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アネラ  作者: 終野真冬
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4.強がり猫かぶり

「ねぇ、石田さん。ちょっといい?」

「……何? これから用事があるんだけど」



最後の講義が終わって帰り支度をしていた私に話しかけてくる女の子二人組。

その声を聞いた瞬間、これからの話が予測できて、私は真面目に話すのも億劫になった。



「すぐ済むよ。ほら」

「……」

「秋津さん? 何の用?」



化粧の濃い井上さんの後ろで、もじもじとしている秋津さんに私は極力優しく話しかけた。

本当は今すぐ帰りたいけど、これも仕方ないことと諦めている自分が少し嫌だった。



「……やっぱり言えないよ」

「……人待たせてるから早くしてもらえないかな?」

「いいよ、代わりに言うから」



ちらちらと私の様子を伺いながら中々話をきりださない秋津さんに、少し苛々する。

早く彼女たちから解放されたかったから、嘘をつく。



美穂ちゃんは今日はお家の都合で講義をサボっている。

きょーちゃんはこれから模試の採点だろう。

私を待っている人なんていなかった。



何も言えない秋津さんの代わりに井上さんが私と向かい合う。

その表情の真剣さに私は意地悪く笑いたくなった。



「ねぇ、石田さんって、葉山先生のこと好きでしょ?」

「……だったら何だって言うの?」



思ったとおりの話題に私の語気が強くなる。

私の態度に驚いたのか、少し目を見張った井上さんは、不快そうに続ける。



「この子もね、葉山先生のことが好きなの。だから、諦めてくれない?」

「……」

「葉山先生と石田さんじゃ釣り合わない。不相応よ」



言いたいことを言ってすっきりしたのか、井上さんと秋津さんが満足そうに顔を合わす。

それを見ながら、私は大きくため息をついた。



さっき井上さんが驚いたのは、私があんな挑発的な態度をとるとは思わなかったからだろう。

私は自分で言うのもなんだけど、塾や学校、外という外で猫を被っている。

おとなしくて反論なんてできなさそうなキャラだと思われがちだけど、実際は違う。

正反対だ。



私の大きなため息に秋津さんは怯えたような表情を作る。

それにひどくカチンときた。



「馬鹿らしい」

「は?」

「馬鹿らしいって言ったの。私がいなくたってライバルなんて塾の中だけでも沢山いるじゃない」



実を言うと同じようなことを私に言いにきたのは彼女たちで三組目だ。

必ず複数人で、言うときに障害になるであろう美穂ちゃんがいない日を狙って文句を言いにくる。

その内容も代わり映えしなくて、私はもう嫌気がさしていた。



「どうしてあなたたちにそんなこと強制されなきゃいけないの?」

「そっそれは」

「諦めるも諦めないも私の自由、私が決める」



私が反論したのが珍しいのか、混乱した様子の二人にきっぱりと告げる。



誰かに命令されたくらいで諦められる恋心だったら、何年も片思いしたりしない。

告白してきた誰かと適当に付き合うことだっていくらでもできた。

でも、きょーちゃんがよかった。きょーちゃんじゃなきゃ駄目だった。

諦めることなんてできない。



井上さんの後ろでおろおろするだけで何も言わない秋津さん。

彼女にきょーちゃんを好きな気持ちが負けるとも思えなかった。



「それに秋津さん、あなたどうして自分で言わないの? 汚れ役は人に押し付けるの?」

「……そんな言い方」

「だって、そうじゃない。そんなんだから先生に相手にされないのよ」

「っ……!?」



私が思わずキツイことを言うと、秋津さんの瞳に涙がたまる。

その様子に苛々が増す。



泣けば許されると、誰かが助けてくれると思っているのだろうか。

そうだとしたら同い年とは思えないほど幼い。

私に色々言われたくなかったら、牽制なんてしにこなければよかったのに。

反論されてそれが図星だったからって泣くなんて卑怯だ。



「ああんた今まで猫かぶってたのね!」

「猫かぶってない。あなたたちが知らなかっただけ」

「……それにしたってひどい。そんなこと言わなくてもいいじゃない」



秋津さんが泣いたことで激昂する井上さんに、私はあくまで冷静に告げる。

井上さんにすがってぽろぽろと涙をこぼす秋津さんに嫌悪感すら沸く。



恋は弱肉強食。

泣くひまがあったら、きょーちゃんに告白のひとつでもすればいい。



けれど、告白する気がない私も人のことは言えなかった。

もしかしたら、これは八つ当たりかもしれない。



「だって事実じゃない。私に文句言う前にやることがあるでしょ?」

「こっこの!」



井上さんが振り上げた手が目前に迫る。

殴りたいなら殴ればいい。

どう考えたって、間違っているのは秋津さんなんだから。



「そこまで。……はな言いすぎだ」

「……祥希くん」



井上さんのビンタを寸前で止めた祥希くんが、私を見て首を横にふる。

もう何も言わないでいいと言わんばかりのそれに、私は知らず知らずの内に入っていた肩の力を抜く。

ひどいことを言われたのは彼女だけじゃないのだ。



「お前らも暴力はよくない」

「……だって、石田さんが!」

「それでも暴力はよくないだろ?」



井上さんの手を下ろし、諭すように話す祥希くんに秋津さんが反論する。

比較的女子に優しい祥希くんがきたことで、味方が増えると思ったのだろう。

祥希くんが反論したことで、秋津さんは悔しそうにうつむく。



「行こっ……」

「うん」



秋津さんを促して、井上さんたちはそのまま講義室から去る。

部屋に残っているのは私と祥希くんだけだった。



「はな」

「……私、間違ってない。間違ってないよ」

「うん、分かってる」



言いたいことは全部言った。

私は間違ったことなんて言ってない。

やりこめてやったはずなのに、悔しさだけが残る。



不釣合いなんて誰かに言われるまでもない。

きょーちゃんは大人。私は子供。

釣り合うはずもない。



何ともいえない気持ちをもてあまして、強くこぶしを握る。

少し伸ばした爪がてのひらに食い込む。



「不釣合いなんて……言われなくても」

「はな」

「悔しかったから、思わず言い過ぎちゃった。とめてくれてありがと」



心配そうに私の名前を呼ぶ祥希くんが何かを言う前に口早にお礼をする。



今は下手な慰めなんかいらない。

私のことは放っておいてほしい。



私の頑なな態度に、祥希くんは言葉を飲み込んだ。

視線をそらし、多分さっき言いたかったこととは違うことを口にする。



「泣いていいぞ」

「……泣かないよ」



いつか、きょーちゃんに振られる日が来るかもしれない。

その日まで涙はとっておく。



そう続けると、祥希くんはそうかと微笑みと哀れみの中間みたいな顔で笑った。



2011.02.12

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