勝負と明暗、そして答え…
号砲が鳴り、最初に飛び出したのはケイスケだった。
ぐんぐんスピードを上げ、いいリズムで先頭を引っ張る。
「!!」
他の選手達は、ケイスケの予想外の行動と予想外のスピードに反応が遅れた。
ケイスケは先行逃げきりタイプである。
今までも、スタートから飛ばすことが多い。
後半に、ペースをガクッと下げないようにするのが課題であった。
完璧に決まったと思われたスタートダッシュについてくる一人の影が…。
ケイスケは後ろに気配を感じ、一瞬振り返った。
そこには、シュン…ではなく、ケンヤの姿だった。
ケイスケは、予想外の展開に一瞬動揺したが、前を向き深呼吸すると「おもしれ~じゃね~か!」と、軽く笑みを浮かべ、さらに加速させた。
シュンは遅れていた。
決してシュンが遅いわけではない。
ケイスケが速すぎるのだ。
(ケイスケ…やはり飛ばしてるな…距離は3kmある、あせる必要はない。)と思いつつ、シュンは少し動揺していた。
ケイスケの後ろを、ケンヤがピッタリついていたからだ。
(本当にこのままでいいのか…もし二人がこのまま逃げきったら…)
シュンは迷っていた。
(いや…そんなペースが続くはずない…俺は自分のやり方で勝つ!)
シュンは後半追い上げタイプである。
最初は自分のペースを貫き、徐々にペースを上げ、最後に逆転する。
しかし、前半の遅れが響いたり、後半上げられなかったりと、課題も多い。
シュンは自分のスタイルを貫くことに決めた。
ケイスケは、1キロ地点に差し掛かっていた。
「3分10秒!」
係りの学生が大声で伝える。
少し遅れてケンヤが通過。
「3分13秒!」
ケンヤはなんとか食らい付いていた。
「お~ケンヤすげ~。」
学生達は、陸上部ではないケンヤが、陸上部に食らい付く姿に、歓声を挙げた。
続いてシュンが通過した。
「3分20秒!」
シュンは時計を一瞬確認した。
(タイムは悪くない…呼吸も大丈夫…。でも…足が重い…)
シュンは、自分の状況を整理し、後半に備えた。
後続は、三人から大きく離されたことで、実質代表争いは三人に絞られた。
2キロ地点に近づくと、ケイスケとケンヤの差が開き始めた。
これは、ケイスケがスピードを上げたのではなく、ケンヤのスピードが下がったのだ。
「ハァ、ハァ…」と、ケンヤの荒い呼吸が聞こえる。
しかし、ケンヤは粘っていた。
目はしっかりと前を見据え、ケイスケの背中を捉えていた。
そして、ケイスケは2キロを通過。
「6分28秒!」(1km3,10ー2km3,18)
(キツイ…足が上がらん…後1kmだけだ…耐えろ!)
さすがのケイスケも、ストライドが狭くなり、余裕がなくなっていた。
次に通過したのはケンヤだった。
「6分37秒!」(1km3,13ー2km3,24)
顎が上がり、フォームも乱れ、走るのがやっとの状態だった。
(動け…動いてくれ…俺はもう…負けたくないんだ…)
ケンヤは勝ちたいという強い気持ちだけで、動かない体を動かしていた。
そして、シュンが通過した。
「6分45秒!」(1km3,20ー2km3,25)
ケンヤとの差は8秒。
シュンにとっては作戦通りの展開であった。
スタートから飛ばしていたケンヤは、ガクッとスピードダウンしていた。
後はシュンがスピードを上げ、越すだけのはずだったのだが…。
シュンのスピードが上がらない。
逆にシュンのスピードが下がっているように見えた。
「シュン先輩!」
見かねたユーマが叫んでいた。
「ここからっすよ!…先輩!…シュン先輩!!」
ユーマは無我夢中で叫び続けた。
ユーマの声はシュンに届いていなかった。
(ハァハァ…呼吸が…腕が…足が…キツイ…動け…動け!)
シュンはもがいていた。
暗闇の中をひたすら…。
(俺は…負けるのか?…もう辞めよう…こんなキツイ競技…俺は負けたんだ…)
「あなたは何故走っているのですか?」
また、あんたか…。
俺は辞めるんだ。もうあんたとは会わないよ。
「あなたは何故続けているのですか?」
うるさいなー!辞めるって言ってるだろ!黙ってくれ!
「あなたは何故走り始めたのですか?」
は?!
お前には関係ないだろ…
そういえばいつからだろう…俺が走り始めたのは…。
確か…中1のときだ。
ケイスケに誘われたんだよな。
小学校の校内マラソンで、俺に負けたことが悔しいから、リベンジしたいってことで、無理矢理陸上部に入れられたっけ。
去年は県大会止まりで、お互い悔しい思いしたな~。
それで、来年こそ一緒に県大会突破しようって…。
…そうだったのか…やっとわかった。
俺が走る理由が…。
「あなたは何故走っているのですか?」
俺は…!
シュンは一瞬、目を瞑っていた。
ほんの数秒の出来事。
目を開けると、今までの迷いが消えていた。
それと同時に、体も軽く感じた。
シュンは、気持ちを切り替えると、スピードを上げ、ケンヤを追った。
ケイスケは、一度も先頭を譲ることなく、トップでゴールを決めた。
「9分55秒!」(1km3,10ー2km3,18ー3km3,27)
「ハァ、ハァ…最後…落ちたな…。でも…グラウンドでこれは…上出来だろう…。」
ケイスケはそれなりに納得できる走りができたようだ。
そしてすぐに、後ろを振り向いた。
そこには、ゴールに向かうシュンの姿があった。
シュンは、ゴールの200m手前で、ケンヤを抜いていた。
シュンは、ゴールすると同時に倒れこみ、ケイスケに抱えられた。
「10分13秒!」(1km3,20ー2km3,25ー3km3,28)
「今日は俺の勝ちだぜ!」と、ケイスケは笑っていた。
シュンには、そんなことはもう、どうでもよかった。
「ハァ、ハァ…ケイスケ…県大会…二人で突破するぞ…。」
「当たり前だ…!」
ケイスケは力強く答え、握手を交わした。
ケンヤはゴールすると、一時的に意識を失い、保健室に運ばれた。
タイムは10分22秒。
(1km3,13ー2km3,24ー3km3,45)
悪くないタイムだ。敗因は、最初にケイスケにつき、飛ばしすぎたことである。
明暗をくっきり分けたのは、陸上という経験の差と…背中を押してくれる友の存在であった…。