家に帰ってくれるよ・・ね?
効果があったのかな?
24日に入っていた雑誌対談の相手の大女優Jの愛犬が風邪引いたとかで23日にはもう24日はフリーになったとわかっていたが母親は特別何の用事も入れずにそのまま休暇願を出した。
コレは絵本効果?
わからんがそうだと思うよ、俺は。
そして難関は父親。
父親は毎朝8時に迎えの車が来て会社へ向かう。
日曜日である24日も仕事・・・どっかのお偉いさんとビジネスランチ?だったかなんだかでいつも通りに迎えが来ていつもの時間には会社に行くらしい。
会社へ足止めするには・・・・・運転手にイタズラとかしたらその運転手さんがそれのせいで解雇なんかされちゃう危険があるから絶対ダメだし・・・・
ってことで
「おいっこらっどうしたんだ、ポクラ。おいっ!」
24日の朝、家族の飼い犬ゴールデンレトリバーのポクラに事情を話して(俺等、天気は変えること出来ないけれど動物とはお話できるのさ)綺麗好きなポクラに敢えて泥まみれになってもらい父親さんのたかーいスーツをどろんこにしてもっらた(笑
へへーん。着替えの時間くらいは稼げたっ!
あとはどうやって仕事人間の父親を家に引き留めるかだな。
次のイタズラに移ろうとしたとき
「あおい、すまんな。起こしちゃったか?」
廊下にはまだパジャマ姿で寝ぼけ眼なあおいちゃんが立っていた。
「パパ・・・・あのね・・・・
今日ね、お仕事頑張ってね。
でね、早く帰って来てね・・・・あのね・・・・
クリスマスは家族で過ごす日なんだって保育園の先生も言ってたんだよ
ウチね、家族なんだよね?
私ね、クリスマスはいいこにしているから一緒に・・・一緒にツリーの
飾り付けしたいよ・・・」
泣きそうだけれどイイコに躾られてきたあおいちゃんは泣いて父親を困らせる事が出来なかったのだろう。
くぅーん・・・・ポクラもあおいちゃんの事情を察してか何だか哀願するような表情で父親を見つめた。
「今日は・・・・」
パパさんの今日の予定なら俺たちは知っている。
ビジネスランチした後は会社の会議そして大物政治家の何とかパーティーと予定ぎっしり。
しかも結構重要度高め予定が入っている。
それを思い出しているのだろう。
声のトーンからもその表情からも娘も可愛いが仕事も大事・・・と悩み抜いている心の内が見て取れる。
「今日は・・・」
寂しそうな声でパパさんがもう一度口をひらいた時。
くぅーん。ポクラの切ない鳴き声。
ううん。いいの。あおいちゃんの年の割に大人びた寂しい声色。
その二つが同時に悲しい協和音を奏でる。
(計画失敗か・・・)
俺が苦虫をかみつぶしたような顔になると
「あなた。いいじゃない。」
そこには美人キャスターとしてでも凄腕報道官としてでもない、母としての穏やかな表情をしたママさんがパパさんに声をかけた。
「いいじゃない。たまにはお休みしたって。
だぁいじょうぶよ。
貴方はいつも頑張っているんだもん。
たまにお仕事欠席しても周りがちゃんとフォローしてくれるでしょ?」
がんばり過ぎないでたまには周りにも甘えなくちゃ。
ママさんは泣きそうな顔のあおいちゃんを優しく抱き上げて言った。
「あおい、今日はあおいも幼稚園はお休みしてママと一緒にケーキ作りよ?
ちゃんとお手伝いしてね」
そう言われた時のあおいちゃんの表情を俺は一生忘れないだろう。
びっくりした表情からまるで大輪の花が咲くような明るい表情へ。
「ママっ大好きーっ」
「ほら、あなたも。
あおいにパパ大好きって言われたいでしょ?」
「・・・・そうだな。
たまにはいいよな」
パパさんもビジネスマンの表情からあおいちゃんのパパの顔に戻りポクラの頭を撫でた。
「くーん・・・」
さっきの寂しそうな鳴き声とは違う声でポクラは空を見上げた。
「あ・・・」
「雪!サンタさんが叶えてくれたんだ!」
あ・・・・雪だ・・・・・
灰色の空からはふわりふわりと柔らかそうな雪がまるで鳥の羽のように舞い降りていた。
どうやらぎりぎりで約束が果たせたみたいだ
先輩と俺は顔を見合わせた。
もう大丈夫。
あおいちゃんはきっともう寂しいクリスマスは過ごさないだろう。
「俺・・・いつか一人前になって
あおいちゃんにまたクリスマスプレゼントを渡しっす」
「ま、試験にパスしたらな。
実技試験の後はペーパーテストだからしっかり勉強するように。
ちなみにな、俺主席だったから。
その俺に指導されたのに主席以外取ったら・・・・埋めるぞ?」
にやり。
先輩の悪魔な笑み。
俺は背中に冷や汗が流れるのを感じた。