号砲
シュンは最終調整に入っていた。
軽くダッシュし、スピードに体を馴れさせる。
横を向くと、ケイスケもダッシュをしていた。
長年の付き合いで、調子が良いことがわかった。
今日の台風の目になりそうなケンヤは、アップを終え、準備万端だ。
「5分後スタートします。」と、係りの生徒が声をあげた。
その声に全選手が反応し、緊張感がさらに高まる。
三人とも冷静さを装ってはいるが、内心は穏やかではなかった。
今までに感じたことのないプレッシャーが襲い、気を抜けば呑み込まれてしまいそうだ。
ケイスケは震えていた。
しかし、緊張からではない。
シュンと勝負することへの武者震いだ。
ケイスケは静かに目を閉じ、スタートの合図を待った。
ケンヤはケイスケを見ていた。
「今年は勝つ!」
ケンヤはそう自分に言い聞かせると、スタート位置に着き、合図を待った。
シュンは自分に(落ち着け!落ち着け!)と言い続けていた。
完全に雰囲気に呑まれ、思考がうまく働いていない。
「シュン!!」と、誰かの声が響く。
シュンは後ろを振り向いた。
そこにはレイナの姿があった。
「部長なんだから、しっかりしなさい!」と一喝。
普段シュンくんと呼んでいるレイナだったが、いつもとは違うシュンを見ていられず、気づかぬうちに、呼び捨てで叫んでいた。
シュンはレイナに向け、軽く手を挙げると、スタート位置に着いた。
緊張は少し和らいでいた。
「30秒前!」という合図に、緊張は最高潮に高まった。
シュンは一瞬横目で、ケイスケとケンヤを見た。
ケイスケはまだ目を閉じ、深呼吸を繰り返す。
ケンヤは手や足をぶらぶらさせていた。
「10秒前、9、8、7…」
カウントが開始され、全選手がスタートのポーズをとった。
グラウンドはいつの間にか、静まり返っている。
「3、2、1…」
前傾姿勢のシュンは、静かに息を飲み込んだ。
「バン!」
スタートの号砲が響き渡る。
それと同時に、8名の選手が一斉にスタートした。