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5:Bis pueri senes

 基本的に運命の輪は神子の代替わりで全員代わる。国の裏、その中枢に関わった人間達だ。神子が存命中に後継者を育て上げる者もいれば、次代の神子が勝手にスカウトする例もある。前神子の死後、基本的に前代運命の輪は口封じに殉死させられる。

 それでもその中に、例外はいる。その才能を死に奪われるのが惜しいほどの人間。例えばそれが、この爺。運命の輪№0ザック=ザ=クロート。

 この爺の凄いところは……まぁあれよ。もう何人の神子様に仕えたかわからないってこと。


 「で、何しに来たのよクソ爺」

 「はて。なんじゃったかのぅ」

 のらりくらりとこの爺っ!あくまで白を切るつもりのようだ。


 「これを見ろソフィア」


 先程尻を触られたときに、ちゃっかりアイテムを盗んでいたらしいラディウス。手癖の悪さはこいつもなかなかのもんだわ。この男、本当にどういう過去を送ってきたのかしら?イグニス様がスカウトしてきたって話だけど、こいつも……つかみ所がないというか何というか。殆どシャトランジアにいないのに、イグニス様の配下で最も古株のルキフェルよりも事情に通じていたりするし。一言で言うなら謎なのよね。

 こいつのセクハラ態度はおそらく、自分という人間に興味を持たせないための仮面、防御壁。わざと他人に嫌われるような人間を演じているように思えてならない。


(ま、私がそれを聞いてやる義理はないわけだけど)


 そこまで私、この男に興味ないもの。


 「一時間五千シェルぽっきり……」


 いかがわしい店のポケットティッシュが爺の服から落ちてくる。この爺、まだ遊ぶ気なのか。まだ使い物になるのか。まだ男のつもりなのか。いい加減春枯れろ。さもなくば死ね。店の姉ちゃんが流石に可哀想だと私は頭を抱えてしまう。


 「ふっ、まだまだじゃのぅ若造」

 「な、なんだって!?」


 不敵に笑うクロート爺。その手には一冊の本。これは先程この爺がラディウスから盗んだ物のよう。こいつら、こんな所まで似てるのか。それにしても珍しい。ラディウスがエロ本以外の本を持っていたなんて。見た感じ、それはハードカバーな日記帳みたい。


 「きゃあ!嘘嘘!あんたこんなのつけてるの?」

 「惚れ直したかい子猫ちゃん」

 「ううん、最初から惚れてない」


 日記という単語にルキフェルのクソ乙女心が反応したのか。途端に機嫌の良くなった腐れシスターがクロート爺から日記を奪う。


 「何書いてるのかしら?意外とあんたポエムとかつけてたりして」

 「ちょっと貸してみなさいよ。流石にプライバシーの侵害よ」

 「そういうソフィア、あんたの顔も緩んでるわよ」

 「うん、こういう悪意めいた心が芽生えるときだけ君ら物凄く気が合うよね」


 半ば諦めたようなラディウスの声。それを同意と受け取って私達は日記を捲る。しかし……


 「なんだ、つまらない。白紙じゃない」

 「あんた外見通りつまらない奴ね」

 「そこまで言う!?」


 オーバーリアクションでラディウスが泣いている。たぶん演技だ。あの道化。


 「……あら?」


 ぱらぱらと捲った日記。そこには何も記されていなかったけれど……何枚かの写真が落ちてくる。


 「……っ!」


 速い。この男……そうだ。私と同じ後天性混血児。普段は飄々として女に手をあげないから忘れていたが、身体能力は私レベルなのだ。それなのにこいつの№は13。数術使いのルキフェルが№16。これっておかしいと思わない?


(そう、おかしいんだ)


 ナンバー上位は数術使い。ナンバー下位は武闘派。ナンバー中間あたりはオールマイティ。つまりどっちも使えるということ。ゴーグルをかけていたから一瞬見えた。こいつ今、数術使った!それも数術弾も使わずに。ラディウス=レリックと言うこの男。ますますわけがわからない。こいつは今風の数術を使った。そして私が拾った写真を一瞬にして奪い返した。

 一瞬だけど今見えたのは、女の写真。それはルキフェルではない。タロック人の少女のようだ。その隣にいたのは金髪の……


 「ラディウス……あんた」

 「……」


 奴は口に指を当て苦笑。黙っていてくれと言うことらしい。どうしようかと思っていると、背後で悲鳴が上がる。


 「きゃあああああ!変態!不潔!ホモ野郎っ!」

 「おおう!そう来たかぁレリック君。そうねぇお姉さん、そっち系の理解はあるわよ。荊道 二人で歩けば 怖くない……お互い頑張りましょう」


 赤くなったり青くなったりしながら店の奥まで逃げるルキフェル。クラティラは意味不明の俳句を口にし頷いて、ラディウスに握手を求める。クロート爺は意味ありげにほくそ笑むだけ。


 「何の騒ぎ?」

 「これ見てソフィア」


 クラティラが私に寄越したのも写真。随分と枚数がある。映っているのは金髪の少年。目の輝きは強い意志を宿していて美しい。彼の片目はカーネフェルの青緑。だけどもう片方は……タロックの有り触れた黒。平民程度の色合いのそれ……でもそれは本来カーネフェル人には現れないはずの色。


 「何見惚れてるのよ」


 お前はどこの原住民だと私は問いたい。あれだけ離れているのによく私の表情が解ったわねあの腐れシスター。っていうか見惚れる?誰が?私が誰に?


(そりゃ、いい男だとは思わなくも……ないけど)


 すんごい美形ってわけじゃない。でも見られない顔でもない。なんだかからかいたくなるような可愛さがある彼は、真面目そうなその眼差しに、かっちりとした軍服がよく似合う。年下の男を可愛いと思ったのは、これで二度目だ。一度目はイグニス様。でも……イグニス様の場合は可愛いというか……最近はそれ以外の感想の方が大きいかも知れない。言葉として口にするなら……それは、申し訳ない。恐れ多い。多分……そんな感じの。イグニス様は……纏っている空気が人間らしくないのだ。高貴な方だから。時々とても遠くに感じてしまう。生きている世界が違う。見えている物が同じじゃないから。私ではイグニス様の見る世界を正しく認識出来はしない。それでもこの写真の子は……人間らしい。そう思った。


 「ああ、こいつ俺の潜入先の同僚なんだ。いい男だろ?第三聖教会に配属された連中じゃ一番の出世頭でなー。十代半ばにしてもう一等星だぜこいつ。最年少記録塗り替えやがったな」

 「へ、へぇ……」


 仕事の出来る男なんだ。凛々しい顔つきに反して、妙に坊やっぽい甘さというか……どことなく可愛らしさが見え隠れ。確かに可愛いかも。


(真面目そうな雰囲気が……なんかちょっとだけ、グライドっぽいな)


 彼は今どうしているだろう。二年前に離れ離れになった私の幼なじみ。最近周りの男はこんなのばっかりだから、思い出補正で美化された彼が本当に懐かしい。


(思えばあの頃の私は恥ずかしいくらい馬鹿だった)


 うん、これは笑われても仕方ない。実際笑われたらぶん殴るけど。

 ちょっとくらいは夢見てたんだ。例えば奴隷になった私を立派になった彼がヒーローみたいに助けてくれて、そのままゴールインとか。ああ、下らないわね。でも言葉にしなかっただけで私も彼もそこそこ互いを意識してはいたのだ。あの村で若い女は私だけだったし、私が初めて見た……同世代の男の子も彼だった。だから意識してしまうのは仕方ないわよね。うん、不可抗力。あ?フォース?そんなのもいたわね。でもあれは平凡顔過ぎて私の趣味じゃない。やっぱりタロックの男は赤目に限る。

 でも……この写真の子。どうしてかしら。なんだか目が離せない。クラティラの魅了とも、あの殺人鬼……Suitとも違う。人間的に何か惹かれる物がある。……って、写真で見ただけで何を言っているんだ私。


(でも本当に……澄み切った、綺麗な目)


 十代も半ばの男がこんな目をしているだろうか?普通もっと爛れた思考に陥って、それが表情に表れ始める物だろう。


(絵……じゃないわよね、これ。うん、写真だ)


 写真の枚数は全部で二十枚程度。色んな表情がある。怒っている物、笑っている物、考え込んだような顔、真面目な顔。中でも一番、怒っている写真が多い。それでも怒っている彼の表情には引き込まれそうな勢いがある。何も知らないのに、その怒りがとても大きな物であることが伝わってくるような……


 「神子様から聞いてねぇ?半年前にこっちに手紙寄越した馬鹿がいただろ」

 「あ!それじゃこの子がラハイアって奴……?神子様に無礼な手紙を送ったって言う……」


 写真の中の少年名前を口にし、ルキフェルが突然苛立った。

 ラハイア。ラハイア=リッター。確かに噂なら、私も聞いたことはある。神子様に手紙を送ったって話。第三聖教会の腐敗を伝え、助力を願う嘆願状……と言えば聞こえは良いが、その手紙は抗議文書のような意味合いも強かった。神子様相手によくもそこまで吠えられた物だ。いくら十字法に死刑が無いとは言っても、現にこうして運命の輪がある。不敬罪で最悪命を落としかねないことを、予想していないわけでもないのに。それでも彼はそうしたのだ。


(こいつがラハイア……)


 噂の男。真面目な堅物、どんな強面の男かと思ったら……普通にいい男じゃない。こんな坊やがあんな大見栄の啖呵を切ったのか。まだ若いのに見所がある。


 「へぇ……この坊やが」

 「なかなか可愛いじゃない。一回くらいなら食べてあげても良いかもなんてお姉さん思ってみたりみなかったり」

 「いや、やめとけ。こいつ歩く法人間だからその辺余裕で投獄するぞ。お色気お姉さんに襲われるなんて美味しい展開もこいつは通報するだろうしな、うん」

 「……へぇ、真面目なんだ」

 「ソフィア?」

 「い、いや!何でもないからっ!」


 疑いの目を向けてくるクラティラ。怪訝そうな顔のルキフェル。実は本当に耄碌しているのかまだ含み笑いをしているクロート爺。ははーんと何かを察した様子のラディウスには、とりあえず蹴りを一発入れて置いた。


 「酷いっ!俺が何をしたっていうんだ!」

 「うっさいわね!存在がなんかうっさいのよあんたは!」


 写真を眺めながら私はラディウスを数回蹴り付ける。


(……ラハイア、か)


 聞けば、彼は数多くの奴隷を救った英雄だとか。もし何かが違っていれば……私を助けてくれたのは神子様ではなく、この少年だったかも知れない。もう過ぎたこと。でも何か未練を感じて私はその場面を想像してしまう。もしこんな真っ直ぐな目をした子に救い出されたなら……私は。少なくともここにはいなかった。運命の輪の仕事が嫌だとは言わない。それでも私はここにいなかった。人を殺さず……彼の傍で彼に恩返しをしただろうか?


(違う……)


 たぶんその時、私は今神子様に抱いているのとは違う感情を覚えたはずだ。ううん、今だって……

 あの汚らわしい国にいて、こんな綺麗な目をしている少年。こんな腐った世界にまだ正しき正義を説く者がいるのか。神子様みたいな選ばれた人間でもないのに。

 神子様が期待するのも無理はない。私だってちょっとこの坊やに興味を持った。セネトレアなんて行きたくないと思ったけど、この子もセネトレアにいる。そう思うと少し……ほんのちょっとよ。ちょっとだけなんだから!……つまり、その……少し、楽しみ……かな。なんて……


(あれ……?)


 最後の一枚。それは少し古い日付。持ち歩かれているのかボロボロだ。しかし映り込んだ者の表情はとても良い。

 二人は聖十字士官学校の制服だ。写真の子は長い金髪の少女と一緒。胸がなかなかある。でもなんか爽やかな感じの女の子。女らしく無いわけではないんだけど、色気はない。でも健康的な魅力のある……笑顔がよく似合う少女が見えた。彼と彼女が並んでいると、凄くお似合い。腐れファック。おのれリア充。


(くそっ!彼女持ちかよ!)


 何かに負けた気がして地団駄を踏む私を、ラディウスが吹き出し笑う。私の気持ちを一瞬で見抜いたみたいににやにやと。


(へぇ、ソフィアはこういうのがタイプなわけな)

(べ、別にそんなこと言ってないわよ!ちょっと……珍しいタイプだと思っただけ!あの国にいてあの国に染まらないなんて!)

(ははは、照れるな照れるな。ライル君は俺から見てもいい男だぞ)

(あんたが言うとなんか気持ち悪いっ!)

(おいおい、なんだそりゃ)

(ラディウス!それ以上なんか言うなら、さっきのことルキフェルにばらすわよ。あんたロリコンだって)

(誤解!本当に誤解だから!)


 小声口論の軍配はギリギリの所で私に軍配が上がる。いや、こいつのことだからわざと負けてくれたのだ。それとも何かを企んで?


 「んでソフィア。いい加減それ返してくれよ」

 「え?あ……はい」


 言われるがまま条件反射で返してしまった。何だろう、この名残惜しさは。


 「ラディウス……あんたなんで男の写真なんかこんなに持ち歩いてるのよ気持ち悪い」


 柱の影からルキフェルが、ラディウスに軽蔑の視線を送り続ける。それに誤解だと奴は叫いて……


 「こいつ仕事人間で女っ気がないからな。折角顔も性格も悪くねぇんだ、陰では結構もててんの。勿体ないってんで職場の姉ちゃん達にこれ見せて合コンに無理矢理連れ出したりしてるわけよ」

 「なるほど。この子をダシにしてあんたは女漁りをしてたんだーへぇーそうなんだーよかったねぇ」

 「情報収集の一環だって!そんな冷たい目で俺を見ないでルキフェルちゃん!」


 女心は複雑だ。別にどうでも良いラディウス相手でも、普段言い寄ってくる奴が他の女も口説いてたと知れば、機嫌が悪くなるのもまぁ事実。普段はそこそこ美人なルキフェルが不細工な顔になったのも頷ける。彼女は酒瓶に口を付け、ぐびぐびと豪快に呷り始めた。あの子仕事の意味わかってるんでしょうね。ルキフェルって酒に強かったかしら?私あいつと飲んだこと無いから解らない。まぁ、任務のことは解っているんだしあいつもこの道の素人じゃない。自分の容量くらいは理解しているはずだと、私は彼女を放置することを決めた。


 「おい、ソフィ蔵」

 「誰がソフィ蔵だ」

 「いや、ソフィアだと正体バレそうじゃん。だろソフィ郎」

 「死にたい?」


 私の肩をがっと掴んでくるのはラディウス。男装している今の私と奴とでは、酔っぱらいモブと酔っぱらいに絡まれた薄幸の美少年にしか見えない。周りからはきっと私の貞操の危機だと思われている。


 「げほっ」

 「そこで吐くな!」


 この野郎。人の心を読みやがったな。やっぱり数術使えるのかこの野郎。

 いや、私も設定盛りすぎだとは思ったけど。誰に知られるわけでもないのにウケ狙いっぽいこと考えた自覚くらいわるわよ!悪いの!?私も酔ってるんだから少しくらいおかしな事言っても良いじゃないのよ。もうツッコミ続けるのも疲れたの!たまにはいいじゃない!っていうか吐くな。隣で吐くな。ああもう、仕方ないわね。


 「ほら」

 「ん……?」


 持っていたタオルで奴の口元を拭ってやる。これ以上吐かれたら私も貰いリバースしてしまいそう。


 「うべらぼべがぼ……っ」

 「何故吐いたっ!」


 こんなことなら床を拭いてから顔を拭いてやれば良かった。私は吐瀉物塗れのタオルで奴の頭を叩いてやった。


 「いや……なんか、甲斐甲斐しいソフィアって」

 「な、何よ……」

 「気持ち悪い」

 「死ねっ!」


 *


(半分くらいは私が悪い。それは認めてあげる)


 だけどねと、ロセッタは少し涙ぐむ。

 私だって女なんだから、そこまで馬鹿にされるとちょっとは傷付くんだから!そのへんこいつら全員わかってない!解ってくれるのはイグニス様だけよ!ああもう!こんな職場っ!神子様と世界のためじゃなかったらとっくに自害で辞めてるわ。


(何だって、こんなことに……)


 ラディウスは(私に殴られ)吐瀉物塗れで昏倒。ルキフェルは飲んだくれてやっぱり吐いた。クロート爺は何時の間にやらぽっきりに出掛けて見当たらない。私とクラティラでこの二人を運ぶ羽目に。


 「ソフィア、クラティラちゃん箸より……いいえ×××より重い物持ったことがないの」

 「可愛い声でとんでもない事言うな!」

 「きゃあ!それが貴女の愛ならもっと打ってぇ!」

 「クソっ!」


 「お熱いねぇお二人さん。しかし四人で宿泊とは……」

 「もう黙れっ!」


 宿の婆に一睨みし、二部屋を借りる。しかし男装の私がラディウスを背負い、クラティラがルキフェルを運ぶのを見て、この腐れ婆は顔を赤らめる。おかしい。ここセネトレア臭がする。教会のお膝元にこんな思考の爛れた店があったなんて。


(勘だけど、この界隈……本当に何かが潜んでいるかもしれないわ)



 ルキフェルをあっちの気のあるクラティラを二人きりにするのは心配だが、別に私があの腐れシスターを心配してやる義理はない。あわよくば私と同じトラウマでも抱え込んでしまえ。


 「うっ……」


 寝台に寝かせてからも、ラディウスは魘されている。寝台に腰掛け奴を見下ろして、私ははぁと息を吐く。まだ何もしていないのに随分と疲れた。いつも単独行動をしている私に、こういう連携任務はハードワークだ。だって運命の輪は殆どの人間がご覧の通り、個性が強すぎて噛み合わない。ラディウスは……車輪と車輪を繋ぐような緩和剤的側面もあるけれど、今日はそれが上手く行っていない。こいつはいつも巫山戯てはいるけど、それなりに考えてのこと。こいつの様子がおかしいのは……クロートが現れて、そしてあの写真が曝かれてから。こいつがひた隠しにしている自我。それがあの写真に隠されているのだろうか?


(……別に、どうでもいいけど)


 そうね私には関係ない。どうでもいいわ。そう、今第一に考えることは任務。

 汚れたシャツは脱がせたけれど、起きたらシャワーくらい浴びさせないと。じゃないと臭いがこっちにまで移りそう。……いや、もう移ってる。鼻が麻痺しているだけだ。私もシャワーでも浴びよう。いやでも何か変な勘違いとかされても困るし。


 「……っ」


 突然奴が叫んだ。それは女の名前。その絶叫が目覚めの引き金を引き、ラディウスが目を開ける。まだ焦点の定まらない目。泣きそうな顔であいつは私の頬に手を伸ばす。


 「……何だ、ソフィアか」

 「何だって何よ。……あんた、本当におかしいわよ?どうかしたわけ?」

 「……あれな、俺の妹なんだ」

 「妹……?」


 それが写真の少女のことなのだと私は理解。黒髪赤目の女の子。私より随分と年下に見えたけど、私より胸があったのはどういうことなのかしら。こいつのロリ顔巨乳趣味はそこから来るのか?


 「ああ、可愛いだろ」

 「まぁ、あんたよりは」


 しかしこいつ、いっぱしの人の子だったのか。妹が黒髪。こいつが後天性混血ってことは……こいつの両親はタロック人だったと見るべきか。

 でもそれならおかしい。後天性混血は髪色は変わっても、目の色は変わらない。


 「ふぅん……別に恥ずかしい物でもないでしょ?兄妹仲良いのは良い事じゃない」

 「恥ずかしいんだよ、俺が」


 一緒に映っていた金髪の少年。それが昔のラディウスだったのだろうか?今とは随分と違う表情をしていたけれど……顔の造形は確かにそこまで違っていなかったようにも思う。だけど写真の男は表情がない。クールと言えば格好良いが、半分死んだような……魂が抜け出たようなそんな顔。まるで今のラディウスそっくり。


 「悪い。俺……苦手なんだお前」

 「それはお互い様よ」

 「……赤い色って、苦手なんだ。嫌なことを、思い出す」


 妹の目の色。村を焼いた炎の色。それから、流れた血の色だとあいつは言った。こいつ……タロック生まれだったんだろうか?それにしてはやっぱり変だ。だって……あの最後の一枚。士官学校の写真。写真を撮った奴がいるはずなのよ。ラハイアと金髪女を撮ったそいつは……この、男じゃないのか?あの一枚だけ、随分と持ち歩かれているようだし。こいつにとって……あれも大切な物だったんじゃないのだろうか?


 「……ねぇ、一つ聞いて良い?」

 「……答えられる物ならな」


 看病の礼なら仕方ないと奴は笑った。それじゃあと、私は遠慮無しに聞いてみる。


 「イグニス様がシャトランジアに戻られたのは、次期神子の位を頂いたのは二年前。一番の古株は№0を除けばあの腐れシスター」

 「……」

 「だけどあの最後の一枚……日付がもっと、古いのよ。イグニス様の命令で、あんたがラハイアって坊やの傍にいたのなら、計算が合わないの」

 「……ソフィア」

 「それにあんたは後天性なのに、数術を使った。あんたって……もしかして」

 「……ラハイアは№12。ジャンヌは№11。イグニス様が勝手にそう決めた。本人達は多分知らない」

 「ラディウス?」


 質問とは全く異なる答えを寄越す同僚。それでもあの金髪女の名前くらいは理解する。


 「そうだな。俺は古株だ。もしかしたらある意味、あの爺さん以上の古株かもな」

 「クロート爺より!?」

 「……俺のナンバーは13。死神の逆位置は、生まれ変わるってこと」

 「生まれ……変わる?」


 それは変装を得意とし、別人を演じるこの男にはよく似合ったナンバーだ。でも死神のイメージには似合わない。こいつは潜入捜査ばかりで、私が知る限りでは、命を刈り取るような任務を命じられた記憶がないんだ。


 「最初にライル君の傍に送り込まれたのは何時の事だったかな。もう忘れたよ。それでもな……俺はそこで初めて、生まれ変わったんだ。あの二人に出会って」

 「……え、ええと」

 「これからお前もセネトレア行きなんだってな。その時に困るといけねぇから教えておくよ」

 「う、うん」


 ラディウスの……いつになく真面目な顔。ちょっと新鮮な感じがする。


 「俺は後読みだ」

 「それって、過去読みのこと?」

 「ああ。潜入捜査向きだろ?」

 「ツッコミ所は多いけど、確かに向いてはいるわね。でもそれが何か?」


 それであの妖怪爺より古株だとは思えない。


 「遠い過去を知ることは、遙か未来を知ることなんだぜお嬢ちゃん」

 「……?」

 「だが過ぎたるは及ばざるがごとし。そいつは身を滅ぼすってな」

 「……つまり?」

 「あんまり深入りすっと俺の身が持たねぇ。精神的にな。そんな俺が無二の友と認めたのがライル君なわけよ。ジャンヌちゃんも可愛いけどな、俺はカーネフェルに愛国心とかねぇからそこまで共感出来ないんだわ、悲しいことに。生まれタロックだしさ」


 高レベルの数術使いは、触れるだけで情報を引き出せる。神子様もこれ。でもこれだと、ラディウスもそうみたいじゃない。こいつが人と距離を置くのは……もしかして。

 こいつが吐いたのって……私に触ったから?私の過去……こいつが吐いた、吐くほどのトラウマ。こいつはそれを誰と重ね見た?

 「ライル君のそばにいると、良いんだよ。癒される。あいつの過去も未来も常に今なんだ。読めることって見ててわかるようなことばっかでさ。疲れないんだ」

 「あんたって……後天性混血に目覚める前から数術使えたとか、そんなもんなの?」

 「さしあたってはそういう認識でお願いしとこうか」

 「何よそれ」


 古ぼけた写真。触れるだけで過去を知る。こいつが何度も見たがった、あの二人のカーネフェル人。それってどういう意味なんだろう?

 ジャンヌとラハイア。№入りしているっていうことは、まず間違いなく死ぬんだろうけれど、まさか審判が始まる前から死んだとかそういうわけでもないだろうに……こいつは何をそんなに懐かしんでいるのだろう?


 「ソフィア。お前は神子様を盲信し過ぎた」

 「何、言ってるの」


 そんな当たり前のこと。こいつは何馬鹿なことを。神子様に従っていれば何も間違いはない。この世界は、正しき良き人は救われるのだ。五十数人という僅かな犠牲をもってして。それの何が間違っているというのか。この男は神子様に従っていながら、どうしてこんな事を言う?


 「その言い草……。古株っていうのはつまり……あんたは、神子様より前の神子から生き恥晒してるってこと?」

 「仕えたのは確かにイグニス様。俺が晒したのは死に恥だけさ。随分と呆れるほどにな」


 ラディウスは無感動な目のまま、遠い嘲笑を浮かべた。


 「今のイグニス様は先読みは使えない。それは何も、あの身体になったからってわけでもないんだぜ?」

 「……え?」

 「イグニス様は、知っているだけさ。傾向と対策を」

 「何その試験勉強みたいな言い方」

 「歴史は繰り返す。先読みってのは、どこかでは過去のこと。こいつがこの世界の真理だ。だからソフィア。お前がライル君を気になるのはまぁ、そいつも仕方ないことさ。お前が何も知らないのだとしても」


 ボケたのに流された。ツッコミの一つもない。何よこれ、ラディウスらしくない。

 何時も猥談ばかりのこの男が、どうしてこんな話をするのだろう。場の勢いに飲まれるように、私はこの男を叱り付けることも出来ない。これが、こいつの……素なのだろうか?


 「ま、要するに俺にとって死ぬのは無意味じゃない。そこはお前らと同じさ。俺の数術体質はな、死亡数術」

 「し、死亡数術ぅ!?」


 何それ。初めて聞いたんだけど。私こいつに騙されていない?もしかしてこのシリアスな感じも演出で、からかわれているだけ?……あり得るかも。


 「そう。死ねば死ぬほど強くなる。これは死んでから気付いたんだけどな、俺は死の苦痛と引き替えに一つずつ数術を会得できるって話。過去読みもその中で手に入れた一つなわけだ」

 「それこそ意味が解らないわ。死んだはずの人間が、どうしてこんなところで生きているのよ?死者蘇生は審判の勝者しか叶えられない願いのはず」

 「そこまで気付いていて、それでも何も見えないなら……ソフィア。お前はお前の最後の恋を叶えることはいつまで経っても敵わないぜ」

 「最後の恋……?あの子、死ぬの?」


 私の顔を見て、ラディウスは呆れたように肩をすくめた。そこまで理解が及ばないのか。そんな風に馬鹿にして。


 「仕方ねぇな。ほれ」

 「何……これ」

 「秘蔵の一枚。お前にやるよ」


 ラディウスが懐の手帳から投げて寄越したその写真。日付はまだ新しい。数ヶ月前のもの。彼はまた女と映ってる。やっぱりラハイアって子、真面目そうに見えたけど男だ。所詮思考が爛れているのよ、ふん。これだから男は……


(……え、これって)


 少年の隣で笑った少女。さっきの金髪グラマー姉ちゃんとは違う。銀髪の……長い髪の女の子。不意に記憶がフラッシュバック。思い出すのは銀髪の……殺人鬼。


(似てる。あの男に……あの殺人鬼に似てる)


 殺人鬼Suit。私の人生を狂わせた……あの男に。

裏本編ではもうお亡くなりになってしまったラディウスとラハイア。

裏本編じゃラディウスは脇役に徹していたわけだけど、十字編とタロック編ではそこそこ目立つかな。

ロセッタの同僚達も表舞台にちょこちょこ出ているので、その辺の掘り下げ進めないとこれからちょっと困るので、少し進めてみました。

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