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くだらないやりとりを終えて一ノ瀬さんの部屋に入る。一ノ瀬さんの部屋の空気......!
「適当に座って。コーヒーでいい?」
「はい」
失礼だとは思いつつも、ソワソワと部屋の中を見回してしまう。家具はどれもシンプルなデザインで、棚には本やCDが綺麗に並べられていた。そして部屋の隅にカズのCDやグッズが段ボールに詰められて入っていた。
「......あ、あれ」
ペン立てにささった万年筆。俺が高校生の時にバイト代をはたいて購入し、差し入れとして贈ったものだ。
ちょうどコーヒーを持ってきてくれた一ノ瀬さんが俺の声に気が付いて微笑んだ。
「ああ、貴也くんがくれたやつね」
「使ってくれてたんですね」
「そりゃあ、使うよ。もらったんだから。ファンレターも全部取ってあるよ」
「え!? そ、それは恥ずかしいな」
「君のSNSを遡った方が更に恥ずかしいものが出てきそうだけど」
「う」
俺は中学生の時からずっと同じアカウントを使っている。投稿をこまめに消すということもしていないので、つまり中学生の時の中二病全開な投稿とかも見ようと思えば見られるのだ。
「冗談。恥ずかしいことなんてないよ。微笑ましい。それを言ったら俺が高校生の時に書いた歌詞とか、イタくて聞いてられないもん」
別にカズの昔の曲をイタいとは思わないが、自分が何年も前に書いた詞がCDやらなんやらで残っていることを想像すると怖すぎた。一ノ瀬さんはすごい。
「このあと配信部屋見る? 機材もそこにあるからさ」
「おお!」
「でさ、あの、その、寝室も見る? あ、いや、シャワー浴びてく? じゃなくて、えっと、その......」
一ノ瀬さんの発言の意図がわかり、顔がじわじわと熱くなっていく。一ノ瀬さんの顔も朱に染まっていた。伺うようにこちらを見てくる表情にはいつものスタイリッシュな色気ではなく、こちらを絡め取るような色っぽさがある。
「えっと......ぜひ」
ぜひ、ぜひってなんだよ。
結局お互いに挙動不審になりすぎて、配信部屋を見せてもらうという工程を飛ばしたことに気が付いたのはシャワーを浴び終えて一ノ瀬さんを待っていたときだった。もっとも、見せてもらったとてちゃんと見られたかわからないけれど。
シャワー音って案外聞こえるものなんだな。でもそうか、確かに実家にいた時はこれくらい聞こえてたわ。
枕元の小さなテーブルにカラーボックスがあって、手紙が透けて見えた。どうやらここに今までのファンレターを入れているらしい。隣にある置物も差し入れだろうか。他に装飾品はないから。
スマホの画面を意味もなく開いては閉じてを繰り返し、一ノ瀬さん今頃後悔してないかな......と心配し、永遠にも思える時間を過ごしているとやっと扉が開いた。
「おまたせ」
「はいっ」
言った後で何が「はい」なんだよと思ったがどうしようもない。一ノ瀬さんも特に気にしている様子は無かった。
「えっと、まぁ、わかってると思うけど、俺そういうつもりだから、うん。別に断ってもいいけど」
「断るわけないですよ!」
思ったより大きな声が出て咄嗟に口を塞いだ。塞いだところでもう出た声は飲み込めないのだけれど。一ノ瀬さんもこれには若干引いていた。心が痛い。
一ノ瀬さんは無言でズカズカと歩み寄ってくると見た目からは想像のつかないレベルの力でベッドに押し倒してきた。え、あの、もっと、ムードとか。
緊張でガチガチに固まった俺の脚を割ってズボンを脱がし、パンツを脱がす。呆気にとられて眺めていたがとんでもない状況である。というか普通に恥ずかしい。
「一ノ瀬さん......」
「大丈夫だ。ちゃんとネットで見た通りにやるから」
確実にできていないか、滅茶苦茶なサイトを閲覧してしまったかの二択である。
「ほら、貸せ。ゴムつけてやる」
「自分でやります!」
これ以上えらい目には遭いたくなかったので一ノ瀬さんの手から奪い取る。
「そうか。ちなみに俺の方は準備オーケーだ。いつでも挿れていいぞ」
「一ノ瀬さん、タイムアタックじゃないんですよ!?」
ひとしきり二人でギャーギャー騒いだあと、一ノ瀬さんは涼しい顔で「難しいもんだな」と言い放った。おおむね同意だが、この人の場合は勝手に変な方向に行って難易度を上げている。
一ノ瀬さんの腕を引っ張ってベッドに乗せた。
「......」
緊張したような面持ちで俺を見ているのが可愛らしい。今の騒ぎであちこちに跳ねた髪を何度か梳いてから、その手を頬に添えた。
察してくれたらしい一ノ瀬さんの目がそっと閉じられる。
何気にこの距離で顔を見るのは初めてかもしれない。顔に触るのも初めてだ。肌が綺麗。まつげ長い。
そういえば、これが初めてのキスだ。というか俺のファーストキスだ。でもまるで最初からやり方を知っていたかのように一ノ瀬さんに口付けた。
「......で、どうしたらいいんでしょう」
「嘘だろお前」




