魔転生学校
……生徒たちが『入学』する厳密な経緯は省略する――。
生徒たちはある日を境に突然、過酷な殺人技術・残忍な特殊能力の開花が『カリキュラム』に組み込まれたこの学校にただひたすら人を『殺す』ためだけにかき集められ、『魔者』として堕とされる。
「えー、君たちは選ばれました。おめでとうございます。そして今この時点から立派な魔者になるまで遠慮なく殺しあってください」
にっこりと教壇で微笑む、知的な印象を与える黒いスーツ姿の女性。
いきなりそんなことを言われてもえっと疑問に思う人が多いと思う。言われた私たちも最初は受け入れられません。
が、どこの世界でも一人ぐらいこの言葉の意味を知りえる人はいるもの。古ぼけた厚い本を抱えた眼鏡の少年が手を上げ、質問してきた。
「その前に質問、いいですか……最後の一人になるまで、ですか?」
真面目そうな顔しているくせになんていう説明なのか。
呆気にとられる私だったけど……教壇の女性はにんまりと答える。
「いいえ。我々はバトルロワイヤル方式を推奨するわけではないのですよ。多少の犠牲は仕方がないので目を瞑りますが、我々は犬神やら蟲毒をつくっているわけではありません」
犬神に蟲毒。大量の犬や毒虫を一箇所に押し込み、喰い合いをさせる。その中で最後まで生き残った一匹が最強の妖怪に変貌するといった儀式らしい。
地域によって多少の誤差があるが大体はこのように作られる魔獣である。
「いい質問だったのでさらに付け加えますが、魔者になった瞬間からこの学校から強制的に『卒業』となります。あとは独自で力を強めてください。我々の学校はあくまでも眠っている素質を引き出すためにあるのです」
そう、きっかけを与えるだけ。
「そのへんの観点でいうならば学校と呼ばれないのかもしれませんが、今の時代に最も受け入れやすいだろうということでこのネーミングになりました。まぁ、ただ殺しあっても目覚めるとは限らないので我々の社会に対して知識を深めるカリキュラムがあります」
一応学校らしくなった。
「詳しくは机の上においてある用紙に今週一週間分の授業が書いてありますので、それを参考に。次週からは職員室に無造作に置かれているのでそれを用いてください。あと、授業は自由選択性なので受けたい人だけ受けてください。授業中でも遠慮なく殺人は行なわれますし、中には邪魔されるのを嫌がる気難しい教師もいるので……命の保障はしません。ほとんど有志で構成された教師陣なのでその辺はあしからず。これぐらいでいいですか、南川浩介君」
「はい、ありがとうございます、先生」
浩介と呼ばれた男の子は席に着く。
名乗っていなかったはずなのに、どうしてこの教師は名前がわかるのだろうか……。
「では、他に質問がある方はいませんか」
このまま流されてしまっていいのだろうか。殺しあうという、不吉な言葉に沿わなければならないのだけは嫌だった。
私は恥ずかしいと思う感情を押し殺して、席を立ち、先生に向かって言った。
「ちょっと待ってください、魔者ってとか、殺しあうって何! それに、どうして私、ここにいるのですか……」
錯乱する頭だったのでうまく伝えられたかどうか。
確かに私は学校に来た。だが、この教室は何?
確かに私の知っている教室だ。机も、椅子の感触もいつもどおりなのに周りの子も先生もいつもと違う。
「随分積極的な生徒もいたのですね。先生、嬉しいな~。いつもならこのまま流れ流されて殺しあいが始まるっていうのに。お名前は……岸辺葛葉さんですね」
先生はクスクスと目を細め笑い出す。
一方で後ろから舌打ちする音が聞こえた。
「知っている子もいると思いますが聞かれたのでちゃんと答えますね、まぁ、ここは聞かれたら答えるというルールで成り立っているので仕方がないと思ってください。教師は質問に答える義務と嘘をつかないという制約がありますし、彼女だって生きたいのですから」
白いチョークを取り出し、黒板にサラサラと文章を書いてくる。どうやら、わかりやすく説明してくれるらしい。
「先ずは、ここの場所から。ここは魔転生学校といいます。人としての尊厳を剥奪され、この世での『不適性』生徒を『魔者』として存在意義を与え、『我々の社会』で貢献させようと設立された施設です」
あくまでも丁寧に。
残酷に。
「で、『魔者』とは何なのか、と思う方もいるでしょう。口頭で説明しても『魔者』にもそれぞれの『個性』により千差万別なので、これといった決定的なモノはありません。そ・こ・で……」
女性は教壇の中に入れていたものを取り出す――包丁だった。
ホームセンターでも買えるごく一般的なもの。
「よく見ていてください。先生、痛いのが好きな変態ではないので一回しか見せませんから」
右手で包丁を握り、自身の白い首にあてる。
「せ、先生……」
葛葉は強張る。
薄皮が切れツウと赤い液体が包丁につたわってきている。
それを物ともせず、女性はにこやかに、軽快な声で。
「えい♪」
力を入れ、自分の首を切り落とした。
ゴロンと音を立て、首が教壇に落ちる。
信じられないかもしれないけど、このとき誰もが目の前の現象にたいして声を上げなかった。
見た瞬間……まるで現実じゃない何か映画の中にでもいるみたいな感じで。
ゴロゴロゴロ。
教壇の上に転がる生首。うかんでいるのは先生の不気味な笑顔。はっきりいって恐怖よりも強烈な違和感のほうに戸惑う。
なぜ、ただの包丁で、一撃で首がすっぽりと躊躇いもなく斬れたのだろうと。
だって、普通は躊躇い傷も出るし……大体包丁ごときでは首の丈夫な骨を切断するのは至難の業だ。
だから、だから……これは……。
「きゃぁああああああ!」
誰かが叫んだことによって場の沈黙した空気がやっと乱れる。
轟音と、ビジャビジャとした粘液の音が流れてきたと同時に異臭がしてくる……どうやら胃からモノが逆流してきた子も出てきたのだろう。
……さすがにこの歳でちびった者はいないだろうし。
周りの悲鳴と、胃液の臭いでやっとゆっくり恐怖感が目覚め始める。
自分が死体を目の前にしていると一番痛感したのは――鮮血が首から流れ、黒いスーツは赤く染まっていく様子を見たときだった。左右から流れ付き、まるで赤いちゃんちゃんこのよう。
学校の怪談に出てくる有名妖怪を思わせる血染めのスーツがゆっくりと脳にまで繋がり、奇妙な死体を目にしていることを再確認させられたとき、じわりじわりと負の感情が呼び出されてくる。
ああ、ここまでくれば……どこからみても……。
「は~い、皆さん」
……先生の声が聞こえてくる。
幻聴かと疑ったが、声がしたほうに焦点を合わせる。
生首のまま、彼女は話していた。
「デモンストレーションはここま……ゴブッ」
だが、口から血の塊を吐き出されたため会話が途切れる。
……。
……、……。
沈黙。
ぽりぽりと間が悪そうに頭があった場所をかく先生の死体。首を切り放した女性の体が動き、己の首を元の位置に置く。
すると、首の皮が盛り上がり、体と首をつなぎとめた。血を失い、青くなった顔色が再び赤く色づいていく。
「ごぼ、つ、ぐぼっ」
赤い液体を再び吐き出し、呼吸を整える。
「いけない、いけない。器官に血がたまっていました。先生、うっかり☆」
声帯は傷をつけていなかったけど、喉に詰まった血があるのでは声が出せない。
初歩的なミスをして間が悪い思いをした教師。
「マジックではありませんよ。これは現実です。先生は……首が切れただけでは死なない治癒力と生命力に優れた魔者です。あとは怪力を少々。好きな殺害方法は相手の首を掻っ切るスタンダードなやり方です。学校の怪談で『赤いちゃんちゃんこ』という妖怪名を当てられたこともあります」
結構有名人だと胸を張って自身の経歴を語りだす。
「本校の卒業生の中には……有名どころでは『怪人赤マント』、『闇子さん』などといった都市伝説になった方もいます。皆さんも社会に出たら先輩たちに負けないよう、素晴らしい殺戮をしましょうね」
遭遇すれば死亡率が高い怪人ばかり。くそガキをひねり潰すための力をここで引き出せ、ということだろう。
生徒の中には歓喜の声を上げるものもいる。
「あの……私がここにいる理由って、何ですか」
魔者の定義はわかった。殺しあうのも……このような能力を引き出すための一種の儀式であるというのなら……納得とまではいかないが理解、する。しなければ周りの空気的に悪いと思うし。
だが、葛葉はこんな闇の住民になりたいと……思ったことはないとは言い切れないが、小六病を発病し終え、現実に生きる決意をし終わっている己になんでこんなハイスペック厨二病学校の門が開かれているのか。
「ほとんどの子は自薦ですけど、推薦された子もいるからです」
推薦。
聞き捨てならない言葉が葛葉の耳に流れてきた。
「推薦、とはどういう意味ですか……」
人としての尊厳を剥奪され、と先生が言っていた意味を知るためにどうしても必要な答え。
なのに、葛葉の中で聞いてはいけないと、何かが訴えた。
このまま……何も知らずに殺されていたらどんなに幸せなのかと……彼女自身の最後の良心が囁いていたのかもしれない。
でも、聞いていて正解だったと、後で彼女は酷薄に口を歪ませることになる。
「ええ。三十人ぐらいの署名によってこの学校にやってくる子はいますよ。あなたを推薦した人物のプロフィールや理由も事細かにお教えしますが……あらっ」
長い前フリに痺れを切らしたのか、ある一人の生徒が葛葉に向かって思いっきり頭を殴りつけた。
「!」
突然の眩暈に、痛み。
ぐらついた脳は運動神経をうまく動かす機能を放棄。葛葉は床に転がるように倒れこんだ。
「もう、やんちゃ盛りですね、南川君は。もう少し忍耐がないと芸術的な殺しは出来ませんよ」
注意を促すところはそこなのか……。
そういえばこの人が教壇で発した最初の言葉から殺し合いをはじめると言っていた。
言っている意味がわからず、質問には全て答えるという姿勢だったのでついつい大人しく席について尋ねていたけど。
これは『正しい』行為なのだ。
「フフフフフフ」
葛葉が笑い出す。
……あの一撃でどうやら私の中の種が孵化した。
今ならわかる。
すべて。
そして……これから僕がすべきことが。
「南川君、いい目覚まし……ありがとう。御礼に、あなたが戻ってくるまであなたの獲物だけは僕が残してあげる」
ぎらぎらとした瞳で、葛葉は立ち上がる。
「先生、せっかく会えたのにもう『卒業』なんて、残念です」
「いえいえ、まだお別れではありませんよ、葛葉さん。先生の綺麗な人の殺し方を見せますね」
「いいのですか?」
「構いません。ごく稀にいるのよ、あっけなく殺されたと思ったら一気に魔者に覚醒する子が。こういう子には先生が自ら殺し方を実地で教えるのが慣例だから」
自分の血で汚した包丁を握り、目を細めうっとりと恍惚な顔で葛葉の手を握る。
「では、先生は葛葉さんの特別実習に付き合いますので、ここから自習とさせていただきます。各自、力が覚醒するよう……」
にこやかに、微笑みながら、励ますように……。
「殺しあってくださいね」
そう、殺しあえよ。
いつまでも、いつまでも……。
「ククククククク」
すっかり魔に魅入られ、血の洗礼を受け入れた葛葉は赤く染まった髪を振り乱す。
「先生、あの塊が、最後ですか」
教室の端によって同級生の集まりを指差す。
葛葉を魔転生学校に堕とした張本人たち……の残り。
「はい。あ。ちょっと待ってくださいね……貧血気味なのでもう少し補給してから」
チュウチュウとおいしそうに血をすする妖怪赤いちゃんちゃんこ。
「ぷはっ。最近の子にしては結構おいしかったです」
すっかり干物へと変わった元同級生。
つやつやの肌に愛らしい少女の面影はもう残っていない。
妖怪は悲鳴を上げた子は片っ端から切り裂いた。
うるさいから。
ただそれだけ、の理由で先ずはその子たちの首を切り裂いていた。
「悲鳴を聞きながら酔いしれるのは、葛葉さんにはまだ早いのでできるだけ恐怖のために声が出なくなった子を狙ってください」
「はい」
そう、悲鳴を上げられるのは耳障りだし、それに助けがきてしまうかもしれない……いや、くるな。
先生が助っ人で結界を張ってあるから外界と遮断されているから誰も来ない、気付いていないだけ。己一人ではまだまだここまでスマートにできない。
「それにしてもひどいな、みんな」
確かに、葛葉自身自分は不気味だったと思う。
知らず知らずのうち……いや、自分は周りの様子を客観的にみて、ある程度予測できたことあてていただけに過ぎない。
だけどわからない人間からすれば先見の明ほど恐ろしく、不気味なものはなかった。
「だからって、僕を遠ざけたいとか……自分勝手すぎない?」
これからの社会、葛葉のような人間にあわないという可能性はなかったのに。
ただ、この小さな鳥かごの異質な存在を《排除》しようなんて……身勝手というよりも呆れる。
それにおふざけだと思っていたことも許せない。
たしかに、普通に考えれば魔転生学校自体信じられない。だからって三十人分の署名を入れさせるなよ。つうか、のるなよ、そんな署名に。
僕を冗談でも《排除》させるようなものに名前を記させるなよ。
悲しくなるじゃない。
そこに強制的に入学させればほとんどの確立で生きて帰ってこないというところからすると、《排除》するには相応しいのかもしれない。
「おあいにく様。僕は帰ってきた。そして……あなたたちに怒りを感じる」
許せない。
そして、あなたたちに僕が感じたあの味を合わせたくなる。
「今から、殺し合え」
だから、《排除》してあげる。
人を《排除》しようとした、あなたたちだけが生の恩恵に浸かっていられると思わないことね!
葛葉の言霊を聞き入れた世界は、血の賛美歌を奏で始める。
妖怪に殺されなかった同級生たちは一斉に、嘆きながら、悲しみながら、狂ったように、修羅のように、殺しあう。
パイプで殴られ頭から血を噴出す子。
中には己の身体の負担を省みず、強い圧力で小柄のクラスメイトの首をへし折る者。
グチャッと音を立て内臓を破裂させたり、眼球が飛び出るほど殴って絶命させたりと身一つでも結構できるものであった。
「あらあら。狂気の言霊使いとは珍しい能力を持ったのね、葛葉さん」
「ええ。僕は……自分の手を汚すのが嫌いですから」
相応しい力が開花したものだ。
それとも、その力が眠っているからこそこういう性格になってしまったのか。
それについてはじっくり考えるのもいいかもしれない、約束のときが来るまで。
「先生、短い間でしたが、ありがとうございました」
葛葉が引き起こした狂乱の宴は、社会問題として大きく取り上げられた。
死傷者30名。
この宴に参加して運よく生き残ったものもいるが、精神が犯され、まともな会話が出来ないほど。
ほとんどの子はこの学校に通うことを拒み、転校していった。
そして月日が流れ――。
「あ~、あの子があの事件の生き残り」
「たまたま気分が悪くなって保健室にいたから難を逃れたんだって」
どこからともなく流れてくる《うわさ》話。
一人だけ違う制服に身に纏った少女がぼんやりと青い空を眺めながら隠そうとしないわざとらしいその言葉を聞いていた。
そして、決まって最後にこいつらは言うのだ。
「どうせだったらその時狂って死んでいたほうがよかったんじゃない」
っと。
随分ひどい言われである。
しかし、そういわれても仕方がないと少女は思っている。そういうふうに人をいじめないとこの子達は自分の存在感に価値を見いだせられない可哀想な子達ばかりなのだから。
それにしてもここにきて驚いたことは一つある。
クラス全員がいじめに参加しているところだ。
普通傍観者や中立者がいてもおかしくないのにいまどきにしては珍しい。どれだけここは崩壊したクラスなのやら。
「だから、なのね……」
ぽっかりと空いた前の席。
彼もこんな気持ち悪い教室が嫌だったのだろう。
「そろそろ、かな……」
もどってくる。
そして、我慢していたのを一気に発散させよう。
あんなに青かった空がどんよりの薄気味悪い雲が流れてくる。生暖かいねっとりした空気は懐かしさを感じる。
はじめは違和感だったけど。
いまなら好感。
だって、僕はこの闇が好きになってしまったのだから。
「帰ってきたのね、南川君!」
葛葉は身を乗り出して彼の帰りを祝福した。
「ああ……ただいま。そして、待っていてくれてありがとう、岸辺さん」
さぁ、紡ごうか。
「「綺麗に、殺しあいをさせよう」」
――第二幕が始まろうとしていた。