030⇒琴美の行『動』
「ただいま」
わたし以外だれも住んでない家だけど、
わたしは外から帰って来る時必ず言うようにしていた。
そうすると誰かが奥から返事をしてくるような気がしたから。
わたしは首のマフラーを解きながら、ゆっくりと中へ歩いた。
すると突然、電話が鳴った。
「もしもし…」
「ナツキ?あかりだけど」
「どうしたの?」
「旅行の話、明日になっちゃった。だからどうしようか相談したいんだけど?」
「…う〜ん。やっぱりパスする。琴美も行かないんじゃあねぇ」
「ナツキん家、FAXあるでしょ?年末ギリギリまではいるから地図送るから来れたら来て。」
「あ・うん」
「急な話でごめんね。あとでFAXするからねー」
「うん。楽しんで来て」
わたしは電話を切り、部屋に向かった。
そして上着を脱ごうとした時、自分が映ってる鏡をみながら−
「行けるワケないよ。二人でいる場面なんて見たくない…。見れるワケがない…」
−と、独り言を言った。
自分の気持ちに気付いたわたしは更に自分との戦いを背負わなければならなかった。
♪ピンポーン♪
「ママぁ!誰か来たよ…。パパかな?」
子供が奥さんを見つめるなりそう言った。
奥さんはただ黙って見つめ返した。
「………。」
♪ピンポーン♪
二度目の呼び出し音が鳴るとすぐに応対した。
「もしもし、どなたでしょうか?」
インターホンの画面に高校生の女の子が映し出される。
奥さんは首を傾げ画面と受話器に集中した。
「村山…先生のお宅ですよね…?」
女の子の声が小さく聞こえると、顔を上げカメラを見つめた。
その後ろに髪の長い女の人が立っているのが見える。
「そうですけど何か?」
「村山先生について話したい事があります。事件と関係があるかもしれません。」
受話器の向こうからそう聞こえると奥さんはすぐに
「…え?今ドアを開けますので!」
ガチャッ
乱暴に受話器を置いて玄関へ走った。
子供もゆっくりと後を追う。
ダッダッダッダッダッダッ
ガチャッ!
ドアを開けると物静かに高校生が立っていた。
「初めまして…先生の奥さん。」
「えっと…一人?…主人の生徒ですか?」
「はい、琴美と言います。」
「それで…あなたは一体何を知ってるって言うの?」
「犯人を知ってます。」
「だっ…誰なの!?誰が主人を…!」
「………。」
琴美が黙るので奥さんは琴美の肩を強く掴んでまた尋ねた。
「誰なのっ…?教えて頂戴!!」
すると、いきなり琴美は鞄から長いナイフを出した。
「…!ま・まさか……」
「…そう…私が殺したの…」
「…−!」
「ママぁ…どうしたの?」
奥から子供がやって来た。
「来ちゃダメ!!」
琴美はいきなり子供の所へ駆け寄り、首にナイフを向けた。
突然やって来た女子高生に子供を奪われてしまう光景に
奥さんは夢中で声を出した。
「やっ…やめて!」
琴美は子供に優しく声を掛けた。
「ねぇ…。パパの所へ行きたい?」
「…うん。知ってるの?どこにいるの?」
無邪気に答える子供に琴美はほほえむ。
「でも私は行った事がないんだ…」
「やめて!なんでこんな事するの!?」
「ごめんね、奥さん…私…思ったの…やっぱり先生は奥さんや子供の事が好きなんだって…」
「……?」
「だから…先生が寂しくないように奥さんや子供を殺そうと思って…。
だからお願い!死んだら先生の傍にいてあげて…!」
琴美は子供にナイフを突きつけたかと思えば、
今度は涙を堪えながら叫んだ。
「…な・なに勝手な事言ってるのよ!なんで私達まで死ななきゃいけないの!
あなたが勝手に殺したんでしょうが!」
「……そう殺したわ…でも…今は後悔してる。先生に寂しい思いさせてるから…」
「とにかくっ…子供は返して!」
奥さんが手を広げると琴美は子供を強く抱きしめる。
「いやよっ!私だって子供がいたのよ!でも村山先生が産む事に反対から…」
「…? 何を言ってるの?何であなたが主人の子供を産むのよ!」
「…奥さん!私達は愛し合ってました。先生はどうかわからないけど…私は今でも…」
「だから…殺したの?あなたのものにならなかったから」
「ねえ…そんな事よりパパはどこぉ?」
「パパに会いたい?」
「うん…!」
「やめて…!」
「ここが自宅か?」
「はい。琴美って子の家です。」
♪ピンポーン♪
「………。」
「…いないようです…。」
「どこかに出掛けてるのか…」
刑事さん達は家を見上げていた。
プルルルッ
「もしもし」
「ナツキ?」
「琴美どうしたの?」
「……うん。今から会えない?話しておきたい事があるの…それに夜風が気持ちいいよ」
「うん…いいけど…。場所は?」
「………学校…」
「え!?学校?それってヤバいんじゃない?」
「大丈夫よ。私 前に行った事あるから…」
「でもっ」
「とにかく待ってるわ。じゃっ…」
「…あ!」
琴美は一方的にに電話を切った。
もしかすると明日自首するつもりだから最後に学校に行きたかったかも知れない…
わたしはそう思い、すぐに支度を済ませ学校へと向かった。
「警部…村山の妻から電話が…」
「ん?用は?」
「先程まで、琴美という生徒がナイフを持って自宅に浸入してたそうです!」
「なに!?無事なのか?」
「…ええ!奥さんも子供も無事でした。ただ琴美という生徒はかなり精神的におかしかったらしいです…」
「どういう風に?」
「最初は自分の名前を『コトミ』と言っていたけど後から『ナツコ』って言ってたそうです。」
「ナツコ?」
「…はあ…はあ…」
わたしは学校の門の前に着いた。だけど足が動かない。
夜の学校は昼と違ってとても不気味に見えたが、ここまで来て帰る訳にもいかない。
そして何故か、空気の流れが一気に変わってとても寒く感じる。
「ナツキ…待ってたわ…」
琴美が校門の向こうから姿を現した。
夜のせいか琴美の雰囲気が不気味さを増していた。
わたしは門を飛び越えると琴美を見つめた。
「…−で話って?」
「その前に屋上に行きたい。」
「え?…うん。」
わたしと琴美は歩き出し、真っ暗な深夜の学校に消えていった。
いよいよ8月になりました。
これからも宜しくお願いします!