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未来から来たゲームチェンジャー

作者: ひろ
掲載日:2026/05/13

【ゲームチェンジャー】


 戦局を一変させるような兵器のことをさす。




 太平洋戦争末期。硫黄島。


 周囲の海を埋め尽くすアメリカ軍の艦艇。

 太平洋戦争における最大の激戦といわれた【硫黄島の戦い】。

 その、米軍上陸作戦が始まるまさにその時、それは起きた。



 突如、上空に現れた『裂け目』。

 黒や紫のおどろおどろしい模様が渦巻いているそれは、次第に広がりながら、高度を下げていき、遂には島の海岸部一面を覆い尽くした。


 上陸を間近に控えた米軍は、その最初の目標地点を謎の裂け目に奪われ、作戦中断を余儀なくされていた。

 対する日本軍も、目の前に広がる異様な光景に目を奪われ動きを止める。


 両軍が固唾を呑んでその状況を見守る。

 奇妙な静寂が両軍を包む。

 5分…10分…

 やがて、少しずつ裂け目が色を失い、視界が開けてくる。


 そして完全に視界が開けた時、そこには驚くべき光景が広がっていた。


 数万頭のハスキー犬の群れが、硫黄島の海岸沿いを埋め尽くしていたのだった。


 • • •


 目の前に広がる硫黄島ドッグランに、初っ端からテンションMAXのハスキー達。

 海岸を跳ねる。飛行場を駆ける。摺鉢山の頂上で遠吠えを上げる。


 「こらーっ! 砲台に上がらない! そこのお前! 砲身に入っちゃ駄目ですっ!!」


 「地下壕は遊び場じゃありません!

わーっ!! 大群で入ってこないでー!! そっち指令室ーっ!! 中将逃げてー!!」


 「水源で水浴びしないでー!!」


 大混乱の日本軍。



 

 「…これは、上陸のチャンス、なのか…?」


 一方、この状況を判断しかねていた米軍。

 とりあえず、先発隊として一部の上陸船艇を海岸線に仕向け、上陸を試みた。しかし、それはすぐに悪手であることを思い知らされる。


 新しく海からやって来たアトラクションに群がるハスキー軍団。

 マッチョな海兵隊員は遊びがいがありそう。テンションがさらに上がるハスキー。

 

 「援軍を! 援軍を! うわぁぁモフモフ! モフモフがぁっ!!」

 切れる無線。


 完全にハスキーに制圧された隊を切り捨て、我先にと沖へ退避する残存部隊。

 …一人逃げ遅れた。



 「いったい何がどうなっているんだ…?」

 米軍指揮官スプルーアンス提督もまた困惑の色を隠せずにいた。

 双眼鏡の向こうで、逃げそびれた友軍兵がハスキーにもみくちゃにされている。

 日本兵はというと、遠い目をしてハスキーを撫でている。


 どうやら、ハスキーの中でも比較的大人しいのが日本兵へ、遊び好きな元気な子は米兵へと、きれいに分かれているようだ。

 自軍の栄養状態の良さを初めて恨んだスプルーアンス。

 

 これは日本軍が開発した生物兵器だろうか? それにしては日本軍にもダメージが大きすぎる。いったい何なんだ? どこから来たんだ?



 「失礼します!」

 提督のもとに一人の部下がやって来た。腕にハスキーを抱えている。なんでちょっと楽しそうなんだ? 少しは隠せ。


 「一頭を捕獲しました。首輪に妙なことが書かれています。」


 「何が書かれているんだ。おいこら犬ごと渡すな。」

 ベロンベロンと顔を舐め回されながら首輪を確認するスプルーアンス。


 【モモちゃん、2022年1月31日生、住所_東京都荒川区……。】


 「なんだこれは?」

 今は1945年だ。確か日本は皇紀とか言う年号を使っているが、あれだとこの犬は583歳になってしまう。そんなに年寄りには見えない。


 まるで分からん。




 そのころの日本軍。

 日本軍守備隊司令官、栗林中将。

 今、彼の背中には一頭のハスキーが覆いかぶさっている。


 「戦況(?)はどうなっている? 私はこの通り司令室から出られん。」

 司令室へ続く通路は、どれもハスキー御一行様で塞がれていた。

 目の前に広げられた作戦地図上には、これまた一頭が大欠伸の最中である。


 「地下壕の秘密の出入口のほとんどから犬が出入りしています。もう敵に筒抜けです。

 水源も、無数の犬が水遊びをしておりまして、同じく敵に場所を捕捉されているかと。」


 「いや、それ以前に戦いにならんだろこれは。」


 (遊ばないの?)とつぶらな目で見つめてくるハスキー。日本軍寄りの子たちは、ほんの少しだけ控えめだ。それがまたかわいいので、食料を分け与える兵が続出しているのだ。


 「このままでは食料が持ちません。」

 「なにこれ…米軍の生物兵器?」

 「…の割に、上陸した敵兵も死にそうになっていますが。」

 「だよねぇ…。」

 ハスキーの顎を撫でながら言う司令官。もう威厳も何もない。


 • • •

 

 両軍の睨み合い、というか愉快なペット生活が続くこと数週間。


 「すいませーん。米軍の方、上陸して来て貰っていいですか? 餌が足りないんです。」

 日本軍、事実上の降参だった。


 上陸する米兵。群がるハスキー。もみくちゃにされながらも時速10m程の速度で内陸へ内陸へと進む。

 途中で、幸せそうな顔で気を失っていた先発隊を回収する。


 米兵を見て敬礼する日本兵。

 「あざーす」目が死んでいる。


 地下壕は抜け毛で覆われていた。

 「あ、暑い…。」

 倒れている日本兵をベロンベロン舐め倒すハスキー。

  (ねえおきて、あそぼあそぼ)

 倒れることを許さないハスキー。

 「捕虜よりひどい扱いだ。」同情する米兵。



 「貴君らの支援に感謝する。」

 スプルーアンス提督に敬礼する栗林中将。やはりハスキーが覆いかぶさっている。

  (ずっといっしょ♡)

 迷惑そうな顔をしながらも、撫でる手が止まっていない。無意識なんだろうな、とスプルーアンス。


 「あと数日遅かったら、食料が尽きていた。それでも皆、餌をあげることをやめないんだ。」

 そう語る参謀の顔もやつれきっていた。



 海上から次々と輸送される餌。両軍がそれを内陸へ運ぶ。屈強な米兵が通路を確保し、その内側を日本兵が進む。

 空路は使えない。滑走路にはハスキーが溢れているし、飛行機はハスキーのアスレチックワールドだ。

 

 ハスキーの遊び相手は両軍総出だ。

 少しでも気を抜けば、体力オバケのハスキーを相手に戦線が崩壊する。

 

 敵同士だったはずの日米両軍が、ハスキー軍団という共通の敵を相手に手を握った、歴史的瞬間であった。



 【ゲームチェンジャー】


 戦局を一変させる兵器。

 未来から来たハスキーは、まさにゲームチェンジャーだった。

 しかし、それにより勝利を掴んだのは、米軍でも日本軍でもなく、他ならぬハスキーだったのである。



おしまい

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