未来から来たゲームチェンジャー
【ゲームチェンジャー】
戦局を一変させるような兵器のことをさす。
太平洋戦争末期。硫黄島。
周囲の海を埋め尽くすアメリカ軍の艦艇。
太平洋戦争における最大の激戦といわれた【硫黄島の戦い】。
その、米軍上陸作戦が始まるまさにその時、それは起きた。
突如、上空に現れた『裂け目』。
黒や紫のおどろおどろしい模様が渦巻いているそれは、次第に広がりながら、高度を下げていき、遂には島の海岸部一面を覆い尽くした。
上陸を間近に控えた米軍は、その最初の目標地点を謎の裂け目に奪われ、作戦中断を余儀なくされていた。
対する日本軍も、目の前に広がる異様な光景に目を奪われ動きを止める。
両軍が固唾を呑んでその状況を見守る。
奇妙な静寂が両軍を包む。
5分…10分…
やがて、少しずつ裂け目が色を失い、視界が開けてくる。
そして完全に視界が開けた時、そこには驚くべき光景が広がっていた。
数万頭のハスキー犬の群れが、硫黄島の海岸沿いを埋め尽くしていたのだった。
• • •
目の前に広がる硫黄島ドッグランに、初っ端からテンションMAXのハスキー達。
海岸を跳ねる。飛行場を駆ける。摺鉢山の頂上で遠吠えを上げる。
「こらーっ! 砲台に上がらない! そこのお前! 砲身に入っちゃ駄目ですっ!!」
「地下壕は遊び場じゃありません!
わーっ!! 大群で入ってこないでー!! そっち指令室ーっ!! 中将逃げてー!!」
「水源で水浴びしないでー!!」
大混乱の日本軍。
「…これは、上陸のチャンス、なのか…?」
一方、この状況を判断しかねていた米軍。
とりあえず、先発隊として一部の上陸船艇を海岸線に仕向け、上陸を試みた。しかし、それはすぐに悪手であることを思い知らされる。
新しく海からやって来たアトラクションに群がるハスキー軍団。
マッチョな海兵隊員は遊びがいがありそう。テンションがさらに上がるハスキー。
「援軍を! 援軍を! うわぁぁモフモフ! モフモフがぁっ!!」
切れる無線。
完全にハスキーに制圧された隊を切り捨て、我先にと沖へ退避する残存部隊。
…一人逃げ遅れた。
「いったい何がどうなっているんだ…?」
米軍指揮官スプルーアンス提督もまた困惑の色を隠せずにいた。
双眼鏡の向こうで、逃げそびれた友軍兵がハスキーにもみくちゃにされている。
日本兵はというと、遠い目をしてハスキーを撫でている。
どうやら、ハスキーの中でも比較的大人しいのが日本兵へ、遊び好きな元気な子は米兵へと、きれいに分かれているようだ。
自軍の栄養状態の良さを初めて恨んだスプルーアンス。
これは日本軍が開発した生物兵器だろうか? それにしては日本軍にもダメージが大きすぎる。いったい何なんだ? どこから来たんだ?
「失礼します!」
提督のもとに一人の部下がやって来た。腕にハスキーを抱えている。なんでちょっと楽しそうなんだ? 少しは隠せ。
「一頭を捕獲しました。首輪に妙なことが書かれています。」
「何が書かれているんだ。おいこら犬ごと渡すな。」
ベロンベロンと顔を舐め回されながら首輪を確認するスプルーアンス。
【モモちゃん、2022年1月31日生、住所_東京都荒川区……。】
「なんだこれは?」
今は1945年だ。確か日本は皇紀とか言う年号を使っているが、あれだとこの犬は583歳になってしまう。そんなに年寄りには見えない。
まるで分からん。
そのころの日本軍。
日本軍守備隊司令官、栗林中将。
今、彼の背中には一頭のハスキーが覆いかぶさっている。
「戦況(?)はどうなっている? 私はこの通り司令室から出られん。」
司令室へ続く通路は、どれもハスキー御一行様で塞がれていた。
目の前に広げられた作戦地図上には、これまた一頭が大欠伸の最中である。
「地下壕の秘密の出入口のほとんどから犬が出入りしています。もう敵に筒抜けです。
水源も、無数の犬が水遊びをしておりまして、同じく敵に場所を捕捉されているかと。」
「いや、それ以前に戦いにならんだろこれは。」
(遊ばないの?)とつぶらな目で見つめてくるハスキー。日本軍寄りの子たちは、ほんの少しだけ控えめだ。それがまたかわいいので、食料を分け与える兵が続出しているのだ。
「このままでは食料が持ちません。」
「なにこれ…米軍の生物兵器?」
「…の割に、上陸した敵兵も死にそうになっていますが。」
「だよねぇ…。」
ハスキーの顎を撫でながら言う司令官。もう威厳も何もない。
• • •
両軍の睨み合い、というか愉快なペット生活が続くこと数週間。
「すいませーん。米軍の方、上陸して来て貰っていいですか? 餌が足りないんです。」
日本軍、事実上の降参だった。
上陸する米兵。群がるハスキー。もみくちゃにされながらも時速10m程の速度で内陸へ内陸へと進む。
途中で、幸せそうな顔で気を失っていた先発隊を回収する。
米兵を見て敬礼する日本兵。
「あざーす」目が死んでいる。
地下壕は抜け毛で覆われていた。
「あ、暑い…。」
倒れている日本兵をベロンベロン舐め倒すハスキー。
(ねえおきて、あそぼあそぼ)
倒れることを許さないハスキー。
「捕虜よりひどい扱いだ。」同情する米兵。
「貴君らの支援に感謝する。」
スプルーアンス提督に敬礼する栗林中将。やはりハスキーが覆いかぶさっている。
(ずっといっしょ♡)
迷惑そうな顔をしながらも、撫でる手が止まっていない。無意識なんだろうな、とスプルーアンス。
「あと数日遅かったら、食料が尽きていた。それでも皆、餌をあげることをやめないんだ。」
そう語る参謀の顔もやつれきっていた。
海上から次々と輸送される餌。両軍がそれを内陸へ運ぶ。屈強な米兵が通路を確保し、その内側を日本兵が進む。
空路は使えない。滑走路にはハスキーが溢れているし、飛行機はハスキーのアスレチックワールドだ。
ハスキーの遊び相手は両軍総出だ。
少しでも気を抜けば、体力オバケのハスキーを相手に戦線が崩壊する。
敵同士だったはずの日米両軍が、ハスキー軍団という共通の敵を相手に手を握った、歴史的瞬間であった。
【ゲームチェンジャー】
戦局を一変させる兵器。
未来から来たハスキーは、まさにゲームチェンジャーだった。
しかし、それにより勝利を掴んだのは、米軍でも日本軍でもなく、他ならぬハスキーだったのである。
おしまい




