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4:Nihil aliud est ebrietas quam voluntaria insania

 「もうっ!最低っ!ソフィアの馬鹿っ!!」


 指定された店を覗き込んでみたけれど、赤髪の同僚の姿は見つからない。屈強そうな船乗りや飲んだくれや荒くれ者ばかりで、修道女の格好の自分があまりに浮きすぎる。

 その気まずさを全てソフィアのせいにすることで、なんとかそこに入ることが出来た。店内を一周してみるも、やはり彼女はいない。勝手に待ち合わせ場所を指定しておきながら、そこに彼女の姿はない。そのことに腹を立て、神子様にはああ言われたけれど1人で仕事に向かおうか。そう思った時だった。


 「……ルーキフェルちゃぁあああああああああああん」

 「きゃあああああああああああああああああああああああ」


 すぐ耳元で聞こえた声。そこから何やら殺気がして、私の反射神経が不穏な気配を殴り飛ばした。


 「くぅ……いい拳だった。いや、でも俺には解るんだ。これは、この痛みは君の俺への愛の大きさ。大丈夫、俺は君のそんなお転婆なところも受け止められるナイスガイさ!」


 吹っ飛ばされて尻餅をついているのは黒……いいえ、それよりは大分明るい茶髪の青年。これも私の同僚だ。薄い緑の瞳は純血のそれに似ているけれど、黒髪のタロック人が本来持ち得ぬ色。それなら血の薄いカーネフェル人かと思うくらい。人は違和感なくこの男の素顔さえ見過ごすだろう。そう、この男が得意とするのは変装。今のこれだって一種の変装。こうして言い寄られている私でさえ、彼の本心は分からない。だからこそ、その言葉を信用できないし、ときめきを感じることもない。

 だって、№6ほどではないがこいつも役者。本心からどの程度言葉を口にしているかはわからない。そんなこの男は通称スピネルという、外見判断から混血か純血か見極めるのが非常に難しい混血児。その紛らわしさを活かしてよく潜入任務に充てられていたが、もうシャトランジアに帰ってきていたのか。


 「あ、ラディウスだったんだ……じゃ、もっと強めに殴れば良かった」

 「博愛のシスターのはずなのにこの冷たさ……堪んねぇ」


 私は彼が大嫌いだが彼はそうではないらしく、いつもおかしなことを言って近寄ってくる。煩わしい男だ。それでもこれは神子様にとっては必要な部下だし、あまり邪険にも出来ない。強めに殴り過ぎたんだろうか。同僚の言動はいつにも増していかれ気味だ。


 「いやいやいやいや、ルキフェルちゃんさぁ、俺ら出会ってもう1、2年は過ぎただろ?その他人行儀な苗字呼び止めようぜ。照れ隠しだってのはわかるけどさぁ、そろそろレリックぅって呼んでくれても……」

 「じゃあ私もラトゥールもしくはトゥールでいいから苗字で呼んで。馴れ馴れしく名前で呼ぶの止めて」


 シャトランジアは、平民にも苗字が与えられる唯一の国。カーネフェルからシャトランジアにやって来て私は名前を手に入れた。それまでは唯のルキフェル。だけど今はルキフェル=ラ=トゥール。ソフィアやラディウスの呼び名は苗字の一部で、コードネームとしての名前に他ならない。私を神子様が名前で呼んでくれるのは、運命の輪の中で私が一番早く彼の配下になったから。だから神子様にそう呼んで貰えるのは嬉しい。それでもそれをコードネームと勘違いした輩が私を名前で呼ぶのは気に入らない。この男のようにそれを教えてやってからも敢えてそれで呼ぶ奴はもっと気に入らない。


 「私、貴方みたいに名前の使い捨てをするような人、嫌いだわ」


 確かラディウスはセネトレアに送り込まれていたはずだ。幾つの名前をそこで手にいれたのか。この男は仕事の度に名前を変える。それは便利かも知れないけれど、思い入れって言う物を知らないということ。そんな相手に私の名前を呼ばれたくない。私は私の名前が大嫌いだったけど、神子様が褒めてくれた時からそれが宝物になったんだ。


 「お。しばらく来ない内にこの店いい姉ちゃん雇ったなー……あれはGカップくらいはあんなー」


 人の話もちゃんと聞かないで、左右の指をわきわきと動かす同僚。酒場で働く娘の胸と尻ばかりを追いかけるその視線はこの世で何より汚らわしい。


(男の人って、どうしてみんな……こんな風に最低なんだろう)


 もう一つ私がこの男を嫌う理由がある。それは私が大嫌いなあの男に似ていることだ。

 女をみんなそういう色に囚われた目でばかり見る。そういう視線が気持ち悪くて仕方がない。この人達って、女の人の意思も心もどうでも良くて胸と尻があればそれでいいんじゃないかと思ってしまう。

 さっきだって背後から襲ってきたのは私の胸でも触るつもりだったんだろう。その場合は同僚でも容赦なく通報していたが、そんなに胸が好きなら勝手に自分で肥満になって自分の胸でも触って遊んでいればいいんじゃないかと思う。一体何が楽しいんだか理解に苦しむ。


(やっぱり神子様は最高だわ)


 そんな低俗な男達を知れば知るほど、彼が如何に高貴で気高く素晴らしい人かがよくわかる。低俗な欲望に振り回されることのない、汚れを知らないあの人がとても輝いて見える。


 「……あんたずっとここで飲んでたの?」

 「え。いや……まぁ」



 言葉を濁す同僚を、冷たく見つめながら私は盗聴結界の数式を張る。まわりが飲んだくればかりとはいえ仕事の話は教会最高機密。万が一でも部外者に知られるわけにはいかないのだ。私はすぅと大きく息を吸い、防音も張ってあるから問題ないと同僚を叱り飛ばす。


 「全くっ!あのね!?帰ったならすぐに神子様への報告するのが当然の義務でしょ?唯でさえあんた半年前から神子様に要請してマリアージュとクルーガーにクレセントまで引っ張っていったじゃない!そのお礼をきちんと言いにいかないでこんな所で何寛いでるわけ!?」

 「いやいやいや、あのなぁルキフェルちゃん!俺は今の今までセネトレア任務でそこでようやく本拠地に戻って来たわけよ。一服してからでもいいと思わね?」

 「思わないけど」

 「いやいやいや、あの人に会いに行くのってなぁ……緊張するだろよ。イグニス様俺に冷てぇもん」

 「それは貴方が無礼を働いたからでしょう!?遠くに飛ばされるのも仕方ないことだわ」


 そうだ。この男は私のみならず神子様にまで無礼を働いたのだ。


 「出会い頭に神子様の御胸を触って揉みしだくなんて……今からでも死刑執行したいところだわ」

 「いや、胸ねぇから野郎だとは思ったんだけどよ。それにしてはむやみやたらに可愛いし、これは確かめにゃならんと思ったわけだわ。発展途上なら全然見込みあるしな」

 「やっぱり神子様に会わせるの心配になってきた……」

 「まぁ、ぶっちゃけ神子様俺やルキちゃんより強いしな。俺の無礼くらい余裕でかわしてくれるだろうさ」


 それはそうかもしれないけれど、それならそもそも無礼を働くなと言いたい。


 「大体何で無礼をはたらく前提なのよ」

 「いや、俺も基本貧乳には興味ないんだけども……神子様はあれ成長止まってなかったらって思うと惜しくてついな。俺のスキルで俺好みのロリ顔巨乳に育て上げようかと……ぐはっ」


 あまりの暴言にもう耐えられなかった。同僚の鳩尾に拳を一発食らわせる。


 「ねぇ、そんなに死にたい?死にたいんだ?それじゃあここで殺してあげる」


 取り出した教会兵器、十字銃を無礼者の額へ押しつける。それを目にして慌てふためく同僚男。


 「ちょ、ルキちゃんっっ!それ違う!それシスターの台詞と違うからっ!」

 「五月蠅いっ!この変態っ!異常性欲者っ!強姦魔っ!脳味噌下半身男っ!」

 「いやいやいやいやいや、違うって!俺の本命はあくまでルキフェルだから!唯これはちょっとした出来心で……」

 「出来心で私の神子様を汚すなぁあああああああああああああああああああああああ!!!」


 銃はフェイント。そっちに気を取られた同僚の横っ面を思いきり蹴り上げる。


 「ぐはっ……いや、あの違うんだよ!確かに清楚な神子を汚すことに興奮を覚えないと言ったら嘘になるが、断じてそんなことはなくて!うぐっ……あの時のあのお嬢ちゃんの感度が良い感じで反応が良かったからついまた弄りたくなったってだけであって!げほっ……いやあのそのあれだけの逸材が禁欲世界に埋もれてるのはあまりに勿体ないと思ってな…がはっ」

 「黙れ黙れ黙れぇえええええええええええええええええええええええええええええ!!!」


 周りの飲んだくれ達は、酔っぱらいが暴れているのかはたまた痴話喧嘩かと気にしていない。盗聴結界は聞こえなくなるだけではなくて、気に留めなくなる……つまりは認識の外へと逃れる式だ。決して姿をけしたわけでもないし見えなくなったわけではない。それでもそれを気にしなくなる。だからいくら騒いでも、この数術が続いている内は問題ない。安心してこの男を断罪できるというわけだ。


 「る……ルキフェル…………は、……半年の…間に、また……つ、強くなったなぁ」


 思いきり殴る蹴るをしてやったのに、殆ど無傷で起き上がる同僚。これまでの攻撃を食らったような演技かと思うとそれも腹立たしい。こいつもソフィアと同じ後天性混血。身体の丈夫さは普通の人間の非ではない。数術を扱えない分、その分の数字が身体能力の向上に割り当てられたようなものなのだ。


 「貴方は相変わらず腹立たしいほど固いわね」

 「いやぁ、俺の取り柄ってそれと容姿くらいだろ?あと声が格好良くてちょっと性格も良くて頭も良いってくらいだし?あ、ちなみに固いといえばこれまで口説いた女の子達からも硬くていいって評判の俺の息子が」

 「今度下ネタ吐いたらソフィアじゃないけどぶっ放すけど?」

 「あー……すいませんした」


 ぺちぺちと頬を銃で叩いてやれば、同僚は観念したように両手を挙げて苦笑し降参。


 「まぁ、……でもさ。もう1年以上も前だろ?酷ぇよ神子様、触られたとことで減るもんでもねぇしむしろ増えるだろ?そんな何時までも根に持たなくてもさ……」


 神子様的には増えたら困るとツッコミを入れてやるべきか。そもそも神子は代々男と決まっているし、神子様が女だってバレたならありとあらゆる方面から非難の集中砲火を食らうだろう、それが明らかな教会の最高機密であるというのに。第一それを知っているのは運命の輪のメンバーだけだ。


 「……つーわけでっ、そんな可哀想な俺を慰めてくれよルキフェルぅ」

 「お断りだわ」

 「相変わらずつれないなぁ、だがその方が攻略し甲斐があるってもんだ」

 「兎に角!早く教会に戻りなさいよね。……それじゃ私は仕事があるから」

 「仕事……真面目なルキちゃんが酒場なんか似合わねぇと思ったら仕事だったのか。なるほどな」

 「あ!そうだ!貴方ソフィアをここで見なかった?」

 「ソフィアぁ?わり。俺貧乳女は視界に入らないんだわ」

 「…………最低」


 この男、たった今女を顔ではなく胸で判別していると宣った。軽蔑の視線を向けるも同僚はそれに気付かずしきりに頷き語り出す。


 「大体よ、唯でさえ男みてぇな身体してんのに性格まで女っ気が皆無だろ?いや、無理無理。俺のストライクゾーンから完全に外れてるわあれは。すんげぇ美人で可愛くて性格も可愛いどこからどう見ても女の子な野郎と、入れる場所こそあれど男勝りで胸もねぇわでがさつなソフィアとだったら究極の選択だな。そのどっちか口説かにゃならなくなったらどこまでやれるかによって話は変わるが俺は三日悩んだ後前者に逃げるかな。ハロー新世界」

 「そ、そこまで言う?」


 あんなのでも一応は女の子だ。流石にその言い方は酷いんじゃないか。自身の発言に私が乗って来なかったことに驚いたような同僚は、気まずそうに目を逸らす。


 「あ、いや……ええとな。どんな仕事か知らないけどさ、あいつだってあんな目立つ髪で出歩くか?変装くらいするだろうよ」

 「……それもそうだわ」


 言われてみればそう。そうだ。だから私も視覚数術は張っていた。


 「……ラディウス、貴方ゴーグルもしていないのにどうして私とわかったの?」


 数術の才能の低いメンバーの力を補うために神子様は私達に特殊な数術を刻んだ眼鏡やゴーグルを渡してくれている。これをかければ凡人でも数式を見ることが出来る。万が一他人に奪われて悪用されては困るから、本人の存在値と符合しなければそれは機能しないように神子様が数式を刻んでいる。


 「いや、それは君と俺を繋ぐ運命の赤い糸が」

 「ああ、返り血の色ね。染めて欲しいの?」

 「いやいやいやいや、あのですね、そうじゃなくてうん。これだよこれ」


 同僚は自身の目を指差した。そこにはゴーグルも眼鏡もない。しかしじっと見つめれば……それが視覚数術ではないことに気が付いた。


 「あ!」


 見つめる内にもう一つ解った。いつの間にか男の目が緑から青に変わっている。


 「そ。そのゴーグルと同じ仕組み。ついでに俺の脳内の人格スイッチに連動して、設定通りの色に変わるってわけ。こいつは視覚数術じゃねぇから、術師相手でも結構出し抜けたりするわけよ」

 「ず、狡い!あんたばっかりそんな最新の教会兵器貰って!」


 神子様にこいつの方が信頼されているみたいで悔しい。潜入任務が危険だってのは解るし、こいつ自身の戦闘能力はそこまで高くない。だからそのフォローなのだと言い聞かせても悔しいものはやっぱり悔しい。

 ラディウスを睨みながら次は何て罵ってやろうかと考えていると、彼は苦笑しながらこんな事を聞いてくる。


 「それで?ソフィアとはどこで待ち合わせなんだって?」

 「え?下の酒場」


 条件反射で答えた私に、ラディウスは苦笑の色を強めながら首を左右にふるふると動かした。


 「あのな……ルキちゃん。たぶん店違いだ」

 「え?だってここ教会から下りてきてすぐの酒場じゃない」

 「ルキちゃん……たぶんそう言うのはあっち。もっと奥の裏道の方」

 「え?」

 「君が意図的に避けただろう感じの繁華街。あっちの酒場がそうだろうな。任務なんだろ?怪しい人間は怪しげな場所にいるもんだ」

 「えええ!?嫌よ私、あんないかがわしい感じの路地に入るの」

 「ああ、そうだろう」


 妙に親身な顔つきで、奴は強く頷いた。


 「それに君みたいな修道服の女の子があの界隈に入ったら大変だ。派遣サービスと勘違いされてしまう」

 「派遣……?」


 何だろう。よく分からないがこの男をもう一発殴りたくなった。殴るべきだと直感がそう告げていた。


 「ってなわけで俺も付き合ってやるから。俺と一緒なら違和感ないって」

 「お断りよ!付いてきたらストーカー罪で聖十字屯所から人呼ぶわよ」

 「へぇ。あの方の仕事がこれでまた増える……っと」

 「うっ!」

 「可哀想になぁ。イグニス様は身体の方はまだまだ子供。睡眠時間を削って毎日ご多忙。それが益々多忙になるわけだ」

 「く、くそぉ!いいわよ!ついて来たいなら来なさいよ馬鹿っ!」


 神子様のことを持ち出されたら、私はちょっと困ってしまう。逆ギレっぽく怒鳴り散らして店を出ると、後ろから奴が付いてくる。一体何のつもりなのかしらあの男。


(まさか)


 一人で神子様に会うと怒られそうだから、私が帰る時に顔出すつもりなの?

 不意に浮かんだ考えが、真実からそう遠くないであろう事に気付いて私は深い嘆息をした。あんなに可愛い神子様の、何が恐ろしいって言うんだか。この男は本当に馬鹿ね。大馬鹿よ。


 *


 ここ最近シャトランジアで起きている事件。それは殺人。神子様が私らに命令下すって言うことはそれなりに殺した相手が標的だと言うこと。そしてそいつは改心するような奴でもないということ。殺さない限りこの事件を止めることは出来ないと言うことだ。


 「なるほどね」


 神子様から与えられた情報を元に、各死体の発見者からの話。それを確認しながら被害者の情報を探る。

 殺されたのは混血。それから移民であるタロック人。元々シャトランジアはカーネフェル人国家。移民の受け入れを行っているとはいえ、人種差別や偏見が無くなるわけではない。価値観の相違、思想の違い、そんなものから些細なことまで……諍いの種は尽きない。目の色髪の色、たったそれだけで人は人を同じ生き物だと思えなくなる生き物なのだ。それは私も身をもって知っている。


 「はぁ……無愛想な貴女も素敵」

 「いい加減こっち見んな」

 「いー嫌!」


 考え事をしているロセッタの鼻先3センチメートルの所にはにやついた顔の混血女。クラティラの所為で不審者を取り逃したというのに、この女全く反省していない。

 不審者の気配。それは一つではなく二つ。その内一つ、背後から抱き付いてきたのはこの女。もう一つあったはずの不審者気配。それがクラティラという不審者の気配に掻き消された。こいつと揉めている内に、不審者もう見当たらなくて……手掛かりは消えてしまった。仕方ない。あのクソ女との待ち合わせ場所に行くしかないか。あいつと協力なんかしたくないからその前に、自力で解決してやろうと思ったのに。ああもう!それもこれもこの女の所為っ!


(この変態には無視が一番と思ったのに)


 それさえ頬を紅潮させて喜ぶ始末。馬鹿と変態に付ける薬はないらしい。それならさっさと死んでくれればいいのに。私が実害被って居るんだからどうにかしてもらいたいものだ。

 苛立ちを潰すようにがじがじとスルメイカを囓り、酒を呷る。報告書をペラペラと捲りながらそうして暫く、背後で怒鳴るような声がした。振り向かずとも解る。品のない高慢ちきなこの声は……


 「ソフィア!」

 「やっと来たか腐れシスター」

 「貴女も一応聖職者でしょ!?任務中に飲酒だなんて……」

 「堅っ苦しいこと言ってんじゃないっての。これだから処女は」

 「どうして何でもかんでもそういう話に持っていくの!?不潔よ!」

 「カリカリするな。欲求不満か何か?」

 「お、表に出なさい!決闘を申し込むわ!」

 「やれやれ、随分と好戦的なシスターがいたもんだ」


 酒はいい。少しだけ気持ちを落ち着けてくれる。だから私の沸点も上がっている。ルキフェルの言葉程度に神経逆撫でされるようなことも今はない。

 仕事の中に個は要らない。今の私は私ではなく唯の駒。神子様の道具。一つの歯車に過ぎない。私情を仕事に挟むほど、私はそこまで愚かではない。それは運命の輪……それを回す歯車にとって必要のないサビなのだ。


(っていうか私ら今極秘任務中だっての忘れたわけ?んな大騒ぎされると迷惑なんだけど)

(そ、そっちが私を怒らせるようなことを言ってるんでしょ!?)


 小声で指摘をしてやれば、腐れシスターもそれに従う。それでも小言は忘れない。本当に性格の悪い女だ。一体何を食べて育てばこんな風になれるのだろう。本当に彼女は好かない。


(ほれ、とっとと防音盗聴結界張りなさいよ)

(何で私が貴女なんかの言うことを)

(これは任務だって言ってんでしょ)

(う……)


 どうせやるんなら何度も言わせるなっての。二度手間過ぎて面倒だ。別に私が銃ぶっ放して結界張っても良いけれど、音がある分何かと面倒。音を消すための数術を使うのにもその前に一発ぶっ放さなければならない分数術弾ってのはこういう任務には向かない。

 ルキフェルはナンバー的にそこまで強くはないとは言え数術使いの端くれだ。一応支援数術も使える。というか支援中心、それ以外と言えばトリッキーな数術しか使えない。攻撃数術なんて殆ど使えない。どちらかというとルキフェルも肉体派。だからナンバーが下位の方。それでも先天性混血だから私には及ばない。何とも中途半端な女。


(神子様もなんでこんな女重宝してるんだか)


 この女が特殊能力持ちだというのは解るけど、それ以外はからっきし。私の方が神子様のお役に立てている自信がある。こいつは前線向きじゃないし、性格も生娘全開すぎて潜入捜査にも向かない。だいいちこの無駄乳の所為で男装も出来ない。視覚数術と触覚数術を使ったとしても、この女は生娘だからちょっと乳にぶつかったくらいできゃああとか馬鹿みたいな声出すに決まってる。だから数術を使ったところで意味がない。そんなんだから本拠地待機命令ばかり命じられるのよ。その辺全然解ってないで、自分が守りのエキスパートでイグニス様からの信頼が最も厚いとか勘違いしているから始末に負えないんだわこの屑女。


 「……張ったわよ」


 屑女はふて腐れたような顔で何やら口をもごもごさせている。そこから覗いているのは触手……いや違う。この女……乾燥烏賊丸ごと頬張ってやがるわ。何してんのよ。幾らしたと思ってんのよこれ。酒場で食べると結構高いんだからね!


 「あんた勝手に私のアタリメ食ってるんじゃないわよ。一本当たり500シェル払いなさい」

 「ぼったくりじゃないそれ。大体私がお金なんか持ってるわけないでしょう?私聖職者だし」

 「神子様ちゃんとくれるじゃない。必要経費に給料に……任務手当だって」

 「そんなの全額寄付に使ってるに決まってるじゃない」


 私達は聖職者兼軍人。聖教会と聖十字軍のどちらにも属する人間だ。だから一応給料という概念はある。だというのにこの女は本当に……どこまで大馬鹿なのだろう。


 「マジで?使えねぇ女……」

 「私の一月分の給料で教会が保護してる人達の何人もを賄えるのよ。それなら我慢するのが当然。そうあるべきじゃない」

 「その何人かが一体あんたに何してくれたっていうんだか」


 その保護のためにこっちは何回死ぬ思いして来たんだって話。


(ありえねぇわーこいつ……)


 一皮剥けば人間なんかみんな屑みたいなものだ。どいつもこいつも自分の都合で生きている。平和っていうのはそれが表に出ることがない状況を差すだけで、結局の所人の本質は何も変わらない。


(あんたじゃ神子様にはなれないっての)


 お綺麗な言葉。穢れを嫌う精神。こいつはなんて脳味噌お花畑。

 あの神子様だってここまで浮ついたことは考えていない。神子様はもっと暗い場所、世界の人の本質を理解している。それでもそんな場所を、そんな奴らを救おうというのだ。だから神子様は違うのだ。彼は唯の人間じゃない。人間であるはずがない。だからそうあれて当然なのだ。それと同じ事を唯の人間に過ぎない私やこいつが真似ようったって上手くはいかない。それが解らないとでも言うのだろうかこの脳足りんの小娘は。


 「丁度いいわ。あんたその無駄乳使ってあの店あたりで稼ぎつつ情報収集して来なさいよ」


 向こうの通りにある胸専用のいかがわしい店を指差せば、処女屑シスターの奴、両手で胸を隠して顔を真っ赤にして吠える。


 「こ、この変態っ!何させる気よ!」

 「胸使うくらい別に減るものでもないっての。阿呆らし」


 これだから生娘は。私なんかもっと酷い事だの凄いことだのされてきたってのに。この女は混血の癖にトラウマを免れた。だから混血なのに成長が止まっていない。幸運なのよこの女。自分が幸せだって事気付きもせずに他を馬鹿にし初心ぶっているから鼻につく。私はこいつが大嫌い。


 「そうだぞルキフェル、予行練習にまず俺の物でも挟んでみるのは」

 「「死ねっ!」」


 睨み合う私とクソ女の間に割り込む並顔男。思わず蹴り飛ばした私の足と、殴りかかったルキフェルの拳に挟まれて、その男は血を吐いた。掃除は自分でしなさいよ。


 「っていうかいたのあんた」


 床に転がるゴミ屑……もとい同僚の一人、スピネルのラディウス。潜入捜査から帰っていたのか。何時の間に。


 「ご、ご挨拶だなソフィア……そんなんだからお前の胸はちいさ……っげほ!」

 「そんなに肉体言語で挨拶してほしい?」

 「私、ソフィアとならそういうプレイもありだと思うの」

 「クラティラっ!あんたは黙ってなさい!」


 っていうか今日は男装してるから潰してるだけ!普段はもうちょいあるんだから!何よその目は!何よその顔!首を左右に振って鼻で笑って嘆息っ!哀れむような視線で私の肩を叩くんじゃないっ!


 「きゃああっ!」


 かと思えば背後から私に抱き付き胸を触るもう一人の変態が。


 「く、クラティラ!」

 「き、きゃあってお前……そんな似合わない声を出して」

 「気持ち悪い……」

 「あ、あんたらねぇっ!!ぶっ放されたいわけ!?」


 そりゃ私だって任務のためなら女を捨てる。男装くらいわけないわ。それでもここまで蔑まれたら私も女だ、許せない。


 「ソフィアー、私まだ何もしてない」

 「え?」


 声のした方向。向けば確かに変態女クラティラがいる。その両手には新しい酒とつまみが載っている。二人増えたからか。変なところで気が利くわね。


 「ってそうじゃないっての!」


 私は真上に向かって思い切り頭突きを咬まし、拘束を解く。よろめく影を睨めば、そこにはこれまた白髪の……それでもそれは女ではない。白い髭を蓄えた妖怪のような爺が見える。


 「はて、ここはどこだったかのぅ」

 「呆けた振りして逃げるわけ?」


 逃げようとした老人の襟首を掴み、私は殺意を浮かべた視線で睨む。


 「儂は白内障でのぅ、胸を触らなければ誰が誰かわからんのじゃ」


 爺はそれまで真っ青だった瞳をさっと濁らせてうそぶくが、そんな視覚数術通じるものか。私はゴーグルを装着してもう一度睨んでやった。


 「嘘吐け爺。仮にそうだとしても、あんたほどの数術使いなら数値みりゃ解るでしょ」


 この白髪と白髭を蓄えた爺は、とうに齢百を越えた化け物。話によると二、三世紀前の文献にまで姿を現すのだからもう化け物認定されたようなもんだわ。それくらい長生きしているのにはこいつの数術が関係しているらしいんだけど、詳しいところは不明。だけどこいつの№は0。つまり、純血の癖にうちの組織で一番優れた数術使い……と言っても過言ではないのだ。


 「っていうか何であんたまでここにいるのよクソ爺」

 「あ、クロート様。お久しぶりです」

 「おお、その胸はカイゼリン君!」

 「げ、ザック爺」

 「その声はラトゥール君!ほっほっほ!しばらく見ぬ内にまた良い胸になったのぅ」

 「なんでうちの組織の男共は胸フェチばっかなのよ!」


 手にした酒瓶を思い切りテーブルに叩き付け、私が怒鳴るとクラティラが媚びへつらうような甘い視線で微笑み酒を注ぐ。生憎だけどこいつも魅了は男相手にしか通じない。それで私がこの女に惚れたりはしない。それでもクラティラはうっとりした視線を向けることをまだ止めない。


 「大丈夫よソフィア!私は腹筋と胸板と背中と生足、二の腕フェチだから!」

 「少しは顔を見ろっ!」


 人の太腿を触ってきた変態女をあしらって、私は酒瓶を手に取った。これが飲まずにやっていられるか。私だって一応は混血だしそこそこは恵まれているはずなのに、なにその身体だけの女みたいな言い方。しかもその前に括弧でただし胸は貧乳。筋肉的な意味で。とか形容されているに違いない。


 「しかしクロート翁は相変わらずだな」

 「何で距離取ってんのよラディウス」


 いつの間にか遠巻きに私達を見守るラディウス。何事かと問えば、女連中はああと理解を示す。それでも私は解らない。私は外回りの任務が多いし、この爺はいつも何処かに籠もっているから年に一度会うか会わないかって感じ。ラディウスだってそうだろうに、何をそんなに警戒しているのか。


 「いや、ソフィアは知らねぇのか?この爺さん無駄に長生きだろ?だから色々悟り開いてるんだよ」

 「はぁ?悟り開いた人間が胸触るかってのよ」

 「そうじゃそうじゃ」

 「ぎゃああああああああああああ」

 「ら、ラディウス!」


 青ざめた顔で吐血しその場に倒れる同僚。思わず駆け寄れば、精神的ショックからか痙攣していた。


 「くそっ、俺が教会に帰りたくなかったもう一つの理由が……」


 どういうことだと振り返れば、ふふふと笑ったクラティラと男連中を軽蔑したような目で呆れているルキフェルがいる。


 「あのねソフィア。この爺さんは挨拶代わりに女なら胸、男なら尻をとりあえず触っとく変態よ?」

 「そういう悟りかっ!もう嫌この組織っ!」

 「ぶへらっ……って何故俺を殴る!」


 ごめん思わず横にいたあんたに手が出たわ。起き上がったばかりのラディウスが、再び床に沈んだ。

久々に十字編。

裏本編の運命の輪メンバーとヒロインの掘り下げのために。

ロセッタの気持ち把握しておかないと、これからのリフルとの関係上手く書けそうにない。アスカが強敵過ぎるんだ。

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